弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

くも膜下出血の鑑別診断義務 大阪地裁平成18年7月28日判決

大阪地裁平成18年7月28日判決(裁判長 角隆博)は,原告が,平成14年1月19日,被告病院に入院し,髄膜炎との診断のもと治療を受け,2月2日に症状が軽快したとして被告病院を退院したが,2月9日にくも膜下出血を起こした結果,左上下肢運動障害の後遺症を負った事案について,臨床症状やCT所見だけでは,くも膜下出血,髄膜炎のいずれであるとも断定できないが,1月19日及び21日に実施された髄液検査結果において認められたキサントクロミーは,くも膜下出血を疑わせる重要な徴表であること等から「被告病院を受診した1月19日の時点において,くも膜下出血を発症していたもの」と認定しました.このように、鑑別診断義務の前提として客観的に入院時にくも膜下出血を発症していたことを認定しました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.


「(1) 1月19日の時点でくも膜下出血を発症していたかどうかについて原告は,被告病院を受診した1月19日の時点において,脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血を発症していたと主張するのに対し,被告は,同時点において原告が罹患していたのは髄膜炎であり,くも膜下出血は発症していなかったと主張する。

ア そこでまずこの点を検討するに,前記第4の基礎となる医学的知見,証拠(甲B1ないし3,乙B2ないし4,6ないし8,13,証人B,同A,鑑定人Eの鑑定結果〔以下「本件鑑定結果」という。〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,くも膜下出血及び髄膜炎の鑑別については,以下の医学的知見が存在するものと認められる。

(ア) 臨床症状について
くも膜下出血の臨床症状は,典型的には,突発的な激しい頭痛,悪心,嘔吐などであり,発症後しばらくすると項部硬直やケルニッヒ徴候などの髄膜刺激症状が見られる場合が多い。くも膜下出血の程度が重篤な場合は,意識障害を起こすこともある。
他方で,くも膜下出血の程度が軽微な場合は,頭痛の起こり方,程度も軽い場合がある。また,発熱については,一般にはくも膜下出血における症状としては挙げられていないものの,反応性の発熱を生じることも稀ではない。
これに対し,髄膜炎の臨床症状としては,通常,発熱,頭痛,嘔吐,意識障害,項部硬直やケルニッヒ徴候などの髄膜刺激症状等が認められる。なお,頭痛の起こり方については,「亜急性に増悪する頭痛」(甲B2)などといわれている。

(イ) CT撮影検査の結果について
くも膜下出血の診断に係るCT撮影検査については,発症数日以内の急性期においては,くも膜下腔(脳槽,脳溝)に高吸収域が認められるが,出血量が少ない場合や発症後数日を経過した場合においては,CT写真上異常所見を確認できない場合もある。
なお,発症後数日以上を経ているような場合であっても,シルビウス裂が等吸収域として描出されているときには,くも膜下出血を疑う必要がある。また,くも膜下出血においては髄液の環流障害による水頭症を合併することが多いので,脳室拡大の有無についてもよく検討すべきものとされている。
髄膜炎については,CTで髄膜炎そのものを診断することはできないが,合併する脳浮腫,水頭症,脳炎などを診断するのに有用である。

(ウ) 髄液及び血液検査結果について
血液検査結果において,細菌性髄膜炎については,白血球の増多,赤血球沈降速度亢進,CRP陽性などの所見が認められる。
髄液検査においては,細菌性髄膜炎では,髄液外観は混濁し,細胞数は高度に増加し,種類は主として多核球であり,蛋白量は中等度に増加し,糖量は減少するといった所見が認められ,ウイルス性髄膜炎では,髄液外観は透明~軽度混濁となり,細胞数は軽度ないし中等度に増加し,種類は主として単核球であり,蛋白量は軽度に増加し,糖量は変化しないといった所見が認められ,結核性髄膜炎では,髄液外観は透明~軽度混濁となり,細胞数は高度に増加し,種類は主として単核球であり,蛋白量は中等度に増加し,糖量は減少するといった所見が認められる。
他方,くも膜下出血においては,髄液検査により,血性あるいはキサントクロミーが認められる。また,髄液中の細胞数については,血球,主として赤血球が著しく増加し,壊れた赤血球を処理するために髄液中に白血球,特にリンパ球が出てくることから細胞数は上昇するし,出血に対する炎症反応により,髄液細胞数の割合の変化も生じ得る。
なお,淡血性髄液が得られた場合には,トラウマティックタップによるものかくも膜下出血後によるものかを区別する必要があるが,その鑑別は,主として髄液を遠心分離した上清の色調がキサントクロミーであるかどうかにより行われる。

(エ) 以上によれば,くも膜下出血及び髄膜炎においては,臨床症状の多くが共通していることから,臨床症状のみによって両者を鑑別することは困難であり,また,頭痛の程度や起こり方,発熱の有無についても,非典型的な症例が認められることから,鑑別の決め手とはなり得ず,通常はCT写真上において出血所見が認められるかどうかが最大の鑑別方法となるが,出血量が少ない場合や出血後数日を経過している場合においては,CT写真上異常所見が認められなくても,くも膜下出血を否定することができないため,髄液検査において,血性髄液ないしキサントクロミーが認められるかどうかもまた重要な鑑別ポイ
ントの一つとなり,他方で,髄液中の細胞数や細胞の種類は,髄膜炎の種類やくも膜下出血を鑑別する際の一つの目安とはなるが,かかる検査結果によっても両者を確定的に鑑別することはできないものと認められる。
(中略)
以上のとおり,臨床症状やCT所見だけでは,くも膜下出血,髄膜炎のいずれであるとも断定できないが,前記1(2)イ及びエ(ア)認定のとおり,1月19日及び21日に実施された髄液検査結果において認められたキサントクロミーは,前記ア(エ)のとおり,くも膜下出血を疑わせる重要な徴表であるというべきである。

これに対し,被告は,上記所見は1月19日に行った腰椎穿刺の際のトラウマティックタップによるものであると主張するところ,証人A医師もそれに沿う証言をし,文献(乙B13)には,出血後2ないし3時間後より,赤血球の崩壊により生ずるビリルビンのため黄色となる旨記載されていることが認められる。
しかし,他方,鑑定人は,赤血球の崩壊は出血後2ないし3時間経過後から起こると言われているが,実際の臨床では,出血から数日間は血性髄液のために赤色調が主であり,出血から4,5日以降にキサントクロミーとなってくることが多いとしており,証人B医師も同旨の証言をしている。また,別の文献(甲B3)には,赤血球が髄液中に出ると溶血し,出血後2時間ほどして赤色のオキシヘモグロビンが髄液の上清液に見られ,3ないし4日すると黄褐色のビリルビンが出現し始めると記載されていることが認められ,上記文献(乙B13)においても,ビリルビンによる黄色は1週間くらいでピークになる旨記載されている。
以上によれば,出血後2ないし3時間経過した後より,赤血球の崩壊が始まるとしても,色調は赤色から徐々に黄色になっていくものと考えられるところ,1月19日に実施した髄液検査は,病院外の検査会社に委託して実施されているが,A医師が証言するとおり,2,3時間後,少なくとも同日中には検査が実施されているものと推認されることからすれば,検査によって認められたキサントクロミーは,トラウマティックタップによるよりも同月13日ころに発生したくも膜下出血によるものと認めるのが相当である。また,同月21日に実施された髄液検査で,キサントクロミーが認められた点について,B医師は,トラウマティックタップによる出血が少量であれば,2日経過すると,透明に戻っている可能性がある旨証言している。
また,被告は,1月19日,21日及び2月1日に実施された髄液検査結果において認められた細胞成分の割合が大きく変動していること及び赤血球と白血球との割合等が血液中における割合とは異なっていることから,上記髄液検査結果は,くも膜下出血により血液が混入した髄液の所見であるとは認められないと主張するが,前記ア(ウ)のとおり,くも膜下出血においても,髄液中にリンパ球を中心とする白血球が混入したり,出血に対する炎症反応により髄液細胞数の割合が変動することもあり得るとされていること,2月1日に実施された髄液検査においてキサントクロミーが認められてないことからも明らかなように,出血量が少量であったこともあって時間的経過により細胞成分等の割合が変動することはあり得ること,また,1月20日にステロイド剤であるリンデロンが1日3回投与されているところ,ステロイド剤の副作用として好中球数増多,リンパ球減少という副作用があること(甲B4ないし6)からすれば,これにより修飾された可能性もあること(証人B)等に照らすと,被告が主張する上記髄液検査結果は,必ずしもくも膜下出血を否定する根拠とはなり得ないというべきである。
そして,前記1(3)によれば,原告は2月9日の時点において極めて重篤な程度のくも膜下出血を発症しているところ,前記第4の基礎となる医学的知見1によれば,このことは,それ以前の近接した時点において原告がくも膜下出血を発症していたことがあったとしても矛盾するものではなく,また,同日に破裂動脈瘤クリッピング術を行ったB医師は,同手術の際,視神経の周囲についてやや褐色を帯びた所見を認め,以前に出血があった可能性があると考えたというのである。
なお,被告は,被告病院での経過中に一旦頭痛が消失し,髄液検査が水様透明となり白血球数も著明に改善したことは,くも膜下出血の症状,経過としてはあり得ないと主張するが,前述したとおり,原告の臨床症状の程度は典型的なくも膜下出血に比べれば軽度であり,出血量も少量であったと推測されるのであり,鑑定人も髄液検査が水様透明となっていることは1月13日ころに発生したくも膜下出血の経過として矛盾しないとの鑑定意見を述べていることからすれば,くも膜下出血の症状,経過としてあり得ないとはいえず,被告の上記主張は採用できない。

ウ 以上述べたことに加え,いずれも脳神経外科医である証人B医師の証言及び鑑定人の鑑定意見を併せ考慮すると,原告は,被告病院を受診した1月19日の時点において,くも膜下出血を発症していたものと認められるというべきであり,これを否定する被告の主張はいずれも理由がない。」


同判決は、「A医師は,脳や脊髄領域における内科的疾患を日常的に取り扱う神経内科医であり,その証言内容を見ても,キサントクロミーがくも膜下出血を疑わせる重要な徴表であることは認識していたものと推認され,本件においても,くも膜下出血の疑いも持っていたというのであるから,くも膜下出血が当初軽度であっても再出血の確率が高く,生死に関わる重篤な疾患であることをも併せ考慮すると,1月19日及び21日の2回の髄液検査において,いずれもキサントクロミーという結果が出たことを認識した時点において,前記(1)で認定判断したとおり,くも膜下出血を確実な根拠をもって否定する状況にはなかった以上,慎重にくも膜下出血の可能性も疑い,自らあるいは被告病院には脳神経外科医もいたのであるから(証人A医師),脳神経外科医に紹介するなどして,鑑別診断を進めるべきであった」と注意義務を認定し、「キサントクロミーについてトラウマティックタップの影響によるものと速断し,髄膜炎と診断した結果,さらなる鑑別診断を進めることを怠り,くも膜下出血を見落とした過失が認められる」としました.
鑑別診断義務を認定する手法として参考になる判決です.
くも膜下出血が疑わしく、CTが陰性の場合は、腰椎穿刺で血液の存在あるいは発症数時間後からのキサントクロミーの存在を検出します.
なお,「脳卒中治療ガイドライン2021」では,CTでくも膜下出血が不明瞭な場合にはMRIを撮影することは妥当である(推奨度B),それでも診断が確定できない場合には腰椎穿刺を行うことが妥当である(推奨度B)としています.

「イ 次に,前記1(2)認定の事実によれば,1月21日以降は,神経内科医のA医師が,主治医として原告の診療を担当することとなったが,同医師も,各種神経学的検査の結果,血液検査の結果,CT検査の結果,それまでの原告の臨床症状,同月19日及び21日に実施した髄液検査において,髄液細胞数が増多していたこと等から髄膜炎と診断したものであり,髄液検査において,キサントクロミーが認められた点については,D医師から,同月19日に行われた髄液検査において,髄液採取に手間取り,出血があったと聞いていたので,同日の検査におけるキサントクロミーとの結果は,検査を外注に出したため,時間が経過し,トラウマティックタップによる血液が溶血したことにより生じたものであると考え,また,同月21日の検査結果におけるキサントクロミーも,19日の出血の影響が残っていたことによるものであると考え,くも膜下出血によるものとの疑いは持たなかったものである。

そこで検討するに,A医師が同月21日に実施した神経学的検査において,意識障害や知覚障害は認められなかったが,項部硬直及びケルニッヒ徴候の髄膜刺激症状が認められ,血液検査の結果で引き続き炎症所見が認められ,頭部CT検査で特記すべき異常所見が認められなかったことは,それまでに行われた検査結果と同様の所見であり,また,同月19日に実施された髄液検査において髄液細胞数が増多していたことが判明し,同月21日に実施した髄液検査においても,前回の検査に比べ減少したものの,依然として増多が見られたことは,前記(1)の認定判断に照らし,髄膜炎の診断に傾いたとしても不合理とはいえず,少なくとも,同医師が積極的にくも膜下出血を疑って鑑別診断を進めるべき義務を負うことを根拠付けるものとはいえない。

もっとも,前記(1)イのとおり,1月19日のCT写真(乙A4の1)においては,シルビウス裂に相当する部分が十分に黒色には描出されておらず,脳実質部分と同程度の濃度(等吸収域)となっているのに対し,同月21日のCT写真(乙A4の2)においては,同月19日のCT写真と比べて,シルビウス裂に相当する部分の濃度が,わずかながら濃くなっている所見が認められるところ,証人B医師は,同月19日のCT写真と同月21日のCT写真を比べると,上記の相違が判明して,くも膜下出血を疑える旨証言している。

しかし,鑑定人は,1月19日のCT写真と同月21日のCT写真とを比較し,後に原告が大きなくも膜下出血を来した事実をも考慮に入れれば,19日のCT写真上シルビウス裂に血腫が存在した疑いはあるが,この両日のCT所見のみからくも膜下出血と診断するのは困難であるとしており,前述したとおり,B医師が脳神経外科医であり,実際に原告の手術をして出血源等を現認した上での証言であることをも考慮すれば,上記各CT所見から,神経内科医であるA医師がくも膜下出血を疑うことは困難といわざるを得ない。

しかしながら,1月19日及び21日に実施された各髄液検査において,いずれもキサントクロミーが認められているところ,前記(1)で認定判断したとおり,これは,くも膜下出血を疑わせる重要な徴表であるというべきである。
これに対し,証人A医師は,上記のとおり,キサントクロミーは,くも膜下出血によるものではなく,トラウマティックタップによるものと判断したと証言するが,前記(1)イで認定判断したとおり,キサントクロミーは,くも膜下出血によるものと認められる。
そして,A医師は,脳や脊髄領域における内科的疾患を日常的に取り扱う神経内科医であり,その証言内容を見ても,キサントクロミーがくも膜下出血を疑わせる重要な徴表であることは認識していたものと推認され,本件においても,くも膜下出血の疑いも持っていたというのであるから,くも膜下出血が当初軽度であっても再出血の確率が高く,生死に関わる重篤な疾患であることをも併せ考慮すると,1月19日及び21日の2回の髄液検査において,いずれもキサントクロミーという結果が出たことを認識した時点において,前記(1)で認定判断したとおり,くも膜下出血を確実な根拠をもって否定する状況にはなかった以上,慎重にくも膜下出血の可能性も疑い,自らあるいは被告病院には脳神経外科医もいたのであるから(証人A医師),脳神経外科医に紹介するなどして,鑑別診断を進めるべきであったというべきである。

しかるに,A医師は,上記のとおり,キサントクロミーについてトラウマティックタップの影響によるものと速断し,髄膜炎と診断した結果,さらなる鑑別診断を進めることを怠り,くも膜下出血を見落とした過失が認められるというべきである。」


同判決は過失と結果との因果関係を認め1億5908万1315円及びこれに対する平成14年2月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命じました.

「3 争点3(因果関係の有無)について

前記第4の基礎となる医学的知見1及び本件鑑定結果によれば,A医師が,1月21日の時点で原告を脳神経外科医に紹介するなどしていれば,更にMRIやCTを用いた脳血管撮影検査が行われることにより,くも膜下出血及び脳動脈瘤の存在が確定的に診断されていた可能性は極めて高く,その場合,破裂脳動脈瘤に対し,早急にクリッピング術などの再破裂を予防するための処置がとられることとなるところ,同月21日の時点における原告の臨床症状がくも膜下出血としては軽度であったことをも考慮すれば,上記処置により2月9日に発症したような重篤なくも膜下出血を防止することができたことが認められる。
以上によれば,本件において,被告病院の担当医師の過失がなければ,原告に発症した後述の後遺障害が生じなかった高度の蓋然性が認められるというべきであるから,被告は,不法行為責任(使用者責任)に基づき,原告が被った後記損害を賠償すべき義務がある。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-06 22:55 | 医療事故・医療裁判