カテーテル感染症を強く疑ってIVHカテーテルを抜去する注意義務 東京地裁平成18年11月22日判決
5月2日にIVHカテーテルが挿入され6月3日に抜去された事案ですが,5「月31日午後7時の時点までには、前日の胸腹部のレントゲン検査によっても異常所見が見当たらず、ドレーンからの排出液も引き続き異常が認められなかったことから、縫合不全については、前日よりもさらに否定的に考えるべき要素が加わっていたのに対し、カテーテル感染症については、IVHルートの滴下不良というカテーテル感染症を強く疑わせる所見が生じていたのであるから、縫合不全についての疑いを理論的には否定はできないとしても、臨床的には、これを否定し、まず第一にカテーテル感染症を疑うべき状況にあったと認められる。」と認定しました.
被告は、「カテーテル感染症の定義を、中心静脈カテーテル留置例における発熱で、他に明らかな感染源がなく、カテーテル抜去により解熱し、その他の臨床症状が改善した場合とした上で、本件ではこれに当てはまらないために、カテーテル感染症は否定されたと主張し」ましたが,同判決は,「この定義は、あくまでカテーテル感染症の確定診断のための定義であり、IVHカテーテルの抜去の判断に当たっては、カテーテル感染症の確定診断まで至らずとも、他に疑うべきものと比べてこれをより強く疑えば抜去すべきことになるのであるから、カテーテル感染症との確定診断が可能であったかとは問題が異なるものであり、この点についての被告の主張には理由がない。」としました.
このような判断手法は,参考になります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「3 争点(1)(IVHカテーテルを早期に抜去すべき義務の有無)について
(1)ア 亡Aの5月30日午後4時の発熱以降の病態については、上記1で認定した事実の経過から事後的に判断すると、J大学病院が診断したとおり、カンジダによるカテーテル感染症を発症していたものと認めるのが相当であり、他方、同人には臨床的に問題にすべき縫合不全は生じていなかったと認めるのが相当である(K〔28、29 。〕)
イ これに対し、H医師は、上記病態は、事後的に見ても縫合不全によるものであると証言しているが(H〔30、31 、上記1(6)アのとおり、〕)J大学病院入院後の6月5日のCT検査によっても縫合不全が認められなかったことからすると、同日はもとより、それ以前においても、縫合不全はなかったと認めるべきであり(上記K証言 、H医師の上記証言は採用)できない。
ウ また、被告は、本件ではカテーテルを抜去しても解熱していないことから、カテーテル感染症ではないと主張している。しかし、本件では、被告病院において、メチロン、ベギータ等の解熱剤が複数回投与されている。
これらの解熱剤は、他の解熱剤では効果が期待できないか、あるいは他の解熱剤の投与が不可能な場合の緊急解熱に用いるとされる解熱剤であり、このような強力な解熱剤を用いていることからすると、本来の熱型は修飾されているといえ、発熱の態様からは、患者の病態を判断することはできない。これらの薬剤の添付文書には、感染症を不顕在化するおそれがある旨が記載されている(甲B20、21 。)
(2)ア 上記の事後的な判断を前提として、原告らは、5月30日午後4時に亡Aが38度7分の高熱を発した時点、もしくは、遅くとも同月31日午後7時にIVHルートで滴下不良が生じた時点において、被告病院担当医師には、カテーテル感染症を疑ってIVHカテーテルを早期に抜去すべき義務があると主張するので、この点について検討する。
イ 上記1(3)ないし(5)のとおり、5月2日にIVHカテーテルが挿入され、それ以後6月3日に抜去するまで、カテーテルが留置されていたところ、長期間に渡りIVHカテーテルを留置することにより感染の危険性が高まるとされているのであるから、この留置期間の面からして、留置中には常にIVHカテーテル感染を念頭に置き、疑うべき状況にあったといえる(N〔3 。〕)
次に、亡Aは、臨床病期IV期の担癌患者であり、免疫抑制状態による易感染状態にあったことは当事者間に争いがないところ、このような状態の患者に対しては、感染症についての厳重な配慮が要請されているのであるから、カテーテル感染症を含む感染症一般について、その発症の有無をより慎重に観察すべきであったといえる。この点については、H医師も同旨の証言をしている(乙A7〔2 、H〔29、30 、N〔14 。〕 〕 〕)
また、上記1(4)及び(5)のとおり、亡Aは、5月22日に直腸癌に対しての低位前方切除術を受け、その8日後の5月30日午後4時に38度7分の高熱を発したことが認められる。上記2(1)イのとおり、カテーテル感染症の症状として、発熱があることからすれば、この発熱は、カテーテル感染症を疑わせる所見であると認められる。
さらに、上記1(5)ウのとおり、同月31日の午後7時にIVHルートで滴下不良が生じているところ、IVHルートの滴下不良は、カテーテル感染症の発症を疑わせる事実になるといえる。すなわち、点滴ルートの中で一番細い部分であるカテーテルの先端に異物が付着することを一つの原因として、滴下不良が起こることからすれば、点滴の滴下不良は、カテーテル先に血栓やフィブリンが付着したことを強く疑わせる所見であるとい
え、上記2(1)アのとおり、カテーテル感染症は、カテーテル先に血栓やフィブリンが付着し、細菌・真菌等の培地となることにより、発生するのであるから、滴下不良は、カテーテル感染症を強く疑わせる所見であるといえる(N〔4、5 。〕)
この点について、被告は、同日の滴下不良は、カテーテルのセット交換によって解消しているのであるから、滴下不良は、カテーテル感染を原因とするものではないと主張する。しかし、セット交換の際にも、フラッシュの作業をすることにより、カテーテル先のフィブリン等が取れ、滴下不良の症状が改善することもあることからすれば(N〔38〕) 、この点を理由に、滴下不良の原因がカテーテル感染であることを否定することはできない。
ウ 以上の点から判断するに、まず、5月30日午後4時の時点では、発熱の症状があったものの、この症状は、カテーテル感染に特異的なものではなく、術後肺炎などの呼吸器感染症、腹腔内膿瘍や開腹創の化膿など縫合不全や術創の汚染による感染、重症膀胱炎や腎盂腎炎などの尿路感染症によっても生じるものである(甲B17〔1〕) 。このうち、この時点で、呼吸器感染症については同日の胸部X線検査で異常が認められないことから
して否定されることについては、当事者間に争いはなく、腎盂腎炎についても、典型的な所見である腎部痛等がないことから否定される(甲B17〔1〕 、H〔8〕) 。しかし、縫合不全については、ドレーンからの排液の性状からは、これを積極的に疑える状況にはなかったことからすると、これよりもカテーテル感染症を強く疑うべき状況ではあったものの、縫合不全を否定できる積極的な根拠もないことから、なおしばらくの間はカテーテル感染症と並列的に縫合不全についても疑い得る状況にあったと認められる。その場合、上記2(2)ウのとおり、縫合不全の場合には、その治療として高カロリー輸液が必要とされることからして、カテーテルの抜去の判断には慎重になる必要があるといえる。
したがって、5月30日午後4時の発熱時点では、担当医師であるH医師に、カテーテル感染症を疑って直ちにIVHカテーテルを抜去すべき義務があるとは認め難い。
エ これに対し、同月31日午後7時の時点までには、前日の胸腹部のレントゲン検査によっても異常所見が見当たらず、ドレーンからの排出液も引き続き異常が認められなかったことから、縫合不全については、前日よりもさらに否定的に考えるべき要素が加わっていたのに対し、カテーテル感染症については、IVHルートの滴下不良というカテーテル感染症を強く疑わせる所見が生じていたのであるから、縫合不全についての疑いを理論的には否定はできないとしても、臨床的には、これを否定し、まず第一にカテーテル感染症を疑うべき状況にあったと認められる。そして、上記2(1)ウのとおり、カテーテル感染症に対する処置は、まずカテーテルを抜去すること以外になく、同症を疑った場合には、感染源となるカテーテルを抜去することとされているのであるから、縫合不全の危険性を念頭に置いて抜去の判断に慎重になるべきことを考慮しても、後記(3)で説示するとおり、この時点において、担当医師であるH医師には、IVHカテーテルを抜去すべき義務があったと認められる。
にもかかわらず、上記1(5)ウのとおり、この時点ではIVHカテーテルの抜去をせず、6月2日の午後零時に至ってようやくIVHルートの入替えを行ったにすぎず、その抜去は6月3日午後9時まで行われなかったものであるから、担当医師であるH医師には、IVHカテーテルを抜去すべき義務を怠った過失が認められる。
(3)ア これに対し、被告は、担当医師は縫合不全をまず第一に疑っており、縫合不全の治療としては高カロリー輸液が必要であることから、IVHカテーテルを抜去しなかったと主張し、H医師及びK医師もこれに沿う陳述及び供述をするので、この点について検討する。
イ 被告は、担当医師が、縫合不全を疑った主な根拠として、5月31日午前10時の38度3分の発熱と、その30分後に腹部に疝痛があったことを挙げ、時間的近接性からして両者は関連づけて考えるべきであるから、縫合不全が疑われると主張し、H医師もこれに沿う陳述及び証言をする。
しかしながら、上記1(5)ア及びイのとおり、亡Aは、同月29日から飲水し、同月30日朝から、術後初めての流動食を開始していることからすると、この点も、腹痛の原因として考えることができる。すなわち、長期間絶食していたところに、飲水や流動食を開始すると、腸管の刺激が起こり、腸の蠕動が開始するが、そのことにより、術後に癒着した部分につき引っ張られる等の刺激が生じ、機能的に痛みが生じるとされる(N〔32〕) 。この点について、H医師は、流動食の開始によって痛みが生じることはない旨証言するが、同人は、前日からの飲食にもかかわらず、前日には強い腹痛は生じていないことを指摘するのみであって、腸の蠕動による癒着の影響には何ら言及しておらず、上記の機序を否定するものではないのであるから(H〔28 、流動食が腹痛の原因となり得る可能性は否定〕)できず、腹痛から直ちに縫合不全を疑うべきであるとまではいえない。
また、上記2(2)イのとおり、縫合不全が生じた場合には、ドレーンからの排液に汚色等が生じるとされるところ、本件では、上記1(5)ウのとおり、ドレーンからの排出液は、一貫してきれいなままであったものであり、この点は縫合不全とは直ちに結びつかない所見であるといえる。
この点について、H医師は、ドレーンの設置位置によってはドレーンから異常所見が見られないこともあり得る旨証言するが(H〔29〕) 、この可能性があることにより縫合不全という判断の整合性について説明ができるとしても、ドレーンからの排出液がきれいであることは、本来的には、縫合不全と矛盾する所見といえ、この所見からは、縫合不全以外の原因をまずは疑うべきであるといえる。証人Nも、腹膜刺激症状があって腹膜炎
を起こしているような印象をもったことからすると、手術創の部位からして相当量の膿が腹腔内に貯留しており、ドレーンの留置位置がいかなるものであったとしても、排出液の状態が変化することを想定すべきであるのに、それとドレーンから汚染されたものが出ていないことは矛盾する所見であるから、ここで疑問が生ずるはずである旨のこれに沿う証言をしている(N〔28ないし30〕) 。
以上のように、被告主張の上記の根拠から、縫合不全をまず第一に疑うべきということはできず、むしろ、IVH滴下不良というカテーテル感染症を窺わせる所見や、ドレーンからの排液がきれいなままであるという縫合不全に矛盾する所見も見られる以上、カテーテル感染症をより強く疑うべきであったというべきである。
ウ なお、被告は、カテーテル感染症の定義を、中心静脈カテーテル留置例における発熱で、他に明らかな感染源がなく、カテーテル抜去により解熱し、その他の臨床症状が改善した場合とした上で、本件ではこれに当てはまらないために、カテーテル感染症は否定されたと主張し、H医師もこれに沿う陳述及び供述をする。しかしながら、この定義は、あくまでカテーテル感染症の確定診断のための定義であり、IVHカテーテルの抜去の判断に当たっては、カテーテル感染症の確定診断まで至らずとも、他に疑うべきものと比べてこれをより強く疑えば抜去すべきことになるのであるから、カテーテル感染症との確定診断が可能であったかとは問題が異なるものであり、この点についての被告の主張には理由がない。
エ さらに、被告は、縫合不全が強く疑われることを前提に、縫合不全の場合には、治療として高カロリー輸液が必要であることから、カテーテル抜去の判断が困難であったと主張する。そして、末梢からの点滴ルートを確保することが、不可能若しくは著しく困難であったことを、その主張の前提としている。
しかし、上記のように、5月31日の午後7時の時点では、カテーテル感染症が強く疑われたのであるから、カテーテル感染症に対する措置を中心に考えるべきであった。K医師も、末梢からの安定した輸液管理が可能であれば、IVHカテーテルを抜く場合もある旨述べている(K〔48〕)。
また、被告病院では、まず、末梢ルートを確保してみる等のカテーテル抜去に向けた何らかの方策を検討したとは認められず、安易にカテーテルの抜去が不可能であると判断したものであるとも見ることができる。実際に、被告病院においては、上記1(5)エのとおり、6月1日以降、末梢からの点滴ルートを確保してそこからの輸液も継続していることからすると、末梢からのルート管理が煩雑であるという事情があったとしても、不可能若しくは著しく困難であったとまではいえず、被告の主張はその前提を欠くものである。
以上より、この点についての被告の主張には理由がない。」
谷直樹
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