弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

肩甲難産における注意義務 名古屋地裁平成18年6月30日判決

名古屋地裁平成18年6月30日判決(裁判長 内田計一)は,「肩甲難産となった際,被告病院医師としては,胎児を速やかに娩出すべく,状況に応じて各種手技を施行すべきであり,少なくとも,胎児の気道確保及び十分な会陰切開をした上,恥骨結合上縁部の圧迫及びMcRoberts法を施行すべき注意義務があった」と認定し,医師の注意義務違反認めました.
これは「産婦人科診療ガイドライン産科編」以前の1999年の事案です.
「産婦人科診療ガイドライン産科編 2020」では,「肩甲難産発生時には,人員の確保に努めるとともに,会陰切開・McRoberts 体位・恥骨上縁圧迫法などのいずれかまたはすべてを試みる.(B)」とされています.
「1)まず,応援の人員確保に努める.新生児仮死や外傷に備えて,可能であれば小児科医師にも応援を要請する.
2)会陰切開されていない場合には行う.
3)産婦に McRoberts 体位をとらせる.助手 2 名が産婦の両下腿を把持して膝を産婦の腹部に近づけるように大腿を強く屈曲させる.助手がいなければ産婦自身にこの体位をとるように指示する.
4)さらに恥骨結合上縁部圧迫法を行う.恥骨結合上縁部に触れる児の前在肩甲を斜め 45 度下方,かつ胎児胸部に向けて側方に押し上げる処置を行いながら,通常の力で児頭を下方に牽引する.」
とされています.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「4 原告らの主張(3)(肩甲娩出術施行上の過失)について

(1) 被告病院医師の注意義務の内容について

ア 肩甲難産に対する処置は複数あるが,概要,以下の手技により娩出を図るものとされている(甲8,9,乙12,鑑定 。)

(ア) 鼻と口をよく拭き,吸引器に連結したカテーテルで口腔内,鼻腔内を吸引して気道を確保する。
十分な会陰切開を行う。
(イ) まず,恥骨結合上縁部の圧迫を行う。
助手が恥骨結合上縁部に触れる児の前在肩甲を斜め45度下方で,かつ胎児胸部に向かって側方へ押し下げる。その間,通常通りの力で児頭を下方に牽引する。この処置によって肩甲幅を骨盤入口の斜径に一致させることにより,前在肩甲が恥骨結合裏側で骨盤腔内に引き下げられてくる。

(ウ) 次に,McRoberts法を行う。
2人の助手が,それぞれ母体の下腿をつかんで母体の腹部の方へ大腿を強く屈曲させる。この姿勢は仙骨を腰椎に対して伸展させ,腰椎と仙骨とをほぼ一直線にさせることにより恥骨結合は頭側へ移動する。その結果,骨盤入口角が減少し,つかえていた前在肩甲は解除される。体位の変換だけで成功しない場合は,恥骨結合上方の圧迫法も併用する。

(エ) 上記方法でも成功しない場合,努責を中止させ,Woodsのスクリュー法を行う。
術者の手指を後頭部の後方から膣内に挿入し,児の後在肩甲を押しながらゆっくり回転させ,後方にあった肩を回旋させつつ恥骨結合の下を潜らせて肩甲を解除する。

(オ) 上記方法でも成功しない場合,Shuwartz法を行う。
術者の手指を腔内に挿入し,後在上腕に沿って肘に到達させ,前腕を屈曲させ胎児の手をつかみ,胎児の胸を横切ってはわせながら膣外へ介出する。この処置のみで分娩が進行することが多いが,不可能であれば躯幹を回旋させ,後在上腕を前方にまわして児を娩出させる。

(カ) 前在鎖骨又は上腕骨を故意に骨折させて娩出させることもある。

(キ) 最後の手段として,児頭を膣内へ還納して帝王切開する手技であるZavanelli法を行う。

イ 以上のとおり,肩甲難産に陥った場合は,気道の確保及び十分な会陰切開を行った上,恥骨結合上縁部の圧迫,McRoberts法,Woodsのスクリュー法,Shuwartz法,Zavanelli法の施行により娩出を図るとされる。
中でも,恥骨結合上縁部の圧迫及びMcRoberts法は,比較的安全かつ容易に行える手技であり,肩甲難産に対する処置について記載がある「産婦人科最新診断治療指針 新訂第5版 」(甲8),「周産期の母児管理 4版」(甲9 ),「研修ノート(No.55)巨大児と肩甲難産」(鑑定)のいずれもが他の手技に先立ち施行すべきとしている。
McRoberts法については,その成功率は20パーセントから50 パ ー セ ン ト と す る 報 告 ( 甲 8 ) が あ る ほ か 「 研 修 ノ ー ト ( N o . 5,5)巨大児と肩甲難産」によれば 「この方法により,胎児の肩にかかる,牽引力は減少し,腕神経叢の伸展,鎖骨骨折の頻度は減少することを母体骨盤と胎児のモデルを用いた実験により,証明されている 。」とされている(鑑定)。
そうとすると,肩甲難産となった際,被告病院医師としては,胎児を速やかに娩出すべく,状況に応じて各種手技を施行すべきであり,少なくとも,胎児の気道確保及び十分な会陰切開をした上,恥骨結合上縁部の圧迫及びMcRoberts法を施行すべき注意義務があったというべきである。

(2) 被告病院医師の注意義務違反について
E医師及びH医師は,カテーテルによる気道確保を行うことなく,自己努責の促し,クリステレル圧出法に加え,母体の恥骨に引っかかっている胎児の肩部に手を添えて旋回を助けるというWoodsのスクリュー法に相当する手技を繰り返し行ったのみで,恥骨結合上縁部の圧迫及びMcRoberts法を施行しなかったのであるから,上記注意義務に違反する。

(3) この点,被告は,E医師及びH医師は,恥骨結合上縁部の圧迫,McRoberts法,Woodsのスクリュー法,Shuwartz法を施行したが,これらが成功しなかったため,最後の手段として,児頭を膣内に還納して帝王切開術へ切り換えること(Zavanelli法)も考え,手術室への移送の準備をした旨主張し,これに沿う証人E(第2回)及び同人の陳述書(乙12)がある。
しかし,証人Eは,1回目の尋問において,カテーテルによる気道確保については,呼吸運動ができないため,理論上ではあっても,実際の現場では見たことがなく,今回のケースでも行っていない旨明確に述べるとともに,肩甲娩出術についても,自己努責の促し,クリステレル圧出法に加え,母体の恥骨に引っかかっている胎児の肩部に手を添えて旋回を助けるという手技を繰り返し行った旨明確に述べている。
同証人は,2回目の尋問において,上記のように多種多様な施術を駆使したかの如く供述しているが,前の供述内容に照らし,その変遷は著しく,いかにも不自然であり,1回目の尋問の段階で原告らが肩甲娩出術に関する過失の主張をしていなかったことを考慮しても,その変遷に合理性は見いだせない。
また,肩甲娩出が極めて困難な事例としては,大学病院におけるチーム医療の際,その一員としてWoodsのスクリュー法やShuwartz法が施行されたのを見た程度である旨の同証人の供述内容,肩甲難産に陥ってから分娩に至るまで都合46分間を要した本件の分娩経過に照らせば,多種多様な肩甲娩出術を駆使したとする上記供述それ自体も不合理である。
したがって,証人Eの2回目の供述は信用できず,被告の同主張は採用できない。」


同判決は次のとおり判示し過失行為とBの死亡との因果関係を認めました.

「5 被告病院医師の過失行為とBの死亡との因果関係について

Bの死亡の原因は肩甲難産に陥り肩甲娩出が遅延したことにあるところ,肩甲難産の周産期死亡率に照らせば,上記3,4の注意義務違反がなければ,早期に肩甲を娩出し,Bの死亡が回避された高度の蓋然性が認められる。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-23 07:22 | 医療事故・医療裁判