死因の認定 東京地裁平成18年11月22日判決
カテーテル感染を原因とする敗血症が各臓器に大きな影響を与え全身状態の低下を生じたことを認定し,敗血症に続発した腎不全及び心不全は、亡Aの死期を有意に早めたと観と認めたことは,参考になります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「(1) 亡Aの死亡原因について
ア 原告らは、亡Aの死亡原因は、被告病院におけるIVHカテーテル感染を原因とする敗血症とそれに続発する腎不全及び心不全であると主張し、証人Nもこれに沿う陳述及び供述をする。
これに対し、被告は、亡Aの死亡原因は、癌の再発による悪疫質と癌性出血によるものであると主張し、H医師及びK医師もこれに沿う陳述及び証言をする。
イ そこで、亡Aの死亡原因について検討するに、まず、上記1(3)アのとおり、亡Aの大腸癌は脳に転移していたところ、上記2(6)の基準からして、臨床病期はIV期、デュークス分類はデュークスDであり、相当程度進行した癌であったといえる。また、その予後について、大腸癌の転移例について検討した乙B16では、大腸癌で脳転移を来した3例については、それぞれ、退院から175日目、150日目、入院87日目に死亡したと
報告されている。K医師は、大腸癌脳転移症例の確定診断時からの平均生存期間は、治療の有無を問わず約6か月であると陳述している(乙A9〔12〕) 。
亡Aについては、上記1(7)ウのとおり、M病院入院中に、頻回の痙攣発作が見られ、CT検査の結果、脳腫瘍の可能性も否定できない旨が指摘されており、また、上記1(7)エのとおり、肛門部付近に腫瘍からの出血が見られていることからすると、大腸癌の影響が強く疑われるところであり、証人Nも、亡Aの予後について、普通の家庭での生活ができるのは半年から1年程度であると証言している(N〔15〕)。
これに対し、上記1認定の事実経過のとおり、亡Aは、手術から約7か月生存しているところ、上記のように亡Aに予想された生命予後が極めて短いこと、解剖結果においても、上記1(9)のとおり、リンパ節等への転移が見られていることからすると、大腸癌が亡Aの死亡に有意に影響したものと認められるし、上記1(7)の経過に照らすと、より直接的には、11月に至って肛門付近に再発した腫瘍に対する切除術後に下血が継続したことが、亡Aの死亡に大きく寄与したものと認められる。
ウ(ア) 他方、本件の経過を見るに、被告病院における5月30日午後4時以降の亡Aの諸症状は、上記3(1)のとおり、カテーテル感染症に起因するものであると認められる。そして、上記1(5)エのとおり、6月1日午後零時ころ、38度7分の発熱が見られ、心拍数が110程度に上昇しており、同日午後8時までには尿量の低下が見られ、血圧も85/50に低下し、午後9時には不整脈が生じ、深大呼吸等が見られており、上記2(4)ア及びイで述べたところからすると、同日には亡Aは敗血症、の兆候を示していたといえる。その後、上記1(5)エないしカのとおり同日午後8時以降にイノバンが投与され、尿量については改善が見られたが、6月3日午後2時には無尿状態となっており、上記2(4)ウで述べたところからすると、遅くとも同月2日午後から3日にかけての時期に、亡Aは敗血症性ショックないしプレショックの状態に至ったものと認められる(N〔11、12 。〕)
(イ) そして、上記1(6)アのとおり、J大学病院入院時には、亡Aは、白血球は10000、CRPは25.1mg/dl、真菌の存在を示すβ-D-グルカンは5220pg/mlであり、敗血症性ショック、急性腎不全心不全との診断の下、ICUにて治療が開始されている。また、J大学病院退院時には、白血球は6000、CRPは7.1mg/dl、β-D-
グルカンは3083pg/mlであり、これらの値からすると、白血球の値は低下しているものの、いまだ亡Aは感染から脱却していないと評価できる。さらに、上記1(6)ウのとおり、同院入院時の亡Aは、挨拶程度の発語はあったものの、十分にコミュニケーションが取れない状態であったことも認められ、上記1(5)アのとおり、感染症発症前には通常の
会話が可能であったことにも鑑みると、このような意識レベルの状態であったことからしてもまた、カテーテル感染症の継続が推認される。
さらに、上記1(7)イのとおり、亡AのM病院入院時の意識レベルはJCSIIであり、同院入院中も依然として十分な意思表示ができない状態であったこと、感染を示すCRPの値が継続して異常値を示していたことからすると、亡Aの感染症は、M病院入院中においても継続していたといえる。
以上の一連の経過からすると、亡Aは、死亡に至るまで、被告病院において罹患した感染症及びそれに続発した腎不全及び心不全の影響から脱却できていないことが認められる。この点については、K医師も、「敗血症による悪性SIRSから多臓器不全(MOF)への進展は、「将棋倒し」に例えられる。MOFに向けての炎症反応のスイッチがひとたび「ON」になれば、将棋倒しのように炎症反応のカスケードが駆動する。MOFに至る一連の連鎖反応を完全に制御し、抑制し得る治療法は未だ確立されていない」旨を陳述しており(乙A7〔9〕)、上記の亡Aの経過も、このような感染症に起因する一連の流れとして評価し得るものである。
(ウ) 以上の経過に加えて、病理解剖においても、左右の総腸骨動脈に新旧混在した感染巣が見られることからすれば、亡Aが感染症から脱却できずに、時期を異にして、何度も感染を繰り返したことが推認できる。
また、一部器質化した血栓の形成、血管壁の一部にリンパ球や異物巨細胞を伴う塞栓が見られ、左右心室細胞壁には敗血症による変化と思われるリンパ球と異物巨細胞の小集ぞく症が散在し、左腎には、カンジダの感染を伴う腎盂腎炎が見られていることからすれば、感染症が繰り返したことが、各臓器に大きな影響を与えたことが推認できる。これらの所
見は、上記認定の経過に合致するものである。
さらに、上記1(9)のとおり、病理解剖報告書では、「直接死因としては、経過中のIVH感染による敗血症とそれに続発する腎不全及び心不全」としているが、これも、上記の所見からして、上記認定の経過と同様の判断をしたものと考えられる。
なお、この病理解剖を担当したO医師及びP医師は、IVH感染の時期は、被告病院、J大学病院及びM病院のいずれの入院時であるかを特定することは不可能であるとしており、その理由として、P医師は、感染の時期は、臨床経過から判断すべきであるとしている(書面尋問の結果)が、上記の解剖結果の評価と、臨床経過は矛盾しないものである。
(エ) 以上からすると、亡Aは、死亡に至るまで、被告病院で発症したカテーテル感染を原因とする敗血症の影響から脱却できなかったものと認められるところ、これによって同人の全身状態が低下していたことは明らかであり、そのような状態の下で上記(1)イのとおり、再発腫瘍切除術後に下血が継続したことにより、亡Aは、術後に全身状態が急激に悪化して死亡するに至ったと認められる(N〔35〕)。そうすると、上記の腎不全等がなくても、下血の継続により亡Aは早晩死亡するに至ったとは認められるものの、前提としての全身状態の低下がない以上は、その経過はより緩慢なものとなり、死期もまたより遅くなったと認めるのが相当であり、そのように認められる以上、上記のカテーテル感染を原因とする敗血症に続発した腎不全及び心不全は、亡Aの死期を有意に早めたものと認められる。
エ これに対し、被告は、被告病院で見られた敗血症は、カテーテル感染に由来するものではなく、深在性真菌症がその原因であると主張し、その根、拠として、被告は、β-D-グルカンが2000pg/ml以上の高値の場合腸管等に由来する深在性真菌症であり、カテーテルに由来するものではないことを挙げる。K医師も、これに沿う陳述ないし証言をする。
しかし、β-D-グルカンが2000pg/ml以上の高値の場合、腸管等に由来する深在性真菌症であるといえる根拠について特に示されておらず、そのような知見があると評価するだけの証拠はない。
他方、入院患者で発熱した患者202例についてβ-D-グルカン値を測定した調査結果を示した甲B33によれば、深在性真菌症の症例全てにおいて、β-D-グルカン値は1000pg/ml以下であったとされている。
また、β-D-グルカンが異常高値を示した症例についての報告である乙B10についても、単に深在性真菌症例においてβ-D-グルカン値が1000pg/ml以上を示した症例についての報告に過ぎず、深在性真菌症とカテーテル感染症の区別について論じたものではない。
さらに、被告は、亡Aの症例について報告した論文であるとする乙B20をその根拠とするが、同論文は、β-D-グルカン高値が持続した原因について、諸臓器で真菌感染が持続した可能性について述べるものであり、感染の原因について述べるものではない。むしろ、同論文は、病歴上、消化管からの感染が最も疑われたが、数回にわたるCT撮影及び大腸内視鏡検査においても感染源を特定することができなかったとしており、β-D-グルカン値により感染源が特定できるという被告の主張に沿うものとはいえない。
したがって、上記の被告の主張には理由がないといわざるを得ない。」
谷直樹
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