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添付文書の記載(禁忌)に違反して医薬品を処方した注意義務違反 仙台地裁平成29年7月13日判決

仙台地裁平成29年7月13日判決(裁判長 大嶋洋志)は,以下のとおり判示して,高血圧のある患者(軽度の高血圧の患者を除く)に対する処方が禁忌とされている医薬品について,血圧は測定環境によって大幅に変動することから継続的な測定結果に基づく評価が必要であるとの被告の主張を退け,注意義務違反を認定しました.血圧が問題になるとよくみられる主張だけに,診断治療の場面と危険性を判断する場面とを区別した判決の論理は参考になります.

「3 争点(2)(被告Eに添付文書に違反してDにオーソM-21を処方した注意義務違反があるか)について

(1) 医薬品の添付文書の記載事項は,当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が,投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから,①医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,②それによって医療事故が発生した場合には,③これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されるものというべきである(最高裁平成4年(オ)第251号平成8年1月23日第3小法廷判決・民集50巻1号1頁参照)。そこで,以下,上記の各要件について検討する。

(2) ①医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったことについて

ア 上記前提事実(5)オによれば,オーソM-21の添付文書(本件記載)では,高血圧のある患者(軽度の高血圧の患者を除く)に対する処方は禁忌とされている。
そして,上記認定事実(3)エによれば,本件ガイドラインは,WHO基準に則って,高血圧の患者に対するOCの使用につき,OCの使用によるリスクが利益を上回る状況にある分類3(原則的禁忌)と分類4(絶対的禁忌)の各場合を定めているところ,本件ガイドラインは日本産科婦人科学会により平成17年12月に作成されたことに照らせば,その内容は,臨床医学の実践における当時の医療水準を示すものとして,合理性を有するものと推認される。そうすると,本件記載が禁忌としているのは,本件ガイドラインで示されているWHO基準の分類3に当たる場合(収縮期140~159mmHg又は拡張期90~99mmHg。ただし,臨床診断ができ,他に適当な方法がない場合を除く。)及びWHO基準の分類4(収縮期160mmHg以上又は拡張期100mmHg以上)に当たる高血圧のことであると解される。
なお,平成27年に作成された日本産科婦人科学会編集・監修のOC・LEPガイドライン(乙B14)は,収縮期160mmHg以上又は拡張期100mmHg以上の高血圧のみを禁忌とし,収縮期140~159mmHg又は拡張期90~99mmHgの高血圧は慎重投与としているが,同ガイドラインは原告らの主張する注意義務違反の時期(平成21年4月及び5月)に存在していたものではないから,当時の医療水準を判断する根拠とすることはできない。

イ 以上を前提に判断すると,上記認定事実(1)ク及びケによれば,Dの平成21年4月21日の血圧は拡張期が112mmHgであり,WHO基準の分類4(収縮期160mmHg以上又は拡張期100mmHg以上)の高血圧に当たり,また,Dの同年5月18日の血圧は収縮期が141mmHg,拡張期が95mmHgであり,WHO基準の分類3(収縮期140~159mmHg又は拡張期90~99mmHg)の高血圧に当たり,本件添付文書では投与が禁忌とされていた状態にあった。そして,被告Eは,同年4月21日にDの血圧がWHO基準の分類4に該当するほどの高血圧であったこと,同年5月18日にDの血圧がWHO基準の分類3に該当するほどの高血圧であったことをそれぞれ認識していたにもかかわらずDにオーソM-21を処方したことが認められ,しかも同年5月18日において,オーソM-21の処方の他に適当な方法がなかったとは認められないから,上記のオーソM-21の処方はいずれも本件記載に従わずにされた処方であったというべきである。
したがって,被告Eは医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項である本件記載に従わなかったものと認められる。

ウ これに対し,被告らは,血圧は,測定環境によって大幅に変動することから,一過性の変動ではなく,継続的な測定結果に基づく評価が必要であるところ,(ア)Dの同年4月21日の前後の血圧の状況からすれば,Dの同日の血圧はWHO基準の分類3にとどまること,(イ)同年5月18日時点のDの血圧もWHO基準の分類3にとどまることから,本件でのオーソM-21の処方はいずれも本件記載に違反するものではないと主張することから,以下,(ア)及び(イ)について検討する。

(ア) 平成21年4月21日の処方について
「高血圧治療ガイドライン2004」(甲B6資料2-15)によれば,血圧は変動しやすいので高血圧の診断のためには少なくとも2回以上の異なる機会における血圧値に基づいて行うべきであるとされる。
しかしながら,上記ガイドラインは高血圧の治療のための診断方法が記載されたものであり,OCの処方の可否を判断するために作成された基準ではないことに加え,本件ガイドラインには血圧の測定方法について継続的な測定結果に基づく評価をすべきという記載は見受けられないことからすれば,OCの処方の可否を判断するに当たり,当然に2回以上の異なる機会における血圧値に基づく必要があるとはいえない。
また,仮に血圧を継続的な測定結果から評価するとしても,上記認定事実(1)エないしキによれば,平成20年11月4日から平成21年2月25日の間に被告クリニックで測定された際のDの血圧はいずれもWHO基準の分類3に,同年3月30日に測定された際のDの血圧はWHO基準の分類4に当たることからすれば,Dの血圧は持続的にWHO基準の分類3ないし4に該当する状態であったことが認められ,そうすると,同年4月21日のオーソM-21の処方は本件記載に違反するものであるといえる。
そして,上記アで説示したとおり,本件記載が禁忌としているのは,患者の血圧がWHO基準の分類3に当たる場合(ただし,臨床診断ができ,他に適当な方法がない場合を除く。)及びWHO基準の分類4に当たる場合を指すというべきところ,WHO基準の分類3であるからといって,OCの処方が原則的に認められるわけではなく,禁忌に該当することには変わりがないから,WHO基準の分類3に該当する場合には本件記載に違反しないとの被告らの主張は,その前提を異にするものであって採用することができない。したがって,被告らの主張は上記の判断を左右するものではない。

(イ) 平成21年5月18日の処方について
上記(ア)で説示したとおり,本件記載が禁忌としているのは,患者の血圧がWHO基準の分類3に当たる場合(ただし,臨床診断ができ,他に適当な方法がない場合を除く。)及びWHO基準の分類4に当たる場合を指すのであって,Dの血圧がWHO基準の分類3に当たる状態であったからといって,OCの処方が原則的に認められるわけではないから,被告らの主張は理由がない。

(3) ③これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がないことについて
上記(2)で説示したとおり,被告EはDに対しオーソM-21の添付文書に記載された使用上の注意事項である本件記載に従わずにそれを処方したことが認められるところ,被告Eは,その本人尋問において,平成21年4月21日にオーソM-21の処方を再開した理由として,精神科の医師から緊張で血圧が高くなっていると聞いた旨のDの発言があったこと,DがOCの処方を強く希望していたことを挙げる(被告E本人【12頁】)。
しかしながら,同日に申告されたDの血圧は,自宅での血圧測定の結果であり,緊張で血圧が高くなる状態であるとは考え難い上,医薬品の添付文書が投与を受ける患者の安全を確保するために製造業者等からこれを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載されていることに照らせば,たとえ患者であるDによるOC処方の希望があったとしても,医師である被告EがOCの添付文書である本件記載に従わない特段の合理的理由には当たらないというべきであるから,被告Eの上記供述部分は採用することができない。
しかして,本件においては,被告EがDに対し,本件記載に敢えて従わないでオーソM-21を処方したことを正当化するだけの特段の合理的理由は認められない。

(4) ②それによって医療事故が発生した場合について
ア 添付文書の記載は,医薬品の効能を十分に発揮させるとともに,不都合な結果の発生をできる限り防止するために作成されるものであるから,医師に結果発生につき添付文書の記載事項の遵守違反による過失が推定されるためには,医師が使用上の注意に従わなかったことによって,添付文書の記載が防止しようとした結果が発生したことが必要となると解される。
そして,上記前提事実(5)オによれば,本件記載は,高血圧のある患者については,血栓症等の心血管系の障害(以下「血栓症等」という。)が発生しやすくなる又は症状が増悪することがあることから,血栓症等の発生を防止するために高血圧のある患者に対する投与を禁忌とした記載であるところ,以下,本件記載の「血栓症等」がDに発症したVTE(深部静脈血栓症,肺塞栓)を含むものであるか否かを検討する。

イ 上記前提事実(5)アによれば,血栓症とは,血管内で血栓(血小板,フィブリン,赤血球等の血漿成分が凝固したもの)が形成されることをいい,VTEとATEを含むところ,本件記載ではVTEとATEは区別して記載されておらず,オーソM-21の添付文書の詳細な情報が記載されているインタビューフォーム(甲B11の2の2)にも,血栓症との記載があるのみで,VTEとATEを区別した記載は存在しない。しかも,オーソM-21を販売している持田製薬株式会社は,仙台弁護士会の照会に対し,本件記載の「血栓症」はVTEとATEのいずれかに限定されているものではない旨回答している(甲B11の1,11の2の1)。また,上記認定事実(3)ア(エ)及び(オ)によれば,海外の研究において,高血圧がVTEのリスク因子となるとの報告があること,厚生労働省の研究班の調査において,高血圧等の生活習慣病を有する者は,深部静脈血栓症や肺塞栓が生じやすいとの報告があることが認められ,その医学的な機序が明確ではないとしても,高血圧とVTEの関係性が疑われている。
これらの事情によれば,本件記載における血栓症等とは,VTEを含むものと解するべきである。そして,上記2で説示したとおり,本件でDは深部静脈血栓症を発症した後,肺塞栓による呼吸不全で死亡したものであり,本件記載が防止しようとした結果(VTE)が発生したものと認められるから,医師が添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったことによって,医療事故が発生した場合に該当するということができる。

ウ これに対し,被告らは,VTEとATEは別個の病態であることを前提に,本件記載は,VTEではなく,ATEを念頭に置いたものであり,Dの死因である肺塞栓は,添付文書が防止しようとした結果ではないと主張する。
上記認定事実(3)ア及びイによれば,VTEは,静脈において血栓が生じるものであり,生じる血栓はフィブリンや赤血球から構成されることが多く,血小板の関与は比較的少ないとされ,その危険因子としては,血流停滞,血管内皮障害,血液凝固能亢進が挙げられている一方,ATEは,動脈において血栓が生じるものであり,血小板の関与が大きいとされ,その危険因子としては糖尿病,高血圧,喫煙等が挙げられており,これらの医学的知見からすると,VTEとATEはその形成過程及び原因において異なる点があると認められる。
しかしながら,VTE及びATEは,いずれも血管内の血漿成分が凝固し,血栓を生じるという点で機序が共通しているほか,上記イで説示した海外の研究及び厚生労働症の研究班の調査のように,高血圧とVTEとの関係性を肯定する方向の証拠も存在するのであるから,本件記載が,当然にATEのみを対象としているということはできない。
また,被告らは,高血圧とVTEは無関係であると主張するところ,確かに,喫煙,高血圧及び糖尿病のような動脈疾患の重要な危険因子は,VTEの危険因子であるとは思われないとのWHOの科学グループの報告(甲B19-1,19-2,乙B15)があるが,上記の報告において,高血圧がVTEの危険因子ではないことを裏付ける根拠は示されていない上,上記の報告において危険因子であることを否定された喫煙は,後の調査によりVTEの危険を上昇させることが判明しており(乙B14),動脈疾患の重要な危険因子であることとVTEの危険因子であることは矛盾しないことからすると,上記の報告の記載から,高血圧とVTEの関係性を否定することはできない。
そうすると,被告らの主張はいずれも上記の判断を左右するものではない。

(5) 小括
以上によれば,①医師である被告Eは,医薬品であるオーソM-21を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項(本件記載)に従わず,②それによってDが肺塞栓により死亡するという医療事故が発生したものであって,③被告Eが本件記載に従わなかったことにつき特段の合理的理由はないから,被告Eの過失が推定されるというべきである。
したがって,被告Eには,平成21年4月21日及び同年5月18日に添付文書に違反してDにオーソM-21を処方した注意義務違反が認められる。」


谷直樹

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by medical-law | 2021-12-15 00:37 | 医療事故・医療裁判