モニタのアラーム設定を継続的に確認すべき注意義務 東京地裁令和2年6月4日判決
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「4 本件病院の医療従事者に,生体情報モニタのアラーム設定を誤り,これを見落とした過失(過失1)があるか について
(1) 前記1(1)イ(ア)ないし(ウ),ウ(ア),(イ),カ, キ(ア),ク(ア)の認定によれば,亡Cは,くも膜下出血を発症して本件病院のSICU,SHCUに入院していたのであるから,その病態自体からして再出血を来すなどして容体が急変する危険性があったばかりか,再出血を防止するために十分な鎮静が必要とされていたのにもかかわらず,既往症である統合失調症の影響と思われる不穏な言動が見られたことなどから,鎮静剤として成人投与量の上限であるフルニトラゼパム1回2mgのほか,ニトラゼパム1回5mgが併用投与されていたところ,これらの薬剤には呼吸抑制の副作用があるとされていたから(前記1(3)イ(イ)(ウ)) ,本件病院の医療従事者には,亡Cの血圧動向に注視するのみならず,その呼吸状態にも気を配り,それらの急激な悪化があったときには,すぐにそれらを察知することができるように監視すべき注意義務があったというべきである。そして,前記1(1)ウ(エ)のとおり,3月24日午後9時頃には,H医師から,SPO₂につき90%未満の場合はドクターコールすることなどを含めたバイタルサインの上下限値に関する指示が出されていたところ,バイタルサインの把握については,看護師による見回りや目視による確認には限界があるから,医療機器に頼らざるを得ないし,医療機器の方が経時的かつ正確にこれを把握することができるという利点があるところ,前記1(1)キ(イ)のとおり, 本件病院においては,1日2回,ベッドサイドモニタのアラーム設定画面を開いて,その設定内容を確認するよう求められていたのであるから,本件病院の医療従事者には,亡Cの急変に備え,そのベッドサイドモニタのアラームを医師の指示どおりに設定するとともに,その設定が維持されているかについて継続的に確認すべき注意義務があったというべきである。
そうであるにもかかわらず,前記1(1)イ(エ),エ(イ),ウ,キ(イ),ク(イ),(ウ)の認定によれば,本件病院の看護師は,亡CのSHCUへの転床に伴って,一度はH医師の指示どおりにSPO2やAPNEA(無呼吸)等のアラーム設定をONにしたものの,その後に行われた電子カルテの転床操作によって再度SPO₂,APNEA(無呼吸),呼吸数等のアラームがOFFとなったことを看過し,かつ,上記のとおり1日2回にわたってアラームの設定内容を確認することが求められていたのに,3月25日午後4時頃に上記アラームがOFFに設定されてから同月30日午後5時頃に亡Cが急変するまでの約5日間にわたって,誰も上記アラームがOFFに設定されていたことに気付かなかったのであるから,本件病院の医療従事者には上記注意義務を怠ったことについて過失があったと認められる。
(2) これに対し,被告Dは,亡Cのベッドサイドモニタのアラーム設定がOFFに上書きされたのは,被告Eらが製造した医療機器に仕様設計上又は指示・警告上の欠陥等があったからであり,被告Dに責任はないとか,ベッドサイドモニタは目線より上に位置しており,設定がOFFになっていることを示すマークも小さいことからすれば,本件病院の医療従事者が,アラーム設定につきOFFであったとの認識を持つのは困難であったなどと主張する。
しかしながら,後記5で認定するように,被告Eらが製造した医療機器に仕様設計上又は指示・警告上の欠陥等があると認めることはできないし,仮に上記のとおり上書きされたことについて本件病院の医療従事者には認識がなく,その責任がなかったとしても,アラームの設定内容が維持されていることを継続的に確認すべき注意義務を免れるものではない。また,前記1(1)キ(イ)の認定によれば,アラームがOFFになっていることを示すベッドサイドモニタの基本画面上のマークは,小さいとはいえ,ピンク色で表示されていると認められるから,認識しにくいとはいえず,かつアラーム設定の確認にあたっては,基本画面を確認するだけではなく,アラーム設定確認画面を開いて設定内容を確認することが求められていたのであり,継続的なアラーム設定確認を履行していれば,それがOFFになっていることは容易に気付くことができたはずであるから,被告Dの上記主張は理由がない。
(3) 以上によれば,本件病院の医療従事者には,争点(3)(本件病院の医療従事者に,亡Cの監視・観察を怠った過失(過失3)があるか)について判断するまでもなく,亡Cの呼吸状態の監視・観察に関し,アラーム設定の確認が不十分であった過失があったと認められる。」<br>
また,同判決は,以下の判示のとおり,被告の原因不明の主張に対し「亡Cが心肺停止になった原因としては,鎮静状態下にあった状態で舌根沈下により上気道が閉塞して,低酸素状態が継続したため呼吸停止が生じた可能性が高い」と認定し,「午前3時以降も鎮静状態下であったこと,呼吸不全が疑われるSPO₂が90%未満になった状態から11分も経過した後に看護師や医師が対応を開始したため救命できなかったが,これがSPO₂が90%未満となった状態から早い段階で対処していれば低酸素状態の継続はなかったと認められる」とし,過失1と結果との因果関係を認めました.
「前記4のとおり,本件病院の医療従事者には,生体情報モニタのアラーム設定を誤り,これを見落とした過失(過失1)が認められるところ,H医師の指示に基づくアラーム設定が維持されていれば,SPO2が90%を下回った午前4時49分にはアラームが鳴って亡Cの呼吸状態の異常を察知することができ,本件病院の医療従事者により呼吸状態の改善が図られ,低酸素脳症に陥ることを回避することができたと考えられるから,過失1と亡Cが低酸素脳症による遷延性意識障害になったこととの間には相当因果関係が認められる。
この点,被告Dは,亡Cが心肺停止に陥った原因は無呼吸ではなくその原因が不明であること,午前3時に亡Cが自発的な会話をしていること,本件病院の医療従事者が午前4時49分から11分後の午後5時には対応を開始していることから,アラームの設定や監視・監督にかかわらず,呼吸停止や低酸素脳症を防止することはできなかったと主張する。
しかし,前記1 ク(ア),(イ),コによれば,3月30日午前零時以降亡Cに無呼吸ないし頻呼吸の状態が数回現れ,午前3時頃に亡Cが看護師にミトンを外してほしい旨を述べたものの,その動作は緩慢で呂律が回っておらず看護師が舌根沈下,呼吸抑制に注意すべきと考えるような状態であったこと,午前4時30分頃からは上気道閉塞を示唆するシーソー呼吸や下顎呼吸が見られるようになったこと,本件事故後の本件病院の事故調査委員会でもSPO₂の低下に気付くことなく低酸素状態が継続したことにより心肺停止及び現在の低酸素脳症が生じた可能性が高いと判断したことが認められ,これらによれば,亡Cが心肺停止になった原因としては,鎮静状態下にあった状態で舌根沈下により上気道が閉塞して,低酸素状態が継続したため呼吸停止が生じた可能性が高いこと,午前3時以降も鎮静状態下であったこと,呼吸不全が疑われるSPO₂が90%未満になった状態から11分も経過した後に看護師や医師が対応を開始したため救命できなかったが,これがSPO₂が90%未満となった状態から早い段階で対処していれば低酸素状態の継続はなかったと認められることからして,前記被告Dの主張は採用できない。
そして,亡Cは,本件事故から約4年半後の令和元年10月1日,敗血症を原因とした多臓器不全により死亡したことは のとおりであるところ,証拠(甲A12の1・290,473,966頁,甲A12の2・105,284,376,493,677,731,816,821,962,969頁,甲A15)に照らせば,亡Cは遷延性意識障害を長期間患ったことによって感染しやすくなり,その結果,敗血症を発症したと推認することができ,これを覆すに足りる的確な証拠もないことからすれば,過失1と亡Cの死亡との間は相当因果関係が認められる。」
谷直樹
ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
↓