弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

術中破裂があった場合には開頭手術では救命することができないことを説明すべき義務 広島高裁令和3年2月24日判決

広島高裁令和3年2月24日判決(裁判長 西井和徒)は,「一般の患者の普通の注意と読み方とを基準に判断すると,本件動脈瘤の術中破裂があった場合でも,例外的に手術すらできないときを除き,開頭手術で救命することができるような趣旨に受け取られるものと解するのが相当である。」と認定し,「H医師には,上記術中破裂があった場合には開頭手術では救命することができないことを説明すべき義務があったのに,H医師はこれを怠ったものといわざるを得ない。」と説明義務違反を認定しました.
ただし,「Gの死亡との間に相当因果関係があるということはできず,Gの自己決定権の侵害があったものとして,その精神的苦痛に対する慰謝料請求が認められるにとどまるというべきである。」としました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「破れたらそれでおしまいだった手術の仕方を私らは選んでいないです」という言葉は重く受け止められるべきでしょう.
医師は定型的な手術説明書面を用いて説明することが多いと思われますが,一般の医師・看護師の普通の注意と読み方はさておき,一般の患者の普通の注意と読み方とを基準にして,誤解を与えないようにする必要があるでしょう.

「2 争点1(本件動脈瘤の術中破裂があった場合に開頭手術では救命することができないことについての説明義務違反の有無)について

(1) H医師が,平成25年7月1日午前7時頃,控訴人C,控訴人D及び控訴人Eに対し,本件動脈瘤の術中破裂があった場合の対応について,「・・・開頭するのは,全身麻酔を打って,最低2時間ぐらい,到達にかかりますから,これは何分の勝負というか,命に関わる出血を起こすかどうか,本当に何分か,くも膜下出血というのは,動脈が吹いているんで,開頭で助けてあげる,血を止めるという方法は採れないです。」と説明していること(認定事実(5)ア(ウ))に照らすと,上記術中破裂があった場合には,開頭手術の開始までに最低2時間を要するため,開頭手術では救命することができなかったと認めるのが相当である。
そうであれば,H医師は,Gに対し,上記術中破裂があった場合でも開頭手術で救命することができるかのような説明をすべきではなく,H医師には,上記術中破裂があった場合には開頭手術では救命することができないことを説明すべき義務があったということができる。
しかるに,H医師は,Gに対し,「7.合併症・・・①術中破裂・・・破裂した場合に出血が止められなくなり急いで開頭手術をしなくてはならない場合や,手術すらできない場合もあります。最悪の場合はなくなられます。」と記載された本件手術説明書面を用いてコイル塞栓術の合併症の説明をした(認定事実(2)エ(イ) の「7.合併症」の部分)ところ,上記の記載の意味内容について,一般の患者の普通の注意と読み方とを基準に判断すると,本件動脈瘤の術中破裂があった場合でも,例外的に手術すらできないときを除き,開頭手術で救命することができるような趣旨に受け取られるものと解するのが相当である。
そうすると,H医師は,Gに対し,本件手術説明書面を用いてコイル塞栓術の合併症の説明をすることで,上記術中破裂があった場合でも,例外的に手術すらできないときを除き,開頭手術で救命することができるような趣旨の説明をしたものといわざるを得ない。
以上によれば,H医師には,上記術中破裂があった場合には開頭手術では救命することができないことを説明すべき義務があったのに,H医師はこれを怠ったものといわざるを得ない。
これに対し,被控訴人は,H医師が,Gに対し,上記場合でも,例外的に手術すらできないときを除き,開頭手術で救命することができる旨の説明をしたことを否認し,H医師が説明の際に想定していた開頭手術について,本件動脈瘤の術中破裂後,コイル塞栓をすることができず直ちに出血を止めることができなかったときに,継続的な出血により頭蓋内に大きな血塊ができ,血塊により脳圧が急激に上昇し,血塊の摘出が必要となる場合に実施される開頭手術であったところ,H医師は,Gに対し,コイル塞栓術により出血が止められなかった場合,その後,開頭手術を実施することがある旨の説明をしたものであり,その説明に不適切なところはなかったと反論する。しかし,一般の医師・看護師の普通の注意と読み方はさておき,一般の患者の普通の注意と読み方とを基準に判断する以上,上記の記載の意味内容については,上記のとおり,本件動脈瘤の術中破裂があった場合でも,例外的に手術すらできないときを除き,開頭手術で救命することができるような趣旨に受け取られるものと解するのが相当であるから,被控訴人の上記の反論は採用することができない。
なお,本件手術説明書面の「7.合併症」の部分には「⑨ 手術侵襲が拡大する可能性について 術中出血が生じ出血が止まらないときや急性脳腫脹が強い場合,非機能部分の脳を切除や頭蓋骨をはずす外減圧を施行することがあります。」とも記載されている(認定事実(2)エ(イ))が,上記の記載の意味内容について,一般の患者の普通の注意と読み方とを基準に判断すると,術中出血が生じ出血が止まらないときは,非機能部分の脳の切除や頭蓋骨をはずす外減圧を施行することがあると読めるものであって,本件動脈瘤の術中破裂があった場合に開頭手術では救命することができない趣旨に受け取られるものと解することはできないから,上記記載の存在は,上記判断を左右するものではない。

(2) そして,本件動脈瘤については,コイル塞栓術が比較的安全とされたとはいえ,クリッピング術の適応もあった(認定事実(2)エ(イ) の「5.治療」の部分)ところ,控訴人Dが,平成25年7月1日午前7時頃,H医師に対し,「・・・先生がクリップじゃなしに,カテーテルを入れてと勧められたんで,それで進めていったわけなんですが,カテーテルをやって,破れたときのあとの対応ができるかできんかというのは,私らではわからんかったんですが。破れたらそれでおしまいだった手術の仕方を私らは選んでいないですが。」と話していること(認定事実 (5)ア(イ) )に照らすと,H医師が前記(1)の説明義務を尽くしていれば,Gがコイル塞栓術を選択せず,クリッピング術を選択した相当程度の可能性はあったと認めるのが相当である。
もっとも,Gについては,脳血管内攣縮が合併しているためにクリッピング術による梗塞が生ずる可能性が高いと判断されていた(認定事実(2)エ(イ) の「5.治療」の部分)ことに加え,いずれの治療の場合も生命にかかわることや重篤な後遺症が残る可能性は5ないし10%程度であるとの説明を受けていた(同)のであるから,上記可能性を超えて,Gがコイル塞栓術を選択せず,クリッピング術を選択した高度の蓋然性があったとまでは認めるに足りない。

(3) そうすると,前記(1)の説明義務違反については,Gの死亡との間に相当因果関係があるということはできず,Gの自己決定権の侵害があったものとして,その精神的苦痛に対する慰謝料請求が認められるにとどまるというべきである。」

谷直樹

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by medical-law | 2021-12-26 23:00 | 医療事故・医療裁判