弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

内頸動脈の未破裂動脈瘤のクリッピングに際し穿通枝を閉塞させた手技上の過失 名古屋地裁平成14年2月18日判決

名古屋地裁平成14年2月18日判決(裁判長 筏津順子)は,「原告に本件手術後に発症した脳梗塞は,右内頸動脈の動脈瘤(以下「本件動脈瘤」という。)のクリッピングの際に生じた右前脈絡叢動脈(以下「本件穿通枝」という。)の閉塞によるものと認められる。」と認定しました。
「出血のために視野が悪く,本件穿通枝の起始部を目視することは困難であった上,本件動脈瘤のクリッピングに際しては,一つのクリップについては3回,もう一つのクリップについては5回のかけ直しがされたことが認められる。」こと等から,「B医師の本件動脈瘤のクリッピングの過程において,あるいはクリップをした結果,本件穿通枝が起始部の近くで屈曲,狭窄を来し,あるいは損傷され,もって,本件穿通枝が閉塞したものと推認するのが相当である。」と認定しました.
同判決は,「原告の脳梗塞は,B医師が本件動脈瘤のクリッピング術をした際の手技上の過失により,右前脈絡叢動脈が閉塞した結果発症したものと認められるから,その余の責任原因について判断するまでもなく,被告は,民法715条1項に基づき,原告の被った損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。」と判示しました.
穿通枝の起始部を目視することは困難であった中で,繰り返しクリップのかけ直しが行われたことが手技上の過失を認定する根拠となっています.手技上の過失認定について参考となる判例です.。
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「1 争点(1)について
(1) 前記争いのない事実等に,証拠(甲7,9,12,乙6,9~11,証人A医師,同C,鑑定結果)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

ア 平成8年4月9日の脳血管造影検査の結果,原告の右内頸動脈に直径9mmの,左中大脳動脈に直径3.5mmの,脳底動脈に直径5.5mmの動脈瘤が発見され,このうち,まず,右内頸動脈,脳底動脈の2か所の動脈瘤について,開頭術による動脈瘤頸部クリッピング術の方法で,破裂予防手術(本件手術)が行われることになった。

イ 同月25日,脳神経外科医長のE医師の立会の下で,A医師及びB医師(被告
担当医師)により,本件手術が行われた。
(ア) A医師は,まず,原告のくも膜等を剥離し,原告の脳底動脈の動脈瘤のクリッピングを行った。
すなわち,A医師は,脳底動脈と上小脳動脈分岐部の動脈瘤を確認できたため,内頸動脈と動眼神経の間から進入しようとして,内頸動脈を脳ベラによって圧排したところ,内頸動脈の伸展により,その背側(内頸動脈の動脈瘤と反対側)から出血があったが,吸引と圧迫により止血でき,その後,内頸動脈と動眼神経の間からブレードの長いチタン製のクリップでクリッピングした。

(イ) 次に,A医師は,右内頸動脈の動脈瘤のクリッピングにとりかかったが,右前脈絡叢動脈が上記動脈瘤に強く癒着しており,そのままではクリップが掛けられない状態で,手技が難しいことが分かったため,執刀医をB医師に交代し,上記動脈瘤のクリッピングは,B医師が行うことになった。

(ウ) B医師は,まず,マイクロ剥離子を使って,癒着している動脈瘤と右前脈絡叢動脈を剥離する作業を行い,その後,動脈瘤のクリッピングに取りかかった。
しかし,上記(ア)のとおり出血があった右内頸動脈の背部から再出血が起こったためか,手術部の視野が悪くなっていたことや,右内頸動脈と右前脈絡叢動脈の分岐部(右前脈絡叢動脈の起始部)が右内頸動脈の背後にあって隠れていたことから,上記動脈瘤をクリップする際,上記分岐部を目視することは困難であった。
そのため,B医師は,上記右内頸動脈の背側を脳外科手術用綿でおおった上,有窓クリップ2個を使って,慎重に,上記動脈瘤の頸部をクリップしようとし,片方のクリップについては3回目の操作で,もう片方のクリップについては5回目の操作で,ようやくクリップすることができた。
なお,以上の間に,クリップにより右前脈絡叢動脈を損傷したような形跡は見られなかった。

ウ ところが,原告は,本件手術後も意識が回復しないため,同月26日にCT検査を行ったところ,2か所に低吸収域が認められ,そのうち,一つは,手術中の脳圧排に伴う脳挫傷の所見と考えられたが,もう一つは,右前脈絡叢動脈の閉塞による脳梗塞巣であると認められた。

(2) 以上の事実によれば,原告に本件手術後に発症した脳梗塞は,右内頸動脈の動脈瘤(以下「本件動脈瘤」という。)のクリッピングの際に生じた右前脈絡叢動脈(以下「本件穿通枝」という。)の閉塞によるものと認められる。
なお,原告は,平成8年4月26日のCT検査により認められたもう一つの低吸収域も脳梗塞によるものであると主張するが,この主張が採用できないことは鑑定結果からも明らかである。

(3) そこで,すすんで,本件穿通枝の閉塞により脳梗塞が発症した原因について検討する。
証拠(甲2,鑑定結果)によれば,一般に,未破裂脳動脈瘤手術後,穿通枝障害を来した例について,その発生原因は手術操作によるものが多く,中でも脳ベラによる穿通枝の圧迫,動脈瘤剥離中における穿通枝の損傷等の技術的な問題によることが多いことが指摘され,とくに,前脈絡叢動脈等の細い穿通枝は,クリップにより屈曲・狭窄を来しやすく,配慮が必要であるとされ,また,クリップをかけ直すことにより生じる様々なトラブルを防ぐために,できるだけクリップはかけ直さないこととされていることが認められる。
ところで,本件手術においては,上記(1)イ(イ)のとおり,B医師は,原告の本件動脈瘤のクリッピングを慎重に行っており,その際に本件穿通枝を損傷した形跡は窺われないものの,他方で,出血のために視野が悪く,本件穿通枝の起始部を目視することは困難であった上,本件動脈瘤のクリッピングに際しては,一つのクリップについては3回,もう一つのクリップについては5回のかけ直しがされたことが認められる。
以上の事実に,鑑定結果においても,クリップにより右前脈絡叢動脈が起始部の近くで屈曲,狭窄を来した可能性を否定できないとしていることを併せ考慮すると,B医師の本件動脈瘤のクリッピングの過程において,あるいはクリップをした結果,本件穿通枝が起始部の近くで屈曲,狭窄を来し,あるいは損傷され,もって,本件穿通枝が閉塞したものと推認するのが相当である。
これに対し,被告は,被告担当医師が本件穿通枝を本件動脈瘤から剥離した際,そのことによって血管が受ける機械的刺激により血管攣縮が生じ,そのために本件穿通枝が閉塞したと主張し,A医師の証言及びその作成の陳述書(乙11)には,上記主張に沿う旨の部分がある。
しかしながら,上記証言等は,要するに,B医師は慎重にクリッピングしており,その際,本件穿通枝を損傷した事実はないから,これが閉塞した原因は血管攣縮しか考えられないというにすぎず,証拠(鑑定結果)によれば,通常,未破裂脳動脈瘤の手術手技によって,脳梗塞に至るような機械的な血管攣縮が発生することは極めて少ないとされていることを併せ考慮すると,上記証言等は採用し難く,他に上記主張を認めるに足りる証拠はない。

(4) 以上によれば,原告の脳梗塞は,B医師が本件動脈瘤のクリッピング術をした際の手技上の過失により,右前脈絡叢動脈が閉塞した結果発症したものと認められるから,その余の責任原因について判断するまでもなく,被告は,民法715条1項に基づき,原告の被った損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。」

谷直樹

ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
  ↓
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ
にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ


by medical-law | 2022-01-14 03:42 | 医療事故・医療裁判