弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

血栓の存在を疑わせる所見がないことを確認する注意義務 名古屋高裁平成29年7月7日判決

名古屋高裁平成29年7月7日判決(裁判長 孝橋宏)は,「血栓の存在を疑うべき所見が認められる場合に,これを看過してカテーテルアブレーションを実施した結果,患者に脳梗塞等の重篤な後遺症が残った場合には,担当医師は,血栓の存在を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかったことによる過失責任を免れない」と一般的な基準を示し,「本件TEEの画像から認められるクローバー様の陰影及びいぼ様の陰影は,血栓を疑わせる所見であったと認められるから,B医師には,本件施術を実施するに当たり,血栓を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかった過失があったと認められる。」と判示しました.
同判決は,血栓の存在を疑うべき所見が認められる場合にあることを画像(客観的証拠)から丁寧に認定しています.
(原審は,医師の供述,証言を信用期できるとして,画像自体についての検討が弱かったように読めます.)
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「3 争点(1)(B医師の過失の有無)について

(1) カテーテルアブレーションを実施する医師の注意義務について

前提事実記載のとおり,左房ないし左心耳内に血栓が存在する場合のみならず,その存在が疑われる場合であっても,カテーテルアブレーションを実施することは禁忌とされているから(原判決5頁10から11行目),血栓の存在を疑うべき所見が認められる場合に,これを看過してカテーテルアブレーションを実施した結果,患者に脳梗塞等の重篤な後遺症が残った場合には,担当医師は,血栓の存在を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかったことによる過失責任を免れないと解すべきである。

(2) 本件CTの画像について
証拠(甲B23,乙A2)によれば,7月22日に撮影された本件CTの画像には,控訴人の左心耳内に10数mmの球状の陰影欠損が存在することが認められ,控訴人から提出された各医師の意見書(甲B19の1,甲B22,23)によれば血栓の存在を強く疑うとされ,被控訴人から提出されたJ医師の意見書(乙B18)においても,上記陰影欠損について血栓を疑う旨が記載されていることに照らせば,少なくとも7月22日時点で,控訴人の左心耳内に相当な大きさを有する血栓が存在したことが強く疑われるというべ
きである。

これに対し,被控訴人は,本件CT画像について,櫛状筋又は血流が悪く造影剤が行き渡らない等のいずれの理由によるものかを判断できるほど明瞭な画像ではないと主張するが,証拠(甲B14の1ないし,甲B23,乙A2)によれば,本件CTの画像は最新の320列の機種により心電図同期で撮影されたことが認められ,陰影欠損の境界が明瞭であり,造影剤のムラと,控訴人が心不全を合併した持続性心房細動であり,血栓が生じやすい状態にあったことも併せ考えると,本件CTの画像上の陰影から血栓の存在が強く疑われたというべきである。
そして,本件施術が特に緊急を要するものではなく,仮に血栓が存在した場合に重篤な合併症を引き起こすおそれがあったこと,本件CTの実施日から本件施術の実施日までの期間が12日間であったことに照らせば,本件CTにより血栓を強く疑わせる陰影が認められた以上,B医師は,本件TEEに際し,控訴人の左心耳内をより慎重に検査して,血栓を疑わせる所見がないことを十分に確認する義務を負っていたというべきである。

(3) 本件TEEの画像について
そこで,本件TEEの画像から左心耳内に血栓の存在を疑うべき所見はないといえるかについて検討するに,証拠(乙A3)及び弁論の全趣旨(被控訴人の平成25年4月17日付け準備書面(2)添付資料3等)によれば,「12:08:50」の画像には,左心耳内の入口付近にクローバー様の異常陰影が存在すること,「12:11:39」,「12:15:30」及び「12:16:42」の各画像には,左心耳内にいぼ様の異常陰影が存在することが,それぞれ認められる。

ア クローバー様の陰影について
被控訴人は,本件TEEの画像上に現れたクローバー様の陰影について,ダイナミックに形状が変化し,後の画像で消滅していることから,スラッジであると主張し,B医師が同旨の供述をする。
確かに,「12:08:50」の画像上に現れたクローバー様の陰影は,同画像中で形状が変化しているようにも見え,また,「12:11:39」の画像上には描出されていないことが認められる。
しかしながら,他方で,「12:08:50」の画像上,クローバー様の陰影の境界はかなり明瞭であり,形状が変化しているのではなく,ひらひらと動いているようにも見えること,「12:11:39」までのわずか3分間足らずの間に,明瞭に描出されたスラッジが完全に消滅することは考え難く,単に撮影断面の違いから描出されなかった可能性も否定し難いこと,専門医であるF医師(甲B4の1)及びG医師(甲B22)が,上記各画像を見た上で,血栓を考える旨の診断をしていることに照らすと,本件TEEの画像のみから,クローバー様の陰影がスラッジであると断定することはできない。

イ いぼ様の陰影について
被控訴人は,本件TEEの画像上に描出されたいぼ様の陰影は櫛状筋であると主張し,B医師が同旨の供述をする。
しかしながら,一般に櫛状筋は線状構造で,櫛の歯のように並列して存在するところ(乙B14・93頁等),B医師がいぼ様の陰影を櫛状筋と判断した根拠として述べるのは,いぼのように見えたものが対側に向かって連続してつながっている様子があったという点であるが,B医師自身,一般には櫛状筋はマッチ棒のように頭があって下に筋肉が続く構造をしており,しており,本件TEEの画像のように先細りになって対側と連続するように写ることは多くないことを供述しており(証人B52,59頁),いぼ様の陰影が一般的な櫛状筋の形状とは異なることを認めている。また,櫛状筋に関する書証(乙B20)には,成人の心耳は,径が1mm超の櫛状筋を有するとの記述があるのに対し,本件TEEの画像(乙A3)によれば,いぼ様の陰影の径が1cm程度あることが認められるところ,B医師は,本件TEEの画像の目盛りを読み違え,上記陰影の径が5mm程度であることを前提に,櫛状筋としては比較的大きめであると供述し(証人B23頁),いぼ様の陰影の径が一般的な櫛状筋と比較して大きいものであったことを認めている。
他方で,専門医であるF医師,G医師及びH医師が,本件TEEの画像を確認した上で,いぼ様の陰影についていずれも血栓又は血栓を疑う旨の診断をしている。また,血栓の形状は様々であり,心耳壁や櫛状筋に有茎で付着する場合もあるとされていること(乙B3・424頁図6,乙B11・198,199頁図13等)に照らすと,いぼのように見えたものが対側に向かって連続してつながっている様子があったことから,直ちにいぼ様の陰影が血栓である可能性を否定することはできない。
以上によれば,本件TEEの画像のみから,いぼ様の陰影が櫛状筋であると断定することはできない。
これに対し,被控訴人は,控訴人の本件施術後の心臓CT画像(乙A10),B医師が検査した他の患者のTEE画像(乙B23の1,2)を示して幅1cm程度の櫛状筋や先細りの糸状の構造で対側と連続する櫛状筋が存在する旨主張するが,U病院副院長循環器内科L医師は,被控訴人が櫛状筋と指摘する陰影について,いずれも左心耳の構造物である可能性が高く,櫛状筋の可能性が否定できないものであっても,幅は3~4mm前後である旨の判断を示しており(甲B34,35の1ないし4,甲B36の1ないし3),控訴人のCT画像(乙A10)の陰影と本件TEEの画像のいぼ様の陰影との対応関係も明らかではないことに照らすと,これらの画像をもって,本件TEEの画像のいぼ様の陰影をもって櫛状筋であると認めることはできない。

ウ 本件TEEの画像の異常陰影が血栓であると疑わせる事情
左心耳内の血流速度のピーク速度が20cm/sを下回ると,左心耳内に血栓が形成されやすくなるとされているところ(甲B24),本件TEE時の左心耳内の血流速度は,12時13分記録のドプラ法による計測値からピーク速度が19.2cm/sと15.4cm/sで,いずれも20cm/sを下回っていたことが認められる。そして,上記認定した医学的文献(乙B14・32,33頁)によれば,左心耳内の血栓と櫛状筋の鑑別はときに難しいことがあり,もやもやエコーや左心耳血流速度などを参考にするとされているところ,B医師は,本件TEE時にもやもやエコーが見られたことを認めている(証人B16,19頁)。

エ これらの事情に照らすと,本件TEEの画像上に認められるクローバー様の陰影及びいぼ様の陰影が,スラッジ又は櫛状筋であって,血栓を疑わせる所見と判断することはできないというべきである。

(4) 被控訴人の主張について
ア 被控訴人は,本件TEEで記録化された画像は,検査での観察時間の一部に過ぎず,実際の検査とは情報量が全く異なるから,記録化された画像のみから血栓の有無を判断することには限界がある,B医師は,左心耳内を慎重に観察した上で,各陰影が血栓ではないことを確認している旨主張し,B医師が同旨の供述をする。
しかしながら,B医師は,クローバー様の陰影について,同じ角度で観察を続けるうちに消滅したことからスラッジと判断した旨供述するものの(証人B16頁),消滅直後の画像は記録されていない。また,いぼ様の角度も観察し,特に問題はなかったと供述するものの(同24頁),同人の陳述書にはその旨の記載はなく,また櫛状筋の断面が見えるような画像も記録されていない。
上記のとおり,B医師は,本件CTの画像に血栓であることが強く疑われる陰影が存在したことから,本件TEEに際して,左心耳内に血栓が存在しないことを慎重に確認する義務を負っていたところ,本件TEEで観察された異常陰影が血栓でないことを明らかにするような画像は記録されておらず,記録された画像のほとんどが90度付近から観察されたものであること,上記のとおり,B医師が,本件TEEの画像の目盛りを読み違え,いぼ様の陰影の大きさを誤認していたことを併せ考えると,各異常陰影が血栓でないことを十分に確認した旨のB医師の供述をそのまま採用することはできない。

イ 被控訴人は,本件施術当日の控訴人のDダイマー値が正常値である0.7μg/mlであったことから,控訴人の左心耳内に血栓を疑わせる所見があったとはいえない旨主張する。
確かに証拠(乙B19)によれば,Dダイマー値が1.15μg/ml未満の場合,TEEによって左心耳内に血栓が検出されない確率が97%であった旨の研究結果があることが認められる。しかしながら,他方で,Dダイマーが陰性であっても,血栓を認める症例が散見されたとの報告がされていること(甲B5),亜急性の血栓症例(1週間以上前)や最近抗凝固療法を行った例では偽陰性となるので,Dダイマーの検査結果のみから血栓の有無を判断すべきではないとの指摘があること(甲B6・30頁),G医師が,血栓の存在確認には,通常,Dダイマー測定,心臓CT,TEEの3つを用い総合的に判断されると述べていること(甲B22),B医師も,Dダイマー値は補助的な情報であると述べていること(乙A6・12頁)も併せ考えると,控訴人のDダイマー値が0.7μg/mlであったことをもって,直ちに本件TEEの画像上の異常陰影が血栓でないと判断することはできない。
なお,被控訴人は,急性期の脳梗塞の引き金となるのは新鮮血栓であり,器質化血栓によって急性の脳梗塞を発症することはない旨の主張をするが,器質化した血栓により脳梗塞を発症したケースを紹介する医学文献(甲B8)が提出されているのに対し,TEEにおいて器質化血栓を新鮮血栓と区別してカテーテルアブレーションの禁忌の対象から除外する医学的知見の存在を裏付ける証拠は提出されていないから,被控訴人の上記主張は,たやすく採用できない。

ウ 被控訴人は,本件施術直後に発症した控訴人の脳梗塞の原因について,本件施術中にカテーテルの先端に生じた血栓によるものである旨主張する。
しかしながら,カテーテルアブレーションの適応と手技に関するガイドライン(甲B16)によれば,血栓塞栓症のリスクを軽減するため,アブレーション中のヘパリン投与は必須であり,活性化凝固時間(ACT)値を300秒以上に維持することにより,左房内血栓形成を減少させることが可能とされているところ(同38頁),本件施術中もヘパリンが適切に投与され,ACT値がほぼ300秒以上に保たれていたこと(乙A6・14頁),心房細動に対するアブレーション手技の合併症発生率は全体で平均5.2%であり,うち脳梗塞の出現頻度は平均0.27%とされており(甲B16・39頁表10),そこには左房内既存血栓によるもの,術中管理が適切でなかったものも含まれることが認められるから,適切にACT値が管理されていた本件施術において脳梗塞の合併症が生じた可能性は極めて低いと考えられる。
この点のほか,本件施術直後に控訴人が発症した脳梗塞は,右中大脳動脈を完全に塞栓するもので,相当程度の大きさと粘度のある血栓によるものと認められること,上記のとおり,F医師を始めとする複数の医師が,本件TEEの画像上の異常陰影が血栓であることが疑われるとの所見を述べていることを併せ考慮すれば,控訴人が脳梗塞を発症した機序については,本件施術中にカテーテル先端に生じた血栓によって脳梗塞が発症したと推認するよりも,控訴人の左心耳内に存在した既存血栓が本件施術により移動して発症したと推認する方が合理性が高いと考えられる。

エ これに対し,被控訴人は,仮に径約10mmのいぼ様の陰影が血栓であったとすると,動脈の血管径の関係から,中大脳動脈までは至らず,より低い動脈,例えば総頸動脈や内頸動脈が塞栓するはずであるが,本件ではこれらの動脈は閉塞していないこと,また,仮に径約10mmのいぼ様陰影が血栓であったとして,これが壊れて動脈を詰まらせたのであれば,複数の箇所で動脈が塞栓するはずであるが,本件では塞栓箇所は右中大脳動脈の1箇所だけであることを指摘して,これらの事実は,径約10mmのいぼ様陰影が血栓でないことを示していると主張する。
しかし,本件施術前から一定期間ワーファリンが投与され,本件施術の開始直前からはヘパリンの大量投与による術中管理が行われていたことの影響で血栓の大きさや形状が変化した可能性もあること,総頸動脈や内頸動脈等の血管壁の弾力性,柔軟性には個人差があると考えられること,上記のとおり,複数の医師が本件TEEの画像上の異常陰影が血栓であることが疑われるとの所見を述べていること等を考慮すれば,被控訴人の上記主張は,たやすく採用することができない。

(5) 以上によれば,本件TEEの画像から認められるクローバー様の陰影及びいぼ様の陰影は,血栓を疑わせる所見であったと認められるから,B医師には,本件施術を実施するに当たり,血栓を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかった過失があったと認められる。

4 争点(4)(因果関係の有無)について
以上検討したところによれば,本件施術直後に控訴人に確認された右中大脳動脈の完全閉塞は,控訴人の左心耳内に存在した既存血栓が本件施術により移動して生じたと推認されるから,B医師の上記過失と控訴人が脳梗塞を発症したこととの間には相当因果関係の存在が認められる。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-11 23:57 | 医療事故・医療裁判