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弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

胎児心拍数モニタリング義務による早剥における重篤な後遺症が残存しなかった相当程度の可能性 京都地裁平成18年10月13日判決

京都地裁平成18年10月13日判決(裁判長井戸謙一)は,以下のとおり,早剥発生から胎児娩出までの時間が短ければ短いほど母子とも予後がよいというべきであるから,D医師の上記注意義務違反がなかった場合,原告Aに重症新生児仮死が生じず,上記の重篤な後遺症が残存しなかった相当程度の可能性,原告Bに子宮膣上部喪失という重大な後遺症が残存しなかった相当程度の可能性は認められると認定ました.
なお,この事案は平成15(2003)年1月23日の医療事故です.
産科医療補償制度(2009年1月1日以降の出産が対象)前ですので,相当程度の可能性の金額でも意味があったのです.
現在は,産科医療補償制度の補償が認められている事案では,相当程度の可能性にとどまる場合,賠償金の分だけ産科医療補償の金額が減少することになり,金額的には意味が無いので,提訴自体が控えられていると思います.
症が残存しなかった相当程度の可能性は認められると認定しました.

「4 D医師の経過観察義務違反と原告らの症状との因果関係

(1) 原告Bの胎盤は,約2分の1が剥離しており,子宮前壁から底部にかけて血液浸潤が著明で,後血腫は多量であった(第2の2(4)イ 。これは,)前記の早剥の分類(1の(1)イ)にしたがえば,第II度中等症ないし第III度重症に分類されるものである。早剥が発生してから第II度中等症ないし第III度重症にまで進行するには,一定の時間の経過を要すると考えられるから,前記のように,原告Bに早剥の典型的な臨床症状が現れたのが午後1時45分に胎児徐脈が確認されたよりも後であるとしても,早剥の発生が同時刻ころであったと認めることはできず,その一定時間前に早剥は発生していたと認めるべきである。そして,早剥が発生し,胎盤の子宮壁からの剥離が進めば,胎盤循環が阻害されて,胎児は低酸素状態に陥るから,本件において早剥の臨床症状の発症は遅れたが,継続的又は断続的に胎児心拍数モニタリングがなされていれば,午後1時45分の徐脈の確認よりも以前に,心拍陣痛図において,胎児低酸素状態に基づくパターン(基線細変動の減少,遅発一過性徐脈等)を発見あるいは確認することができ,これに基づいて超音波検査をすることによって早剥の確定診断をすることができたと考えられる。

(2) しかしながら,前記のように,入院時モニタリングの結果からは,その終了時点で原告Bが早剥を発症していたとは認められない(したがって,早剥が発生していたとも認められない)し,その後激しくなった腰痛も,早剥の発症であるとは認められないから,本件において,原告Bに早剥が発生した時期は不明であるといわざるを得ないし,原告Bに対する胎児心拍数モニタリングが継続的ないし断続的に実施されていたとしても,その心拍陣痛図に,胎児低酸素症に基づくパターンがいつころ生じていたかも不明であるといわざるを得ない。
そうすると,D医師に上記注意義務違反がなく,午前9時57分以降,継続的又は断続的に胎児心拍数モニタリングを続けていたとすれば,これによって胎児の低酸素状態を把握することができ,超音波検査を実施することによって速やかに早剥の確定診断ができ(1の(1)カに記載したように,進行期の早剥については超音波検査で診断が容易である ,直ちに帝王切開を。)実施して,現実に原告Aを娩出した時刻よりも早い時期に同原告を娩出することができた蓋然性があるというべきであるが,どの程度早く同原告を娩出することができたかを認めることができないから,D医師に上記注意義務違反がなかった場合,原告Aの重症胎児新生児仮死状態での出生及び重篤な後遺症の発生並びに原告Bの子宮膣上部切断を避けることができたと認めるのは困難である。すなわち,D医師の注意義務違反と原告Aの重症新生児仮死及び後遺症,原告Bの子宮膣上部切断との間の因果関係を認めることはできない。

(3) もっとも,新生児仮死状態で生まれた新生児の予後の程度は,分娩までの低酸素状態の時間の長さが大きな要因になると考えられるし,前記のとおり 「ゴールデンタイム」の理論が臨床経験上形成されていること(2の(4),イ)に照らしても,早剥発生から胎児娩出までの時間が短ければ短いほど母子とも予後がよいというべきであるから,D医師の上記注意義務違反がなかった場合,原告Aに重症新生児仮死が生じず,上記の重篤な後遺症が残存しなかった相当程度の可能性,原告Bに子宮膣上部喪失という重大な後遺症が残存しなかった相当程度の可能性は認められるというべきである。
そして,医師の注意義務違反と患者に生じた重大な後遺症との間の因果関係が証明されなくとも,医師の注意義務違反がなければ,その重大な後遺症が生じなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者がその可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解するのが相当である (最高裁判所平成15年11月11日第3小法廷判決・民集57巻10号1466頁参照)

(4) 上記可能性の侵害に対する損害賠償として,財産的損害(但し,弁護士費用を除く)を肯認するのは困難であり,精神的損害のみを認めるべきである そして その金額は 原告Aについては 原告Aの後遺症が第2の2(4)クで記載したようにまことに重篤であること,その後遺症が生じなかった可能性の程度,その他本件に現れた一切の事情を考慮し,金1000万円をもって相当と認め,原告Bについては,子である原告Aが重篤な後遺症を生じなかった相当程度の可能性を侵害されたことに対する母としての固有の慰謝料として100万円,自らが子宮膣上部喪失という重大な後遺症が残存しなかった相当程度の可能性を侵害されたことに対する慰謝料として,原告Aの出産が原告Bにとって初産であったこと,原告Bは二度と子を産むことができなくなったこと,上記可能性の程度,その他本件に現れた一切の事情を考慮して100万円,以上の合計200万円をもって相当と認め,原告Cについては,原告Bと同様に,原告Aの父としての固有の慰謝料として100万円をもって相当と認める。
また,D医師の注意義務違反と因果関係のある弁護士費用としては,原告Aについては100万円,原告Bについては20万円,原告Cについては10万円と認めるのが相当である。」


谷直樹

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by medical-law | 2021-12-16 04:47 | 医療事故・医療裁判