弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

MRSA感染症としての腹膜炎発症時点でV-Pシャントチューブを全部抜去し一時的脳室外髄液ドレナージ等の措置を執るべき注意義務 札幌地裁平成15年12月8日判決

札幌地裁平成15年12月8日判決(裁判長 原啓一郎)は,前交通動脈瘤(破裂)に動脈瘤クリッピング術及びV-Pシャント術が行われた事案で,「6月3日には,明らかにMRSA感染症としての腹膜炎が発症しており,かつ,担当医師もこの発症を知ったのであるから,同日の時点で,バンコマイシンを投与するのみならず,脳室内への感染を防ぐため,MRSAにより汚染されたと容易に認識し得るシャントチューブを全部抜去し,一時的脳室外髄液ドレナージ等の措置を執るべき注意義務があった」と認めました.
「D証人は,6月3日の腹膜炎の発症段階で,皮下のシャントチューブに沿った部分全体が炎症を起こしていなかったことから,シャントチューブのうち,腹部側を除く部分はMRSAに汚染されていなかったと判断したと証言するが,余りに軽率な判断である」と認定しました.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「2 争点(1)(被告の責任原因)のうち,MRSA感染症への対応の過誤について

(1) 前記前提となる事実(2)アのとおり,原告については,4月16日に痰から,同月24日にIVHカテーテル先から,5月15日及び同月21日に痰から,それぞれMRSAが検出されている。しかし,証拠(乙592,613,D証人,E証人,鑑定)によれば,MRSAは,多くの抗生物質に耐性を示し,バンコマイシン等の一部の抗生物質の投与が有効とされるが,常在菌であり,感染症発症前の単なる保菌の段階で安易にバンコマイシン等を使用することは,菌の耐性化を促進するおそれがあるため,避けるべきであり,一般に,バンコマイシンの使用等の治療を開始するのは,感染症が発症してからであるとされていることが認められる。

(2) そこで,原告について,MRSA感染症がいつ発症したか及びどの時点でMRSA感染症への治療,対処をすべきであったかについて検討する。証拠(乙18,620,証人D)及び前記前提となる事実によれば,原告は,頭蓋骨形成術及びV-Pシャント術が施行された5月8日以降,ほぼ連日38.2度以上の高熱が続き,白血球数,CRP値が前記前提となる事実(3)のとおり上昇したこと,原告は,同月10日には,V-Pシャントに沿った痛みを訴えるようになり,同月13日には頚部痛,頭痛を訴えるようになったこと,その後,白血球数は同月21日に6000,CRP値は同月25日に0.4と,いずれも正常値になり,体温も同日には平熱に戻り,以後,6月3日まで,感染症を疑わせる所見はみられなかったことが認められる。
原告は,上記5月8日から同月25日ころまでの症状をもって,MRSA感染症が発症したと主張する。しかし,CRP値は,炎症を含む種々の原因によって生じた組織崩壊によってもたらされた物質の値であり,炎症の存在を診断する1指標となるが,傷害や外科手術によっても上昇することがある(乙598,599,613)ので,このCRP値の上昇は,5月8日の頭蓋骨形成術及びV-Pシャント術によると認める余地が多分にある。また,V-Pシャントは,頭部から腹部にわたって長いトンネルを皮下に作り,そこにチューブを通して設置する手術であり,原告が上記のとおり訴えたシャントチューブに沿った痛みは,チューブが皮下を通ることにより生じた創部の痛みである可能性も高く,MRSA感染の炎症による痛みとは認めるに足りない。さらに,上記の発熱及び白血球数の増加がMRSAによるならば,バンコマイシンの投与等MRSA感染症に有効とされる治療を行っていないにもかかわらず,同月25日までにこれらが正常に復したことを説明することができない。
そうすると,6月2日以前は,MRSAは未だ保菌の段階と認められ,その場合に,バンコマイシンの投与等特段の治療を施さず,あるいは,V-Pシャントを全部抜去しなかったことをもって,担当医師の義務違反と評価することはできない。
しかし,前記前提となる事実(1)オのとおり,6月3日には,明らかにMRSA感染症としての腹膜炎が発症しており,かつ,担当医師もこの発症を知ったのであるから,同日の時点で,バンコマイシンを投与するのみならず,脳室内への感染を防ぐため,MRSAにより汚染されたと容易に認識し得るシャントチューブを全部抜去し,一時的脳室外髄液ドレナージ等の措置を執るべき注意義務があったというべきである。なお,前記前提となる事実(2)イのとおり,髄液培養の結果においては,1度もMRSAが検出されていないが,髄膜炎がMRSA感染症である可能性もある(E証人)。しかし,いずれにせよ,髄膜炎がMRSA感染症であったか否かは,上記の注意義務の存在を否定するものではない。

(3) しかるに,担当医師は,上記の義務を怠り,前記前提となる事実(1)オないしキのとおり,漫然と,7月20日に至るまで実に1か月半以上にわたって,MRSAに汚染されていることが明らかなシャントチューブを,原告の脳室側に装着し続けた。そして,同日存在が判明した原告の大脳右半球の脳膿瘍は,チューブの先に当たる位置にあり,その発生は,担当医師が6月3日にシャントチューブを全部抜去しなかったことにより,同日以降,MRSAがチューブを伝って脳内に侵入,感染したためであると認められる。D証人は,6月3日の腹膜炎の発症段階で,皮下のシャントチューブに沿った部分全体が炎症を起こしていなかったことから,シャントチューブのうち,腹部側を除く部分はMRSAに汚染されていなかったと判断したと証言するが,余りに軽率な判断であるといわざるを得ず,上記義務違反の評価を何ら動かすものではない。

(4) したがって,被告は,民法715条に基づき,原告に対し,脳膿瘍により被った損害を賠償する義務を負う。」


なお,同判決は損害について次のとおり認定しました.

「脳膿瘍が生じた後については,前記3(3)イの原告の症状の推移に照らすと,原告は,遅くとも平成5年8月5日の退院時までには症状が固定し,後遺障害等級第1級の3(平成4年当時の区分。神経系統の機能又は精神に障害を残し,常に介護を要するもの)の後遺障害が残存し,労働能力喪失率は100パーセントであると認められる。なお,退院後,IQが72まで改善されたことがあったことは前記3(3)イのとおりであるが,一時的なものにすぎず,基本的に原告の症状に変化は認められないから,このIQの改善をもって,直ちに,症状固定日に関する上記認定を動かすことはできない。
 そうすると,原告は,MRSA感染により生じた脳膿瘍により,44パーセントの労働能力を喪失したことになる。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-01-21 06:57 | 医療事故・医療裁判