弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

結核性髄膜炎を疑っての検査義務・抗結核剤投与義務 徳島地裁平成14年7月5日判決

徳島地裁平成14年7月5日判決(裁判長 村岡泰行)の事案で,原告は,髄液検査,血液培養検査,血中エンドトキシン検査,ツベルクリン反応検査,喀痰検査など適切な諸検査を実施する義務と上記諸検査と併行して抗結核剤(リファンピシン,イソアニド,ストレプトマイシン,エタンブトールの4剤併用)を投与する処置を講じる義務を主張しました.
検査義務について,同判決は,「髄膜炎の診断方法として髄液検査は最も重要であり,髄液から菌を検出するのが診断の決め手になるとされている上,ツベルクリン検査も結核症の診断上,必要不可欠な検査であるから,本件のように結核性髄膜炎が十分疑われる状況において上記各検査を実施すべきであったことは明らか」と認定しました.
抗結核剤投与義務について,同判決は,「上記検査と併行して診断的治療として抗結核剤を投与すべきであったということができる(鑑定の結果によれば,第1に,比較的副作用も少なく,髄液への移行が優れているイソニアジド,リファンピシンを併用して投与し,それにより効果が発揮されない場合に2次的にストレプトマイシンを併用すべきであったと認められる)。」と認定しました.
ちなみに,同判決後になりますが,2015 年5月に日本神経治療学会から「標準的神経治療:結核性髄膜炎」が出されています.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「4 争点②(過失の有無)について

(1) 前記2(髄膜炎に関する医学的知見)に加え,鑑定の結果を総合すると,結核性髄膜炎の発症は比較的緩除で初期の段階では食欲不振,頭痛,嘔吐,発熱などの非特異的な症状がみられるにすぎないが,一方で,発熱患者に対して一般細菌を対象とする抗生物質の投与がなされているにもかかわらず改善傾向がみられない場合には,当然に一般細菌感染症以外の原因を疑うべきであり,特に,慢性腎不全により透析治療を受けている患者については細胞性免疫機能の低下が強いため,結核症について一般健常者に比べ高率の発症頻度があるので,肺外性結核症に注意すべきであり,透析患者に原因不明の熱がみられる場合には,結核症の発症も視野にいれて診察すべきであるといえる。

(2) これを本件についてみると,前記で認定した診療経過によれば,Xは,平成8年9月25日に被告病院入院後,一般細菌を対象とする抗生物質の投与により,一時期,発熱や炎症反応等の症状に改善がみられたものの,入院初期から持続していた頭痛の訴えは上記抗生物質や頭痛薬の投与によっても改善はみられなかった上,同年10月初旬頃からは,嘔気や倦怠感の訴えも持続するようになり,これらの症状は次第に増悪していく傾向にあった。そして,同年9月26日に実施された尿中培養検査では尿路感染の原因とされる菌はわずかとされ,その他,尿意頻数,腰痛等の尿路感染を示す所見はみられなかった(鑑定の結果)にもかかわらず,透析治療開始後の同年10月13日ころから再び38度の発熱が現れ,稽留する傾向がみられたほか,同月14日に実施した血液検査の結果でも再び炎症反応がみられるようになった。かかる状況で,Y1医師は,頭痛等の訴えに対しては,透析治療による不均衡症候群を疑ってグリセオール等の投与を実施するとともに,熱や炎症反応の再発に対しては,尿路感染症の再発を疑って,同月16日から一般細菌感染症(尿路感染症,敗血症等)に感受性を持つ抗生物質の投与を再開したにもかかわらず,その後も数日間にわたり38度台の高熱や頭痛等の訴えが持続していたのである。
Xのかかる臨床経過に照らせば,上記の間,Xに持続してみられた発熱,頭痛等の症状や血液検査の炎症反応(白血球増加,CRP陽性)は,被告の指摘する尿路感染症や敗血症等の一般細菌感染症や透析治療による不均衡症候群を原因とするものとしては,合理的な説明ができない症状であったというべきであり,他方,上記症状は結核性髄膜炎の典型的な初期症状と合致するものであったということができる。
したがって,被告病院担当医師としては,おそくとも抗生物質を再投与しても改善傾向がみられなかった同年10月18日ころの段階で,結核性髄膜炎の罹患を疑うことができたというべきであり,その時点において,ツベルクリン反応検査,髄液検査等を実施するなどして上記症状の原因究明に務める義務があったというべきである。

(3) 加えて,前記のとおり,結核性髄膜炎は早期治療が重要とされ,脳底髄膜炎が進行する以前であれば,抗結核薬のみで後遺症なく完治させることが期待できるが,脳底髄膜炎が進行すると,髄膜の肥厚,癒着が非可逆的となるため,抗結核薬を投与しても予後不良とされる一方,結核菌の培養には時間がかかることから,結核性髄膜炎の可能性が考えられるときは,結核菌の証明による確定診断を待たずに抗結核薬を投与すべきとされており,特に,透析患者の原因不明の発熱などで細菌感染症に対する一般抗生物質に抵抗する場合には,結核症の発症を考え,早期に診断的治療を行う必要があるとされている。したがって,本件においても,被告病院の担当医師としては,上記検査と併行して診断的治療として抗結核剤を投与すべきであったということができる(鑑定の結果によれば,第1に,比較的副作用も少なく,髄液への移行が優れているイソニアジド,リファンピシンを併用して投与し,それにより効果が発揮されない場合に2次的にストレプトマイシンを併用すべきであったと認められる)。

(4) しかるに,Y1医師は,前記認定のとおり,平成8年10月17日の段階でいったんは髄膜炎の合併を疑ったものの,Xの症状は抗生物質投与等によって改善傾向にあると軽信し,漫然と同様の抗生物質の投与を継続しただけで,髄膜炎に関する検査や結核症に対する治療を怠っていたことが認められる。

(5) これに対し,被告は,頭部CT検査では髄膜炎を疑わせる所見はなく,胸部エックス線検査においても肺結核等の異常は発見されなかったのであるから,結核性髄膜炎の発症を疑うのは困難であった旨主張する。しかし,そもそも,髄膜炎はCT検査で発見されない場合が多い(甲7,証人Y1)上,透析患者の結核症は肺外性のものが多い(甲4)ことからすれば,上記各検査で異常が発見されなかったからといって,前記のXの臨床経過の下では,髄膜炎の疑いをうち消す事情にはならないというべきである。
また,被告は,髄液検査は重篤な合併症を引き起こす可能性のある侵襲的検査であり,安易に実施すべきでなく,ツベルクリン反応検査も診断的価値は低いとされているから,検査適応になかった旨主張する。しかし,前記認定のとおり,髄膜炎の診断方法として髄液検査は最も重要であり,髄液から菌を検出するのが診断の決め手になるとされている上,ツベルクリン検査も結核症の診断上,必要不可欠な検査であるから,本件のように結核性髄膜炎が十分疑われる状況において上記各検査を実施すべきであったことは明らかであり(甲10,鑑定の結果),上記主張は採用できない。

(6) 以上によれば,Y1医師には,医師として適切な診療行為を怠る過失があったことは明らかである。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-15 02:46 | 医療事故・医療裁判