弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

開頭手術後の脳梗塞の発見,治療上の注意義務を怠った過失 福岡地方裁判所小倉支部平成15年6月26日判決

福岡地方裁判所小倉支部平成15年6月26日判決(裁判長 杉本正樹)は,「少なくとも,外減圧開頭手術を実施するかどうかを決めるための検査や診断は,24時間以上にわたる薬物治療が無効で,CT所見及び意識状態が悪化した時点で直ちに行う必要があると解すべきである。そうすると,7月10日午後零時ころから脳梗塞に対する薬物治療が行われていたにもかかわらず,7月12日午後7時50分ころには意識状態の低下が認められたものであるから,その時点で直ちにCT検査を実施し,中大脳動脈領域の脳梗塞の悪化の有無及び程度を観察し,投薬治療を継続するか,外減圧開頭手術を実施するかの判断をする必要があったにもかかわらず,亡Fの主治医である被告E医師は,これを怠ったというべきである。」とし,「仮に,7月12日午後7時50分ころの意識状態の低下が認められた段階でCT検査を実施していたとすれば,直ちに外減圧開頭手術を行う必要があると判断された可能性は高かったというべきであるから,被告E医師がこの時点でCT検査をするなどの脳梗塞の観察,診断を行わなかったことにより,外減圧開頭手術の実施も遅れたものと解するのが相当である。」とし,「被告E医師には,7月12日午後7時50分時点で脳梗塞の検査や診断を怠り,外減圧開頭手術の実施が遅れたという,本件開頭手術後の脳梗塞の治療上の注意義務を怠った過失がある」と認定しました.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「 (8) 術後脳梗塞の発見,治療上の注意義務違反の有無(争点(5)エ)について
(中略)

イ 原告らは,7月9日午後2時ころには,亡Fに左半身麻痺の徴候が認められたから,この段階で脳梗塞の診断及び薬物治療を行うべきであったにもかかわらず,被告病院の医師はこれを怠ったため,翌10日の正午過ぎまで治療の開始が遅れたと主張する。
7月9日午後2時ころに,亡Fの左手の握手が弱く,左膝の膝立てができなかったことは前記認定のとおりであるところ,証拠(R証言,R回答書,R鑑定)によれば,上記症状は,本件開頭手術直後には見られなかったものであり,これまでの症状より明らかに重いから,手術後の一時的な脳機能低下症状ではなく,新たに左下肢の運動麻痺が生じたものであると認められる。
そこで,被告病院の医師は,亡Fの左下肢の運動麻痺の症状を直ちに把握し,右側の頭蓋内に異変が起こったことを予想して必要な検査を直ちに行い,脳梗塞の徴候が認められた場合には速やかに適切な治療を開始する必要があるというべきである(仮に,下垂体腺腫の手術後の合併症として脳梗塞が発生する事態が極めて稀であるため,脳梗塞の発生を予見することが困難であるとしても,本件開頭手術は右前頭側頭の開頭により右視神経や右内頸動脈の部位を中心に行った手術であるから(前記認定),医師としては,遅くとも左下肢の運動麻痺が認められた時点以後は,右側の頭蓋内に異変が起きたことを予想し,これに対処する必要があるといわなければならない。)。
それにもかかわらず,前記認定事実及び証拠(乙2,R証言,R鑑定)によれば,CT検査が実施されたのは翌10日午前10時45分ころであり,CT検査所見により右中大脳動脈領域に脳梗塞が発生したことが判明した後の同日午後零時ころからは,グリセオール,脳浮腫改善剤であるリンデロン及び脳血管攣縮の治療薬であるフサンの投与が行われたことが認められるものの,それまでの間に左下肢の運動麻痺に対する治療が行われたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,亡Fの主治医である被告E医師には,7月9日午後2時時点での脳梗塞の診断のための検査を怠り,脳梗塞の治療の開始が7月10日午後零時ころまで遅れたという,本件開頭手術後の脳梗塞の発見,治療上の注意義務を怠った過失があるというべきである。

ウ 原告らは,7月12日午後7時には,亡Fの明らかな意識状態の悪化,脳梗塞巣の拡大が認められたものであるから,この時点でCT検査を行い,梗塞巣の拡大を確認し,直ちに減圧開頭手術を行うべきであったにもかかわらず,被告病院の医師がこれを怠ったため,翌13日まで観察,診断,治療が遅れたと主張する。
前記認定によれば,亡Fは,7月12日午後2時30分ころ及び同日午後6時ころには,原告Aと会話をしていたものの,同日午後7時50分ころには,呼名され,開眼を促されても,右眼を開眼するのみであり,この時点で脳梗塞の悪化による意識状態の低下の症状が現れていたこと,翌13日午前9時30分ころには,JCS分類で意識レベル100の半昏睡の意識状態にまで低下し,CT検査の結果,著明な脳浮腫と右から左への正中偏位が認められたため,同日午前11時30分ころ,右中大脳動脈領域の術後脳梗塞による外減圧開頭手術の実施が急きょ決定されたこと,同日午後1時30分ころから同手術が行われたことが認められる。
R医師は,開頭手術後の脳圧亢進に対して減圧開頭手術を行うひとつの指標は,24時間以上にわたる薬物治療が無効で,CT所見及び意識状態が悪化した時点であると述べているところ(R回答書,R鑑定),脳梗塞は,それにより死滅した脳組織そのものは回復しないという重大な結果をもたらすこと(R証言)に照らせば,少なくとも,外減圧開頭手術を実施するかどうかを決めるための検査や診断は,24時間以上にわたる薬物治療が無効で,CT所見及び意識状態が悪化した時点で直ちに行う必要があると解すべきである。
そうすると,7月10日午後零時ころから脳梗塞に対する薬物治療が行われていたにもかかわらず,7月12日午後7時50分ころには意識状態の低下が認められたものであるから,その時点で直ちにCT検査を実施し,中大脳動脈領域の脳梗塞の悪化の有無及び程度を観察し,投薬治療を継続するか,外減圧開頭手術を実施するかの判断をする必要があったにもかかわらず,亡Fの主治医である被告E医師は,これを怠ったというべきである。
そして,R医師は,7月12日夜が外減圧開頭手術の実施を考慮すべき最初の時期であった,この時点でCT検査所見上に梗塞巣の拡大を確認すれば外減圧開頭手術を行うべきであったなどと述べていること(R回答書,R鑑定),7月13日のCT検査の実施から間もなく,外減圧開頭手術が実施されたこと(前記認定)を併せて考慮すれば,仮に,7月12日午後7時50分ころの意識状態の低下が認められた段階でCT検査を実施していたとすれば,直ちに外減圧開頭手術を行う必要があると判断された可能性は高かったというべきであるから,被告E医師がこの時点でCT検査をするなどの脳梗塞の観察,診断を行わなかったことにより,外減圧開頭手術の実施も遅れたものと解するのが相当である。
したがって,被告E医師には,7月12日午後7時50分時点で脳梗塞の検査や診断を怠り,外減圧開頭手術の実施が遅れたという,本件開頭手術後の脳梗塞の治療上の注意義務を怠った過失があるというべきである。

5 被告事業団の責任

被告E医師の過失は,前記のとおり,治療方法の選択,決定段階における過失と本件開頭手術後の脳梗塞の発見,治療上の過失であるところ,これらは,被告E医師が被告事業団の業務の執行中に引き起こしたものであるから,被告E医師を使用する被告事業団には,不法行為上の使用者責任があるというべきである。


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-16 00:22 | 医療事故・医療裁判