肝臓の位置が適切に確認できないにもかかわらず肝生検を強行した注意義務違反と肺誤穿刺による空気塞栓症 東京地裁令和2年1月23日判決
被告等の「仮に肺組織への誤穿刺があったとしても,脳の空気塞栓症が生じる確率は,直接的に肺組織を狙う肺生検においてさえ0.061%と報告されており,肝生検においては更に低くまれなことであるから,これを予見することはほとんど不可能である」との主張について,「現実に発生する確率はともかく,肺を誤穿刺すれば血管内に空気が入り込んで空気塞栓症が生じ得ること,その空気が血管内を循環し脳に至ることもあり得ることは,医学的に明らかといえる。前記第2の1(3)ア認定の医学的知見においても,肝生検の合併症として肺穿刺を挙げる文献があり,肺生検の合併症として空気塞栓を挙げる文献があることをも考慮すれば,万一,肺を誤穿刺した場合に,脳の空気塞栓症が発症し得ることにつき,予見可能性がなかったとはいえず,被告等の上記主張は採用することができない。」としました.
標準的医療を逸脱した行為によりまれな結果が生じることがあり,被告から,まれであるから予見不可能である,との主張が行われることがありますが,上記判決のように考えることができると思います.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「2 争点(1)(原告Aに対する肝生検の手技の経過)について
(1) 5回の穿刺で使用された生検針の種類等について
ア 被告等は,1回目の穿刺は16Gの生検針を使用し,肋軟骨に当たり肋間隙を通過しなかったため,2回目以降はより細い18Gの生検針を使用して穿刺をした旨主張し,E医師は,これに沿う陳述(乙A6,丙A1,3,4,6)及び証言をする。他方,本件観察表は,1回目は18Gの,2回目は16Gの生検針が使用されたとするなど,被告等の上記主張と反する記載となっている。
イ この点,16Gと18Gの生検針の外径差が最大0.45mmしかないことを考慮すれば,肋間隙を通過させるために使用する生検針を16Gから18Gに替えたというのは,直ちに首肯し難い。他方,本件観察表は,上記1(2)ア認定のとおり,本件肝生検終了直後の1月12日正午頃には作成済みとなっていたのであり,しかも,作成過程で,G看護師は,E医師に,自分の記憶が不十分なところを確認したというのであるから,その記
載には原則として信用性があると認められる。G看護師の陳述(丙A7)や証言には,本件観察表の記載には誤りがあり得るとする部分があるが,G看護師によれば,E医師には,「ここが何ゲージ,例えば3番目何ゲージ使いましたかというような形で聞いた,確認はしました」(G看護師の証人調書15~16頁)というのであり,これは,被告等が主張する経緯,すなわち,1回目のみ18Gで,2回目以降全て16Gの生検針が使用されたとすれば不自然な確認の仕方であるといえる。また,G看護師は,記憶に自信がないということの趣旨について,「私が最初に針を,先生に渡したりするので何ゲージをあけたというのは最初に,これをあけたなという認識があるつもりだったので,それをもとに書いたんですけど,ただ,その針を最初に使ったかどうかというところまではちょっと自信がないということで。」と説明しているところ(同証人調書17頁),この説明と本件観察表の記載によれば,G看護師は,1回目の穿刺のために18Gの生検針をE医師に渡したことになるが,被告等の主張する経緯が正しいとすると,E医師は,その生検針による穿刺をしないまま,16Gの生検針を要求したということになる。しかし,そのような不自然な経緯があれば,G看護師が直後の時点で覚えていないことは考え難い。G看護師は,飽くまで証言時点で記憶がない旨の証言もしている(同証人調書2頁)ことをも考慮すれば,G看護師の陳述や証言に本件観察表の記載に誤りがあり得るとする部分があることにかかわらず,本件観察表の記載の信用性を認めることができるというべきであり,翻って,これに反するE医師の上記陳述及び証言は,採用することができないというべきである。なお,本件観察表の記載どおりの経緯であったとして,生検針を2度替えたことの理由を推測すると,2回目に16Gにしたのは,18Gの生検針で穿刺してみたところ,原告Aの肝生検にはより太い16Gの生検針が相当と考えて切り替えたもので,4回目に18Gに戻したのは,3回目に検体が採取できたものの,十分な検体が採取できたか不明であったため,改めて針を替え,最初に使用した18Gの生検針での検体採取を試みたといったことが考えられる。
ウ 上記イによれば,上記アのE医師の陳述及び証言により,同アの被告等の主張する経緯を認めることはできない。上記1(2)ウ認定のとおり,1月16日のE医師による原告Bら等への説明内容についての看護記録に,「16Gで肋間に当たってしまったので,18Gに替えておこなった。」との記載があるが,これは,この認定判断を左右するものとはいえない。
他に上記被告等の主張する経緯を認めるに足りる証拠はない。
(2) 肺誤穿刺の原因等について
ア 被告等は,本件肝生検でのエコー画像は,肝臓が全体的に見えづらかったものの,肝被膜及び肝臓内の脈管は確認することができる状態であったとし,本件肝生検における穿刺の回数が5回にわたり,原告Aの肺を誤穿刺するに至ったことには合理的な理由,すなわち,5回目の穿刺において,E医師ないしF技師が2度にわたって息を止めるように指示したにもかかわらず,原告Aが深く息を吸って肺が下方に移動したからである旨主張し,E医師及びF技師は,いずれもこれに沿う陳述(乙A6,丙A1から4まで,6)及び証言をする。
イ しかし,そもそも,5回目の穿刺時に原告Aが指示に反して吸気したことが誤穿刺の原因として認識ないし検討された旨は,被告病院の医療記録中には存在しない。F技師は,5回目の穿刺時に原告Aが指示に反して吸気したのを現認し,その旨を,検体から肺組織が見つかったという結果が分かった後に,医療安全室の担当医師にも伝えた旨証言しているが(F技師の証人調書13頁,22~23頁),これが事実であれば,被告病院の医療記録中にこれに関する記載が存在しないのは不合理といえる。また,F技師は,5回目の穿刺時における原告Aの吸気について,当初,5回目の穿刺直後に,E医師に,肺を穿刺していないか確認した旨明言していたのに(同証人調書12~13頁),その後,原告Aの上記吸気をE医師に伝えた時期については記憶が定かでない旨証言している(同証人調書23頁)。さらに,F技師が陳述ないし証言するとおり,原告Aが指示に反して吸気をしたため慌てて呼吸停止を指示したとすれば,通常よりも強い指示であったと考えられ,その場にいた者は,何が起こったか確認したり,そのような出来事があったことを認識し,記憶したりするものと考えられるにもかかわらず,この点のE医師の証言は極めて曖昧であり(E医師の証人調書10,11頁等),G看護師に至っては,そのような出来事の記憶はない旨証言している(G看護師の証人調書26頁)。
加えて,穿刺針が肝被膜の直前まで到達していたのだとすれば,穿刺針の発射と同時に原告Aが息を吸ったとしても,肺が,穿刺針を押しのけるのではなく,肺実質の採取可能な穿刺針の手前の位置まで下がったとは容易に考え難い。なお,上記1(2)ウ認定のとおり,1月16日のE医師による原告Bら等への説明内容についての看護記録に,「穿刺時の説明をするが,空気を吸うと肺が肝臓の方に下がる。穿刺時には呼吸を止められないので,吸気時の中間ぐいで行う。」との記載があるが,これは,穿刺時の一般的な状況の説明と解され,上記アの被告等の主張に係る肺誤穿刺の原因を説明したものと解することはできない。
こうした事情に加え,E医師の陳述及び証言については,上記(1)説示のとおり採用し得ない部分があることをも考慮すれば,上記アのE医師及びF技師の陳述及び証言により,上記アの被告等の主張を認めることはできないというべきであり,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
ウ 上記イの認定判断に加え,前記第2の1(3)ア認定の医学的知見のとおり,エコーガイド下の肝生検は比較的安全とされており,肺穿刺は一般に肝生検の合併症には挙げられておらず,平成5年発行の文献で肺穿刺の確率を0.0014%とするものがある程度であることのほか,F技師は,エコーガイド下での肝生検について,平均的な穿刺回数は2,3回で,本件肝生検は通常より1,2回は穿刺回数が多く,時間も少し長めにかかった旨
証言していること(F技師の証人調書9,18頁),5回にわたる本件肝生検において,結局,肝実質は全く採取できなかった上に,肺実質まで穿刺をしていること,そして,原告Aが極度の肥満体型で,本件肝硬度検査は,その皮下脂肪の厚さのために中止されたことなどの事情も考慮すれば,本件肝生検におけるエコー画像では,原告Aの肝臓その他の臓器が十分に描出,確認できる状態ではなく,そのために,肺を誤穿刺することになったものと認めるのが相当である。これに反する被告等の主張は,いずれも採用することができない。
3 争点(2)及び(3)(注意義務違反の有無)について
(1) 上記2の認定判断によれば,E医師は,本件肝生検におけるエコー画像では,原告Aの肝臓その他の臓器を十分に描出,確認できる状態ではなかったにもかかわらず,穿刺を繰り返したものと認められる。前記第2の1(3)アの医学的知見や同(2)ア及びイ認定の本件肝生検に至る経緯に照らし,このような状態で本件肝生検をあえて強行したことを正当化する事情を認めることはできないというべきであり,E医師による本件肝生検には,原告Aの肝臓の位置が適切に確認できないにもかかわらず強行した注意義務違反があったと認められる(以下,この注意義務違反を「本件過失」という。)。
(2) この点,被告等は,仮に肺組織への誤穿刺があったとしても,脳の空気塞栓症が生じる確率は,直接的に肺組織を狙う肺生検においてさえ0.061%と報告されており,肝生検においては更に低くまれなことであるから,これを予見することはほとんど不可能である旨主張する。
しかし,現実に発生する確率はともかく,肺を誤穿刺すれば血管内に空気が入り込んで空気塞栓症が生じ得ること,その空気が血管内を循環し脳に至ることもあり得ることは,医学的に明らかといえる。前記第2の1(3)ア認定の医学的知見においても,肝生検の合併症として肺穿刺を挙げる文献があり,肺生検の合併症として空気塞栓を挙げる文献があることをも考慮すれば,万一,肺を誤穿刺した場合に,脳の空気塞栓症が発症し得ることにつき,予見可能性がなかったとはいえず,被告等の上記主張は採用することができない。
4 争点(4)(因果関係の有無)について
上記1及び2の認定判断によれば,上記1(2)カ認定の原告Aの後遺障害は,本件肝生検において原告Aの右肺が穿刺されたことにより生じた脳の空気塞栓症を原因とするものと認めるのが相当である。
そうすると,上記3認定の本件過失と原告Aの上記後遺障害との間の因果関係を認めることができる。
「医療事故の再発防止に向けた提言 第11号肝生検に係る死亡事例の分析」(2020年3月)参照
谷直樹
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