患者が心タンポナーデを発症しショックに陥った後直ちに心嚢液の排液措置をとるべき義務 京都地裁平成20年2月29日判決
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「3 22日午前7時28分ころの心嚢液の発見後,排液措置が遅れたことについて,被告病院医師の過失の有無(争点(3))
(1) 証拠〔乙A5,証人E(10,30頁 〕によると,心嚢液貯留が発見されて)から開胸手術に至までの経緯として,第2の2(2)ウの事実のほか,次の事実が認められる。
ア 本件造影CT検査で心嚢液貯留及び左血胸に気付いたE医師は,同日午前7時40分ころ,CT室から被告病院循環器科当直のG医師に電話で連絡した。亡DとE医師がICUに帰室すると,G医師が待機していた。E医師はG医師と相談の上,①心嚢液貯留の原因が外傷であり,止血と損傷部位の修復をする必要があること,②バイタルサインが安定しており,緊急に排液が必要な状況ではないこと等から,開胸手術によって心嚢液を排
除することを決定し,そのための準備を進めることとした。
イ E医師とG医師は,手術準備や処置のために,亡Dを広いベッドに移動させ,手術室に連絡し,執刀することとなる心臓血管外科や麻酔科の医師を招集し,手術のための採血や輸血の準備を整えた。また,招集を受けて直ちに駆けつけた心臓血管外科医長のI医師は,インフォームドコンセントをするために,原告の家族に連絡をとって,来院を依頼したところ,到着まで1時間程度かかるとの返事であった。被告病院医師らは,インフォ
ームドコンセントをしてから開胸手術を実施することとした。その後,E医師は,心エコー検査をして,亡Dの心機能,循環動態が良好に保たれていることを確認した。
ウ 午前8時30分ころ,既に手術準備は整っていた。そのころ亡Dの左胸腔にトロッカーカテーテルが挿入された。その後,亡Dの血圧が急に低下し,亡Dはショック状態となった。被告病院医師は,直ちに開胸手術に着,手するのではなく,第2の2(2)エ記載のように,人工呼吸,薬剤の投与気管内挿管,心臓マッサージ等に時間を費し,ようやく午前9時2分に手術室に入室し,午前9時4分から開胸手術が実施された。
(2) 上記事実及び第2の2(2)ウの事実によると,次のとおりいうことができる。
ア 原告らは,被告病院医師は,午前7時28分の時点で心嚢液の排液措置をとるべきであったと主張するが,当時は未だ亡Dの循環動態に異常がなく,差し迫った緊急性があると判断するべき事情はなかったから,心嚢液の貯留を把握したE医師が,専門である心臓外科のG医師と相談して対応を検討した結果,方針が決まるのが午前7時40分過ぎになったのはやむを得ないというべきである。
イ なお,G医師及びE医師は,午前7時40分過ぎに,開胸手術によって心嚢液を排除することを決定した。心嚢液の排液措置のうち,準備時間は心嚢穿刺の方法が最も短いと考えられるが,被告病院医師は,(1)アに記載した理由で開胸手術の方法を選択したのであって,その決定をした当時も未だ差し迫った緊急性があると判断するべき事情はなかったから,その判断も相当であったというべきである。なお,証拠(甲B2)によると,
心嚢内の凝血塊に穿刺針が刺入した場合は,血液を吸引できないことがあることが認められるところ,亡Dの心嚢液中には,血腫若しくは凝血塊が存在していたから,その点においても,心嚢穿刺の方法は相当でなかったというべきである。そして,心嚢液の排液方法のうち,開胸手術は,相当の準備時間を要するし,侵襲性が最も高いから,亡D本人のみならず,家族にもインフォームドコンセントをした上で実施するのが望ましいことも明らかであり,差し迫った緊急性があると判断するべき事情が認められない段階では,家族の到着を待ち,インフォームドコンセントをした後に開胸手術に着手しようとした被告病院医師の判断に過失があるとは認めがたい。
ウ 次に原告らは,午前8時30分ころには手術の準備が整っていたから,午前8時30分過ぎに亡Dがショックに陥った際,被告病院医師には,直ちに心嚢液の排液措置をとる義務があった旨主張するところ,なるほど,亡Dがショックに陥った時点において,その原因が心タンポナーデであることが明らかであり,心嚢液を排液して心タンポナーデを解除しなければショックから回復させるのは困難であるし,排液できればショックから回復することが十分期待できたというべきであるから,被告病院医師としては,何よりも優先して心嚢液の排液措置に取り組むべきであったというべきである。この点は,証人Fも,排液措置を緊急にせざるを得ない旨供述しているところである(尋問調書46頁 )。しかるに,被告病院医師は,人工呼吸,薬剤の投与,気管内挿管等に時間を費やして心嚢液の排液措置を後回しにした結果(しかも,被告病院医師がしたこれらの措置は功を奏せず,後記のとおり,午前8時50分ころには亡Dは心停止に至った 。),亡Dがショックに陥ってから排液措置に着手するまでに約30分もの時間を費やしたのであって,これは,医療水準に応じた診療行為とは言い難く,過失という評価を免れないというべきである。」
同判決は,以下のとおり判示し,過失と患者の死亡との間に因果関係を認めることはできないが,同過失がなければ,患者が実際に死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性があるして,被告に,慰謝料等合計1100万円の支払いを命じました.
「(イ) そうすると,亡Dのショックを確認した後,被告病院医師が直ちに開胸手術を施行することを決めたとしても,その実施までに10分程度は要したと考えられること,手術に着手してから心嚢液を排除するまで数分を要することを併せ考えると,午前8時50分までに亡Dの自己心拍を再開させるのは困難であり,午前8時50分以後,なお数分間を要したと考えられる。
カ 以上を総合すると,被告病院医師の上記過失がなかった場合,亡Dを救命できた高度の蓋然性を認めることはできない。しかし,心停止時間は現実の20分間よりも短くて済んだことは明らかであるから,亡Dが死亡した平成17年3月4日においてもなお生存していた相当程度の可能性はあるというべきである。
ところで,疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が,その過失により,当時の医療水準にかなったものでなかった場合において,その医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども,医療水準にかなった医療が行われていたならば,患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は患者に対し,不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解す
るのが相当である (最高裁判所平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照)。
よって,被告は,民法715条によって,亡Dが死亡の時点でなお生存していた相当程度の可能性を侵害されたことによって生じた損害を賠償する責任がある。
5 損害
以上のとおり,被告病院医師の過失と亡Dの死亡との間に因果関係が認められないから,亡Dの死亡を前提とする亡Dの損害及び原告らの損害を認めることはできない。
しかしながら,亡Dは,死亡の時点でなお生存していた可能性を奪われたことにより精神的苦痛を被ったものと認められる。そして,その慰謝料の金額について検討するに,4で認定した事実によれば,亡Dが死亡の時点で生存していた可能性は決して低いものではないばかりか,単に延命をはかれたのみでなく,回復して日常生活に復帰できた可能性も相当程度認められるというべきであり,その他本件で現れた一切の事情を総合考慮すると,慰謝料金額は,1000万円をもって相当と認められる。また,被告病院医師の過失と相当因果関係のある弁護士費用としては,100万円が相当である。
そして,原告らは,相続分にしたがい,原告Aはその2分の1である550万円,原告B及び同Cは各4分の1である275万円ずつを相続取得したものである。」
6 結論
よって,原告らの本訴各請求は,原告Aについて550万円,原告B及び同Cについて各275万円並びにこれらに対する不法行為による損害発生の日である平成17年3月4日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容するべきであり,その余は失当として棄却するべきである。」
谷直樹
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