弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

肺癌診断の過誤がなければ平均余命まで生存することができた高度の蓋然性 仙台地裁平成18年1月26日判決

仙台地裁平成18年1月26日判決(裁判長 小野洋一 裁判所サイト)は,「平成14年に被告が実施した亡A(以下「A」という。)の勤務先における定期健康診断において,Aの胸部レントゲン写真上に異常な所見があったのに,被告は,コンピュータ入力時,これを別人の検査票に記入した過失により,Aは当時既に罹患していた肺癌を早期に発見する機会を逸し,平成15年度にAが受診した定期健康診断で発見されたときには,既に肺癌の末期であり,早期に外科的治療をすれば根治する高度の蓋然性があったのに,被告の上記の過失により,その機会を逸して死亡したとして,Aを相続した原告が,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償を求めた事案」について, 以下のとおり判示し,「Aの平成14年度の肺癌の臨床病期はcT1N0M0であり,ステージIAであると認められる。そうすると,IAの5年生存率は72パーセントであり,Aに外科的治療を妨げるような既往症は存しなかったのであるから,平均余命まで生存することができた高度の蓋然性があったと認めることができる。」と認定しました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「1 平成14年の検査の当時,肺癌がリンパ節に転移していたかどうか
本件の最大の争点は,Aの逸失利益の算定に当たり,何年間生存できたかどうかであるところ,これは,平成14年の検査のときのAの肺癌の病状(ステージ分類)にかかわる。なお,Aの肺癌の病状については,上記のTNM分類によるところのT及びM因子については争いがないので,N因子(リンパ節転移の有無)について以下検討する。

(1) 平成14年の検査当時のレントゲン写真の検討
ア 平成14年の検査当時のレントゲン写真による検討
甲B1によれば,肺門部リンパ節転移があったかどうかについての診断は,CTにおいてもMRIにおいても,短径が1センチメートル以上のリンパ節腫大を転移陽性と診断する基準が用いられていることが認められる。また,甲B4によれば,肺門部陰影は,左右肺動静脈,左右気管支の壁,リンパ節よりなり,X線像の主体をなすものは,肺動静脈で一部のみに気管支壁が関与していると考えて差し支えないこと,たとえ,正常リンパ節がその陰影の一部をなしているとしても,石灰沈着がない限りそれと同定することはできないことが認められる。また,証人Gによれば,レントゲンの間接撮影では,リンパ節は通常のレントゲン像には写らないことと,平成14年と平成15年のAの胸部レントゲン写真には,リンパ節そのものは写っておらず,これらによってはリンパ節そのものが大きくなっていることの判定はできないことが認められる。
加えて,平成14年,15年のAのレントゲン写真を医師が読影した結果(甲A1,2)によっても,所見区分にリンパ節腫脹,肺門部腫大という項目があるにもかかわらず,異常は指摘されていない。
なお,被告は,定期健康診断時の読影は,多数の受診者を対象とし,読影者の疲労や経験によって影響を受け,フィルムサイズが小さいので,直接撮影に比べて読影が不利であり,正常と異常の境界の設定が困難であらゆる検査につきまとう特異性と感受性の妥協点を見いだすことが容易でないなどの制約と限界があると主張するが,かかる状況があるとしても,読影結果を記している胸部X線検査チェック表にリンパ節腫脹,肺門部腫大という項目がある以上,この点も読影の対象となっており,読影時の医師はリンパ節腫大や肺門部腫大の所見は無かったと読影したことは認められる。

イ 平成13年,14年,15年の各検査当時のレントゲン写真の比較による検討
さらに,被告は,平成14年,15年の検査時のレントゲン写真と,平成13年の検査時のレントゲン写真を比較すれば(乙A2),明らかに肺門部のリンパ節が腫大していると主張し,証人Gもその旨述べる。
しかし,同証人が指摘した部分を精査しても,明らかに肥大しているとは認められない。Aに実施された検査は,レントゲンの間接撮影であるから,撮影条件による写り方の違いも考慮に入れる必要があり,肺門部の見え方に変化が見られたからといって直ちに肥大していると判断することはできない。
結局,平成13年,14年,15年の各検査時のレントゲン写真を比較しても,平成14年の検査当時に,Aの肺癌がリンパ節に転移していたと認めることはできない。

(2) Aの病状の経過からの検討
Aが平成15年の検査結果を受け,C病院で肺癌と診断されて,D病院で治療を開始したのは平成15年6月からであるが,この当時の病状から遡って1年前である平成14年の検査時に既に肺癌のリンパ節転移があったことが認められるのであれば,ステージ分類のN因子に影響するので検討する。
Aの平成15年の胸部レントゲン写真によれば,左側上肺野の異常陰影,石灰化,両側全肺野の粒状陰影が認められ,両肺に癌が転移していることが認められる。このような状況になるまでには,原発巣からリンパ節に転移があって拡大し,血管壁を破って左右平等に血行を通して分布されたという経過を辿ったものと推測される(証人G)。しかし,リンパ節に転移してからかかる状況になるまでどの程度の時間がかかるかについては,何ら立証がなく,被告に所属するIセンターの所長である証人Gも分からないと述べるにとどまる。
そうすると,平成15年のAの肺癌の状態から,平成14年の検査のときに,Aの肺癌がリンパ節に転移していたと認めることはできず,他に平成14年の検査時点でAの肺癌がリンパ節に転移していたことを認めるに足りる証拠はない。

(3) 上記によれば,Aの平成14年度の肺癌の臨床病期はcT1N0M0であり,ステージIAであると認められる。そうすると,IAの5年生存率は72パーセントであり,Aに外科的治療を妨げるような既往症は存しなかったのであるから,平均余命まで生存することができた高度の蓋然性があったと認めることができる。」


谷直樹

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by medical-law | 2021-12-23 00:10 | 医療事故・医療裁判