弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

血液検査を実施して代謝性疾患等の全身疾患の有無を鑑別すべき注意義務 広島地裁平成27年5月12日判決

広島地裁平成27年5月12日判決(裁判長 龍見昇)は,夜間救急での初診時に臨床症状がない事案で,「原告が2月2日に被告病院を受診した際,Bは,D医師に対し,3日前と前日の2回にわたり,原告に無熱性のけいれんの症状が現れたことなどを説明したのであるから,前記イ,ウの医学的知見や鑑定人の鑑定意見を踏まえると,D医師は,その原因について,てんかん以外の全身疾患によるものである可能性があることを疑った上で,原告の血液検査を実施して,代謝性疾患等の全身疾患の有無を鑑別する注意義務を負うということができる。」と認定しました.
乳児の無熱性けいれんの原因としては,てんかんが多いのは確かですが,けいれんは代謝性異常,解剖学的異常の様々な病態で発症する症候群です.小児科医は,鑑別診断を行うことが必要です.
低血糖症は,脳が必要とする糖分が不足するため放置すると脳に障害が残ることがある重大な疾患ですので,たとえ蓋然性が高くなくとも,優先的にその該当の有無を検討すべき疾患です.夜間救急での初診時に臨床症状がなくても,無熱性けいれんの症状が2回にわたってあらわれたことを聞いたのですから、除外診断が必要です.手順にしたがって検査を行えば,容易に低血糖症を鑑別できた事案です.
なお,これは私が担当した事件ではありません.


「3 2月2日,2月6日,2月12日,2月18日の各診察日に,血液検査を実施すべき注意義務違反の有無(争点(1))について

(1) 2月2日の診察日に血液検査を実施すべき注意義務違反の有無

ア C小児科を受診した際,Bは原告が1月30日頃に泣いているときに,手足をピクピク,びくっとさせ,急に泣き出すという出来事があったことや,前日にも同様の様子が現れたことを説明したため,被告病院を受診するよう指示されたこと,②C医師作成の紹介状には,傷病名として「けいれんの疑い」,紹介目的として「昨日より上記を疑わせる動作がみられているようです。念のため,御精査(EEG(脳波)等)御願いいたします」と記載されていること,③原告が2月2日に被告病院を受診した際,BはD医師に対して上記紹介状を手渡すとともに,原告の症状について,3日前及び前日の2回にわたり,泣いた後にピクッとなり,約1~2分ほどボーッとした様な状態になり,その後に入眠するという出来事があった旨を説明したこと,④D医師は,ランドー反射,ひき起こし反射,心肺音や腹部の膨隆等について異常がないことを確認した上で,Bに対し,後日,脳波の検査をした方がよいと説明し,原告を帰宅させたことが認められる。
また,証拠(証人E95項)によれば,被告病院では,夜間救急であっても,血液検査を実施することが可能であったことが認められる。

イ 証拠(甲B3[39],B4[1],B5[17])によれば,複数の文献において,小児の無熱性のけいれんの原因となる典型的な疾患として,てんかんが挙げられていることが認められる。しかし,前記2(2)認定のとおり,小児の無熱性けいれんの原因となる疾患については,てんかんに限られるものではなく,様々なものが挙げられており,証拠(甲B2[228],B3[40])によれば,てんかんと紛らわしい疾患として,代謝性疾患や代謝異常を指摘する文献も存在することが認められる。また,証拠(甲B6[301],B7[1877,2023])によれば,代謝性疾患の中でも,低血糖症によるけいれんについては,その発作を頻回に繰り返すと脳の器質的変化により中枢神経障害を招くため,速やかに治療を行う必要性があるとされていることが認められる。

ウ 鑑定人Mは,平成26年3月27日付け鑑定書(以下「鑑定書」という。)及び同年9月1日付け鑑定書(以下「補充鑑定書」という。)において,要旨,①小児のけいれんや意識障害の症状は,成人と異なり,不明瞭なことが多い,②小児のけいれんの原因は多岐に渡るものであり,全てが中枢神経の異常ではなく,特に新生児~乳児期では,全身疾患の症状としてけいれんや意識障害を起こすことがまれではない,③一般の小児科医,小児科研修医を対象としたテキストにも,小児のけいれん,意識障害をみた場合には,血算,炎症反応の他に血清電解質,アンモニア,血糖などを測定することが必須項目であると記載されている,とした上で,生後6か月の乳児が無熱でけいれんを主訴に夜間救急を受診した場合,感染以外の中枢神経系の異常(虐待などによる頭蓋内出血,中枢神経奇形など)を考えるとともに,全身疾患の存在を疑うのは当然のことと考えられ,最低限,血液検査として,血算,CRP,ナトリウム,カリウム,カルシウム,血糖(できればガス分析,アンモニア,乳酸など)は,救急外来であっても行うべきであったとの見解を示してい
る。

エ 本件においては,前記アのとおり,原告が2月2日に被告病院を受診した際,Bは,D医師に対し,3日前と前日の2回にわたり,原告に無熱性のけいれんの症状が現れたことなどを説明したのであるから,前記イ,ウの医学的知見や鑑定人の鑑定意見を踏まえると,D医師は,その原因について,てんかん以外の全身疾患によるものである可能性があることを疑った上で,原告の血液検査を実施して,代謝性疾患等の全身疾患の有無を鑑別する注意義務を負うということができる。
ところが,D医師は,上記アのとおり,原告にけいれん様の症状はないことを確認し,ランドー反射,ひき起こし反射,心肺音や腹部の膨隆等について異常がないことを確認した上で,Bに対し,後日,脳波の検査をした方がよいと説明するにとどまり,原告に対して血液検査を実施して代謝性疾患等の全身疾患の有無を鑑別しなかったから,上記注意義
務に違反したということができる。

オ この点について,被告は,①たとえ低血糖が起こっても,複数の血糖上昇ホルモンが作用して血糖値が元に戻れば,臨床症状がなくなるから,無症状のときに血液検査をしても,検査所見に異常は見られない,②ガイドラインでは,低血糖(確実)かつ交感神経刺激症状あるいは中枢神経機能低下症状の臨床症状があることが低血糖の診断基準とされているから,受診時に臨床症状が見られない場合,血液検査は実施されないと主張する。
証拠(乙B2[1090])によれば,無症状の時の検査所見には異常のないことが多いとされていることが認められる。他方で,証拠(甲B2[223],B7[1868],鑑定の結果)によれば,低血糖の場合,生化学的な低血糖の数値と臨床像には相違があり得ること,高インスリン性低血糖では,低血糖状態が持続的であり,血糖値が基準値以下であ
っても無症状であることがあり得ることが認められる。これらによれば,臨床症状が現れていない場合に血液検査をすることが無意味であるとまでいうことはできないから,被告の上記主張は,上記エの判断を左右するものではない。

カ 被告は,けいれんの発症後に短時間で正常に復しており,受診時にはけいれんが治まっている場合,医師としてはまずてんかんの疑いを考えるのが通常である,2月2日の受診時にけいれんはなく,異常所見は見られなかった,いかなる検査を行うかは医師の裁量の範囲内であるとして,被告病院の医師には2月2日の診察日に原告に対して血液検査を実施する注意義務を負わないと主張する。そして,P医師作成の「鑑定書」と題する意見書(乙B5)には,生後6か月の乳児が泣いた後にピクっとする動きがあったことを主な訴えとして来院した場合,血液検査を含めどの範囲まで検査を行うべきかは,初診時の医師の裁量の範囲内である,あらゆる疾患の見落としを恐れるあまり,生後6か月の乳児に対して,血液,画像検査などを含め考えうるすべての検査を行うことは現実的でないとの見解が示されている。
しかし,上記イのとおり,低血糖症によるけいれんについては,その発作を頻回に繰り返すと脳の器質的変化により中枢神経障害を招くため,速やかに治療を行う必要性があるとされていることや,血液検査は医療機関において簡便に行うことができるものであること(鑑定の結果)からすると,被告の上記主張は採用することができない。

(2) 2月6日の診察日に血液検査を実施すべき注意義務違反の有無

ア E医師が2月6日に原告を診察した結果,てんかんの可能性を考え,原告に対して脳波検査を実施したが,異常所見は見られなかったことが認められる。
しかしながら,前記(1)ア認定のとおり,原告が2月2日に被告病院を受診した際,Bは,D医師に対し,3日前と前日の2回にわたり,原告に無熱性のけいれんの症状が現れた旨を説明しており,被告病院の診療録(乙A1)には,その旨が記載されているから,E医師は,その原因について,てんかん以外の全身疾患によるものである可能性があることを疑った上で,原告の血液検査を実施して,代謝性疾患等の全身疾患の有無を鑑別する注意義務を負うということができる。
ところが,E Bに対し,1か月程度の期間を空けて再度,原告の脳波検査をする方針であることを伝えるにとどまり,原告に対して血液検査を実施して代謝性疾患等の全身疾患の有無を鑑別しなかったから,上記注意義務に違反したということができる。

イ この点について,被告は,2月6日の診察時や脳波検査の前後に明らかな症状がない場合,通常,血液検査は行われないと主張し,P医師作成の「鑑定書」と題する意見書(乙B5)には,これに沿う記載がある。
しかし,上記(1)オのとおり,臨床症状に現れていない場合に血液検査をすることが無意味であるとまでいうことはできないから,被告の上記主張は,上記アの判断を左右するものではない。

(3) 以上述べたところによれば,被告病院の医師は,2月2日及び2月6日に原告の血液検査を実施するべき注意義務に違反したことが認められるから,2月12日及び2月18日の各診察日に原告に対して血液検査を実施すべき注意義務に違反したかどうかについて判断するまでもなく,被告は原告に対して債務不履行責任を負うということができる。そして,証拠(鑑定の結果)によれば,被告病院の医師が2月2日又は2月6日に原告に対して血液検査を実施したならば,原告について,遅くとも2月6日には低血糖症の診断をすることが可能であり,その数日後には,高インスリン血性低血糖症の診断をすることが可能であったことが認められる。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-01-12 23:56 | 医療事故・医療裁判