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肝がん早期発見のための適切,相当な検査実施義務 岐阜地裁平成21年1月28日

岐阜地裁平成21年1月28日(裁判長 西尾進)は,以下のとおり判示し,「d医師は,bを肝がんの高危険群に当たる者として,AFP検査等の腫瘍マーカー検査を2,3か月に1回及び超音波検査を4ないし6か月に1回実施すべき義務があったにもかかわらず,平成13年8月23日以降は,AFP検査を1年に1回程度しか行わず,超音波検査は一度も行わなかったのであって,この点で,d医師にはbに対し肝がん早期発見のための適切,相当な検査を怠った過失があると認められる。」と認定しました.
肝癌診療ガイドラインは,「肝発癌の高危険群はすなわち根治治療後の再発高危険群であり,早期発見,早期治療が必ずしも疾患の治癒に結びつかないという問題がある。実際,超音波検査単独や超音波検査と腫瘍マーカーの併用によるサーベイランスが,肝細胞癌患者の予後改善をもたらすとのエビデンスは現時点でも不十分であり,主に倫理的な観点から今後もランダム化比較試験(RCT)が行われる可能性は低いと考えられている。」と記述します.「定期的な肝細胞癌に対するスクリーニングによって,早期に肝細胞癌が検出され,根治療法につながる。また,予後改善効果をもたらす可能性があるので,サーベイ
ランスを推奨する。」としています.
つまり,エビデンスが十分ではなくても,ガイドラインが推奨するサーベイランスを実施する義務があると考えられます.

「 (2) 上記認定事実等に基づき,d医師に,bに対する肝がん早期発見のための適切,相当な検査を怠った過失があったかについて検討する。

ア bの病態について

(ア) 証拠上,d医師がbが肝硬変であるとの確定診断をしたとは認められない。

(イ) f病院入院時において線維化マーカーであるICG15分停滞率が17分と基準値を超えていたこと及びf病院通院時の血小板数はおおむねF3レベルの高度の線維化を示唆する低値を示していたこと,f病院通院時の超音波検査で「辺縁が鈍」との所見を得ていたことからすれば,f病院通院時よりbの肝臓は一定程度の線維化が進展していたことが推認される。
f病院においては,消化器専門医により脂肪肝との診断がなされているが,脂肪肝と肝の線維化とは相反するものではなく,bの血中中性脂肪(TG)の検査値は,f病院通院中は最低値で105mg/dl,最高値では964mg/dlと非常に高値で推移していたために,肝硬変には至っていないという意味から脂肪肝との診断がなされたものと解すべきである。(甲B6の1,2)

(ウ) 加えて,γGTP,GOT及びGPTの数値がf病院通院時から継続して高値であったこと,平成16年のf病院での診察時においても飲酒量が一日に日本酒2合程度と申告しており,平成元年当時と変わっていないこと,d医師も「相当程度飲んでいるようだ」と認識していたことからbは一日に日本酒2合程度の飲酒を継続していたことが推認されるところ,前記1の一般的知見によればアルコール多飲は肝硬変への進展との相関性が認められており,被告医院で3回のみ施行された血小板数の検査値も依然としてF3ないしF4の線維化を示唆するものであったことも併せ考慮すれば,被告医院通院時もbの肝臓は線維化を進展させ,肝硬変に至らないまでも高度の線維化をしていたと推認できる。

(エ) また,d医師自身も「肝硬変に近いということは言ったかもしれません」と供述しており,bの慢性肝炎の肝線維化が高度に進展していたことを認識していたことが認められる。

(オ) 以上より,被告医院通院時のbの病態は肝線維化の進展した重度の非ウイルス性慢性肝炎であり,d医師はf病院から継続してbの主治医であったことから,それを当然に認識していたものと認められる。

イ d医師がbに対してなすべきであった検査について

(ア) 前記1(2)のとおり,肝がん発症の危険群に属する患者の治療を担当する医師は,当該患者に対し適切な検査を行う義務があると認められる。

(イ) 被告は,bはHBs,HCVともに陰性であり,その病態も肝硬変に至っていないなどとして,被告医院においては頻回の検査を行う義務までは認められない旨主張する。
確かに,被告医院通院当時においても,肝がん発症者のうち,HBs及びHCV抗体陽性患者がその多くを占めることが広く認められており(甲B6,9,17,乙B2),平成9年発行の専門書「肝癌-診断と治療」(乙B1)においては,海外の文献を参照して,アルコール単独での肝発がんは否定的になっている旨記載されている。
しかし,当時,肝がん発症者のうち約1割の者はHBs,HCV抗体がともに陰性であることもまた認められており,上記乙B1においてアルコール多飲が肝硬変への進展に影響を与えることは認め,非ウイルス性のアルコール性肝障害と肝がんとの相関関係については今後の検討課題である旨記載されていることから,アルコール単独での肝発がんが否
定的であるとする見解が,当時わが国で広く支持されていたものとは認められない。
また,甲B17その他の文献においてもウイルス性,非ウイルス性にかかわらず,肝硬変患者は肝がん発症の高危険群又は超高危険群とされており,前記1の一般的知見のとおり,肝硬変は慢性肝炎の肝線維化の進展像であり,その鑑別は困難な場合もあるため,肝硬変に至らない非ウイルス性のアルコール性肝障害患者に対しても,一定程度の定期検査を義務付ける甲B17の指針は是認できるものであって,同旨の市田意見もまた相当である。

(ウ) 被告は,d医師は開業医であり,被告医院の所在するf市近郊においては,甲B17の指針や甲B6の1,2の意見のような頻回の検査は実施されていなかったのであるからd医師にはそこまでの頻回の検査義務は課されておらず,d医師の行った検査は保険診療の指導に従ったものであり,義務の懈怠はないとも主張する。
しかし,少なくとも,当該地域における腹部超音波検査の施行状況は証拠上明らかでなく,CT検査については,d医師が行ったという開業医5名への聴き取り調査(乙A10)によれば,5名中3名が非ウイルス性の慢性肝炎患者に対して施行することがあるとし,うち2人は1年ないしそれ以上の間隔で定期的に施行すると答えており,非ウイルス性の慢性肝炎患者に対して一定の画像検査による経過観察が必要であるという認識は当該地域の開業医においても認められる。また,肝がんの早期発見のための超音波検査の施行は専門医以外には困難だとしても,d医師は腹部の画像診断は専門医に任せるべきだと考えてCTは f病院に依頼していると供述しており,専門医に依頼することも十分に可能だったのであって,自らが施行することが困難だとしても,検査義務がないとはいえない。
さらに,g社会保険事務局指導医療官による「平成19年度の保険医集団指導」と題する書面(乙A10)によれば,検査・画像診断については,「段階を踏んで必要最小限の回数で実施する」とあるが,健康診断,研究的診療を禁止していることと併せて考慮すれば,上記の必要最小限とは,治療,診断に必要な最小限の回数をいうのであって,甲B17の指針や甲B6の1,2の意見のいう定期的な諸検査は,この最小限の回数に当たると解するのが相当である。

(エ) 以上より,bの病態は,前記アのとおり,被告医院に通院していた期間を通して,高度に線維化した重度の非ウイルス性のアルコール性慢性肝炎であって,線維化が回復する傾向にはなかったのであるから,d医師は,bを肝がんの高危険群に当たる者として,AFP検査等の腫瘍マーカー検査を2,3か月に1回及び超音波検査を4ないし6か月に1回実施すべき義務があったにもかかわらず,平成13年8月23日以降は,AFP検査を1年に1回程度しか行わず,超音波検査は一度も行わなかったのであって,この点で,d医師にはbに対し肝がん早期発見のための適切,相当な検査を怠った過失があると認められる。」


同判決は,以下のとおり判示し,「d医師がbに対して適切な検査を施していれば,bは,平成16年7月14日の時点においても生存し得た高度の蓋然性が認められるというべきであって,d医師がbに対し肝がんの早期発見のための検査を怠った過失とbの死亡との間には因果関係が認められる。」と認定しました.

「3 争点(2)(因果関係)の有無

(1) 早期発見の可能性

ア 前記1の一般的知見及び前記2(1)認定事実によれば,肝がんの直径倍加速度は約3か月であり,bに対しては,肝がん発見に至るまで10年余の間,超音波検査は一度も行われておらず,肝がんの疑いを示すAFP高値を示した平成16年6月22日より前,約1年にわたりAFP検査を行っていなかったのであり,甲B3によれば,140例の肝硬変患者を6年にわたり,3か月ごとの超音波検査及び2か月ごとのAFP検査を定期的に繰り返して経過観察して検証した結果,40例が肝がんを発症し,そのうち約7割については直径20㎜以下の小さい早期肝がんであったという報告もなされていることからも,2,3か月に一度のAFP検査と4ないし6か月に1度の超音波検査を行っていれば,初期の小さい肝がんの段階で発見し得た高度の蓋然性が認められる。

イ 被告は,bの肝がんがびまん型であったことをもって,びまん型肝がんの場合は非腫瘤部との比較ができず超音波検査によっても発見が困難であった旨主張する。
しかし,一般にびまん型肝がんは,初期の小さい肝がんの段階では結節型として発見されることが多く,日本肝がん研究会による肝がん追跡調査によれば,原発性肝がん1万6375例のうちびまん型は589例であり,全体の約3.6%に過ぎない(甲B4,6,7)。そして,本件においては,実際には検査が実施されていないのであるから,bの肝がんが発症当初からびまん型であったため超音波検査によっても発見することが困難であったと認めることは相当でない。

(2) 治療可能性

ア 前記1の一般的知見のとおり,直径20㎜以下の小さい肝がんで早期に発見された場合には,肝切除法やPEITなどの治療方法が選択肢として存在し,bの肝臓は触診で硬さを感じる状態であり,高度の線維化が推認されるが,肝切除法が不適応であったとしても,その余の方法によることも可能である。

イ また,被告は平成16年6月22日とその3日後のAFP値の上昇率をもってbの肝がんの進行が通常よりも早いと推測するが,AFP値は,がん細胞のAFP産生能とその個数(腫瘍体積)の積が反映されるのであって,肝がんのステージが高ければ当然に上昇率は上がると考えられるため,当時のbの肝がんはステージIVBの末期がんだったことを考慮すれば,これをもってbの肝がん自体の進行速度が早かったものと判断することはできない。

ウ さらに,平成16年のf病院での検査及び診断結果によれば,bの肝がんは門脈付近から増殖したことが推測できるが,早期に発見されていれば,少なくともステージIIIであった可能性は十分に認められるのであって,これにより治療可能性がないとはいえない。

(3) したがって,d医師がbに対して適切な検査を施していれば,bは,平成16年7月14日の時点においても生存し得た高度の蓋然性が認められるというべきであって,d医師がbに対し肝がんの早期発見のための検査を怠った過失とbの死亡との間には因果関係が認められる。」


同判決は,以下のとおり判示し,「現実には検査の不実施のため,証拠上,bの肝がんの発症時期を確定することは困難であるため,定期的な検査の実施により肝がんを早期に発見し適切な治療法を施したであろう時期もまた不明であるといわざるをえないが,前記3で述べた早期発見可能性及び治療可能性,上記(ア)の治療後の予後等の事実,その他弁論の全趣旨を総合考慮すれば,本件においては,検査により肝がんが早期に発見され,適切な治療が受けられたならば,bは少なくとも現実の死亡時から5年間は生存可能であり,そのうち前半2年間は稼働可能であったものと認めるのが相当である。」と認定し,死亡慰謝料は原告ら合計で2400万円を認めました.
過失相殺については「d医師による指導の不十分さを考慮してもなお,bの飲酒継続がbの死亡に対し一定割合で寄与したと認められ,その割合は1割と認めるのが相当である。」と認定しました.
検査義務違反では,検査が不実施のため因果関係の立証に難しいところがありますが,①早期発見の可能性,②治療の可能性,③治療後の予後を立証することにより,上記のような認定が可能となります.


「4 争点(3)(損害)

(1) 逸失利益 1384万7450円
ア 逸失利益の算定に当たり,d医師が前記2イに摘示した検査義務を尽くしていた場合に,bの予後がいかなるものであったかが問題となるため,以下に検討する。

(ア) 上記説示のとおり,d医師がbに対して適切に検査を行っていれば,bの肝がんは早期の小さな肝がんとして発見することが可能であり,ステージIないしIIであれば,肝切除を行った場合,約7割の確率で5年間の生存が可能である。
また,160例の30㎜以下の肝がん患者に対し,切除法又はPEITを施行した場合の予後は,5年生存率が約50%であったという検証例や,35例の直径15㎜以下の高分化な肝がんに対しPEITを施行した場合の4年生存率が95.2%という検証例もある。また,脂肪化が主な原因と考えられる高エコーの直径20㎜以下の肝がんの予後も良好とされる。
ただし,術後5年累積再発率は約70ないし80%であり,年率では20%前後(甲B6)であることを加味すれば,その予後は一定程度制限されるものと解される。

(イ) もっとも,現実には検査の不実施のため,証拠上,bの肝がんの発症時期を確定することは困難であるため,定期的な検査の実施により肝がんを早期に発見し適切な治療法を施したであろう時期もまた不明であるといわざるをえないが,前記3で述べた早期発見可能性及び治療可能性,上記(ア)の治療後の予後等の事実,その他弁論の全趣旨を総合考慮すれば,本件においては,検査により肝がんが早期に発見され,適切な治療が受けられたならば,bは少なくとも現実の死亡時から5年間は生存可能であり,そのうち前半2年間は稼働可能であったものと認めるのが相当である。

イ bは死亡した年の前年度720万円の稼働収入及び年額204万2130円の年金を得ていたため(甲C6),bの死亡による逸失利益の年額は,稼働可能期間(現実の死亡時から2年間)については稼働収入年額から生活費として4割を控除した432万円に年金額を加えた636万2130円,稼働不能期間(その後3年間)については年金額に生活費として6割を控除した81万6852円が相当と認められ,前者には2年間のライプニッツ係数1.8594を,後者には5年間のライプニッツ係数4.3295から2年間のライプニッツ係数を引いた2.4701をそれぞれ乗じた額の合計1384万7450円が,逸失利益として本件過失と相当因果関係ある損害と認められる(計算式は次のとおり)。
稼働可能期間
{720万円×(1-0.4)+204万2130円}×1.8594=1182万9744円
稼働不能期間
204万2130円×(1-0.6)×2.4701=201万7706円
合計
1182万9744円+201万7706円=1384万7450円

(2) 慰謝料 合計 2400万円
うち原告aにつき 1200万円
その余の原告らにつき 各400万円
前記判示事実等によれば,bは,d医師による検査の不実施により,適切な治療を受けて延命する機会を奪われたものであり,原告らは,bが早期に死亡したことにより多大な精神的苦痛を被ったのであると認められる。そこで,その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮して,原告らに対する慰謝料(bに対する慰謝料を相続した分を含む)としては,原告aにつき1200万円,その余の原告らにつき各400万円が相当であると認める。なお,原告らの主張を全体的に考察すると,遺族固有の慰謝料のほかに,bに対する慰謝料を相続した分も含めて請求しているものと解するのが相当である。

(3) 葬儀費用 原告aにつき 150万円
弁論の全趣旨より,原告aに対して生じた葬儀費用150万円はd医師の過失と相当因果関係のある損害として認められる。

(4) 過失相殺について
被告は,bがd医師による節酒指導に従わずに相当量の飲酒を続けたことから肝臓が相当のダメージを受けていたのであって,この飲酒が同人の死亡に対して相当程度寄与しているとして過失相殺を主張する。
d医師は,bに対する飲酒指導として「慎むように何度かお話しした」と供述するが,前掲認定事実によれば,bの飲酒量については,f病院入院時と通院時に1度カルテに記載があるのみであり,酒量の把握については,「かなり飲んでいる」という認識に留まっていたことが認められるが,このようなd医師の指導は,アルコール性肝障害患者に対する指導としては不十分なものであったと言わざるを得ない。
一方,bは,f病院通院期間から被告病院通院期間を通しておおむね月1回程度真面目に通院しており,治療に対して真しな態度も窺えるものの,前掲認定事実によれば,f病院での初診時以降,平均酒量はほとんど変わっていなかったことが推認され,γGTP値の推移などによれば,飲酒の継続がbの肝臓に与えた負担は小さくない。
以上認定した事実を併せ考慮すれば,d医師による指導の不十分さを考慮してもなお,bの飲酒継続がbの死亡に対し一定割合で寄与したと認められ,その割合は1割と認めるのが相当である。
したがって,次の計算式のとおり,前記(1)ないし(3)の各合計額の1割を過失相殺した額がそれぞれd医師の過失と相当因果関係のある損害であると認められる。

ア 原告aについて
{1200万円+150万円+(1384万7450円÷2)}×(1-0.1)=1838万1352円

イ その余の原告らについて
{400万円+(1384万7450円÷6)}×(1-0.1)=各567万7117円

(5) 弁護士費用 原告a 183万8135円
その余の原告ら 各56万7711円
本件事案の内容,本件訴訟の審理の経過,本件の認容額等の事情を総合考慮すると,原告らに生じた弁護士費用のうち,本件不法行為又は債務不履行と相当因果関係ある損害として前掲各損害額の1割と認めるのが相当である。

(6) 合計
原告a 2021万9487円
その余の原告ら 各 624万4828円

5 結論
以上の次第であるから,原告らの請求は,原告aについては2021万9487円,その余の原告らについては各624万4828円及び上記各金員に対する不法行為の日(b死亡の日)である平成16年7月14日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容することとし,その余の請求はいずれも失当であるから棄却することとして,主文のとおり判決する。」

谷直樹

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by medical-law | 2021-12-24 01:33 | 医療事故・医療裁判