弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

経過観察義務及びCT検査義務を怠った過失(ひいては手術開始の遅れた過失)及び利尿剤マンニトール投与が遅れた過失 高松高裁平成17年5月17日判決

高松高裁平成17年5月17日判決(裁判長 馬渕勉)は,経過観察義務及びCT検査義務を怠った過失(ひいては手術開始の遅れた過失)及び利尿剤マンニトール投与が遅れた過失を認めました.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「(2) 控訴人らの主張イの過失(慎重な経過観察義務違反,CT検査義務違反,手術実施の遅れ)の有無について

イ 一般に頭部に強い衝撃を受けると頭部外傷が発生するが,その場合,脳には,打撲した部位の直下だけでなく,より高い割合でその反対側にも損傷ができるほか,出血が遅れて生じ,外傷性脳内血腫や脳浮腫が起こるなど病態が変化することがあり,特に,血腫が発生する場合の約50%が6時間内に,約80%が12時間内に形成されること,通常の遅発性脳内血腫例の場合,少しずつ意識レベルが低下し,脳内血腫が一定の大きさに達したと同時期に急激に意識レベルが低下して,昏酔状態に陥ること(乙ロ29),日本神経外傷学会の重症頭部外傷治療・管理のガイドライン作成委員会の報告(以下,「日本神経外傷学会のガイドライン」という。)によれば,「高齢者は,talk and deteriorate(die)をきたすことが多く,挫傷性浮腫,脳内出血などによる厳重な観察が必要である。症状の悪化をみたら早期に手術(血腫除去術など)を行うことが望ましい。」とされていること(乙ロ30),Eの場合,シルビウス裂内のくも膜下出血があり,後部側頭葉底部及び脳の中核である脳幹に近いところで脳が損傷を受けていることが疑われる上,一般に側頭葉の損傷はその症状が出にくいとされていること(証人I,乙ロ29)に照らせば,I医師には,外傷性脳内血腫を念頭においた臨床症状のより注意深い
経過観察が必要であり,特に意識レベルの推移,運動麻痺の出現の有無,患者の訴え(頭痛・嘔吐・嘔気など)の推移,クッシング反応の3主徴としての認識のもとでの血圧・脈拍数・呼吸状態の変動(全ての観察内容において最も重要な点はその時間経過に伴う推移あるいは新たな出現である。鑑定)をより注意深く経過観察する義務があるというべきである。
そして,病状に全く変化がない場合や少しずつ改善傾向にあればCT検査は必須とはいえないが,病状に改善がなく少しでも悪化の兆候があれば,その後の治療や管理の参考とするためCT検査をする義務があるというべきである(乙ロ29)。

ロ そこで,上記基準に従い検討するに,Eは,昭和3年▲月△日生まれで(甲2),本件交通事故当時70歳の高齢者であったところ,上記認定事実によれば,意識がやや清明な時期に(talk)被控訴人病院で受診して,経過観察のために入院したものであるが,転送されて被控訴人病院に到着するまでに2回嘔吐し,被控訴人病院到着後午後2時までに更に2回,嘔吐を繰返し,その後も嘔吐ないし嘔気を催していたこと,また,Eは被控訴人病院到着当初頭痛を訴えていなかったが,入院時には前額部痛を訴え,午後3時ころは自制内の頭痛であったが,午後3時30分ころからは眉間に皺を寄せ,「頭が痛い」 としきりに訴えるようになったこと,これに対しI医師は頭痛及び嘔吐の症状を外傷性クモ膜下出血による髄膜刺激症状であると診断しCT検査に及ばないと考えていたこと(証人I),またO看護師もEの頭痛が強くなったとして家族からナースコールされてもI医師への報告などの特段の措置をとらなかったこと,しかし,これら頭痛の出現・増強や頻回の嘔吐は,クモ膜下血腫の髄膜刺激症状であるとともに,血腫形成や脳浮腫増悪に伴う頭蓋内圧亢進の症状でもあること等を考慮すると,I医師は自ら経過観察をしないのであれば,Eの受傷原因・年齢・受傷部位の特殊性を意識し,O看護師に対し,頭蓋内圧亢進症状につきより注意深い経過観察を指示すべき(付添家族からの当該情報を積極的に求めることを含む。)であった。そうすれば,I医師自ら経過観察をしていなくても,頭痛の増強や頻回の嘔吐が明らかに見られる午後4時ころ,ないし遅くとも控訴人らがナースコールをした午後4時25分ころ,これら症状から頭蓋内亢進症状を疑うことができたので,CT検査をすべきであったというべきであり,これを怠った過失があると認められる。

(中略)

(3) 控訴人ら主張のロの過失の有無について
控訴人らは,本件手術において,早期に利尿剤を投与した上で,可及的速やかに開頭を行うなど適切な術式によって効果的な減圧を行うべきであったのに,適切かつ効果的な手術を行わず,Eに右片麻痺や意識レベル低下の症状が残ったと主張する。

イ 利尿剤の投与

(イ) 証拠(鑑定,乙ロ8,29)によれば 次の事実が認められる。
CT検査により外傷性脳内血腫の出現が認められる場合,頭蓋内圧亢進の進行を回避する方法としては,グリセオール,マンニトール等の高張利尿剤の投与とともに,それに続く血腫除去手術以外に方法はない。マンニトール等の利尿剤投与の目的は,これらが血液の浸透圧に作用して血管周囲から水分を血管内に吸収し,浮腫の増大を防止する効果が得られるため,頭蓋内圧亢進による脳の虚血などによる脳のさらなる二次損傷を防ぐことにある。脳の減圧は,開頭手術により骨弁を除去したときに一部達成され,硬膜を切開することにより次の減圧が達成される。マンニトール等の利尿剤は,昏酔に陥った患者を救うためには一刻を争うものであるが,手術による減圧がされるまでの時間稼ぎのために使用されるものである。
しかし,上記2(1)リのとおり,I医師らのマンニトールの投与開始は,執刀を開始(午後7時45分)した後,開頭し脳圧が高いことを確認した時点である。

(ロ) この点,被控訴人病院は,グリセオール,マンニトール等の脳圧降下のための利尿剤は,急性頭蓋内血腫が疑われる患者には,出血源を処理し,再出血のおそれがないことを確認されるまではその使用が禁忌であり,能書にもそのことが明記されている旨主張し,これにそう乙ロ22の1,2,23,証人Hがある。しかし,能書は製薬会社の製造物責任を果たすための注意書きであって,薬剤の作用機序やその使用によってもたらされ得る危険性を了解した上で,これに従うか否かは医師の裁量権の範囲内である(つまり,利
尿剤による出血の危険より血腫や浮腫の悪化のほうが生命へのリスクが大きいと判断した場合はその使用が許容される。)。能書と異なる使用をすることは,日本神経外傷学会のガイドラインにも採用されている(乙ロ30)ところでもある。被控訴人病院の上記主張
は採用できない。

(ハ) 以上によれば,被控訴人病院医師には,マンニトール投与の時期を逸した過失がある。」



同判決は,経過観察義務及びCT検査義務を怠った過失(ひいては手術開始の遅れた過失)及び利尿剤マンニトール投与が遅れた過失と結果との因果関係を認めました.

「(5) I医師らの過失とEの死亡との因果関係について

以上によれば,控訴人らの主張するI医師らの過失のうち,経過観察義務及びCT検査義務を怠った過失(ひいては手術開始の遅れた過失)及び利尿剤マンニトール投与が遅れた過失が認められるところ,上記各過失がなければ,Eは遅くとも本件交通事故当日の午後4時ころから遅くとも午後4時20分ころにはCT検査を行い,その血腫の大きさ等からそのころ手術適応の判断がなされることが充分に推定され,同時にマンニトールが投与されれば,実際のマンニトール投与時期(執刀開始の午後7時45分から開頭して脳圧が高いことを確認した時点)より3ないし4時間位早く頭蓋内圧亢進による脳の虚血などによる脳のさらなる二次障害を防ぐことができたので,術後の意識障害や右片麻痺障害はかなり改善され,Eの誤嚥による12月6日の死亡は回避できたと高度の蓋然性をもって推認される。
そうだとすると,I医師らの上記過失とEの死亡との間には相当因果関係があるといえる。」


同判決は,交通事故の加害者についても共同不法行為の成立認めました.

「3 争点(3)(被控訴人らの共同不法行為と相当因果関係を有する損害の内
容及び額)について

(1) 被控訴人Dは,Eが被控訴人病院において本件事故から23日目に死亡したことは,被控訴人Dとの関係では特別の事情に基づくものというべきところ,被控訴人Dにその予見可能性はなかったから,被控訴人DとEの死亡との間には相当因果関係を欠き,したがって,控訴人らが被控訴人Dに対し,Eが死亡したことにかかる慰謝料等を請求することは理由がないと主張する。
しかしながら,一般に交通事故によって頭部に打撲を受け,脳挫傷やくも膜下出血を生じた被害者がその後死亡に至ることは通常見られることであり,先に引用した原判決の前提となる事実及び上記2(1)の認定事実のとおり,Eは,11月14日午前10時25分ころ,本件交通事故によって全身を打撲,特に頭部を強打し,脳挫傷及びくも膜下出血を生じ,かつ,その打撲は午後5時ころまでに脳内に血腫を生じさせるほど激しいものであった上,Eの死亡までの経緯において,治療に関わった医療機関の過誤等の異常な事実があったとしてもEの死亡は被控訴人Dにとって予見可能と評価できる。したがって,被控訴人Dの運転行為とEの死亡との間には相当因果関係が認められ,被控訴人DはEの死亡によって生じた損害も賠償する義務を負うことになる。
なお,証拠(乙イ3の1ないし17,被控訴人D本人)によれば,被控訴人Dについては,業務上過失致死罪の疑いで捜査が開始された後,業務上過失傷害罪で起訴され,罰金刑の略式命令がされたことが認められるけれども,検察官は,起訴・不起訴の処分に当たって,立証の難易,訴訟経済,刑事政策上の目的の達成の可否等をも考慮して判断するものと考えられるところ,検察官によるそのような判断の結果,被控訴人Dについて上記の処分がされたからといって,そのことにより本件民事訴訟における因果関係の認定及び判断が左右されることはない。

(2) 被控訴人Dの運転行為と被控訴人病院の医療行為とは,そのいずれもがEの死亡という不可分の一個の結果を招来し,その結果について相当因果関係があるので,共同不法行為となり,Eの死亡による損害を連帯して賠償する責任がある。ただし,Eの運転行為の過失は,被控訴人Dの関係においてのみ過失相殺により賠償額が斟酌される。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-22 20:54 | 医療事故・医療裁判