弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

京都地判令和3年11月9日,局所麻酔中毒による呼吸停止,心停止を認定し約6200万円の賠償を命じる(報道)

京都新聞「脱臼治療の局所麻酔で昏睡状態、6200万円賠償命令 医院は昨年解散」(2021年11月9日)は次のとおり報じました.

「脱臼治療の局所麻酔によって妻が昏睡(こんすい)状態になったとして、長岡京市の男性が、同市内の整形外科医院の男性医師と運営法人に対し約8500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が9日、京都地裁であった。長谷部幸弥裁判長は医院側の過失を認め、約6200万円の支払いを命じた。

 判決によると、男性の妻は2016年4月、転倒して右肩痛を訴えて同医院を受診。脱臼と診断され、局所麻酔を投与されて治療を受けたが、1時間もたたずに容体が悪化して心肺停止となり転院搬送された。低酸素脳症で意識を回復することなく、18年4月に肝臓がんにより69歳で亡くなった。

 原告側は、局所麻酔の中毒によって呼吸や心臓が止まり、低酸素脳症に至ったと主張。麻酔の量や投与の方法、容体悪化後の救護に過失があると訴えていた。医院側は、低酸素脳症の原因は脳幹梗塞などの疑いもあるとして、局所麻酔との因果関係を争っていた。

 判決理由で長谷部裁判長は、麻酔薬の血中濃度などから局所麻酔によって中毒となり、呼吸停止や心停止に至ったと指摘。救急搬送や救護措置を早期に行っていれば呼吸や心臓が止まらなかった可能性は高いとして医院側の過失を認めた。

 原告代理人は「局所麻酔は身近だが使い方によっては怖い面があると判決が示してくれた。不適切な処置の責任を認めていただいたことは意義がある」と話した。

 同医院の運営法人は昨年3月末で解散している。」


共同通信「局所麻酔で昏睡、病院に過失」(2021年11月9日)は次のとおり報じました.

「京都府長岡京市の整形外科医院で2016年、局所麻酔薬を投与された60代女性が医療ミスで昏睡状態になったとして、女性の夫が医院を運営する法人と担当医師に対し、計約8500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、京都地裁は9日、計約6200万円を支払うよう命じた。女性は意識が回復しないまま、18年4月に死亡した。

 判決によると、女性は16年4月、転倒で右肩を痛めて受診。脱臼が確認されたため、医師は局所麻酔薬を注射し、整復手術を行った。その後、女性は心肺停止し、低酸素脳症と診断された。

 長谷部幸弥裁判長は判決理由で「局所麻酔中毒になり心肺停止した」と判断した。」


上記報道の件は私が担当したものではありません.
医療裁判では,被告から他原因の可能性が主張されることがありますが,結果を発生させるに足りる過失行為があれば,他原因が具体的に立証されない限り,過失行為が原因であると認定すべきでしょう.薬剤の感受性には個人差がありますが,投与量や血中濃度等から認定できるでしょう.
なお,医療過誤訴訟では,病院を解説している法人のみならず,不法行為に基づき過失のある担当医を被告とすることができます.

【追記】
上記判決は、以下のとおり判示しています。

「3 争点1(Aが局所麻酔中毒によって呼吸停止等に至ったか)
上記認定事実⑴,⑵によれば,本件投与の後,メピバカインの血中濃度は中毒域に達していた上,本件投与後心肺停止に至るまでの容態の変化は局所麻酔薬による中毒症状及び推計される同薬血中濃度の推移に整合することからすれば,Aは,本件投与によって局所麻酔中毒を生じ,これにより呼吸停止及び心停止に至ったと優に認めることができる。この点,H医師の意見書(甲B40)も,本件投与後ほどなくして「眠い」という訴えが始まり,20分ないし30分後には閉眼して立位できておらず,整復後のレントゲン写真では開口・脱力状態になっていて,34分ないし44分後には呼吸抑制による舌根沈下でいびき様呼吸が出現しており,15分後ないし44分後の時間帯に血中濃度が最高濃度になっている可能性が高いとして,局所麻酔中毒であることを疑う余地はないとしている。
また,上記前提事実⑵イ及び認定事実⑵,⑶によれば,その後,Aは,蘇生術により心拍を再開したものの,本件受診日には既に低酸素脳症状態にあり,昏睡状態のまま数か月後には低酸素脳症と診断されているから,前記呼吸停止等により低酸素脳症に至ったと認められる。

以上に対し,被告らは,局所麻酔中毒以外の原因による可能性を主張する。
しかし,いずれもカルテ等のごく一部をとらえて抽象的な可能性がある旨を指摘するにとどまり,局所麻酔薬の血中濃度及び本件投与後の容態を根拠とする上記認定を覆すものとは言い難い。念のため,被告らの主張を検討しておくと,上記認定事実⑵,⑶のとおり,本件受診日時点では脳梗塞も否定できないとされていたものの,その後に各種検査を行っても,脳梗塞や心筋梗塞といった疾患を疑わせるに足る所見の発見には至らず,結局,その可能性があったとは認められない。。また,「患者さんに,異常をきたしやすい素因や病変があった可能性もあり得る。」(甲A9の1・1599頁,新河端病院における担当医師の原告に対する説明)というのは,平成28年4月20日時点において,麻酔医の一般的知識として伝えられたものに過ぎないと認められ,その後の検査によって素因や病変の可能性は否定されている(なお,「カルボカイン200㎎は多い量ではない。」〔同頁〕というのも,一般論を述べるものにすぎず,Aの年齢や被告医師の手技を考慮した上での確定的な意見を述べたものとは認められない。)。さらに,証拠(甲A9の1・12頁)によれば,原告が平成28年4月18日に新河端病院においてした説明は,単に,専門家でない素人的な判断として,食欲低下,体重の減少,歩行不安定,不整脈があったというものに過ぎないと認められ,Aの年齢からすれば,その程度の体調の変化は疾患によらずとも生じ得ると考えられるし,本件受診日において同人が1人で本件医院を来訪することができていたことにも鑑みれば,本件での認定を左右するような具体的な疾患の存在を疑わせるものとは認め難い。加えて,証拠(甲A9の1・1194頁)によれば,Aについては,平成27年6月ないし8月に著明肝障害等が出現したものの,平成28年1月の検査では軽快したと認められるのであって,上記認定事実⑵クのとおり,本件受診日には肝臓の異常はなかったことにも照らせば,これも具体的な疾患の存在を疑わせるものとはいえない。他方,証拠(甲A6・20頁〔海老沢医院の健康診査受診結果通知表〕)によれば,平成27年10月22日には,心電図検査により「心筋梗塞又は障害」とされてはいるが,身体計測,血圧等を含めた一般的な健康診査の結果にすぎず,これらの疾患を想定した精密な検査がされた上での診断とは認められないし,これらの疾患に対する特段の治療がされたことを認めるに足りる的確な証拠もないことにも照らせば,本件受診日以後における医学所見に関する上記認定を覆すものとまでは認められない。」

「4 争点3(手技上の過失ないし義務違反)15
上記認定事実⑷アによれば,カルボカインの投与に際しては,局所麻酔中毒を避けるために,まず,注射針からの血液の逆流がないことを確認した上で,薬剤投与に当たって,投与対象者の血圧,呼吸,顔色といった全身状態を観察しつつ,必要最小量を,可能な限り速度を遅くして注入すべき注意義務があると認められ(認定事実⑷アにおける別紙記載第5の2⑴1)3)5)),特に,忍容性の低下といったリスクファクターを有する高齢者に対する投与(同第5の1),腕神経叢ブロックのような血中への薬剤吸収を高め得る組織が付近にある部位への投与(認定事実⑷ア)においては,上記各点をより慎重に行うべき注意義務があったというべきである。具体的に本件においてこれを見れば,被告医師は,Aに対し,整復に必要な最小限度の投与を,全身状態の観察により異常(血圧,脈拍,呼吸に加え,気分不快等の有無)や薬効の程度を確認しつつ,まずは少量の投与を行うなど,可能な限り速度を遅くして(たとえば分割投与等も含めて)行うべき注意義務があったと認めるべきである。この点,インタビューフォーム等においては,試験的な少量投与,分割投与は,直接には局所麻酔薬投与と併用される鎮静薬等についての留意事項とも解されるが(前記別紙記載第5の2⑴7)),上記認定事実⑷アにおけるH医師の見解及び医学的文献の記載からすれば,局所麻酔薬自体においても,特に高齢者に対する腕神経叢ブロックにて使用する場合には,薬剤を可能な限り速度を遅くして投与する方法の一つの態様として,試験的な少量投与及び分割投与も含まれると認めるのが相当である。

そこで,本件投与について検討すると,被告医師等による説明は,1回の注射針の刺入により18mLを投与したが,その際,「一気に注入するのではなく,少しずつ注入した。」「一気に注入するのでは無くゆっくり注入しています。」「顔色を見るなどして,急変に対応できるように注意深く観察(した。)」(乙A6〔被告医師の陳述書〕・2頁,7〔本件医院看護師〔E〕の陳述書〕・3頁)というにとどまり,「ゆっくり」注入したといっても,感覚的な表現の域を出るものではなく(上記各陳述書は,当事者又はこれに近い者により作成されたものであり,反対尋問を経たわけでもなく,その信用性は慎重に判断せざるを得ない。),上記の注意義務を充足するものであったことを裏付けるものとは言えない(少なくとも,顔色以外の全身状態を具体的に観察することをしていたとは認められないし,少量を試験的に投与することをしていたわけでもない。)。以上に加え,投与量が伝達麻酔の通常成人に対する参考使用量の上限20mLに近いものであったこと,その他前記の血中濃度や中毒症状の経過等も総合すると,被告医師は,本件投与に際し,上記注意義務に反したと認めるほかないというべきである。

なお,原告は,超音波ガイドの使用や注射針の刺入方向についても主張する。
確かに,本件医院では超音波ガイドを使用せず,「右第6横突起を触れながら,その1cm上に『表皮と垂直に』約2cm針を」刺入したとするのみで,あえて尾側に刺入したとは説明されていないが(乙A4,6),原告提出の証拠においても,超音波ガイドの使用が望ましいとされているにとどまっていたり(甲B7・4頁),「皮膚に垂直」に刺入するとの表現自体は見受けられる上(甲B13・5頁,14・5頁,17・4頁),本件医院のような整骨医院での超音波ガイドの導入実績や,注射針の刺入方向と硬膜外腔,くも膜下腔,椎骨動脈との詳細な位置関係を明らかにする的確な証拠はない。
そうすると,原告の上記主張は,被告医師が,上記注意義務のほかにも,局所麻酔中毒を防止するための特段の手段を講じていなかったとの事情をいうものに過ぎないから,特に本件の認定判断を影響するものとはいえない(超音波ガイドを使用していない場合には,より慎重な手技が求められると言えなくもないが,その点を考慮するまでもなく,被告医師の過失が認められる。)。

また,上記認定事実⑴のとおり,Aの局所麻酔薬血中濃度が6.05ないし7.26㎍/gという一般的な中毒域濃度からしても比較的高いものに至っていることに加え,上記注意義務違反の態様及び弁論の全趣旨にも鑑みると,上記注意義務を履践していれば,Aの呼吸停止,心停止は避けられた高度の蓋然性があるといえ,かつ,結果回避可能性もあったと認めるのが相当である。
以上によれば,被告医師には手技上の注意義務違反ないし過失があったと認められる。

なお,念のため,争点4(救命救護の準備と実行に関する過失ないし義務違反)についても検討しておくと,上記認定事実⑵によれば,Aは本件投与後約15分で既に眠気を生じており,車いすでの移動が相当と判断される状態であったところ,認定事実⑷ア(このうち別紙記載第5の3,4)によれば,眠気は局所麻酔中毒の初期症状の可能性があるのであるから,既にこの段階で酸素飽和度などを含めた全身状態の確認等がされるべきであり,呼吸の維持や酸素投与等を含めた処置も検討の余地があったともいえ,その後も継続して傾眠傾向が見受けられ,意識レベルの低下等を来していったというのであるから,こうした対応の必要性は経時的に高まっていったものと認められる。

さらに,上記認定事実⑵によれば,Aは,傾眠傾向にありながらも初期は脈もしっかりしており,救急搬送後は特殊な手技を要せずに1時間前後で蘇生されるに至っているのであって,これらの事情に加え,上記認定事実⑷イのとおりの局所麻酔中毒の治療に関する医学的知見にも照らすと,救急搬送の要請や,バッグバルブマスクの使用等による換気,点滴による補液を早期に行うことで,Aが呼吸停止,心停止に至らなかった可能性は高かったと推認される。これに対し,被告らはバッグバルブマスクの使用等を主張するが,これは被告らの主張によってもAが呼吸停止,心停止するに至った後の処置であったに過ぎないし,上記認定事実⑵カのとおり,救急隊到着時にはバッグバルブマスク等は使用されていなかったのであって,被告医師らが継続的に呼吸,循環の維持に努めていたとは認め難い。
以上によれば,被告医師には,救命の実行の点においても過失があったと十分に認め得るといえる。」



谷直樹

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by medical-law | 2021-11-10 04:15 | 医療事故・医療裁判