弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

必要のない箇所にマイクロカテーテルを挿入し出血を生じさせた過失 京都地裁平成18年8月31日判決

京都地裁平成18年8月31日判決(裁判長 山下寛)は、脳動静脈奇形(AVM)塞栓術を実施した際,医師がマイクロカテーテル等を左上小脳動脈に挿入して出血を生じさせた事実を認定し,「必要のない箇所にマイクロカテーテルを挿入することは避けるべきであって,被告病院の医師は,X線透視によりカテーテルの動きを見ながら本件手術をしているから,左上小脳動脈と左後大脳動脈を鑑別することができ,本件出血部位にまでカテーテルを挿入することはあり得ないと主張していることに照らすと,被告病院の医師は,本件手術の際,カテーテルの本件出血が生じた箇所への挿入を避けることが可能であったというほかないから,被告病院の医師が,誤ってマイクロカテーテルを左上小脳動脈に,さらには本件出血が生じた箇所にまで挿入して,その結果,本件出血が生じさせたことには,過失があり,被告には債務不履行があると認められる。」と認定しました.
出血原因についてマイクロカテーテルが何らかの理由で左上小脳動脈に迷入し,それが原因となって本件出血が発生したと認めたことが手技上の過失を認める根拠となっています.
手技上の過失の認定について参考となる裁判例です.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「2 本件出血の部位(左上小脳動脈か又は左後大脳動脈か・争点1)について

証拠(乙A9の1・2,鑑定,検証,証人B)によると,本件出血を造影した血管造影画像(乙A9の1・2)には,左後大脳動脈ではなく,左上小脳動脈からの出血が映し出されていることが認められ,また,証拠(乙A11の1・2,鑑定,検証,証人B,)によると,本件手術後である9月30日撮影のCT画像(乙A11の1・2)に,Aの小脳上面にクモ膜下出血が生じていることが映し出されていることが認められ,これらの事実に照らすと,本件出血の部位は,左後大脳動脈ではなく,左上小脳動脈であると認められる。

3 本件出血の部位が左上小脳動脈の場合の過失又は不完全履行(争点2(1))について

(1) まず,本件出血の原因がカテーテル 1 による血管穿孔によるものであるか否かについて検討するに,訴訟上の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実の存在を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものであるところ,上記1の認定事実及び第2の2の事実によれば,本件出血は本件手術に起因していると認められるのであり,被告病院の医師は,本件手術中にマイクロカテーテルをいったん抜去した上で,再度,マイクロカテーテルを左後大脳動脈に向け挿入しており,椎骨動脈から左後大脳動脈に対しカテーテルを挿入する際には,マイクロカテーテルが左上小脳動脈と椎骨動脈から左後大脳動脈に繋がる動脈との分岐点を通ることになることや,結局,栄養血管②への挿入は成功しなかったこと,その直後に左上小脳動脈から出血していること,マイクロカテーテルによる塞栓術においては,マイクロカテーテルによる血管穿孔が生じる可能性があること,Aの左上小脳動脈にもともと何らかの疾患が存在したことを認める証拠がないことが認められ,これに,C医長は,原告らに対し,「カテーテルを引いてくるときに,出血が起こった。」などと,被告病院の医師に何らかの過誤が存在したことをもうかがわせる説明をしていることを総合すると,マイクロカテーテルが何らかの理由で左上小脳動脈に迷入し,それが原因となって本件出血が発生したと認めるのが相当である。

(2) これに対し,被告は,被告病院の医 2 師は本件手術中に異常血管部の手前約4㎝の範囲でしかカテーテル操作を行っておらず,左上小脳動脈にガイドワイヤーやマイクロカテーテルが入ることはあり得ないし,左上小脳動脈と左後大脳動脈の鑑別はつき,カテーテル操作時に上小脳動脈と後大脳動脈を誤認することはあり得ない上,Aが右眼が見えにくいと訴えたことからすると,本件出血が生じた際,マイクロカテーテルは,左後大脳動脈に挿入されていたといえることや,本件手術により左後大脳動脈の一部が塞栓されていることなどを理由として,被告病院の医師がマイクロカテーテル等を左上小脳動脈に挿入した結果として本件出血が生じたことはあり得ないと主張し,証人Bは,その旨証言し,陳述(乙A12)する。
しかし,証拠(甲A4,5,乙A8の1・2,証人B)によると,本件においては,本件手術の状況を撮影したビデオが存在しないほか,8月12日に実施された手術では作成されていた術前・術中記録や,本件手術中の15時15分から15時53分までの間の写真等の映像も存在せず,本件手術に関する脳血管撮影指示録にはマイクロカテーテル等の位置に関する記載がないのであって,この間のマイクロカテーテル等の位置を証明する客観証拠が存在しないから,被告病院の医師が異常血管部の手前約4㎝の範囲でしかカテーテル操作を行わなかったことを前提とすることはできない。また,証拠(甲B5)及び弁論の全趣旨によれば,神経症状は色々な原因で起こり得るものである上,血管の閉塞は事後に生じることもあり,B医師が自ら記載した上記1(4)イ及びウの診療録等の記載内容に照らすと,Aの上記症状はカテーテル抜去後に発生した可能性があるから,上記1(4)アの記載のみを根拠として,Aの右眼の症状がカテーテル操作時に発生したことを当然の前提とすることも相当ではない。さらに,本件手術により,Aの左後大脳動脈が塞栓されたのは,栄養血管①が塞栓されたことや,マイクロカテーテルが本件出血時以外の時点で左後大脳動脈に挿入されたことに起因する可能性もある。したがって,被告が指摘する理由は,いずれも,上記認定の妨げとはならない。

(3) また,被告は,本件出血の原因につ 3 いて,①静脈圧上昇による出血,②解離性動脈瘤,③合併動脈瘤よりの出血,④造影剤注入による出血,⑤正常還流圧突破(NPPB),⑥塞栓術に伴う周辺動脈の圧の上昇が考えられると主張するが,証拠(乙A12,証人B)によると,証人B自身がこれらの可能性が低いことを自認する証言又は陳述をしており,鑑定の結果によっても,同様の結論が導かれるから,被告の上記主張は採用しない。

(4) 次に,被告病院の医師がマイクロカテーテル等をAの左上小脳動脈に挿入して本件出血を生じさせたことをもって,被告病院の医師の過失又は被告の不完全履行があったといえるかについて,検討する。
証拠(鑑定)によると,カテーテルによる血管穿孔は,本件手術において通常想定される合併症であり,慎重なカテーテル操作を行ったとしても術中出血が生じる可能性があることが認められ,また,上記1(1)認定のとおり,被告病院の医師は,A及び原告らに対し,本件手術において術中出血の可能性があることを説明した上で,本件手術につき同意を得ていることに照らすと,本件手術中に頭蓋骨内に出血が生じたことだけを捉えて,その発生箇所や発生した状況を吟味することなく,直ちに,被告病院の医師に手技の誤りがあったと評価することは相当ではない。
しかし,上記2説示のとおり,本件出血は,本件脳動静脈奇形が存した左後大脳動脈ではなく,左上小脳動脈において発生しており,本件手術においては,左小脳動脈にマイクロカテーテルを挿入することは予定されておらず,マイクロカテーテルを用いた塞栓術においては,マイクロカテーテルによる血管穿孔が生じる可能性があるから,必要のない箇所にマイクロカテーテルを挿入することは避けるべきであって,被告病院の医師は,X線透視によりカテーテルの動きを見ながら本件手術をしているから,左上小脳動脈と左後大脳動脈を鑑別することができ,本件出血部位にまでカテーテルを挿入することはあり得ないと主張していることに照らすと,被告病院の医師は,本件手術の際,カテーテルの本件出血が生じた箇所への挿入を避けることが可能であったというほかないから,被告病院の医師が,誤ってマイクロカテーテルを左上小脳動脈に,さらには本件出血が生じた箇所にまで挿入して,その結果,本件出血が生じさせたことには,過失があり,被告には債務不履行があると認められる。

(5) 以上によれば,被告病院の医師には 5 過失及び不完全履行があると認められるところ,Aの死亡原因は,本件出血に起因するクモ膜下出血による脳動脈れん縮であるから,被告は不法行為責任又は債務不履行責任を免れない。
なお,本件手術など一連の医療行為は,公権力の行使には該当しないから,被告は,国家賠償法1条に基づく責任は負わないというべきである。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-19 06:18 | 医療事故・医療裁判