ボルタレン使用の過失,胎児死亡の慰謝料 松山地裁平成18年5月23日判決
「原告らは,本件胎児の死亡によって,新生児が死亡した場合にも比肩する精神的損害を被ったものと認定するのが相当である。」とし,慰謝料について,原告Aにつき250万円を,妊婦である原告Bにつき500万円をそれぞれ認めました.
胎児死亡の損害について参考になります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「2 争点2について
(1) 前記争いのない事実,証拠(甲A3,甲B7,8,鑑定の結果,鑑定人I,被告D)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。
ア 平成11年11月当時のボルタレンに関する情報
(ア) 平成10年7月改訂のボルタレンの添付文書には,妊娠中の投与に関する安全性は確立していないので,妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること,妊娠末期に投与したところ,胎児循環持続症(PFC)が起きたとの報告があるので,妊娠末期には投与しないことが望ましいこと,妊娠末期のラットに投与した実験で,胎児の動脈管収縮が報告されていること,子宮収縮を抑制することがあること,腰痛症などの鎮痛・消炎や緊急解熱といった効能があることの記載がある。
(イ) また,平成11年11月当時,産婦人科医の間では,ボルタレンは妊娠末期にはできるだけ使用を控えようとされており,例えば,妊婦の39度を超えるような高熱により胎児が危険な状態にあり,これを回避するために使用する場合のような,有益性が危険性を上回る場合にのみ使用すべきであり,その場合でも,胎児動脈管閉鎖の可能性を念頭に置いて連用は避けるべきであるし,使用する場合には超音波で動脈管の径を測りながら使用をするのが望ましいとされていた。
イ 被告医師の認識可能性
被告医師は,平成11年11月改訂のボルタレンの添付文書の記載内容(ボルタレンは妊婦については禁忌とされていたこと)については,平成11年12月下旬に製薬会社から被告医師に通知されるまでは知り得なかったものの,平成11年11月当時,上記ア(ア)の記載内容については知り得る状況にあった。
また,被告医師は産婦人科医であったことから,上記ア(イ)についても知り得る状況にあったし,胎児動脈管閉鎖から胎児死亡に至ることがあるということについても認識し得る状況にあった。
ウ 被告医師によるボルタレンの使用状況
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/286/008286_hanrei.pdf。
そして,原告Bに対しても,同人が強い腰痛を訴えたことから,痛み止めとしてボルタレンを前記1(1)ア(ウ)のとおり6回使用した。
(2) 被告医師がボルタレンを不適切に使用した過失
被告医師は産婦人科医として原告Bの診療に当たっていた者であるところ,平成11年11月当時に被告医師が認識し得た医学的知見を基礎として,医薬品の処方,投与については,副作用による悪い結果を防止するため,医療上の知見に従い,副作用の発現に留意しつつ行うべき注意義務を負っていたものである。そして,原告Bは妊娠末期であり,平成10年7月改訂のボルタレンの添付文書によると投与しないことが望ましいとされている者に該当すること,妊娠末期の原告Bに投与すると胎児動脈管閉鎖により胎児が死亡する危険性があり,他方,ボルタレンの投与による有益性は原告Bの腰痛が緩和されるというものにすぎず,妊婦の腰痛の緩和が胎児死亡の回避を上回る有益性を有するということはできないことなどに鑑みると,前記認定のとおり平成11年11月当時に被告医師が知り得たと認められる医学的知見を前提としても,被告医師には,前記1(1)ア(ウ)の時点において,原告Bに対してボルタレンの使用を避けるか,少なくとも,胎児動脈管閉鎖を念頭に置いて連続投与を避けるべき注意義務があったということができる。
それにもかかわらず,被告医師は,前記1(1)ア(ウ)のとおり,原告Bに対して漫然とボルタレンを連続投与したものであり,上記注意義務に違反したというべきである。
よって,争点3ないし5について検討するまでもなく,被告医師には過失があったと認められる。
3 争点6について
本件胎児は,原告らにとって,初めての子供であり,出産直前まで健全に成長してきたのであるから,原告Aは父親として,原告Bは母親として,本件胎児の出産に対する期待が高まっていた状態にあったと推認することができる。
そうだとすると,原告らは,本件胎児の死亡によって,新生児が死亡した場合にも比肩する精神的損害を被ったものと認定するのが相当である。さらに,妊婦である原告Bは,妊娠,分娩における苦労や苦痛があったことにかんがみれば,その被った精神的苦痛は,原告Aの被った精神的苦痛と比べて大きいものと認めるのが相当である。そして,被告医師の注意義務違反の態様,程度その他諸般の事情をも総合考慮すると,原告らに対する慰謝料の額は,原告Aにつき250万円,原告Bにつき500万円とするのが相当である。
また,原告らが本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは,当裁判所に顕著な事実であるところ,本件事案の性質,審理経過,認容額等諸般の事情に照らせば,本件と相当因果関係のある弁護士費用の額は,原告Aにつき25万円,原告Bにつき50万円と認めるのが相当である。
4 結論
以上の次第で,原告らの請求は,原告Aに対し275万円,原告Bに対し550万円及び前記各金員に対する本件胎児の死産の日である平成11年11月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとする。」
谷直樹
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