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添付文書違反のラミクタール処方 東京地裁令和2年6月4日判決

東京地裁令和2年6月4日判決(裁判長 佐藤哲治)は,以下のとおり,「被告F及び被告Gには,亡Dに対し,ラミクタールを処方するに際して,添付文書に記載のとおり,最初の2週間はラミクタールを1回25mgを隔日に経口投与し,次の2週間は1日25mgを1日1回経口投与し,その後は,1から2週間毎に1日量として25から50mgずつ漸増すべき義務があったにもかかわらず,最初の8月20日から1日200mgのラミクタールを投与し,これを9月1日まで継続したのであるから,被告F及び被告Gにはラミクタール投与上の過失があったと認められる。」と判示しました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「2 ラミクタール投与上の過失の有無(争点(1))について

(1) ラミクタール投与上の注意義務について

前記前提事実(3)イ及び後掲証拠によれば,ラミクタールの添付文書には,その冒頭に「警告」として,本剤の投与によりTEN及びSJS等の重篤な皮膚障害が現れることがあるので,本剤の投与にあたっては十分に注意することという文言が特に強調して記載されていること(甲B1),その本文中においては,①バルプロ酸ナトリウムを併用する場合の用法・用量として,最初の2週間は1回25mgを隔日に経口投与し,次の2週間は1日25mgを1日1回経口投与し,その後は,1から2週間毎に1日量として25から50mgずつ漸増すること,②発疹等の皮膚障害の発現率は,定められた用法・用量を超えて投与した場合に高いことが示されているため,使用する薬剤の組合せに留意して用法・用量を遵守すること,③国内臨床試験の結果によれば,バルプロ酸ナトリウムを併用し,定められた用法・用量を遵守してこれを投与した場合の皮膚障害の発現率は2.9%(102例中3例)であったのに対し,これを遵守しなかった場合の皮膚障害の発現率は10.4%(173例中18例)であり,TENの発現頻度は不明であるが,SJSの発現頻度は547例中3例(0.5%)であったことなどが記載されていると認められる(甲B1・1,3,5,8頁)。
このような添付文書の記載からすれば,ラミクタールにはSJSやTENといった重篤な副作用の発現がみられるところ,臨床試験の結果によれば,初期投与量を減量して緩やかに漸増させることによってその発現率を低めることができることが確認されたので,上記の重篤な副作用を防ぐために,上記のとおり投与量を徐々に漸増させるという用法・用量の定めが設けられたことを容易に読み取ることができる。
また,後掲各証拠によれば,上記の添付文書のほかにも,本件処方時には,ラミクタールの製造販売業者及び独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)から,それぞれ,ラミクタールを用法・用量を遵守せずに投与すると皮膚障害の発現率が高くなるので,投与量の漸増などの用法・用量を遵守すべきであること,このような皮膚障害の中にはSJSやTENなどの重篤な皮膚障害も含まれることなどが情報提供されるとともに(甲B2,3),本件処方時に存在していた医学文献等においても同趣旨の記載がされていたこと(甲B4,15,16,21)が認められる。そして,ラミクタールの副作用として挙げられているSJS及びTENは重症薬疹であって,とりわけTENを発症した場合の死亡率は10ないし30%であると認められること(甲B11~13,17~19,24)からすると,その副作用の発現を防ぐ必要性は高いということができる。さらに,亡Dは以前に抗てんかん薬であるイーケプラを服用して薬疹と思われる皮膚症状が発現したことからすると(前記 ),薬疹の発症について注意すべき事情があったことも指摘することができる。
これらによれば,被告病院の医師には,亡Dにラミクタールを投与するに当たり,SJSやTENなどの重篤な皮膚障害を回避するために,バルプロ酸ナトリウムを併用する場合,添付文書の用法・用量に反する処方を行う合理的な理由がない限り,最初の2週間は1回25mgを隔日に経口投与し,次の2週間は1日25mgを1日1回経口投与し,その後は,1から2週間毎に1日量として25から50mgずつ漸増するという用法・用量を遵守する義務があったというべきである。
それにもかかわらず,被告病院の医師は,亡Dに対し,合理的な理由がないのに,上記の用法・用量を遵守せず,バルプロ酸ナトリウムであるデパケンを1日当たり800mg処方した状態で,平成26年8月20日から同年9月1日までの間,バルプロ酸ナトリウムを併用した場合の維持用量の上限である1日当たり200mgのラミクタールを処方したのであるから,ラミクタールの投与上の過失があったことが認められる。

(2) 被告らの主張について

ア これに対し,被告らは,余命約3か月と予測された亡Dに人生最後のサンバを踊らせてあげたいとする原告Aの強い希望を受け,それを叶えるためには,てんかん発作を抑制する必要があったところ,サンバの大会までは本件処方時(8月20日)から3日ないし9日間しかなく,添付文書どおりに投与量を漸増させていく余裕はなかったことから,ラミクタールの効果を十分に発揮させるために本件処方を行った旨主張する。
しかし,本件処方を行ったとしても,サンバの大会までの短期間においてラミクタールの血中濃度を安定させることができたのかは疑義があること,たとえ投与量は少なかったとしても種類の違う抗てんかん薬を投与するだけで一定の発作抑制効果が認められることは,いずれも被告Fが供述するところであって(被告F60,61頁),これらによれば,被告らの上記主張を踏まえても,ラミクタールについて添付文書に反する本件処方をしたことについて合理的な理由があったと認めることはできず,これによっても前記認定は左右されない。

イ 被告らは,①ラミクタールの添付文書には,その副作用として,TEN及びSJSの発症率は0.5%とされ(甲B1),製薬会社のラミクタール市販後の調査において,SJSの発症率は3%,TENの発症率は0.7%とされていること,②同調査において,重症皮膚症状を発症した102例中,用法・用量を遵守しなかったのは42.1%であったこと(甲B21),③本件処方後の平成27年2月のブルーレターでラミクタールの副作用により死亡に至る可能性があることが記載されたことを受けて添付文書に死亡に至った例が報告された旨の改訂がされたことなどを指摘して,ラミクタールの処方によってTENやSJSを発症するのは非常に稀であるし,これを高用量で処方しても,直ちに重症皮膚症状が出現するとはいえないこと,本件処方時にはラミクタールの投与が死亡という結果を招く可能性については知悉されていなかったことなどからすれば,本件処方によって亡DがTENを発症し,死亡することを具体的に予見することはできなかった旨主張す
る。
しかし,①について,被告らが指摘するSJSやTENの発症率は,用法・用量を遵守した場合を含めた発症率であり,これを遵守しない場合のSJSやTENの発症率がそれよりも高い数値になることは見やすい道理であって(なお,国内臨床試験において,用法・用量を遵守しないでラミクタールを投与した場合の皮膚障害の発症率は,これを遵守して投与した場合と比較すると,約3倍の10.4%という高い数値であったことは前記 のとおりである。),これを遵守しない場合のSJSやTENの発症率が稀であるといえるのかは疑問がある。また,②については,重症皮膚症状を発症した症例中における用法・用量の遵守例と非遵守例の内訳を示したものにすぎず,非遵守例の中での発症率を示したものではないし,それを措くとしても,独立行政法人医薬品医療機器総合機構による販売開始後の調査(甲B3)によれば,用法・用量を遵守した場合の重篤な皮膚障害の発症率は39.4%(251例中99例)とされているのに対し,用法・用量を遵守しなかった場合の発症率は60.6%(251例中152例)とされていることが認められ,
②の調査とは異なる結果が出されていることからすると,②の調査結果を直ちに信用することはできない。さらに,③については,ブルーレターや添付文書改訂の経緯は被告らの主張するとおりであるが(乙B11,17),前記(1)認定のとおり,SJS及びTENは重症薬疹であることやTENを発症した場合の死亡率が10ないし30%であることは,本件処方当時から認められるものであり,被告Fもこのことを十分認識していたのであるから(被告F38~39頁),本件処方をするに当たり,被告G及び被告Fは,添付文書の用法用量を大幅に超えたラミクタールを処方することにより,SJS及びTENを発症する危険性があり,これら(特にTEN)が発症した場合には死亡する危険があることを認識し得たものと認めることができる。
以上によれば,被告らの上記主張は,的確な根拠を欠くというべきであるから,採用の限りではない。

(3) 被告G及び被告Fの責任について

亡Dに対して本件処方を行った被告Gが上記 の過失について責任を負うことはいうまでもない。他方,被告Fは,被告Gに対してラミクタールを投与するように指示したものの,その際に投与量については指示していないから,上記 の過失について責任を負わない旨陳述・供述する(乙A12・11~14頁,被告F12~15,24~25頁)。
しかし,本件処方に当たって被告Gが被告Fに対して相談の電話をしたことは前記1(1)イ のとおりであるところ,外来当番医として亡Dを1回限り診察したにすぎない被告Gが,主治医であった被告Fの指示がないにもかかわらず,添付文書に反する用法・用量でラミクタールを処方したとは考え難いし(被告Fは8月26日にラミクタールの処方量を把握したのにその内容を被告Gと意見交換することもなく継続していること(被告F27頁)からも被告Gの独断での処方量とは考え難い。),仮に用法・用量について被告Fが具体的な指示をしていなかったとしても,被告Gに用法・用量の判断を委ねたものであって,8月26日に亡Dを診察した際,その用法・用量を中止することなく継続したことも考え合わせれば,本件処方について容認したものと認められるから,いずれにしても本件処方についての責任を免れるとはいえない。
したがって,被告Gのみならず,被告Fも上記 の過失について責任を負う。

(4) 小括
以上からすると,被告F及び被告Gには,亡Dに対し,ラミクタールを処方するに際して,添付文書に記載のとおり,最初の2週間はラミクタールを1回25mgを隔日に経口投与し,次の2週間は1日25mgを1日1回経口投与し,その後は,1から2週間毎に1日量として25から50mgずつ漸増すべき義務があったにもかかわらず,最初の8月20日から1日200mgのラミクタールを投与し,これを9月1日まで継続したのであるから,被告F及び被告Gにはラミクタール投与上の過失があったと認められる。


また,同判決は,以下のとおり判示し,説明義務違反も認めました.

「3 ラミクタール投与に関する説明義務違反の有無(争点(2))について
本件処方は,ラミクタールの添付文書に記載された用法・用量に従わない処方であり,そのような処方によって致死率が高いTEN及びSJS等の重篤な皮膚障害が現れる可能性があることは前記2に認定説示したとおりであるから,このような処方を行う医師には,添付文書と異なる処方を行う理由や,その場合に起こり得る副作用の内容や程度等について,患者が具体的に理解し得るように説明すべき義務があったというべきである。
しかし,前記1(1) 認定のとおり,被告G及び被告Fは,通常よりも投与量が多いということや,皮膚症状が出現した場合の対応等について説明したにとどまり,SJSやTENを発症する可能性や発症した場合の治療方法等については説明していないから,被告G及び被告Fには,ラミクタール投与に関する説明義務違反があったと認められる。」


同判決は,「添付文書の用法・用量を遵守してこれを投与していれば,TENを発症することはなく,死亡という結果を回避することができた高度の蓋然性があると認められる」と因果関係を認めました.
説明義務についても「説明義務を尽くしていれば,亡D及び原告Aがサンバの大会への出場を希望していたことを考慮しても,用法・用量を遵守しない場合の副作用の発現率の高さや副作用の重篤性にかんがみて,本件処方に同意しなかった高度の蓋然性があると認められる」と因果関係を認定しました.

「4 因果関係(争点(3))について

(1)  前記1(1)ウ,エのとおり,亡Dは,本件処方から間もなくしてSJS及びTENを発症し,これを原因とする肺炎及び肺出血により死亡したことが認められるところ,ラミクタールにはSJSやTENといった重篤な皮膚障害を発症させるという副作用があり,その副作用は用法・用量を遵守しない場合に発現しやすいとされていることは前記2で認定説示したとおりであるから,被告Fらが,添付文書の用法・用量を遵守してこれを投与していれば,TENを発症することはなく,死亡という結果を回避することができた高度の蓋然性があると認められる。

(2)  また,被告Fらが前記3の説明義務を尽くしていれば,亡D及び原告Aがサンバの大会への出場を希望していたことを考慮しても,用法・用量を遵守しない場合の副作用の発現率の高さや副作用の重篤性にかんがみて,本件処方に同意しなかった高度の蓋然性があると認められる。

(3)  以上によれば,ラミクタール投与上の過失及び説明義務違反と亡Dの死亡との間には相当因果関係があると認められる。
これに対し,被告らは,①ラミクタールの用法・用量を遵守した例でも相当数の皮膚障害の発生があることや,②亡Dについて,8月26日の検査時には薬剤性過敏症症候群の症状とされる血液障害及び臓器障害(肝機能障害)等の異常値は認められていないことを指摘して,本件処方とSJSないしTENとの間に相当因果関係はない旨主張する。
しかし,①用法・用量を遵守しなかった場合に重篤な皮膚症状の発現率が高くなることは前記2で認定説示したとおりであるし,②TENは突然発症して急速に進行するとされていること(甲B9・228頁,12・281頁,13・104頁,18・33頁)からすると,8月26日に異常値が認められていないことを理由に因果関係を否定することはできず,被告らの上記指摘によっても前記認定は動かない。」




谷直樹

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by medical-law | 2021-12-31 06:31 | 医療事故・医療裁判