静脈血栓塞栓症発症の予防に関する注意義務 東京地裁平成23年12月9日判決
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「イ 静脈血栓塞栓症発症の予防に関する注意義務
(ア) 前記前提事実のとおり,予防ガイドライン等は,静脈血栓塞栓症発症のリスクレベルを低リスク,中リスク,高リスク及び最高リスクに階層化し,各リスクレベルに対応する予防措置を講ずることを推奨している(なお,予防ガイドライン等は,リスクレベルを付加的な危険因子の有無,内容を総合考慮して定めるものとし,弱い危険因子として肥満,下肢静脈瘤等,中等度の危険因子として高齢,長期臥床等,強い危険因子として静脈血栓塞栓症の既往等を,婦人科領域における危険因子として砕石位による手術を挙げる。)。
そして,予防ガイドラインは,婦人科領域に関し,① 30分以内の小手術を低リスク,② 良性疾患手術(開腹,経膣,腹腔鏡)等を中リスク,③ 骨盤内悪性腫瘍根治術等を高リスク,④ 静脈血栓塞栓症の既往,あるいは血栓性素因の悪性腫瘍根治術を最高リスクと,また,治療ガイドラインは,① 60歳未満の患者の非大手術及び40歳未満の患者の大手術(基本的に45分以上を要する手術)を低リスク,② 60歳以上又は危険因子を有する患者の非大手術,40歳以上又は危険因子を有する患者の大手術を中リスク(婦人科手術のうち良性疾患手術は中リスクとみなされる。),③ 40歳以上の患者の癌の大手術を高リスク,④ 静脈血栓塞栓症の既往,あるいは血栓性素因のある大手術を最高リスクと分類した上,静脈血栓塞栓症の予防として,低リスクの場合には早期離床及び積極的運動を,中リスクの場合には弾性ストッキング法又は間欠的空気圧迫法の実施を,高リスクの場合には間欠的空気圧迫法の実施又はヘパリン(低用量未分画ヘパリン)の投与を,最高リスクの場合には弾性ストッキング法又は間欠的空気圧迫法の実施とヘパリンの投与との併用を推奨する(甲B1[1121~1123],甲B8[12,13,53])。
そして,前記のとおり,本件手術は経膣による良性疾患に対するもので,これに要した時間は約1時間10分であるから,予防ガイドライン等によれば,そのリスクレベルは中リスク以上と評価され,弾性ストッキング法又は間欠的空気圧迫法の実施が推奨されることとなる。
(イ) この点,被告は,予防ガイドライン等は一つの指針にすぎず,肺血栓塞栓症発症の予防は最終的には担当医の判断と責任の下に実施されるべきである,G医師が早期離床や積極的運動を指導したことは,医師としての合理的裁量の範囲内であるし,本件において,弾性ストッキング法又は間欠的空気圧迫法を実施することは却って不適切である旨の主張もする。
確かに,個々の患者に対していかなる医療行為を行うかは,患者と十分に協議した上,最終的には担当医の責任において決定すべきものであって,医療ガイドラインは,その決定を支援するための指針にすぎず,担当医の医療行為を制限するものでも,当該ガイドラインの推奨する医療行為を実施することを医療従事者に義務付けるものでもない(甲B8[3])。
しかしながら,証拠(甲A12,甲B1,8)及び弁論の全趣旨によれば,予防ガイドラインは,日本血栓止血学会等の10学会又は研究会が参加して作成され,また,治療ガイドラインも,日本循環器学会等の7学会が参加した合同研究班により作成されたもので,その公表後,被告病院を含む多数の医療機関等において,現に予防ガイドライン等に準拠した静脈血栓塞栓症発症の予防措置が講じられていることが認められるのであって,このような予防ガイドライン等の作成経緯,その実施状況等に鑑みると,少なくとも本件において,予防ガイドライン等に従った医療行為が実施されなかった場合には,このことにつき特段の合理的理由があると認められない限り,これは医師としての合理的裁量の範囲を逸脱するものというべきである。
被告は,① 本件手術による侵襲の範囲は限定的で,手術に要した時間も1時間余りであること,② 原告Aは,全身麻酔から覚醒した後,直ちに下肢を動かすことができたこと,③ 本件手術は高位砕石位によるもので,術中,弾性ストッキング法又は間欠的空気圧迫法を実施して下肢を圧迫するとコンパートメント症候群や神経麻痺の発症の危険性が高まること(乙B6)などから,予防ガイドライン等に従った予防措置を講じなかったことにつき合理的な理由がある旨の主張もするが,そもそも,予防ガイドラインは,侵襲の範囲が限定的である場合でも,手術に要する時間が30分を超えるときは,そのリスクレベルを中リスクと位置付け,静脈血栓塞栓症の予防措置として,早期離床及び積極的運動の指導ではなく,弾性ストッキング法又は間欠的空気圧迫法の実施を推奨していること,これらの理学的予防法については合併症を発症する可能性が比較的少ないこと(甲B8[11~13]。砕石位による手術の場合,間欠的空気圧迫法の実施によりコンパートメント症候群を発症することがある旨の指摘はあるが〔乙B9の2〕,これは手術に要する時間が8時間程度であることを前提とするもので,本件に直ちに妥当するものではない。),そして,前記認定事実のとおり,G医師が,原告Aに対し,本件説明書を交付することも,静脈血栓塞栓症発症の予防措置を講ずることについて同意を得ることもせず,どのような予防措置を講ずるかについて,同原告と十分な協議をしたわけではないことからすると,本件において,上記合理的理由があったと認めるのは困難というほかない。
G医師は,原告Aのリスクレベルは予防ガイドライン等にいう中リスクと評価され,この場合,弾性ストッキング法又は間欠的空気圧迫法の実施が推奨されるにもかかわらず,早期離床や積極的運動を指導するほかは,静脈血栓塞栓症発症の予防措置を講じず,弾性ストッキング法も間欠的空気圧迫法も実施しなかったのであるから,上記の医療ガイドラインの一般的な性質を考慮しても,同医師には,静脈血栓塞栓症発症の予防に関し注意義務違反があるというべきである。」
谷直樹
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