弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

髄膜炎菌感染症が強くはないが相応に疑われる場合の救急外来受診時の医師の抗菌剤投与義務 京都地裁令和3年2月17日判決

京都地裁令和3年2月17日判決(野田恵司裁判長)は,救急外来受診時の医師の抗菌剤投与義務を認めた判決です.なお,この事件は私が担当したものではありません.

ソリリスの添付文書には,抗菌薬の投与等を行う場合として「髄膜炎菌感染症が疑われた場合には」と記載されていることから,「疑われた場合」の解釈が争われました.
上記判決は,添付文書の文言の意味及びその警告が置かれた趣旨・理由からみると,①積極的にないしは強く疑われる場合(可能性が高い場合)のほかに少なくとも②強くはないが相応に疑われる場合(相応の可能性がある場合。他の鑑別すべき複数の疾患とともに検討の俎上にあがり,鑑別診断の対象となり得る場合)が含まれると理解するのが相当であるとしました.
本件における諸事情を客観的にみれば,本件患者が髄膜炎菌感染症を発症している相応の可能性はあったと認定し,救急外来受診時の医師の抗菌剤投与義務を認めました.

「(1) h医師の投薬義務違反について

ア 双方の主張の骨子
原告らは,本件患者の初期症状からみて,髄膜炎菌感染症の発症が疑われたといえるから,h医師が抗菌薬を投与せずに経過観察を選択したことは不適切であり,遅くとも8月22日午後11時43分頃までに抗菌薬を投与すべき義務があったと主張する。
これに対し,被告らは,本件患者の初期症状のほか,白血球数及びCRP値からみて,髄膜炎菌感染症の発症が積極的に疑われる状況ではなかったから,本件事故当時の医療水準に照らすと,抗菌薬を投与するのも1つの選択肢であるが,経過観察により症状の推移をみて抗菌薬を投与するかを判断するというのも1つの選択肢であり,いずれも医師の裁量の範囲内にあって不適切とはいえないから,h医師には原告ら主張の時点までに抗菌薬を投与すべき義務があったはいえないと主張する。

イ 医師等の意見
上記アの対立点に関する医師等の意見の概要は,次のとおりである。

(ア) 被告病院事故調査委員会作成の医療事故調査報告書(甲B7。以下「院内調査報告書」という。)
 血液検査で白血球数の上昇がなかったことやCRPがほとんど正常に近い値であることから,細菌感染の可能性が高くないと考えた医師の判断は一般的である。夜間は対処療法を行い,翌朝に再度血液検査を行い,検査値の推移をみて判断するという考え方がある一方で,診断は確定していなくても抗菌薬を投与しておき,後で感染症ではなかったと分かれば,その時点で抗菌薬を中止するという考え方もある。この場面における唯一の正しい対応というものはなく,どちらの選択肢もあり得た。本事例において,経過をみながら抗菌薬の投与を考慮するという選択肢をとったことは誤りではない(同p26)。

(イ) 医療事故調査・支援センター調査報告書(乙B20。以下「センター調査報告書」という。)
抗菌薬投与のタイミングにつき,日本版敗血症診療ガイドライン2016では,敗血症を診断したあるいは疑った時点から1時間以内の抗菌薬投与が推奨されているところ(同p35),本件では,菌血症(あるいは敗血症)を疑い,細菌培養検査を実施してから,約5時間後にゾシンが投与されている。しかし,血液培養検査実施時には,白血球増多やCR
P値の上昇もなく,細菌感染症よりもウイルス感染症や,薬剤アレルギーを疑っていたことからすると,やむを得ない対応であった(同p36)。

(ウ) m医師(大阪大学医学部血液・腫瘍内科助教(学部内講師),日本PNH研究会事務局長)の意見書(以下「m意見」という。)(乙B27)
本件患者の救急外来受診時の状況からは,直ちに髄膜炎菌感染症に特化した治療を開始できる状況ではなかったと考えられる(同p8)が,他方で,8月22日午後10時45分に産科から髄膜炎菌感染症も鑑別疾患の1つとして引き継がれ,髄膜炎除外のため入院の上,経過観察と判断し,ほぼ同時に持続点滴を開始しており,髄膜炎は考えにくい状況で,細菌感染を示唆する明確な検査所見もこの時点ではないものの,髄膜炎菌感染症のリスクを考慮すると(少なくともそれを疑って精査を進めているわけであるから),産科から引き継いだ上記タイミングで主治医に相談するか,抗菌薬を入れておくべきものと思われる。その後,同日午後11時43分に血培を採取しているが,敗血症,菌血症を念頭においてのことであるから,遅くともこのタイミングで入れるべきであったと思われる(同p9)。

(エ) k医師(神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長)の意見書(甲B22の2,23)及び証言(以下,併せて「k意見」という。)
髄膜炎菌感染症を疑いながら様子をみることは決してしてはならず,同感染症の疑いがあれば,速やかに抗菌薬を投与するのが医師に求められる確立された医療水準である。そのことは,同感染症が否定できないものの積極的に疑われない場合や,除外診断の対象と考えた場合でも,同様である。なぜなら,第1に,同感染症は,緊急性が高く,進行が速
く,致死的であるからであり,第2に,結果的に同感染症でなかった場合のリスク(抗菌薬の副作用のリスク)と逆のリスク(救命できないリスク)とを比較すると,後者のリスクがはるかに大きいから,これを患者に背負わせないのが臨床医学の鉄則だからである。したがって,本件で,h医師が髄膜炎菌感染症を疑いながら経過観察とし,速やかに抗菌薬を投与しなかったのは不適切である。

ウ 検討
前提事実,前記1,2の診療経過及び医学的知見を基礎に,上記イの各意見を踏まえつつ,h医師の投薬義務の有無について検討すると,以下のようにいうことができる。

(ア) 添付文書の記載とその意味の理解

a 添付文書の記載
前提事実(前記第3)3(2)ア(ウ)(エ)のとおり,ソリリスの添付文書には,「重大な副作用」の項目に,「髄膜炎菌感染症を誘発することがあるので,投与に際しては同感染症の初期徴候(発熱,頭痛,項部硬直,羞明,精神状態変化,痙攣,悪心・嘔吐,紫斑,点状出血等)の観察を十分に行い,髄膜炎菌感染症が疑われた場合には,直ちに診察し,抗菌薬の投与等の適切な処置を行う(海外において,死亡に至った重篤な髄膜炎菌感染症が認められている。)。」との記載があり,「使用上の注意」の項目に,「投与により髄膜炎菌感染症を発症することがあり,海外では死亡例も認められているため,投与に際しては,髄膜炎菌感染症の初期徴候(発熱,頭痛,項部硬直等)に注意して観察を十分に行い,髄膜炎菌感染症が疑われた場合には,直ちに診察し,抗菌剤の投与等の適切な処置を行う。髄膜炎菌感染症は,致命的な経過をたどることがある...(以下略)」との記載がある。

b 警告の趣旨・理由
添付文書にこのような警告がおかれている趣旨・理由については,前提事実3(2)ア(イ)のとおり,①ソリリスが補体C5の開裂を阻害し,終末補体複合体C5b-9の生成を抑制するため,髄膜炎菌を始めとする莢膜形成細胞による感染症を発症しやすくなるという副作用を有すること,②外国の例であるが,髄膜炎菌感染症には,急速に悪化し致死的な経過をたどる重篤な例が発生していることから,死亡の結果を回避するためである。
そして,外国で死亡例があることは添付文書の記載自体から知ることができるし,ソリリスと髄膜炎菌感染症とのより詳しい関連性については,前記1(1)で認定したように,「メルクマニュアル」のような汎用的な医学文献(同ア),「救急医学」のような汎用的な雑誌(同ウ),更に製薬会社の発行する雑誌や医療従事者向けサイト(同オ)など,医師が容易に調査・確認し得る資料にも説明がある。そこには,髄膜炎菌感染症には,劇症型と呼ばれる急速進行性のものがあり,これを念頭において速やかな抗菌薬の投与が推奨されていることが理解できる記載がある。

c 「疑われた場合」の意味

(a) 添付文書には,抗菌薬の投与等を行う場合として「髄膜炎菌感染症が疑われた場合には」と記載されている。この記載の理解について,原告らは,「疑われた場合」は「否定できない場合」とほぼ同義であり,症状からみて髄膜炎菌感染症の可能性がある場合ないしそれが懸念される場合には,「疑われた場合」に当たる旨主張するのに対し,被告らは,「疑われた場合」と「否定できない場合」は同義ではなく,「疑われた場合」に当たるといえるためには,「否定できない場合」との対比において,「積極的に疑われた場合」あるいは「強く疑われた場合」であることが必要である旨主張する。

(b) まず,添付文書の文言の意味から検討するに,ある疾患が疑われるという場合の「疑い」には,その性質上,強弱ないし程度の違いがあり,それに応じて,例えば,①積極的にないしは強く疑われる場合(可能性が高い場合),②強くはないが相応に疑われる場合(相応の可能性がある場合。他の鑑別すべき複数の疾患とともに検討の俎上にあがり,鑑別診断の対象となり得る場合),③可能性が低い場合かほとんどゼロに近い場合(単なる除外診断の対象となるにすぎない場合)などに分けて理解することが可能である。添付文書にいう「疑われた場合」というのが,どのレベルを指すのかは一義的には明らかでないものの,その文言の一般的な理解としては,上記①の場合に加え,上記②の場合をも含めて理解するのが通常であると考えられる。これに対し,「否定できない場合」とは,可能性が低いがゼロではない場合を意味するものと考えられるから,上記③の場合がこれに当たると理解することができる。

(c) 次に,前記bの警告の趣旨・理由との関係で「疑われた場合」の意味するところを検討すると,上記①の場合に限定して理解することはその趣旨に整合するものではなく,少なくとも上記②を含めて理解する必要がある上,その趣旨・理由を強調すると,上記③の場合を含めて理解する余地があると考えられる。

(d) 以上のような添付文書の文言の意味及びその警告が置かれた趣旨・理由からみると,上記①の場合のほかに少なくとも上記②の場合が含まれると理解するのが相当であって,これを上記①の場合に限定して理解すべきものとする被告らの主張には合理性がなく,採用することができない。

(イ) 診察時の各疾患の「疑い」

a 主観的に「疑っていた」こと
h医師は,本件患者を診察した時点で,髄膜炎菌感染症の可能性はほとんどないと考えていて,血液培養を実施したのはその可能性を除外するためだけであった旨証言する(証人h)。
しかし,h医師は,本件患者を診察した後,入院させる措置をとっている上,「入院診療計画書」には,「細菌感染や髄膜炎が強く疑われる状況となれば,速やかに抗生剤を投与する」ために入院措置をとった旨を記載している(前記2(3)オ)。このことは,髄膜炎菌感染症を含む細菌感染の可能性について積極的にあるいは強くは疑っていなくても,相応の疑いないし懸念をもっていたということにほかならない。したがって,髄膜炎菌感染症の可能性はほとんどないと考えていたとするh医師の証言は,そのままには信用できない。
したがって,h医師は,上記時点で,添付文書にいう「疑い」を有していたものの,積極的にあるいは強く疑われる場合でなければ抗菌薬を投与する必要はないとの,添付文書とは異なる考えのもとに経過観察を選択したものと推察される。

b 客観的に「疑われた」こと
仮に,上記aの認定とは異なり,h医師が,上記aの証言のとおり,髄膜炎菌感染症を含む細菌感染の可能性はほとんどないと考えていたとした場合には,その認識ないし判断の当否が問題となる。
まず,本件患者の症状がソリリスの薬剤反応である可能性については,投薬から発症までの時間的接着性が1つの有力な根拠になり得るが,他方で,すでに何度も投薬しているのにそれまでは一度も薬剤反応がなかったことは否定方向に働く1つの事情といえるから,他の可能性を否定できるほどに薬剤反応の疑いが強かったとはいえない(証人k)。
次に,ウイルス感染については,CRPや白血球の数値が低いことと整合する部分があるが,ウイルス感染であれば上気道や気管の炎症を伴うことが多いのに,本件でその症状がなかった点は,これを否定する方向に働く事情であり,ウイルス感染の可能性が高いと判断できる状況ではなかったといえる(証人k)。
そして,細菌感染については,CRPや白血球の数値が低いことはこれを否定する方向に働き得る事情ではあるが,CRPは発症から6~8時間後に反応が現れるといわれており,それまではその値が低いからといって細菌感染の可能性がないとは判断できず,疑いを否定する根拠になるものではない。また,白血球の数値も重度感染症の場合には減少することもあるとされており,同じく細菌感染の疑いを否定する根拠になるものではない(証人k)。
h医師は,細菌感染のうち髄膜炎菌感染症については,日本における感染は稀有であることを根拠に,その可能性はほとんどないと判断したと証言する。しかし,日本における健康者の髄膜炎菌感染症の平均保菌率は0.4%と,諸外国(5~15%)と比較して極めて低い(前記1(2)イ)ものの,2013年以降,毎年20~40例の感染例があり ,感染ないし発症の可能性がほとんどないといえるほど稀有な疾患ではないし,ましてや本件患者は発症リスクが1400倍~10000倍になる(前記1(1)イ )といわれるソリリスを投与していることを考慮に入れると,本件当時,日本ではソリリス投与患者の発症例がなかったことを踏まえても,その発症の可能性はほとんどないと判断したことに合理性があったとはいえない。
以上の検討を踏まえると,本件における諸事情を客観的にみれば,本件患者が髄膜炎菌感染症を発症している相応の可能性はあった(前(b)でいえば,②の場合に当たる。)といえるから,添付文書にいう「疑われた場合」に当たる状況にあったと評価される。

エ h医師の投薬義務とその違反
上記ウの検討を踏まえると,同(イ)aの場合には,h医師は,本件診察の時点(又は遅くとも午後11時43分に血液培養を依頼した時点)において,高熱,頭痛,嘔吐等の症状がみられたことをもって,細菌感染についても相応の疑いを抱いていたのであるから,添付文書に従って速やかに抗菌薬を投与すべき注意義務があったといえる。
また,同bの場合には,h医師が細菌感染の可能性がほとんどないと考えていたこと自体が不適切であって,客観的に髄膜炎菌感染症の疑いが認められた本件診察の時点(又は遅くとも午後11時43分に血液培養を依頼した時点)において,細菌感染の可能性を適切に疑った上で,添付文書に従って速やかに抗菌薬を投与すべき注意義務があったといえる。しかるに,h医師は,上記aの場合には細菌感染の可能性を疑いながら速やかに抗菌薬を投与せず,また,bの場合には細菌感染の可能性について疑いを抱かなかったために速やかに抗菌薬を投与しなかったといえるから,いずれにしても速やかに抗菌薬を投与すべき注意義務に違反する過失があったというべきである。

オ 被告らの主張について

(ア)  医師の裁量について
院内調査報告書及びセンター調査報告書では,すぐに抗菌薬を投与するか経過観察をするかは,いずれもあり得る選択であり,いずれかが正しいというものではないとの見解が表明されているところ,被告らは,血液内科及び感染症内科を含む複数の医師が関与して出された上記意見を尊重すべき旨主張する。
しかし,院内調査報告書及びセンター調査報告書では,CRP及び白血球の数値が正常に近いものであったことを主たる根拠に,細菌感染の可能性が高くないとしたh医師の判断は標準的ないしはやむを得ないものであったとするが,前記ウで説示したとおり,CRP及び白血球の数値が低いからといって細菌感染の可能性が低いとは直ちに判断できないのであって,添付文書に列記された高熱,頭痛,嘔吐等の初期症状が認められる以上は,なお細菌感染の可能性が相応に疑われると認識する必要があるといえる。したがって,薬剤反応の可能性やウイルス感染の可能性の方が相対的に高いと考えられる場合であっても,なお細菌感染の可能性も相応に疑われる以上は,急速に進行して死亡するという患者にとっての重大なリスクを回避すべく,速やかに抗菌薬を投与するとの選択をするのが,前記添付文書の文言及び趣旨に適うものといえる(前記イのm意見及び同 のk意見は,その趣旨を述べるものとして合理性がある。)。
したがって,あえて添付文書と異なる経過観察という選択が裁量として許容されるというためには,それを基礎づける合理的根拠がなければならないところ,細菌感染症でない場合に抗菌薬を投与するリスクとして,抗菌薬投与が無駄な治療になるおそれ,アレルギー反応のリスク,肝臓及び腎臓の障害を生じるリスク,炎症の原因判断が困難になるリスクが考えられるが(証人h,証人k),これらのリスクは,髄膜炎菌感染症を発症していた場合に抗菌薬を投与しなければ致死的な経過をたどるリスクと比較すると,はるかに小さいといえるから,添付文書に従わないことを正当化する合理的根拠となるものではない。そして,他に,医師が裁量として経過観察を選択することを正当化する合理的根拠はない。
以上によれば,院内調査報告書及びセンター調査報告書の前記見解は合理的とはいえないから,前記判断を左右しない。

(イ) 医療水準の変更について
被告らは,本件事故発生後に,添付文書の「疑われた場合」から「否定できない場合」を含む新たな安全性情報が発出されたことを踏まえ,本件事故当時に髄膜炎菌感染症を疑い,速やかに抗菌薬の投与を義務付けることは,後知恵バイアスにより当時の医療水準を超える義務を要求するものであるとの主張をする。
しかし,前記イ~エは,細菌感染の疑いが相応に認められる事案において,その可能性が低いと判断して経過観察を選択したことが注意義務違反に当たるとするものであり,換言すると,本件は,添付文書の「疑われた場合」に当たる事案に関するものであって,被告らが主張するように,細菌感染の可能性が否定できないという程度の弱い可能性しかない事案において経過観察の選択をしたことを後方視的にみて非難するものではないから,上記主張は失当であり,前記判断を左右しない。

(ウ) 敗血症診療ガイドラインについて
被告らは,本件においてh医師は,敗血症診療ガイドラインで推奨されている,全身の紫斑,血圧低下,意識状態の低下などの症状を認めてから1時間以内に抗菌薬を投与する治療を行っているところ,それより前の段階で抗菌薬を投与すべきであったとすることは,医療水準より高度な医療行為を求めるものであると主張する。
確かに,敗血症ガイドラインでは,敗血症が発症したことを疑わせる徴候としての全身の紫斑,血圧低下,意識状態の低下などの症状があるときは,1時間以内に抗菌薬を投与すべきであるとされているが,これは敗血症一般を対象にしたものであると解され,ソリリスの投与中に発生する髄膜炎菌感染症の場合にはそのままには妥当しない。ソリリスの添付文書では,前記のとおり,ソリリスが免疫を弱めて髄膜炎菌感染症の感染・発症リスクを高めること,同感染症を発症した場合は急激に症状が進行して死に至る場合があることを踏まえ,上記のような全身の紫斑等の敗血症の症状が現れた場合はもとより,そうでなくても同感染症の発症が疑われる場合には,速やかに抗菌薬を投与するよう警告しているのであって,それはソリリスに特有の事情を踏まえた特別の警告であるといえるから,ソリリスを投与しているケースにおいては,敗血症一般のガイドラインではなく,ソリリスの添付文書の警告に従って行動することが求められるというべきであって,敗血症ガイドラインの推奨に従っているから問題はないということはできない。
したがって,被告らの上記主張は採用できない。

(エ) 患者カードの提示について
被告らは,本件患者が「患者安全性カード」を提示しなかったことが,h医師の注意義務違反を否定する理由になるかのように主張する。
しかし,上記カードに記載されている上記注意義務に関連する情報は,いずれも添付文書にも記載されているのであって,h医師は,本件患者を診察する前に添付文書を確認しているのであるから,本件では,上記カードの提示がなかったことがh医師の判断を誤らせたという関係にはない。
したがって,被告らの上記主張の点も前記エの判断を左右しない。

カ 小括
以上によれば,上記オの諸点は,いずれもh医師に投薬義務違反の過失があったとする前記エの判断を左右しないから,争点5のうち,h医師の過失に関する原告らの主張は理由がある。」


また,上記判決は,以下のとおり判示し,h医師の注意義務違反(過失)と本件患者の死亡との間の因果関係も肯定しました.

「 ア 基礎となる知見及び事実
前記1の認定及び証拠(甲B22の2,甲B23,証人k)によれば,因果関係の判断に関連するものとして,次の知見及び事実を指摘することが
できる。

(ア)  本件患者の髄膜炎菌感染症は,その症状の経過からみて,急速進行性の劇症型のものであり,急激に重篤化していったことが認められるが,他方で,髄膜炎菌は抗生物質に対して非常に感受性が高く,髄膜炎菌感染症は,経過が著しく早い症例を除いて,早期に適切な治療を施せば治癒するとされる(前記1(1)イ ,オ )。細菌が消滅するまでに要する時間は,一般的には1~3時間と言われている(前記1(5)ア)。

(イ) 統計資料や医学文献(前記1(2)カ~シ)によれば,髄膜炎菌感染症が発症した場合の致死率につき,①アメリカの文献で適切な抗菌薬治療を行った場合に10~15%,敗血症を発症した場合で40%とするもの,②イギリスの文献で多くの国で10%前後とするもの,③同じく先進工業国での流行状況下において8~19%とするもの,④アメリカの症例報告でソリリス投与患者の髄膜炎菌感染症発症患者16例のうち死亡例は1例(致死率6%)とするもの,⑤ソリリスの発売元であるアレクシオンファーマ合同会社のソリリス全例調査で感染者数76例に対し死亡事例8例とするものがある。

(ウ) 本件患者の症状の推移をみると,①8月22日午後4時前頃までに髄膜炎菌感染症を発症し,被告病院を受診した同日午後10時頃には,血圧95/62mmHg,SPO298%,脈拍115回/分,体温36.3度(ただし,同日午後5時頃にロキソニンを内服)であった(前記2(2)ア)。②同日午後11時過ぎ頃,意識状態及び意思疎通に問題はなく,移動に介助が必要であるものの,短い距離であれば介助なしで歩行できる状態であった(同(3)ウ)。③8月23日午前1時42分頃には,看護師に対し,汗をかいた,着替えたい旨を述べ,同日午前3時27分にも,看護師に対し,乳房の張りによる痛みを訴えて搾乳を希望するなどしており,上記各時点では,意識障害はなく,意思疎通ができていた(同(3)キ)。④同日午前4時25分頃,全身の紫斑が出現し,血圧が67/46に低下するなどのショック状態となった(同(3)ケ)。以上の経過を踏まえると,本件患者は髄膜炎菌感染症(菌血症)を発症していたところ,それに基づく敗血症(髄膜炎菌による全身の炎症)を発症したのは,8月23日午前4時25分頃のことであったと推測される(甲B23p6,9,証人k)。

イ 判断
上記アのとおり,①髄膜炎菌感染症の抗菌薬への感受性が高く,抗菌薬がよく効く疾患であるとされており,そのような感受性の高い細菌は,教科書的な数値ではあるが,抗菌薬の投与によって1~3時間で死滅するとされていること,②統計資料では髄膜炎菌感染症の致死率は8~30%とされ,10%前後の数字を示すものが多いこと,③敗血症を発症した症例の致死率は40%程度とされるものの,8月22日午後11時30分頃までの本件患者の状態は,前記ア のとおりバイタルが保たれ,意識消失もなかったもので,敗血症を発症して全身状態が悪化したのは,それから約5時間後の8月23日午前4時25分頃のことであったことが認められる。
これらを総合すると,本件患者の髄膜炎菌感染症が劇症型のものであることを踏まえても,h医師が午後11時43分頃までの間に抗菌薬を投与していたとすれば,抗菌薬によって敗血症(電撃性紫斑病)の発症を抑えることができた可能性が高い上,仮に敗血症(電撃性紫斑病)の発症が避けられなかったとしても,その急激な重症化を回避できた可能性が高いといえるから,本件患者が8月23日午前10時43分の段階で生存していたことはもとより,その後の死亡の結果をも回避できた可能性が高かったものと推察される。
以上のとおり,h医師が前記投薬義務を履行し,8月22日午後11時43分頃までの間に抗菌薬を投与していれば,本件患者を救命できた高度の蓋然性があったといえるから,h医師の投薬義務違反の過失と本件患者の死亡との間には因果関係があると認めるのが相当である。

ウ 被告らの主張について
これに対し,被告らは,特定の患者の生存可能性は同患者の病状などによって決まるものであり,統計上の死亡率から特定の患者の生存率を判断するのは不合理である旨主張する。しかし,因果関係の判断は,過失がなかったと仮定した場合の予後を推測するものであって,実際に起こったことを認定するものではないから,利用可能な種々の事実や資料を総合して推測するほかなく,その際に1つの資料として統計を参考にすることが不合理なものとは解されない。また,上記イの判断においては,当該治療が適切に行われたとした場合の救命率に関する統計資料に加えて,当該疾患に対する治療効果に関する医学的知見や,当該治療を行うべきであった時期の前後の本件患者の病状等を総合して,救命可能性の程度を推測しているのであって,そのような因果関係の判断手法は一般的なものであり,格別不合理なものとはいえないから,被告らの前記主張は採用できず,前記イの判断を左右しない。

エ 小括
以上によれば,争点6についての原告らの主張のうち,h医師の過失との間の因果関係に関する主張は理由がある。」


谷直樹

ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
  ↓
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ



by medical-law | 2021-12-03 05:47 | 医療事故・医療裁判