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ヘルペス脳炎の鑑別を十分に行わなかった過失と後遺症との因果関係 名古屋地裁平成19年4月26日判決

名古屋地裁平成19年4月26日判決(裁判長 永野圧彦 裁判所サイト)は,次のとおり判示し,ヘルペス脳炎の鑑別を十分に行わなかった過失と原告の後遺症との間の因果関係を認めました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.


「3 因果関係について

(1) 過失①との因果関係

ア 前提
原告がヘルペス脳炎に罹患した時期については,現在の原告の症状と原告に精神疾患の既往症がなくその後も精神疾患に罹患したことが認められないこと,異常行動が現れたのが4月27日であることからすると,前述のとおり,遅くとも4月27日であると考える。
また,4月30日以前の症状及び同日のE病院における診察・検査結果からすれば,神経内科専門医であるB医師が,同日の時点で,適切な問診及びその他鑑別検査を行っていれば,原告が単純ヘルペス脳炎に罹患していることが判明し,少なくとも投薬を開始すべきと判断できる程度の症状・検査結果を得られたと考えられる。

イ ヘルペス脳炎の予後について
一般論として,ゾビラックスの使用については意識障害の進行する前に,早期に取りかからねばならないとされている(乙B2の852頁等)。
また,証拠(甲B9,B15,乙B4,B6,B10)によれば,ヘルペス脳炎の予後に関する臨床例の調査報告として,報告によってかなりの差異があるものの,全治又は社会生活に復帰できた割合が30から56パーセントの範囲内であり,死亡又は重度な後遺症が残った割合が30ないし50パーセント程度の範囲内で,中程度の後遺症が残った割合も20ないし30パーセントである旨の報告があることが認められる。

ウ 難治例の要因及び本件の該当性について
乙B4の944頁によれば,ヘルペス脳炎について,難治例となる場合の要因として,①意識障害の深さ,②けいれん重積,③脳浮腫,④抗ウイルス薬開始の遅れ,量,期間,⑤宿主側の条件(年齢ほか)があるとされていることが認められる。
これらの要因について,本件における事情を見るに,①については,4月30日に異常行動及び見当識障害が見られ,5月4日以降では,原告は傾眠状態であり,見当識障害が見られたことが認められるが,昏睡等にはなっておらず,必ずしも意識障害が深かったとまではいえない。②については,本件では認められない。③については,E病院でのCT検査の結果から,脳浮腫の疑いがあることが認められ,5月4日には,抗脳浮腫薬の投与が開始されているものの,脳浮腫の疑いがあったというにとどまり,明らかな脳浮腫があったとまではいえない。④については,B医師が4月30日に適切に問診・検査をしていれば同日には抗ウイルス薬の投与を開始できたと考えられるが,少なくとも発症から3日遅れているものの,本件では他の要因について難治例を示すようなものではないこと,3日という日数からすると,難治例に該当するとまではいえない。⑤については,原告は本件当時37歳であり,文献上,30歳以上を予後不良因子とするもの(甲B3の2の424頁)と,40歳以上とするもの(乙B4の945頁)が見られるものの,30代と40代との比較をした資料はなく,30歳以上であることが直ちに予後不良因子であるとまでは認められず,原告の年齢が必ずしも難治例の要因となるとはいえない。なお,その他の宿
主側の条件については本件では問題とならない。

エ 以上の諸要因の検討と,上記イのヘルペス脳炎における死亡ないし重度の後遺症となる割合を併せ考えると,本件において,重度の後遺症を残さなかった蓋然性が高いといえる。
この点被告は,4月30日において,既に原告の脳には両側性の病変が見られたとして,同日に抗ウイルス薬の投与を開始できていたとしても,重度の後遺症は免れられなかったと主張し,それに沿う証拠もある(B証人)。しかし,乙A2の12及び15頁によれば,被告病院入院当初,被告病院医師は,原告の脳病変は片側性であると判断していることが認められるところ,そうだとすれば,4月30日において両側性病変であったとまでは認められない。また,仮に,レトロスペクティブに画像を見ることで両側性病変が見られるということがいえたとしても,診療当時には誰も気づくことができなかった程度の病変であったということであって,そうであれば,直ちに因果関係が否定されるほどの事情とはいえない。

オ したがって,過失①と原告の後遺症との間の因果関係は認められると考えるのが相当である。」

同判決は,損害について以下のとおり判示し,被告に1億3064万0616円の支払いを命じました.

「5 損害

(1) 逸失利益

前記前提事実及び甲C1によれば,原告は,平成10年における年収が699万0280円であったこと,症状固定日が平成14年3月25日であったこと(症状固定当時40歳),後遺障害別等級表1級1号に当たる後遺症により労働能力を100パーセント喪失したこと,以上が認められる。
ただし,本件において適切な治療を行えば重度の後遺症を避けることができたと考えられ,因果関係を認めるには十分であるものの,ヘルペス脳炎の予後について,軽度の後遺障害を生ずる割合も無視できないことに鑑みると,適時に治療を開始したとしても,軽度の後遺障害が発生した可能性は否定できないと考えられるところであり,原告の主張する労働能力の喪失(逸失利益)がすべて被告の過失行為によるものと即断することはできない。
そこで,被告の過失行為が原告の労働能力の喪失についてどの程度寄与していたかについて検討するに,①前記3(1)イ記載のヘルペス脳炎の予後についての文献,②4月30日の原告の症状(意識障害は少なくとも軽度で精神症状が前景に出ている。けいれんはなく,脳浮腫もはっきりしたものはなかった。脳CT上も少なくとも明確な両側性病変はない。),及び③被告病院を受診した時点で,症状が現れてから少なくとも3日経過していることなどを併せ考えると,逸失利益に対する被告の過失の寄与度としては8割とみるのが相当である。
とすれば,本件不法行為に基づく原告の逸失利益としては,以下の計算のとおり,8188万6936円とするのが相当である。
699万0280円×14.643(就労可能年数27年のライプニッツ係数)×100パーセント×0.8=8188万6936円

(2) 慰謝料
本件において,既に述べたとおり発生した結果は重大であり,また,弁論の全趣旨からすれば原告が平成11年当時一家の大黒柱であったということが認められる一方,原告の家族の側からでも,被告病院受診時に頭痛や発熱等の症状が見られたといった情報を積極的に提供することもそれほど困難ではなかったという事情も認められるところ,これらの事情は慰謝料算定においては考慮されるべきである。また,上記(1)に述べた軽度の後遺症発生の
可能性も慰謝料算定の際に考慮すべき事情といえる。
そして,これらの事情及び本件に現れたその他一切の事情を総合的に考慮すると,原告の慰謝料としては,1800万円が相当と考える。

(3) 介護費用
原告は,介護費用として1日1万円を要すると主張するが,それを認めるに足りる証拠はない。かえって,甲C4の1ないし3によると,原告が入所しているグループホームにおいて要する費用としては,月額約10万5000円であることが認められるから,介護費用についてはこれを元に計算すべきと考える。そうすると,以下の計算式のとおり,2125万3680円が相当と考える。
10万5000円(月額)×12(か月)×16.868(平均余命38年のライプニッツ係数)=2125万3680円

(4) 以上の小計 1億2114万0616円

(5) 弁護士費用
原告が,本件訴訟の提起・遂行のために弁護士である原告代理人に訴訟委任したことは本件記録上明らかであるところ,本件事案の内容,本訴の経緯等を総合すると,本件について,弁護士費用として被告に負担させるべき額は950万円が相当である。

(6) 合計
以上を合計すると,原告の損害額としては,1億3064万0616円とするのが相当である。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-05 23:43 | 医療事故・医療裁判