16ゲージの穿刺針を用いた減胎手術 大阪高裁令和2年12月17日判決
医学知見が確立していない場合でも,不合理な医療行為が行われた場合責任が認められることがある例として参考になります.
なお,本事件は私が担当したものではありません.
「3 控訴人A1の腹部損傷及び子宮内感染等による損害の賠償を求める請求について
(1) 被控訴人の使用者責任又は診療契約上の債務不履行責任の有無について
控訴人A1は,本件医師が16ゲージもの太い穿刺針を用いて約30回もの多数回にわたり控訴人A1の腹部を穿刺し,これにより控訴人A1は腹壁及び子宮に著しい傷害を負い,さらに,本件医師が感染症対策を怠ったことにより,控訴人A1は,子宮内感染の治療のためにCMCに34日間も入院を余儀なくされ,控訴人A1は,これらによって甚大な精神的苦痛を被った旨主張する。
控訴人A1の上記主張のうち,控訴人A1は,本件医師が感染症対策を怠ったことにより,子宮内感染の治療のためにCMCに入院を余儀なくされた旨の主張については,上記2(2)において認定・説示したとおり,控訴人A1の絨毛膜羊膜炎の発症について,本件手術及びその後の被控訴人医院における処置(感染症対策)との間の相当因果関係を肯定するのは困難というべきであるから,その余の点について判断するまでもなく,採用することができない。
そこで,以下,本件医師が手術IIにおいて16ゲージの穿刺針を用いて約30回にわたり控訴人A1の腹部を穿刺した行為につき,被控訴人が控訴人A1に対し使用者責任又は診療契約上の債務不履行責任を負うか否かについて検討する(被控訴人は,穿刺回数は30回にも及んでいない旨主張し,本件医師は20回程度であった旨供述するが,手術IIの後に撮影された控訴人A1の腹部の写真(甲A6)からして,穿刺回数が30回程度に及んでいたことは明らかである。)。
被控訴人は,控訴人A1との間で,妊娠した胎児の管理及び減胎手術等に関する診療契約(以下「本件診療契約」という。)を締結したのであるから,被控訴人の履行補助者である本件医師は,本件診療契約に基づき,人の生命及び健康を管理する業務に従事する者として,危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くして控訴人A1の診療に当たる義務を負担したものというべきである。認定事実(1)オのとおり,減胎手術は,母体保護法の定める術式に合致しない手術であるとの指摘や,減胎される胎児の選び方について倫理面の問題も指摘されているとしても,減胎手術等を内容とする本件診療契約を締結した被控訴人及びその履行補助者として人の生命及び健康を管理する業務に従事する本件医師は,減胎手術等に当たり,控訴人A1の母体に対する危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くす義務を負うことに変わりはないものというべきである。
穿刺針の太さを表すゲージ数は小さいほど穿刺針の太さが太く,その外径は,23ゲージで0.64㎜,22ゲージで0.72㎜,21ゲージで0.81㎜,20ゲージで0.89㎜,18ゲージで1.25㎜,16ゲージで1.64㎜であり,その断面積は,23ゲージで0.321㎟,22ゲージで0.406㎟,21ゲージで0.515㎟,20ゲージで0.621㎟,18ゲージで1.226㎟,16ゲージで2.137㎟である(甲B49)。
そして,手術IIの場合のように,経腹的に子宮内に穿刺針を穿刺する場合,ゲージ数の小さい太い針を使用するほど,また,穿刺回数が増えるほど,母体の腹壁及び子宮に対する侵襲の程度が大きくなることは明らかというべきである。
ところで,認定事実(1)オのとおり,日本国内では,減胎手術に関する症例報告やその手技等について述べた教科書,文献は少ないものの,欧米諸国など広く減胎手術が受け入れられている国もあり,ガイドラインがある国が13か国あるとされ,減胎手術に関する方法論や医学的安全論文も多数報告されている状況にある。そして,証拠(甲B5,7,10,33~41)及び弁論の全趣旨によれば,日本では,平成15年に発行された,日本不妊学会編集の「新しい生殖医療技術のガイドライン第2版」(甲B33)において,E医師の発表した文献に基づき,減胎手術は妊娠10週頃に23ゲージの穿刺針を用いて経腹的に行われている旨の紹介がされ,平成19年に発行された医学雑誌「臨床婦人科産科」(甲B10)においては,減胎手術は,通常は胎児の構造的評価が可能となる妊娠12~14週に行われ,21ゲージないし23ゲージの穿刺針を使用する旨の記載がされ,米国では,上記日本不妊学会編集のガイドラインでも引用されている米国のEvansの報告(甲B34)において22ゲージの穿刺針を使用した旨の紹介がされているほか,22ゲージの穿刺針を使用する旨を記載した教科書等が発行されており,1980年代後半ないし1990年代前半の例として20ゲージが使用されたことを紹介する文献もあることが認められるが,本件において,20ゲージよりも細い穿刺針を使用することを示す医学文献や医師の意見書等は提出されておらず,平成9年11月27日に開催された厚生科学審議会先端医療技術評価部会において日本母性保護産婦人科医会から17ゲージから22ゲージという穿刺針を使用して経腹的に行う旨の紹介がされたことが認められる(甲B7)程度である。
これに対し,認定事実(1)オのとおり,本件医師が手術IIにおいて16ゲージの穿刺針を用いたのは,以前に勤務していた他の医療機関において先輩医師等から指導を受けるなどして習得した知見によるものである。そして,被控訴人は,16ゲージの穿刺針を使うことについてはエコー(超音波)で針先を追いやすいというメリットがある旨主張し,本件医師の陳述書(乙A9)にもこれに沿う記載がある。また,本件医師の陳述書(乙A4,9)には,3次元の子宮内を2次元のエコーで捉えながら場所と形状を慎重に見極める必要がある上,手術Iで減胎を試みた胎児とそうでない胎児との見極めが非常に難しかったため,多数回の穿刺になった旨の記載があり,同旨の供述をする。
しかしながら,上記認定によれば,経腹的な減胎手術においては,本件手術当時,21ゲージないし23ゲージの穿刺針が使われるのが主流であったことが認められ,少なくとも16ゲージの穿刺針を用いる例を紹介する文献等は見当たらない。通常,減胎手術は,少なくとも3胎以上の多胎妊娠を双胎又は単胎に減ずるものであって,欧米では妊娠10~12週に胎児の心臓内にKCL(塩化カリウム)を注入する方法が普及しており,それ以上に遅い時期に減胎手術を行うと流産が誘発される可能性が高くなるとされ(甲B44),上記「新しい生殖医療技術のガイドライン第2版」(甲B33)においても,E医師の発表した文献に基づき,減胎手術は妊娠10週頃に経腹的に超音波穿刺用プローブガイド下に23ゲージの穿刺針を用いて経腹的に行われているとされ,「臨床婦人科産科」(甲B10)においても,通常は胎児の構造的評価が可能となる妊娠12~14週に行われ,経腹超音波ガイド下に胎児縦断面を抽出し,穿刺針(21ゲージあるいは23ゲージ)を刺入する(甲B10)などとされている。これらによれば,妊娠10~14週頃に経腹的にKCLを注入する方法により減胎手術を行う場合において21ゲージないし23ゲージの穿刺針を用いることが技術的に困難であるとは一般に考えられていないということができる。しかるに,上記のとおり,本件医師は,16ゲージもの太い穿刺針(16ゲージの穿刺針の断面積は21ゲージの穿刺針の断面積の6倍以上である。)を用いた上,控訴人A1の腹部を約30回にわたり穿刺しているのであり,16ゲージの穿刺針を用いる利点について,エコー(超音波)で針先を追いやすいということしか述べておらず(そもそも,本件医師は,以前に勤務していて先輩医師等から指導を受けた他の医療機関において16ゲージの穿刺針を用いていたから手術IIにおいても16ゲージの穿刺針を用いたというのであり,穿刺針の選択も含めた減胎手術に係る文献すら読んでいないというのである(Dp20,33)。),他に16ゲージの穿刺針を用いるべき医学的な根拠を主張等していない。上記認定のとおり,手術IIが妊娠9週目に行われたものであり,しかも,先行して手術Iが行われた結果,5胎のうち4胎が残り,手術IIにおいては減胎を試みた胎児とそうでない胎児との見極めが必要となったことから,本件医師の供述等するとおり,その見極めが非常に難しかったということができるとしても,上記のとおり,経腹的に子宮内に穿刺針を穿刺する場合,ゲージ数の小さい太い針を使用するほど,また,穿刺回数が増えるほど,母体の腹壁及び子宮に対する侵襲の程度が大きくなるものであることに鑑みると,上記のような技術的困難性のゆえにやむを得ず穿刺回数が多数に及ぶことが想定されるのであれば,母体に対する侵襲を可能な限り抑制する観点から,穿刺針の選択には細心の注意を払うべきであったというべきであり,少なくとも,21ゲージないし23ゲージの穿刺針が使われるのが主流であるとされる経腹的な減胎手術において21ゲージの穿刺針の断面積の6倍以上もある16ゲージの穿刺針を選択する合理性はおよそ見いだせない。のみならず,穿刺回数が約30回に及んだことについても,証拠(甲B22,23,証人E,D)及び弁論の全趣旨によれば,減胎手術においては,1胎につき,1~3回程度,多くても,4,5回程度穿刺すれば,減胎の目的を達成することができるのが通常であるとされているようであり,減胎手術の内容,性格等に鑑みると,それ以上の主張・立証を欠く本件において,本件医師の上記供述内容等を直ちに採用して必要やむを得ないものであったと認めるのも困難というべきである。
被控訴人は,減胎手術の際にいかなる太さの穿刺針を用いるべきかについて医学的知見が確立されていたことはない旨主張するが,経腹的に子宮内に穿刺針を穿刺する場合,ゲージ数の小さい太い針を使用するほど,また,穿刺回数が増えるほど,母体の腹壁及び子宮に対する侵襲の程度が大きくなるものであるから,本件医師の供述するとおり,技術的困難性のゆえにやむを得ず穿刺回数が多数に及ぶことが想定されたのであれば,母体に対する侵襲を可能な限り抑制する観点から,穿刺針の選択には細心の注意を払うべきであったのであり,被控訴人の主張するとおり我が国において減胎手術の際にいかなる太さの穿刺針を用いるべきかについての医学的知見が確立しているとはいい難い状況にあったとしても,少なくとも,本件において16ゲージの穿刺針を選択する合理性は見いだし難いというほかない。
以上検討したところによれば,本件医師は,手術IIに当たり,技術的困難性のゆえにやむを得ず穿刺回数が多数に及ぶことが想定されたにもかかわらず,母体に対する侵襲への配慮を欠き,穿刺針の選択に注意を払わず,16ゲージの穿刺針を用いた上,約30回にわたり控訴人A1の腹部を穿刺した点において,控訴人A1の母体に対する危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くす義務に違反したものとして,本件医師の上記行為は,控訴人A1に対する不法行為を構成し,被控訴人は,控訴人A1に対し,民法715条1項による使用者責任を負うとともに,診療契約上の債務不履行責任を負うものというべきである(なお,控訴人A1は,本件医師は,手術Iの胎児穿刺後に穿刺針を胎児に穿刺したまま胎児心拍の停止を必要な時間注意深く観察すべき義務があったにもかかわらず,これを怠り,2胎の減胎に失敗したため,控訴人A1は,難易度の高い手術IIを余儀なくされた旨主張するが,手術Iのように経腟的に穿刺針によって胎児の胸郭部に生理食塩水を注入する経腟法も減数手術の術式として紹介されている(甲B33)ところ,本件医師は,手術Iにおいて子宮底部の3胎を減胎の対象として穿刺針を穿刺し,いずれも針が刺さった旨及び手術IIにおいて手術Iで穿刺した胎児とそれ以外の胎児とをエコーで識別し得た旨供述しており,本件医師が控訴人A1の主張するような注意義務を負っていたことを認めるに足りる的確な証拠はなく,他に手術Iに当たり本件医師が履行補助者として本件診療契約上の注意義務に違反したことを認めるに足りる証拠もない。)。
(2) 損害額について
上記(1)において認定・説示したとおり,本件医師は,手術IIに当たり,技術的困難性のゆえにやむを得ず穿刺回数が多数に及ぶことが想定されたにもかかわらず,母体に対する侵襲への配慮を欠き,穿刺針の選択に注意を払わず,16ゲージの穿刺針を用いた上,約30回にわたり控訴人A1の腹部を穿刺した点において,控訴人A1の母体に対する危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くす義務に違反したものである。しかも,上記認定事実によれば,本件医師は,以前に勤務していて先輩医師等から指導を受けた他の医療機関において16ゲージの穿刺針を用いていたから,手術IIにおいても16ゲージの穿刺針を用いたというのであって,本件医師の上記注意義務違反の態様,程度は軽微とはいい難い。
他方で,証拠(甲A2,3,6,7,証人E,控訴人A1)及び弁論の全趣旨によれば,本件手術IIにおける穿刺によって,控訴人A1の腹部には広範囲にわたり内出血(皮下出血)が生じ,手術から約2年9か月が経過した平成30年3月頃の時点でも一部の穿刺痕が残っていたことが認められるのであって,控訴人A1が本件医師から16ゲージという太い穿刺針を用いて約30回にわたり腹部を穿刺されたことにより受けた肉体的・精神的苦痛の程度は小さくない。
以上の事情に加えて,本件医師がCMCを訪れて控訴人らに謝罪したことがあったなど,本件において認められる一切の事情を考慮すれば,上記苦痛を慰謝するための慰謝料額としては,50万円が相当と認められる。
そして,本件事案の内容,審理経過及び上記損害額等に鑑みると,本件における弁護士費用としては,5万円の限度で認めるのが相当である。」
谷直樹
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