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動脈瘤の形状・存在部位及びそれに伴う手術の困難さについての説明義務 広島高裁令和3年2月24日判決

広島高裁令和3年2月24日判決(裁判長 西井和徒)は,「H医師は,Gに対し,本件動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有するものであり,ダブルカテーテルを用いなければならないほどコイル塞栓術が難しいものであることの説明義務を怠ったというべきである。」と説明義務違反を認定しました.
また,「本件全証拠をもってしても,H医師が,Gに対し,前交通動脈がコイル塞栓術の困難な部位であることを説明したとは認めるに足りない。」と説明義務違反を認定しました.
ただし,いずれも,「Gの死亡との間に相当因果関係があるということはできず,Gの自己決定権の侵害があったものとして,その精神的苦痛に対する慰謝料請求が認められるにとどまるというべきである。」としました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有するものであり,ダブルカテーテルを用いなければならない場合,前交通動脈瘤にコイル塞栓術を実施しようとする場合の説明義務の程度について参考になります.

「3 争点2(本件動脈瘤の形状・存在部位及びそれに伴う手術の困難さについての説明義務違反の有無)

(1) 控訴人らの主張アについて

ア(ア) 本件動脈瘤は二つの葉状の構成成分を有するものであり(認定事実(2)イ),本件動脈瘤に対するコイル塞栓術にはダブルカテーテルが用いられている(認定事実(3)イ)ところ,一般論としては,I医師も認めているとおり,二つの葉状の構成成分を有する脳動脈瘤に対するコイル塞栓術は技術的に難しく(証人I医師92項),また,ダブルカテーテルを適切に用いるには,シングルカテーテルを適切に用いることができることを前提として,相応の技術を習得しておくことが必要であって,ダブルカテーテルを用いる場合特有の注意点・危険も存在し(甲B28,30の1の209頁,甲B30の2の230頁,甲B31の197頁,甲B32の4,乙B3の126頁,乙B12の835頁,乙B20の92~99頁,),I医師よりも経験の浅いJ医師は,ダブルカテーテルについて,「非常に複雑な治療について行う手技」であると認めている(証人J医師35項)のであるから,H医師には,Gに対し,クリッピング術との比較検討をすることができる程度に,本件動脈瘤について,二つの葉状の構成成分を有するものであり,ダブルカテーテルを用いなければならないほどコイル塞栓術が難しいものであることを説明すべき義務があったと認めるのが相当である。

しかるに,H医師がGらに対する説明に用いた本件病状説明書面及び本件手術説明書面には,本件動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有するものであるとの記載はされていないところ,H医師が,平成25年7月1日午前7時頃,控訴人Cから「左のこと(本件動脈瘤に本件左側構成成分が存在したこと,すなわち本件動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有するものであったこと〔当裁判所注記〕)は言われましたか。それは記憶にないんですが。」,控訴人Eから「説明がなかったということですね。左のは,聞いていないということは。」などと問われたのに対し,「・・・左サイドのことは言っていないかもしれません。」などと答えていること(認定事実(5)ア(ア))に照らすと,H医師は,Gらに対し,本件動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有するものであることを説明しなかったものと認められる。
また,H医師が,Gに対し,ダブルカテーテルを用いるなどといった手技の詳細や難易度を説明していないことは,被控訴人の主張の前提となっている(争点2の被控訴人の主張ア参照)。
そうすると,H医師は,Gに対し,本件動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有するものであり,ダブルカテーテルを用いなければならないほどコイル塞栓術が難しいものであることの説明義務を怠ったというべきである。

(イ) これに対し,被控訴人は,本件手術説明書面には本件動脈瘤の画像が貼付されており,H医師においては,Gに対し,本件動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有することを説明していると反論する。しかし,上記画像は不鮮明なものであり,一般の患者であるGにおいて,上記画像から本件動脈瘤が二つの葉状の構成成分を有すると理解することは困難といわざるを得ないし,かえって,本件病状説明書面には二つの葉状の構成成分を有していない球状の動脈瘤が図示されている(甲A4の1,2枚目,乙A1の129,130頁)のであるから,被控訴人の上記の反論は採用することができない。
また,被控訴人は,コイル塞栓術について,実際にコイルを脳動脈瘤に挿入してみるまで難易は分からないものであって,ダブルカテーテルを用いるから難しいというものではないから,H医師には,Gに対し,ダブルカテーテルを用いるなどといった手技の詳細や難易度を説明する義務はなかったと反論する。しかし,コイル塞栓術について,実際にコイルを脳動脈瘤に挿入してみるまで具体的な難易が分からないものであるとしても,前記ア(ア)の第1段落のとおり,一般論として,ダブルカテーテルを適切に用いるには,シングルカテーテルを適切に用いることができることを前提として,相応の技術を習得しておくことが必要であって,ダブルカテーテルを用いる場合特有の注意点・危険も存在し,I医師よりも経験の浅いJ医師は,ダブルカテーテルについて,「非常に複雑な治療について行う手技」であると認めているのであるから,被控訴人の上記の反論は採用することができない。
さらに,被控訴人は,H医師においては,Gに対し,本件動脈瘤の大きさ,形状,部位から考えて,コイル塞栓術が比較的安全であり,脳血管攣縮を合併しているためにクリッピング術による梗塞が生ずる可能性が高く,コイル塞栓術が第1選択である旨を説明して,コイル塞栓術とクリッピング術の方法,長所,合併症等を詳細に説明しているものであり,H医師の説明に不適切なところはなかったと反論するところ,確かに,本件手術説明書面にはその旨の記載が存在する(認定事実(2)エ(イ)の「5.治療」の部分)が,上記記載だけでは,本件動脈瘤がどのような「形」であるのか,どのような「形」の場合にコイル塞栓術の難易度・危険等がどのように変わるのかが判然とせず,説明として不十分といわざるを得ないから,被控訴人の上記の反論も採用することができない。

イ そして,本件動脈瘤については,コイル塞栓術が比較的安全とされたとはいえ,クリッピング術の適応もあった(認定事実(2)エ(イ) の「5.治療」の部分,認定事実(5)ア(ア))のであるから,H医師 説明義務を尽くしていれば,Gがコイル塞栓術を選択せず,クリッピング術を選択した相当程度の可能性はあったと認めるのが相当である。
もっとも,Gについては,脳血管内攣縮が合併しているためにクリッピング術による梗塞が生ずる可能性が高いと判断されていた(認定事実(2)エ(イ)の「5.治療」の部分)ことに加え,いずれの治療の場合も生命にかかわることや重篤な後遺症が残る可能性は5ないし10%程度であるとの説明を受けていた(同)のであるから,上記可能性を超えて,Gがコイル塞栓術を選択せず,クリッピング術を選択した高度の蓋然性があったとまで
は認めるに足りない。

ウ そうすると,前記ア(ア) の説明義務違反については,Gの死亡との間に相当因果関係があるということはできず,Gの自己決定権の侵害があったものとして,その精神的苦痛に対する慰謝料請求が認められるにとどまるというべきである。」

(2) 控訴人らの主張イについて

ア 本件動脈瘤は前交通動脈に存在していた(認定事実(2)イ)ところ,前交通動脈は,母血管径が細く,カテーテルの誘導も困難で,容易に血栓症等が生じ得るなど,最もコイル塞栓術の困難な部位の一つであるとする文献(甲B3の21頁)が存在し,また,前交通動脈に存在する脳動脈瘤については,コイル塞栓術ではなく,クリッピング術を優先すべきであるとの文献(甲B6,7,9)が存在し,さらに,I医師も,前交通動脈に存在する脳動脈瘤について,コイル塞栓術とクリッピング術のいずれもが危険であることから,慎重に術式を選択すべきものであり,クリッピング術を優先すべきと考える医師も存在することを認めている(証人I医師57,58項)のであるから,H医師には,Gに対し,クリッピング術との比較検討をすることができる程度に,本件動脈瘤が存在する前交通動脈について,コイル塞栓術の困難な部位の一つであることを説明すべき義務があったと認めるのが相当である。

しかるに,H医師は,Gに対し,本件動脈瘤が前交通動脈に存在していたことを伝えた(認定事実(2)エ(イ)の「1.病名」の部分)にとどまり,本件全証拠をもってしても,H医師が,Gに対し,前交通動脈がコイル塞栓術の困難な部位であることを説明したとは認めるに足りない。
そうすると,H医師は,Gに対し,上記の説明義務を怠ったというべきである。
これに対し,被控訴人は,H医師においては,Gに対し,本件動脈瘤の大きさ,形状,部位から考えて,コイル塞栓術が比較的安全であり,脳血管攣縮を合併しているためにクリッピング術による梗塞が生ずる可能性が高く,コイル塞栓術が第1選択である旨を説明して,コイル塞栓術とクリッピング術の方法,長所,合併症等を詳細に説明しているものであり,H医師の説明に不適切なところはなかったと反論するところ,確かに,本件手術説明書面にはその旨の記載が存在する(認定事実(2)エ(イ)の「5.治療」の部分)が,上記記載だけでは,本件動脈瘤が前交通動脈に存在する場合にコイル塞栓術の難易度・危険等がどのように変わるのかが判然とせず,説明として不十分といわざるを得ないから,被控訴人の上記の反論は採用することができない。

イ そして,本件動脈瘤については,コイル塞栓術が比較的安全とされたとはいえ,クリッピング術の適応もあった(認定事実(2)エ(イ)の「5.治療」の部分,認定事実(5)ア(ア))のであるから,H医師が前記アの説明義務を尽くしていれば,Gがコイル塞栓術を選択せず,クリッピング術を選択した相当程度の可能性はあったと認めるのが相当である。
もっとも,Gについては,脳血管内攣縮が合併しているためにクリッピング術による梗塞が生ずる可能性が高いと判断されていた(認定事実(2)エ(イ)の「5.治療」の部分)ことに加え,いずれの治療の場合も生命にかかわることや重篤な後遺症が残る可能性は5ないし10%程度であるとの説明を受けていた(同)のであるから,上記可能性を超えて,Gがコイル塞栓術を選択せず,クリッピング術を選択した高度の蓋然性があったとまでは認めるに足りない。

ウ そうすると,前記アの説明義務違反については,Gの死亡との間に相当因果関係があるということはできず,Gの自己決定権の侵害があったものとして,その精神的苦痛に対する慰謝料請求が認められるにとどまるというべきである。」

谷直樹

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by medical-law | 2021-12-27 00:47 | 医療事故・医療裁判