手術適応の前提となる説明義務違反,因果関係 東京地裁令和3年4月30日判決
説明した旨の記載がカルテ改ざんによるものと認定し,これを措くとしても,水晶体核が硝子体側に落下する可能性が50%であること,全てを勘案した合併症の発生可能性は10%程度であること,原告の白内障手術の難易度は高く100人に一人程度の難易度であったこと,80歳代の高齢者の場合,術後視力良好例は約41%程度であり,手術を実施せず経過観察とした場合でも通常の加齢白内障では急激な視力低下,白内障単独での失明は生じないことを説明した旨の記載はなく,他にA医師の上記証言を裏付ける的確な証拠はないことから,説明していないと認定してしました.
「3 争点(2)(手術適応の前提となる説明義務違反の有無)について
(1) A医師が本件説明事項の説明義務を負うことについて争いはないことから,以下では,A医師が,原告に対し,本件手術1ないし3の実施に際し,本件説明事項を説明したか否かを検討する。
(2)ア 被告は,A医師は,原告に対し,本件説明事項について,9月24日,10月18日,11月8日,同月14日,同月15日,同月20日及び同月21日と繰り返し説明している旨主張し, A医師はこれに沿う証言をしており(証人A医師(乙A12〔1ないし4,12ないし17頁〕,5ないし9,25ないし27,30,31,35,38,40,48,49頁 ) , カルテ上も白内障手術のリスクを説明した旨の記載がある(前記認定事実(3)カ,キ,ケ,コ,同(4)アないしウ)。
しかしながら,前記2(2)アのとおり,本件では,原告のチン小帯がもともと脆弱であり,その旨説明したとのカルテ記載(11月14日カルテ記載①,②,11月15日カルテ記載及び11月20日カルテ記載)及び左眼のチン小帯がもともと断裂しており,その旨説明したとのカルテ記載(11月21日カルテ記載①ないし③)は,いずれも改ざんされたものと認められるから,信用することはできない。
これを措くとしても,原告及び原告長男はいずれもA医師から本件説明事項の説明を受けたことはない旨供述ないし証言しているところ(原告本人(4ないし6頁),原告長男(3ないし7頁)),9月24日,10月18日,11月8日,同月14日,同月15日,同月20日及び同月21日のいずれのカルテにおいても,A医師が,原告に対し,水晶体核が硝子体側に落下する可能性が50%であること,全てを勘案した合併症の発生可能性は10%程度であること,原告の白内障手術の難易度は高く100人に一人程度の難易度であったこと,80歳代の高齢者の場合,術後視力良好例は約41%程度であり,手術を実施せず経過観察とした場合でも通常の加齢白内障では急激な視力低下,白内障単独での失明は生じないことを説明した旨の記載はなく,他にA医師の上記証言を裏付ける的確な証拠はないから,A医師の上記証言を採用することはできず,A医師は,本件説明事項を説明していないものといわざるを得ない。
したがって,A医師には,本件説明事項について説明義務違反が認められる。」
東京地裁令和3年4月30日判決(裁判長 桃崎剛)は,以下のとおり判示し,「本件手術1・2は,リスクがかなり高く,手術が多数回に及ぶ可能性があるのに対し,必ずしも視力の改善を保証するものではなくその効果は限定的であり」,他方「手術を実施しなくても直ちに失明するものではない」という説明を受けていた場合には,本件手術1・2の実施に同意することはなかったと認定しました.説明義務違反を認定する判決でも因果関係まで認めない裁判例が多い中,本判決の丁寧な認定は参考になります.
「5 争点(4)(争点(2)の説明義務違反と結果の間の相当因果関係の有無)について
(1) 前記認定事実(4)イのとおり,原告は,本件手術2の術中に前房出血を起こし,A医師は,これにより眼内レンズを挿入することができなかった。
原告の左眼視力は,本件手術2の術前は矯正視力0.3であったが,11月26日には手動弁程度となり,12月3日以降は,光覚弁があるかどうかという程度にまで低下し ,本件手術3の後,失明するに至っ たものである(前記認定事実(4)ア,(5)ア,(6)カ,ケ)。
そして,原告は,平成29年1月6日,左網膜中心動脈閉塞症と診断されており(前記認定事実(6)ケ),網膜中心動脈閉塞症の発生機序として,緑内障や外力による高眼圧があるところ(前記前提事実(3)ウ),原告の左眼眼圧は,本件手術2の術前はNCTによる測定ではあるが12mmHg 程度で正常眼圧であったものが,11月26日には56mmHg となり,その後20mmHgを超える高眼圧が継続したものである(前記認定事実(4)ア,(5)ア,エないしサ)。
以上の経過に鑑みると,原告は,本件手術2における術中の前房出血を契機として眼圧が上昇し,それとともに視力が低下して左網膜中心動脈閉塞症となり,失明に至ったものと認められ,本件手術2と原告の左眼失明の間には事実的な因果関係があるというべきである。
被告は,本件手術2の術中に起きた出血は全て除去しており,原告は,本件手術2の術後3日目(11月23日)に起きた,原告の素因に起因する眼内出血によって失明に至ったものであると主張する。11月23日のカルテには,同日に高血圧が原因で眼内出血した可能性がある旨の記載があるが,同記載の信用性を措くとしても,可能性の指摘にとどまるものである上,同記載のほかに術後の眼内出血を積極的に裏付ける証拠及び事実がないことからすると,術後の眼内出血が原告の左眼失明を招いたとは認められず,被告の主張は上記認定判断を左右するものではない。
(2) 本件説明事項は,原告のチン小帯が脆弱である可能性があることを前提に,手術に付随する危険性として失明等 の合併症のほか,チン小帯断裂及び後嚢破損により眼内レンズを挿入できず,手術が1眼で2回(両眼で4回)に分かれる可能性があり,また,水晶体核が硝子体側に落下する可能性が50%であること,出血・硝子体脱出による眼圧上昇等の合併症発症の可能性があり,全てを勘案した合併症の発生可能性は10%程度であり,原告の白内障手術の難易度は高く100人に一人程度の難易度であったこと,他方で,80歳代の高齢者の場合,術後視力良好例は約41%程度であり,手術を行わず経過観察とする選択肢があり,その場合も通常の加齢白内障では急激な視 力低下,白内障単独での失明は生じないというものである。
このように本件説明事項は,本件手術1・2は,リスクがかなり高く,手術が多数回に及ぶ可能性があるのに対し,必ずしも視力の改善を保証するものではなくその効果は限定的であり,手術を実施しなくても直ちに失明するものではないという内容のものであるところ,原告が,A医師から本件説明事項について説明を受けていた場合には,本件手術1・2の実施に同意することはなかったというべきである。
(3) 以上によれば,A医師が,争点(2)の説明義務を果たしていた場合には,原告は,本件手術1・2の実施に同意せず,本件手術2が行われなかった場合には,原告が左眼失明に至ることはなかったと認められるから, A医師の上記説明義務違反と原告の左眼失明の間には相当因果関係が認められるというべきである。」
谷直樹
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