弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

良性・悪性の確定的判断が困難な場合の病理医の注意義務  京都地裁平成30年10月24日判決

京都地裁平成30年10月24日判決(久保田浩史裁判長)は,c病院のe医師は,原告から生検で採取した組織の病理診断を被告aに委託し,その結果(解釈に争いがある。)に基づき原告を乳がん(浸潤性)と診断して,乳房温存・リンパ節郭清手術を施行し,医師は,術中に採取した組織の病理診断も被告aに委託し,被告aは乳がん(非浸潤性)という診断結果を送付したが,その後,原告は,他の病院で上記各採取組織ないしその写真に基づく病理診断を受け,がんは認められないという診断を受けた事案で,原告の請求を一部認容しました.

上記判決が「良性・悪性の確定的判断が困難であって良性と診断すべき義務が認められない場合に,悪性であるという確定診断をすることは,病理医の注意義務に反するというべきである。」と判示したことは,病理医としての注意義務について参考になります.
上記判決は以下のとおり判示しています.

「以下のとおり,一般の病理医は,本件生検標本からがんと確定診断してはならないという注意義務を負い,f医師はこれに反したというべきである。

(ア) 乳がんの鑑別において,筋上皮細胞と腺上皮細胞との二相性がないことが浸潤がんのメルクマールであることは,上記1(1)アのとおりであり,原告は,本件生検標本で二相性の消失は認められず,筋上皮細胞が確認しにくい部分も良性の増殖性病変(放射状瘢痕)であって,これをがんと確定診断するのは一般の病理医の注意義務に反する旨主張するのに対し,被告aは,本件生検標本には明確に筋上皮細胞といえるものが見られず,二相性の有無を直ちに判別できない部分があるから,二相性がないとしてがんと判断することは病理医としての注意義務に反しない旨主張する。
(イ) 甲A9の7,丁B1及び証人fの証言によれば,f医師は,本件生検標本中,別紙写真2記載I及びJの部分,特に概ねIの一部である別紙写真3記載Lの部分で二相性が確認し難く,別紙写真3記載Kの矢印のやや先の部分で細胞の配列の不規則及び細胞の小さい異型が認められ,これらの部分の細胞は核が肥大し,染色後の色調も異なると判断し,これらの状況から,判断は難しいが,結論として浸潤がんであると判断したことが認められる(なお,証人fの証言によっても,本件生検標本において積極的に浸潤というべき部分があるとは認められない。)。
しかし,証人fの上記証言によっても,別紙写真上,二相性の消失や細胞異型の存在を認定する具体的基準・指標は必ずしも明らかではない。
そして,甲A11(n医師の陳述書)及び証人nの証言によれば,本件生検標本中,別紙写真2記載Iの部分において,筋上皮細胞と上皮細胞5 との中間的性質を持つ細胞が存在することを前提に,これによって二相性が保たれているとみることも可能であることが認められる。また,証人n及び証人fの証言によれば,一般に乳がんにおける細胞の異型は小さいことが認められ,上記アのとおり,良性である通常型乳管過形成の場合,核(細胞)の大きさ,形,位置について不多様性・不規則性・無秩序性がみられるのに対し,非浸潤性乳管がんでは,異型が軽い場合(核が単調・規則的・幾何学的)及び強い場合(核の多形成がみられる。)のいずれも,通常型乳管過形成のような多様性・混合性(不規則性・無秩序性)は認められない。このことと,甲A11,甲B13(63頁)及び証人nの証言によれば,本件生検標本中,別紙写真3記載Kの矢印のK先の部分にみられる細胞の大きさ・形・色の不揃いは,がんよりも良性の細胞増殖である可能性があることが認められ,少なくとも,本件生検標本から積極的にがん,特に浸潤がんの存在を認めることはできないというべきである。
かえって,甲A11,甲A18から20及び証人nの証言によれば,n医師及びo医師は,本件生検標本を,HE染色に加え,より精度が高いとされる免疫組織化学検査によって検討し,良性の変化であってがんではないと診断し,意見を求められたp大学病理学科のq医師も同様の見解を示したことが認められ,本件生検標本からは,がんは存在しないと評価すべきであったとも解される。
なお,甲A7の1・2(原告及び原告訴訟代理人らによるh病院病理診断科r教授からの聞取り記録)によれば,本件生検標本には二相性が消失していて細胞が増えているように見える部分があり,その外側に筋上皮細胞がないとみれば浸潤がんであり,あるとみれば浸潤がんではないと判断することになるのであって,乳管の中で細胞が増えている部分が良性である過形成か非浸潤がんかの鑑別も上記二相性が消失して細胞が増えているように見える部分の解釈によるのであり,判断に迷った場合の対処は病理医によって違うかもしれないというのであり,一般的な病理医にとって,原告の本件生検標本から良性・悪性の確定的診断をすることに困難であることがうかがえるから,f医師に,本件生検標本を良性と診断すべき義務があるとまではいえない。しかし,がんでないものをがんと診断することは,患者に不要な治療による身体的侵襲や経済的・心理的負担等を与えることになるから,良性・悪性の確定的判断が困難であって良性と診断すべき義務が認められない場合に,悪性であるという確定診断をすることは,病理医の注意義務に反するというべきである。」

谷直樹

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by medical-law | 2021-11-30 05:20 | 医療事故・医療裁判