弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

死因の認定 結核性髄膜炎の発症時期 徳島地裁平成14年7月5日判決

診断治療が遅れ亡くなった事案では,検査等が十分行われていないため,死因と発症時期が問題になることがあります.

徳島地裁平成14年7月5日判決(裁判長 村岡泰行) は,「剖検所見に加え,被告病院入院中Xに頭痛,発熱が持続して現れ,中央病院転院直後,髄膜炎刺激症状が発現したほか,MRI検査でも髄膜炎が最も考えられるとされ,その後まもなくして呼吸停止に陥り死亡に至ったという臨床経過を考え併せれば,Xの直接的な死因は髄膜炎であったことは明らかである(鑑定の結果)」と認定しました.
被告が多発性脳梗塞または敗血症を死因と主張し,「鑑定人B医師は,剖検の際に実施された各種検査(特殊染色や免疫組織化学,髄液に対するPCR法)によっても病原体の同定には至らなかったことや脳の病巣の結節に結核症に特異的にみられる所見は認められなかったことを根拠に結核性髄膜炎とはいいがたい」と判断し,「透析療法という体外循環が生体の循環系に影響を及ぼし,局所的な循環不全を来たした結果,酸素欠乏状態が生じて呼吸停止に至ったことも可能性としては否定できない」という鑑定もありましたが,剖検所見と臨床経過からこれらを否定しました.
「最も考えられる死因」と「可能性としては否定できない死因」があるとき,剖検所見と臨床経過から「最も考えられる死因」を死因と認定した判決です.

同判決は,発症時期について「平成8年12月上旬ころXに見当識障害が生じ,幻覚症状が出現していたことからすれば,すでにこの段階で髄膜炎が相当進行していたとうかがわれるところ,原告X5も被告病院受診中の平成8年12月下旬ころからXに項部硬直とみられる症状が現れていた旨供述をしていること,被告病院の診療録には髄膜刺激症状の検査に関する記載はないことなどの事情」から「被告病院受診中から既に上記症状を発症していたのに同病院医師がこれを看過していた疑いが高い」と認定しました.
発症時期の認定手法が参考になります.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「3 争点①(死因,発症時期)について

(1) 前記1(9)で認定したとおり,Xの死亡直後に実施された剖検の所見によると,Xの髄膜炎の病状は,脳硬膜に多数の白色結節の形成がみられ,髄膜が肥厚,混濁しており,その病変は脳底部で特に強く,癒着性となっていた上,髄膜の炎症が脳表層や脳室周囲の脳実質にも及び,脳表の神経細胞の虚血性変化をきたしていたことが認められ,これらの状況から,髄膜炎が死因となる主病変と診断された。かかる剖検所見に加え,被告病院入院中Xに頭痛,発熱が持続して現れ,中央病院転院直後,髄膜炎刺激症状が発現したほか,MRI検査でも髄膜炎が最も考えられるとされ,その後まもなくして呼吸停止に陥り死亡に至ったという臨床経過を考え併せれば,Xの直接的な死因は髄膜炎であったことは明らかである(鑑定の結果)。
これに対し,被告の主張する死因のうち,多発性脳梗塞については,平成9年1月5日に実施された脳CT所見においてその旨診断されているが,前記認定のとおり,解剖所見では明らかな梗塞巣はみられていないことからすれば,上記CT所見は誤りであった可能性が高く,多発性脳梗塞が死因とはいいがたい(鑑定の結果)。また,両側内頸動脈血栓についても,剖検の際,両側内頸動脈の切断部分に血栓がみられ,器質化のない新鮮な血管もみられた(乙8)が,通常,透析中は体外循環に必要な抗凝固薬が使用されるため血栓ができにくい状態にあるとされている上,本件において脳CT検査で血栓化した血管が
発現したのは呼吸が停止した平成9年1月6日より後の同月9日からであることからすれば,上記血栓は呼吸停止以降に形成されたものと推認され(鑑定の結果),これが死因になったとは考えがたい。さらに,敗血症についても,剖検結果によれば,さほど進行した状況にはなかったことがうかがわれ(証人A),これも死因であるとは考えがたい。他方,鑑定の結果によると,透析療法という体外循環が生体の循環系に影響を及ぼし,局所的な循環不全を来たした結果,酸素欠乏状態が生じて呼吸停止に至ったことも可能性としては否定できないとする。しかしながら,このような見解は,病理学における推論の域を出ず,これを裏付けるに足りる的確な証拠がない以上,死因と考えることはできない。

(2) 次いで,上記髄膜炎をもたらした起炎菌について検討すると,鑑定人B医師は,剖検の際に実施された各種検査(特殊染色や免疫組織化学,髄液に対するPCR法)によっても病原体の同定には至らなかったことや脳の病巣の結節に結核症に特異的にみられる所見は認められなかったことを根拠に結核性髄膜炎とはいいがたいと判断している。
しかし,前記で認定した医学的知見によると,結核性髄膜炎の場合,各種検査によっても結核菌の検出が困難な場合も多いとされていることからすれば,結核菌の同定ができなかったことをもって直ちに結核症でなかったと断じることはできない。この点,上記剖検を実施したA医師は,骨盤内に結核症に特異的にみられる結節が認められた上,脳の病巣にも,髄膜の混濁,肥厚がみられ,その病変は脳底部で強い(脳底髄膜炎)という結核性髄膜炎の特徴的な病理的所見が認められたこと,結核結節にみられるリンパ球やマクロファージなどの浸潤が主体となってあらわれていたことなどを根拠に,起炎菌としては結核
菌の疑いが非常に高いと診断している。A医師の上記診断内容に何ら不自然な点はない上,同医師の剖検医としての経験や中立的な立場を考慮すれば,同医師の肉眼的所見による上記診断内容は十分信用しうるというべきである。かかる診断内容に加え,前記で認定したXの臨床経過は,結核性髄膜炎で一般的にみられる頭痛,嘔吐,嘔気,発熱,白血球増加,CRP陽性,脳底槽消失,意識障害等と同様であって,これらと何ら矛盾するところがないことも考え併せれば,直接的な死因は,結核性の髄膜炎であった可能性が高いというべきである。

(3) 続いて,Xの死因となった髄膜炎の発症時期について検討すると,剖検の所見では,Xの髄膜炎は比較的長期の経過をたどっているとされている上,鑑定の結果も,Xが平成8年9月下旬ないし10月上旬ころから頭痛,嘔吐,嘔気などの症状を訴えていたころから,そのころより発症した可能性があるとされている。これらの見解を総合すれば,Xはおそくとも被告病院入院後の平成8年10月ころには髄膜炎に罹患していた可能性が高いというべきである。
これに対し,被告は,髄膜刺激症状が現れたのは中央病院に転院した平成9年1月5日以降であって,結核性髄膜炎が亜急性の発症経過をたどることからすれば,発症時期としては,その2,3週間前である平成8年12月中旬ないし下旬頃であると主張する。しかし,平成8年12月上旬ころXに見当識障害が生じ,幻覚症状が出現していたことからすれば,すでにこの段階で髄膜炎が相当進行していたとうかがわれるところ,原告X5も被告病院受診中の平成8年12月下旬ころからXに項部硬直とみられる症状が現れていた旨供述をしていること,被告病院の診療録には髄膜刺激症状の検査に関する記載はないことなどの事情も考え併せれば,中央病院転院後はじめて髄膜刺激症状が発症したのではなく,被告病院受診中から既に上記症状を発症していたのに同病院医師がこれを看過していた疑いが高いというべきである。そうすると,髄膜炎の発症時期に関する被告の主張は,その前提を欠き,採用することはできない。]


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-15 02:17 | 医療事故・医療裁判