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内頸動脈分岐部に未破裂脳動脈瘤にコイル塞栓術が施行された事案における説明義務違反 東京地裁平成14年7月28日判決

東京地裁平成14年7月28日判決(裁判長 山名学)は,左内頸動脈分岐部に未破裂脳動脈瘤にコイル塞栓術が施行された事案で,「被告病院の医師は,本件手術を受けることによりDが死亡に至る危険性を,Dらに対して十分に且つ正確に認識させることができなかったものといわざるを得ず,Dが,本件手術による死亡の危険性について正確に理解し,本件手術を受けるかどうかをその正確な理解に基づき決定し得たと認めるのは困難である。本件の経過に鑑みれば,これは単にDらが安全性を軽信したというものではなく,被告病院の医師が,Dらが危険性を理解できる程度の説明を怠ったことによるといわざるを得ない。」と認定し,説明義務違反を認定しました.
丁寧な事実認定で説明義務違反と因果関係を認めた点で参考になる裁判例です.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「3 争点(3)(説明義務違反)について

(1) 前記争いのない事実等と証拠(甲11,45,46,49,161,乙2,4,6,32,36,証人F,証人E,原告A本人)を総合すれば,本件手術施行に至る被告病院の説明の経過等につき,以下のとおりの事実が認められる。

ア 平成7年12月22日,E医師は,Dらに対し,検査のための脳血管撮影の手技,合併症の危険性について,おおむね「大腿部の血管からカテーテルを入れて,脳血管まではわせ,カテーテルを通じて撮影する。カテーテルという異物が動脈の中をはうわけですから,・・・脳梗塞等に至る危険性がある。」といった説明を行った。Dらは,それを理解の上,平成8年1月19日の脳血管撮影の受診を決めた。

イ 平成8年1月26日の外来受診時,E医師は,Dらに対し,同月19日に実施した脳血管撮影の所見を説明するとともに,開頭手術及びコイル塞栓術の手技及び一般的な合併症の危険性について,おおむね「①未破裂脳動脈瘤を放置した場合年間約2%の確率で破裂し,今後20年で40%の確率で破裂する可能性があるが,60%の確率で破裂しない可能性もあること,②治療の方法としては開頭手術とコイル塞栓術があること,③開頭手術及びコイル塞栓術の手技,④開頭手術では,95%が完治し,5%程度後遺症が残る可能性があること,⑤コイル塞栓術では,手術後コイルが患部から逸脱して脳梗塞を起こす場合もある。」といった説明をした。そして,E医師は,Dらに対し,脳動脈瘤をそのまま放置し手術をしない方法,開頭手術をする方法
,コイル塞栓術を行う方法のどれを選択するのがよいかを考えるように指示した。さらに,同年2月23日の外来受診時,E医師は,Dらに対し,所沢明生病院で行ったMRI検査及び同月14日に実施した脳血流シンチグラム検査の結果の説明をするとともに,再度,1月26日の説明と同趣旨の説明をした。
E医師は,上記の説明において,脳神経外科医でありコイル塞栓術の手技に対して分からない面もあることから,コイル塞栓術を勧める方向で説明をすることはなく,DらもE医師があまり勧めていないように受け取っていた。
Dらは,上記説明を聞き,コイル塞栓術では術後脳梗塞を起こすおそれがあり将来的に不安が残ると考え,コイル塞栓術ではなく開頭手術を受けることを希望した。

ウ Dは,開頭手術をすることを決意し,大学の仕事の関係で比較的余裕のある2月後半から3月にかけて手術を行うのが都合がよいと考え,2月23日,開頭手術を希望することをE医師に伝えた。Dは,即日入院手続をとり,同月27日の昼まで外泊許可を得て帰宅したが,E医師から2,3週間で退院できるとの話を聞いていたことから,手術前に身辺の整理等の特別な準備もせず,自分の部屋も普段どおりにし,3月中旬以降の仕事の予定にも特段の配慮をすることなく,通常どおりの予定を入れる等して同月27日に病院へ帰院した。

エ 2月27日,Dが被告病院に戻った後,同日夕方に行われた診察において,E医師は,Dらに対して,前記認定のカンファレンスの経緯等を説明した上,「開頭手術はなるべく避けたいので先にコイル塞栓術を行ってみてはどうか。」,「開頭手術に比して侵襲が低い。」とコイル塞栓術を勧めた。さらに,F医師は,「コイル塞栓術は,血管造影のときと同じ方法で血管内にカテーテルを通して行うものであり,自身被告病院で十数例実施したが全て成功している。」,「うまくいかなかったときは直ちにコイルを回収して,また新たに方法を検討しましょう。」といった説明をした。これに対し,Dは,「従前の説明で術後に脳梗塞を起こすおそれがあると聞いていたが,その危険性はどうなのか。」という質問をしたところ,F医師は,「挿入が難しいようであれば無理はしません。」というように返答した。
また,コイル塞栓術による合併症については,カテーテル,コイルによる血栓形成から梗塞を引き起こす可能性があること,動脈瘤の破裂によるくも膜下出血,脳内出血の可能性があること,2から3%の割合で死に至る可能性があることを説明した。
このような説明は,30分から40分かけて行われ,Dらは,両医師の説明を受け,コイル塞栓術が全て成功していると聞いたことや無理をしないということを聞いたことから,心配はないであろうと考え,F医師の執刀によるコイル塞栓術を翌28日に受けることを承諾し,承諾書に署名押印し被告病院へ提出した。

オ 翌28日,手術予定時間は当初午後1時30分と設定されていたが,コイル塞栓術を実施する手術室が空いたことから,同日午前に手術を行うことになった。手術時間の変更は原告Aらの家族には連絡されていなかったが,原告Aが,午前10時30分ころ早めに病室に着いたため,手術室へ向かう直前にDと会うことができた。その際,Dは,原告Aに対し,「手術が急に早くなったので間に合わないから急いで来なくて良い,終わった時に居ればいいからゆっくり来るようにと電話を入れようとしたが,既に出かけた後だった。」などと話した。Dらは,予定が次々に変更になることから手術に乗り気ではなく,コイル塞栓術が失敗した場合は開頭手術は止めて帰宅することを話した。

(2) 説明義務違反の有無の検討

ア 一般に,治療行為にあたる医師は,緊急を要し時間的余裕がない等の格別の事情がない限り,患者において当該治療行為を受けるかどうかを判断決定する前提として,患者の現症状とその原因,当該治療行為を採用する理由,治療行為の内容,それによる危険性の程度,それを行った場合の改善の見込み,程度,当該治療行為をしない場合の予後等についてできるだけ具体的に説明すべき義務があるというべきである。殊に,本件のように患者の生死に係わる選択を迫る場合には,当該手術による死亡の危険性について当該患者が正確に理解し,当該手術を受けるかどうかをその正確な理解に基づき決定することができるだけの情報を提供する義務を負っているというべきである。

イ そこで,E医師及びF医師によって行われた説明が,説明義務を果たしたといえるものであったかどうかにつき検討する。

(ア) まず,Dは,コイル塞栓術を受けることを承諾しているが,Dらは,上記のとおり,「十数例実施したが全て成功している。」,「うまくいかなかったときは直ちにコイルを回収する。」,「無理はしません。」というF医師の言葉を聞いたことから,心配はないと考えて手術を承諾したものである((1)のエ)。それは,Dらの入院前の行動や手術直前の会話((1)のウ,オ)からも明らかである。これらの言動は,手術中の死の危険性をいささかでも認識している者の言動としては極めて不自然だからである。手術中の死の危険性をいささかでも認識していたとすれば,Dらの手術前の言動は理解し難い。

(イ) この点につき,E医師及びF医師は,上記認定((1)のエ)のとおり,コイル塞栓術の合併症による死亡の危険性について説明しており,その趣旨の説明がなされたことは乙第4号証にも記載がある。しかし,具体的にどのような説明がなされたのかについて,E医師及びF医師の供述には,疑問を抱かざるを得ない点がみられる。
まず,2月27日の時点で,具体的に誰がどのような説明をしたのかについては,E医師とF医師との間で微妙な食い違いがある。E医師は,「致死的となる可能性・・・についてはF医師より説明があったと記憶しています。」,「私もしたと思いますし,現実に執刀するのはF先生なので,後はF先生,まあやる先生にお任せしたというつもりでいました。」と述べている。他方,F医師は,死亡の危険性について説明したのかとの問いに対し,「文献上の死亡率の話を,さらっと触れたと思うんですけど。」,「私はしたと思います。」と答えながら,さらに,「それまでにE先生の方から十分な,おそらく数ヶ月もかけて,この危険性とかの説明はあったと私は理解しているんですね。ですから普通は,未破裂脳動脈瘤についての説明というのは,前日にするというようなものじゃないですね。・・それまでにE先生の方から,そういう詳しい説明はあったと思います。」と述べている。両医師とも,自分以外の医師が詳しく話しているといった,極めて曖昧な言い方をしており,具体的にどこまでの説明がなされたのか疑問が残る。
E医師は,1月26日及び2月23日の説明に際し,コイル塞栓術による合併症による死亡の危険性について,「コイルを入れる段階で,動脈瘤をコイルで破って,その場でくも膜下出血になって亡くなった人もいるし,コイルあるいはカテーテル自身で脳血栓を誘発して,その結果脳梗塞になるという合併症もあり得るという話をしたと思う。」,「開頭術で,いきなりその場で亡くなるとか,術後にいきなり亡くなるということはまずないけれども,コイル術の場合は,脳梗塞の場合もだが,人為的に血管を破ってしまうと,もうその時点で救いようがなくなってしまうので,怖い治療法と思っていた。」,「コイル術については厳しい方向の話をしたと思う。」と述べている。しかし,このような趣旨の説明がなされていたとすれば,Dらが,2月27日の段階で,E医師が術中の安全性が高いと考えていた開頭手術から従来同医師が術中の危険性を強調していたコイル塞栓術の実施への突然の方針変更を,わずか30分から40分の説明で承諾することはなかったのではないかと考えられること,2月27日の説明の際に,Dらは,コイル塞栓術実施後の脳梗塞の危険性については医師に質問しているものの,上記供述にあるようなコイル塞栓術実施中の危険性や死亡の危険性,その対策に関して質問がなされた形跡がないことからすると,E医師が上記のような説明をしたというには疑念が残る。

(ウ) さらに,コイル塞栓術の実施は,2月27日の説明の際には,翌28日の午後1時30分からと予定されたが,その後,手術室が空いたからという理由で28日の午前中に実施することに変更された。しかるに,手術時間の変更は原告Aら家族には連絡もされていなかった。また,コイル塞栓術が成功しなかった場合には当初の予定通り開頭手術を行うこととし,2月29日に予定されていた開頭手術のための手術室はそのまま確保したままとなっていた。
このような対応からすると,被告病院は,コイル塞栓術の術中の危険性についてそれほど強い認識はもっておらず,コイル塞栓術でうまくいかないときは開頭手術を実施すればよいとの認識を有していたことが推認できるところ,このような認識をもちながら,コイル塞栓術の術中の危険性についての説明を十分に行っていたとするには,疑問が生じる。

(エ) 他方,E医師及びF医師は,Dらに対し,コイル塞栓術の実施について,「十数例実施したが全て成功している。」,「うまくいかなかったときは直ちにコイルを回収する。」,「無理はしません。」,「脳血管撮影のときと同じ方法で血管内にカテーテルを通して行うもの。」といった趣旨の説明をしたことは前認定のとおりであるが,これらの説明はいずれもコイル塞栓術の安全性を強調するように受け取られるものである。2月27日の段階では,被告病院がコイル塞栓術の方を進める方針を有していたことからすると,上記のような安全性に力点を置いた説明になった可能性は十分に考えられる。

(オ) このようにみてくると,コイル塞栓術の実施中の危険性や死亡の危険性を2月27日あるいはそれ以前に十分に説明したとするE医師及びF医師の供述は,にわかに措信し難いところがあるといわざるを得ない。本件は,コイル塞栓術の術中の危険性について十分な説明がないまま,Dらがコイル塞栓術の安全性に関する被告病院の説明を信じて,危険性を認識することなく本件手術を受けることを決定し,手術に臨んだと理解するのがもっとも素直な見方であると考える。

ウ 本件においては,被告病院の医師は,本件手術を受けることによりDが死亡に至る危険性を,Dらに対して十分に且つ正確に認識させることができなかったものといわざるを得ず,Dが,本件手術による死亡の危険性について正確に理解し,本件手術を受けるかどうかをその正確な理解に基づき決定し得たと認めるのは困難である。本件の経過に鑑みれば,これは単にDらが安全性を軽信したというものではなく,被告病院の医師が,Dらが危険性を理解できる程度の説明を怠ったことによるといわざるを得ない。この点,被告病院の医師に説明義務を尽くさなかった過失が存在する。」


同判決は,次のとおり判示し説明義務違反と死亡との因果関係を認めました.

「(3) 説明義務違反と死亡の結果との因果関係
前記のとおり,未破裂脳動脈瘤は年間破裂率が約2%程度と考えられており,それを手術しない選択肢もとり得たこと,手術をするにしても,当初予定したとおり開頭手術を選択することもあり得たこと,Dらは,死亡の危険性があるのであれば手術を受けないと考えていたことが窺えることからすれば,仮に被告病院の医師らが説明義務を尽くしていれば,Dが本件手術を受けなかった可能性が高く,仮に本件手術を受けなければ本件手術中の原因不明の事故による死亡の結果も生じなかったことが認められるから,被告は,上記説明義務違反と因果関係を有するD死亡による損害を賠償する責任を負うものといわざるを得ない。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-22 06:44 | 医療事故・医療裁判