約5年脳腫瘍を放置した過失と記銘力障害を中心とする認知機能障害,左上肢を中心とした運動機能障害,慢性的な頭痛,嘔気等との間の因果関係 福岡地裁令和元年6月21日判決
同判決は,因果関係について,「本件過失により脳腫瘍が大幅に増大するまで放置された結果,本件手術の危険度が格段に高くなり,術後の水頭症のリスクも増大したこと」を認定し,「適時に脳腫瘍摘出手術を行っていれば,原告に平成27年6月3日時点における高度の後遺症が残存していた可能性は低い」と認定し,「本件過失と原告の後遺障害(記銘力障害を中心とする認知機能障害,左上肢を中心とした運動機能障害,慢性的な頭痛,嘔気等)との間の因果関係が認められる。」としました.
腫瘍が見逃された事案では,過失に争いがなく,因果関係が争われることがあります.同判決はそのような事案での因果関係認定の参考になります.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「2 本件過失と原告の後遺障害との因果関係の有無(争点1)について
(1) 検討
ア 原告には,記銘力障害を中心とする認知機能障害や,左上肢を中心とした運動感覚機能障害,慢性的な頭痛,嘔気などといった症状が残存しており(前記1(3)),これらの症状は,原告がGにおいて,脳腫瘍,水頭症,高次脳機能障害との診断を受けた平成27年6月3日の時点で,症状固定していたものと認められる(前記1(2)キ,(3)ア)。
そして,原告の上記症状のうち記銘力障害を主とした認知機能の障害の原因として考えられるのは,脳腫瘍及びこれによって発症した水頭症,脳外科手術(本件手術)の合併症,合併症として続発した水頭症である(前記1(3)ア)。また,原告の左上肢を中心とした運動感覚機能障害の原因は,脳腫瘍であり(前記1(3)イ),頭痛や嘔気は,水頭症の症状と考えられる(前記1(6)イ)。
被告には,本件過失があるところ,本件過失がなければ,原告は,定期的な経過観察によって,早期に脳腫瘍の増大を発見し,本件手術よりも早期に腫瘍摘出術を受けることができたものと認められる(前記1(4))。
そして,本件過失により脳腫瘍が大幅に増大するまで放置された結果,本件手術の危険度が格段に高くなり,術後の水頭症のリスクも増大したことからすれば(前記1(4)),上記のように早期に腫瘍摘出術を受けていれば,平成27年6月3日時点における原告の症状の発生を防止することができた蓋然性が高いものと認められる。
イ 被告は,平成18年10月の検査結果を受けて原告の脳腫瘍が発見されていたとしても,最終的には脳腫瘍摘出術を実施することになり,原告に一定の後遺症が残存していた可能性は否定できない旨主張するところ,中枢性神経細胞腫に対する脳腫瘍摘出術には一定の確率で合併症が生じることが報告されている(前記1(5)ウ)。
しかし,中枢性神経細胞腫で手術を受けた患者(腫瘍容積の中央値は平成18年10月当時の原告の脳腫瘍より大きい31.2立法センチメートル)のうち,手術関連の合併症の割合は66%であり,手術後の障害の主なものは,不全麻痺及び失語症(39%),記憶障害(29%),水頭症(26%)であったとする報告もあり(前記1(5)ウ),脳腫瘍摘出術の際に手術後の合併症がほぼ確実に生じるともいえないし,水頭症が脳腫瘍摘出術において高確率で発生するものともいえない。また,脳腫瘍摘出術においては,一般的に腫瘍のサイズが小さい方が,手術による機能予後低下や合併症の確率は低いなどとされており(前記1(4),(5)ウ),平成18年10月時点では原告の脳腫瘍もごく小さかったことからすれば,適時に脳腫瘍摘出手術を行っていれば,原告に平成27年6月3日時点における高度の後遺症が残存していた可能性は低いというべきである。そうすると,上記の点は,本件過失と原告の症状との因果関係を否定するものではない。
なお,原告の症状は,平成24年12月から平成25年2月にかけてのシャント感染やシャント機能不全による水頭症の悪化の際に,悪化した可能性がある(前記1(2)エないしカ,(3)ア)。もっとも,平成24年2月に行われたシャント術は,水頭症の治療として多くの場合に行われるものであるし,シャント術においては,シャント閉塞やシャント感染といった合併症は,1年で40%,2年で50%などという相当な割合で生10
じるものであるから(前記1(6)ウ),補助参加人医院においてシャント術を受けたことが,本件過失と原告の症状との因果関係を左右するものではない。
ウ そうすると,本件過失と原告の症状との間には因果関係があるものと認められる。
なお,本件鑑定は,記銘力障害を主とした認知機能障害は,右側脳弓損傷のみによって生じているとはいえないとするのに対し,R医師の意見書(乙B5)は,脳弓の損傷が原告の顕著な即時記憶障害の原因である旨を述べる。もっとも,前記のとおり,脳腫瘍及びこれによって発症した水頭症,脳外科手術(本件手術)の合併症,合併症として続発した水頭症のいずれについても,少なくとも本件過失が大きく寄与したものといえるから,仮に脳弓の損傷が原告の顕著な即時記憶障害の主たる原因であるとしても,本件過失と原告の認知機能障害との因果関係が認められるとの前記判断は左右されない。
(中略)
エ 以上のとおり,被告の前記主張を踏まえても,本件過失と原告の認知機能障害との間の因果関係が認められるとの前記判断は左右されない。」
(中略)
(4) よって,本件過失と原告の後遺障害(記銘力障害を中心とする認知機能障害,左上肢を中心とした運動機能障害,慢性的な頭痛,嘔気等)との間の因果関係が認められる。
谷直樹
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