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カルテの改ざん 東京地裁令和3年4月30日判決

東京地裁令和3年4月30日判決(裁判長 桃崎剛)は,以下のとおり判示し,カルテの改ざんを認定し,被告に慰謝料100万の支払いを命じました.カルテの記載を鵜呑みにせず,改ざんを主張立証した本件原告代理人(大森夏織先生)の慧眼と力量に感服します.

「2 争点(1)(カルテ改ざん及び虚偽説明の有無)について

(1) 原告は,A医師は,①原告のチン小帯の脆弱性及び断裂時期,②左眼の前房出血及び硝子体出血の時期,③原告の11月26日の左眼眼圧について,それぞれカルテを改ざんし,改ざん後のカルテ記載に基づき,原告に対し,虚偽の説明をしたと主張する。

(2) 医師は,患者に対して適正な医療を提供するため, 診療記録を正確な内容に保つべきであり,意図的に診療記録に作成者の事実認識と異なる加除訂正,追記等をすることは,カルテの改ざんに該当し, 患者に対する不法行為を構成するというべきである。
証拠(証人A医師(33,34,54頁))及び弁論の全趣旨によれば,手術記録は,手術中に起きたこと,術中合併症等をありのままに記載するものであり,被告センター眼科においては,記録医が手術中に記録し,術後,手術室において執刀医が必要に応じて追記して作成されていたものと認められる。そうすると,手術記録の記載内容は,手術の経過を経時的・客観的に記録したものとして信用することができ,同記載内容に反し,又は整合しないカルテの記載は信用性が極めて低いというべきである。以下,この観点を踏まえて,カルテの改ざんの有無等について検討する。

ア ①原告のチン小帯の脆弱性及び断裂時期について
(ア) 原告のチン小帯の脆弱性に関し,11月14日のカルテには,本件手術1を踏まえて,右眼のチン小帯が少し弱いため,左眼手術の際に注意が必要である旨の記載(11月14日カルテ記載①),水晶体を支える袋(チン小帯)が弱いので手術としては難しかった,左眼はもっと手術が難しいと思われ,その旨説明したとの記載(11月14日カルテ記載②)があり(前記認定事実(3)ケ),同月15日のカルテにも,本件手術1の際に右眼のチン小帯が弱く,左眼もチン小帯が断裂している可能性があり,その旨説明したとの記載(11月15日カルテ記載) があり(前記認定事実(3)コ),同月20日のカルテにも,右眼のチン小帯が弱いので左眼も手術が難しい旨説明したとの記載(11月20日カルテ記載)がある(前記認定事実(4)イ)。
水晶体超音波乳化吸引術におけるチン小帯断裂は,手術目的である眼内レンズ挿入のための水晶体嚢温存あるいは眼内隔壁温存を達成できなくなるため,最も避けなければならない合併症の一つであるところ,チン小帯断裂は術前からチン小帯が脆弱な症例に起こることが多いとされている(前記前提事実(3)ア b)。そのため,本件手術1の際に原告の右眼のチン小帯が脆弱であったのであれば,手術記録に記載されるのが自然であるが,本件手術1の手術記録には,原告の右眼のチン小帯の脆弱性に関する記載は全くない(乙A3〔21頁(=乙A9)〕)。
そうすると,手術記録の記載内容と整合しない上記のカルテの各記載は,いずれも信用性が極めて低く,これらの記載が,他の記載をした後に右上方に挿入されるような形で記載されていたり(11月14日記載①,②及び11月15日記載)(乙A1〔83,84頁〕),検査用紙の上に記載されていたりする(11月20日記載)(乙A1〔85頁〕)という体裁の不自然さも併せて考慮すると,A医師が右眼のチン小帯の脆弱性及びこれを踏まえた原告らへの説明について,事実認識と異なる内容を意図的に追記したものといわざるを得ない。
被告は,原告から前立腺肥大症の治療歴についての申告がなかったために,IFISと診断することはできなかったが,本件当時,原告は過去の前立腺肥大症の治療によりIFISを発症しており,原告のチン小帯は脆弱であったと主張する。
しかしながら,前記認定事実(3)オ,クのとおり,原告に前立腺肥大症の治療歴があることは,bクリニックからの診療情報提供書及び本件手術1の際の入院時の原告からの申告により,A医師に伝えられていたのであり,原告から前立腺肥大症の治療歴について申告がなかったという被告の上記主張は事実に反する。そして,カルテ上,IFISの記載はなく,白内障手術の手術手技が不可能なほど重症なIFISの症例は稀であること(前記認定事実(1)イ)も踏まえると,原告に前立腺肥大症の治療歴があることから,直ちに本件手術1・2の難易度に影響を与えるようなチン小帯の脆弱性があったと認めることはできず,被告の主張は採用できない。

(イ) 本件手術2に関し,11月21日のカルテには,A医師による原告の左眼のチン小帯がもともと断裂していた旨の記載(11月21日記載①及び②)やその旨原告と原告の家族に説明したとの記載(11月21日記載③)があり(前記認定事実(4)イ),11月22日のカルテにももともとチン小帯がちぎれていたため眼内レンズを入れられなかった旨の記載(11月22日記載)がある(前記認定事実(4)ウ)。
しかしながら,前記認定事実(4)イのとおり,本件手術2の手術記録(乙A4〔22頁(=乙A10)〕)には,原告のチン小帯が本件手術2の術中に,6時から12時方向に半周断裂したとの記載がある。
そうすると,手術記録の記載内容と整合しない上記のカルテの各記載の信用性は極めて低く,これらの記載が,本件手術2の術式及び執刀医等の押印の右上方に11月20日の記載欄にはみ出す形で記載されていたり(11月21日記載①),カルテの右側に枠囲いで挿入されていたりする(11月21日記載③)という体裁の不自然さ(乙A1〔85頁〕)も併せて考慮すると,A医師がチン小帯の断裂時期及びこれを踏まえた原告らへの説明について,事実認識と異なる内容を意図的に追記したものといわざるを得ない。
被告は,チン小帯線維は無数にあり,本件手術2以前の時点で少なくとも一部の線維が断裂しており,完全断裂と部分断裂の違いはあるものの断裂はしていたと主張するが,本件手術2の手術記録には術前からチン小帯が部分断裂していた旨の記載はなく,他に被告の主張を裏付ける証拠はないから,被告の主張は採用できない。
(ウ) 以上によれば,原告の右眼のチン小帯が弱く,その旨説明したとのカルテの記載及び原告の左眼のチン小帯が本件手術2以前に断裂しており,その旨原告と原告の家族に説明したとのカルテの記載は,いずれもA医師が,事実認識と異なる内容を意図的に追記したものといわざるを得ず,カルテの改ざんに該当する。

イ ②左眼の前房出血及び硝子体出血の時期について
(略)

ウ ③原告の11月26日の左眼眼圧について
原告の11月26日の左眼眼圧について,同日のカルテには36mmHgとの記載があり,看護記録には56mmHg の記載が2か所ある(前記認定事実(5)ア)。上記カルテ上の「3」の文字は,上からなぞられた形跡があり(乙A1〔86頁〕,弁論の全趣旨),この点についてA医師は,初めから「36」と記載していたが,「3」の文字が「5」と誤読されるおそれがあるため,改めてなぞった旨証言する(証人A医師(12ないし14頁))。
しかしながら,上記のとおり,看護記録には56mmHg との記載が2か所ある上,眼圧が50mmHg 以上に上昇すると,眼痛,頭痛,嘔気,かすみ等の症状が現れるとされているところ(前記認定事実(1)ア(イ)),原告は,11月26日の受診時に嘔気及び全身倦怠感を訴え,これに対しA医師は眼圧が高すぎて嘔気等の症状が出ていると思うと説明しており(前記認定事実(5)ア),上記の原告の症状及びA医師の説明は原告の眼圧が56mmHg15であることと整合していること,カルテの記載を訂正する場合,訂正前の記載が分かるように訂正すべきであるにもかかわらず,A医師は上記のとおり訂正前の記載の上からなぞり,訂正前の記載が判明しないような方法で訂正をしていること,カルテ上の他の記載に照らしても,A医師が記載した「3」の文字を「5」と誤解するような記載は認められず,A医師の上記証言は不合理である ことからすると,A医師は,カルテ上の「56mmHg」との記載を事後的に「36mmHg」と修正したものと評価されてもやむを得ないというべきである。
なお,原告の眼圧は,12月3日にはNCTにより60mmHg 超と測定されているが,前記認定事実(1)ア(ア)の医学知見によれば,NCTが計測された場合,GATでも測定すべきであるとされるところ,GATによる測定の結果,同日の原告の左眼眼圧は20mmHg であり,これが同日の原告の左眼眼圧と認められる。原告は,同日のGATによる測定結果について26又は28mmHg と記載したものを20mmHg に書き換えたものであると主張するが,同日以降のカルテにも,原告の左眼眼圧について26mmHg や30mmHg,32mmHg といった測定結果が記載されているものであり(乙A1〔87ないし92頁〕),同日の測定結果についてのみ26又は28mmHg であったものを20mmHg に書き換える動機は認め難く,原告の主張は採用できない。
以上によれば,A医師は,原告の11月26日の左眼眼圧について事後的に「36mmHg」と事実認識と異なる修正を加えたものであり,カルテを改ざんしたものと認められる。

エ 上記ア及びウのとおり,A医師は,右眼のチン小帯の脆弱性及び左眼のチン小帯の断裂時期並びに各事項を踏まえた原告らへの説明について,事実認識と異なる内容を意図的に追記し,また,左眼眼圧の数値について事実認識と異なる修正を意図的に加えて,それぞれカルテを改ざんしたものと認められるから,上記各行為について,A医師には不法行為が成立する。」

「前記2(2)エのとおり,A医師は,右眼のチン小帯の脆弱性及び左眼のチン小帯の断裂時期並びに各事項を踏まえた原告らへの説明について事実認識と異なる内容を意図的に追記し,また,左眼眼圧の数値について事実認識と異なる修正を意図的に加えて,それぞれカルテを改ざんしたものである。上記の各カルテの改ざんは,説明義務違反とは別個に不法行為を構成するところ,その態様は,主として本件説明事項に係る改ざんであり,この改ざんの事実が発覚しなければ,A医師の責任(説明義務違反)が否定されることにつながり得る悪質なものであることや改ざん箇所が多数に及んでいることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると,これにより原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は100万円と認めるのが相当である。」


谷直樹

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by medical-law | 2021-12-09 13:00 | 医療事故・医療裁判