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分娩監視装置の記録が残っていない事案における准看護師の分娩監視義務違反 名古屋地裁平成21年6月24日判決

名古屋地裁平成21年6月24日判決(裁判長 永野圧彦)は,准看護師の分娩監視義務違反を認めた判決です.
同判決は,「午前6時15分ころ,徐脈が生じていないことが確認されているが,その後,午前7時45分ころまでの間,分娩監視装置の記録が印刷されていないことから,この間の胎児心拍数の変動について直接的に認識することはできない」事案ですが,「午前7時40分ころに既に遷延性徐脈へ移行していたところ,それに至る前の段階として,午前6時15分ころから午前7時40分ころの間のある時点に,変動一過性徐脈が生じ,持続・反復していたというべきであるから,その時点において,分娩監視に当たっていたF准看護師は,医師に対して上申・相談すべき注意義務があったというべきである。」と認定しています.
分娩監視装置の記録が残っていない事案,あるいはそもそも記録がとられてない事案における事実認定について,参考になる判決です.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「3 争点(2)(注意義務違反の有無)について
(中略)

(2) 午前6時15分ころ以降における注意義務違反

ア本件では,前記2(2)エ認定のとおり,午前6時15分ころから午前7時40分ころの間のある時点において,臍帯の圧迫により変動一過性徐脈が生じ,この臍帯の圧迫が持続し,午前7時40分ころにおいては,既に遷延性徐脈が生じていたものと認められる。

イ上記徐脈について,原告らは,F准看護師に,医師に対し,直ちに上申・相談すべき注意義務があるとともに,厳重な経過観察・分娩監視をすべき注意義務があると主張する。本件では,午前7時40分ころに既に遷延性徐脈へ移行していたところ,それに至る前の段階として,午前6時15分ころから午前7時40分ころの間のある時点に,変動一過性徐脈が生じ,持続・反復していたというべきであるから,その時点において,分娩監視に当たっていたF准看護師は,医師に対して上申・相談すべき注意義務があったというべきである。本件についてこれをみると,F准看護師は,午前7時40分ころ,スピーカーから聞こえる胎児心拍音の異常に気付いたことが認められるが,上記のとおり,午前7時40分ころよりも前の時点から,変動一過性徐脈が生じ,持続・反復していたというべきであるから,F准看護師には,分娩監視義務違反が認められる。

ウ上記認定に対し,F准看護師は,午前6時15分から午前7時40分ころまでの間,ナースステーションにおいて,モニター及びスピーカーから聞こえる胎児心拍音を聴取することで分娩監視を行っており,分娩監視は適正に行われていたと供述する。しかし,F准看護師は,分娩監視と並行して,ナースステーションにおいて,午前6時30分ころから,新生児室における授乳業務に備え,調整されたミルクを温めたり,哺乳瓶に小分けする等のミルクの準備や,ナースコールの対応,ナースステーションに訪れた患者の対応にも当たっていたことが認められ,これらの別の作業に気をとられ,モニターの監視及びスピーカーから聞こえる胎児心拍音を注意深く聴取することがおろそかになっていた可能性が十分あり,記録もなされていないのであるから,上記F准看護師の供述を採用することはできない。

エ小括
したがって,午前6時15分ころから午前7時40分ころの間のある時点において,F准看護師の分娩監視義務違反が認められる。なお,原告らが主張する医師の注意義務違反については,医師が上申・相談を受けたことを前提とする主張であるから,原告らの主張はその前提を欠くものである。」

同判決が「午前6時15分ころから午前7時40分ころの間のある時点に,変動一過性徐脈が生じ,持続・反復していた」と認定したのは,重篤な低酸素状態で出生したことについて原因不明とするにではなく,最も可能性が高い機序(臍帯圧迫)を認定したからです.
原告Aが重篤な低酸素状態で出生したことについて概ね争いはないこと,常位胎盤早期剥離等の母体の要因,臍帯脱出・臍帯巻絡の所見が認められないことから臍帯圧迫である可能性が高い,すなわち子宮の収縮に伴い,何らかの要因が重なって臍帯が原告Aの身体と子宮壁との間に挟まれた結果profound asphyxiaが生じたものと推認されるとしました.
同判決は,臍帯が圧迫されると,臍帯の血流が障害される結果,心拍数の低下を引き起こし,変動一過性徐脈が生じることからすれば,特段の事情のない限り,午前6時15分ころから午前7時40分ころの間のある時点において,変動一過性徐脈が生じ持続したと認定しました.


「2 争点(1)(本件後遺障害の原因)について

(1) 争点の所在
本件では,原告Aに低酸素性虚血性脳症が生じたこと,その結果として,脳性麻痺が生じたことについて概ね争いはないが,低酸素性虚血性脳症の発症機序について争いがある。そこで,原告Aに生じた低酸素性虚血性脳症の発症機序について検討した上で,本件後遺障害が残った原因について検討する。

(2) 低酸素性虚血性脳症の発生機序

ア低酸素性虚血性脳症の発生
原告Aの出生前後の事情として,①原告Cの妊娠経過において,特段の異常が認められなかったこと,②午前7時45分以降において70bpm台の遷延性徐脈が認められたこと,③原告Aの1分後のアプガースコアが2点であり,臍帯動脈血ガス分析の結果,phが6.889,BEが-21.1mmol/lの代謝性アシドーシスが認められたこと,④搬送先のI病院において,重症新生児仮死及び低酸素性虚血性脳症Ⅱ~Ⅲ度と診断された上,痙攣が生じたことが認められる。上記事情を総合すれば,原告Aは,分娩中において,低酸素性虚血性脳症に陥ったことが認められる。

イ脳の障害部位及び脳性麻痺の型
次に,低酸素性虚血性脳症の発症機序を検討する前提として,原告Aの脳障害部位及び脳性麻痺の型について検討する。証拠(乙A8,12,乙B7,12,27,29の1,30の1)によれば,臨床経過及び頭部MRI検査の結果からみて,原告Aの脳の障害部位は,大脳基底核・視床に存在すること,脳性麻痺の型については,痙直型とアテトーゼ型の混合型のうちアテトーゼ型が優位の型であると認められる。

ウprofound asphyxiaの発生
当事者間において,原告Aが重篤な低酸素状態で出生したことについて概ね争いはないところ,①午前7時45分ころ以降,70bpm台の高度の遷延性徐脈が認められたこと,②原告Aは,出生1分後のアプガースコアが2点であり,分娩直後に,臍帯動脈血のphが6.889,BEが-21.1mmol/lの重篤な代謝性アシドーシスが認められたことからすれば,原告Aには,profound asphyxiaが生じていたといえる。そして,証拠(乙B12,16,31)によれば,profound asphyxiaの要因として,常位胎盤早期剥離,母体心肺停止・母体ショック・子宮破裂等の母体の要因,臍帯脱出・臍帯巻絡・臍帯圧迫等の臍帯に関する要因等が存在することが認められるところ,本件では,常位胎盤早期剥離等の母体の要因,臍帯脱出・臍帯巻絡の所見は認められない。したがって,原告Aに生じたprofound asphyxiaの要因は,残った要因である臍帯圧迫である可能性が高いというべきである。すなわち,子宮の収縮に伴い,何らかの要因が重なって,臍帯が原告Aの身体と子宮壁との間に挟まれた結果,profound asphyxiaが生じたものと推認される。

エ午前6時15分ころ以降の胎児心拍数の変動
本件では,午前6時15分ころ,徐脈が生じていないことが確認されているが,その後,午前7時45分ころまでの間,分娩監視装置の記録が印刷されていないことから,この間の胎児心拍数の変動について直接的に認識することはできない。もっとも,証人F准看護師によれば,胎児心拍に異常がない場合,陣痛室のスピーカーから,歯切れの良い軽快なリズムで胎児心拍音を聴取できることが認められるところ,午前7時40分ころ,F准看護師が徐脈に気付いて陣痛室を訪室し,分娩監視装置の付け直しや,別の分娩監視装置を装着しても,なお胎児心音を明確に聴き取ることができなかったことからすると,午前7時40分ころ以降,徐脈は改善することなく継続していたというべきであるから,原告Aは,午前7時40分ころにおいて,遷延性徐脈に陥っていたとするのが相当である。そして,本件では臍帯の圧迫が起こったと推認されるところ,臍帯が圧迫されると,臍帯の血流が障害される結果,心拍数の低下を引き起こし,変動一過性徐脈が生じることからすれば,特段の事情のない限り,午前6時15分ころから午前7時40分ころの間のある時点において,変動一過性徐脈が生じ,これが持続した結果,午前7時40分ころの時点では,遷延性徐脈へ移行していたというべきである。

オ上記認定に反する証拠の検討
上記認定に対し,被告は,原告Aの大脳基底核・視床に障害が認められ,大脳動脈支配境界領域梗塞が認められないことから,変動一過性徐脈等の前兆はなく,突如としてprofound asphyxiaが生じ,F准看護師が徐脈に気付いた午前7時40分ころ,遷延性徐脈が認められたと主張する。そこで,被告が上記主張の根拠として提出する意見書等について検討し,上記特段の事情が認められるか否かを判断する。

(ア) M大学N講師の意見書(乙B12)
要旨として,大脳基底核・視床障害は,partial asphyxiaが発生して,その後にprofound asphyxiaが発生する場合だけでなく,突然profoundasphyxiaが発生しても生じるところ,臨床現場では突然profound asphyxiaが発生することが報告されており,その原因としては臍帯脱出や常位胎盤早期剥離等が考えられ,本件においてもpartial asphyxiaが発生しておらず,突然profound asphyxiaが発生した旨が記載されている。しかし,本件においては,臍帯脱出や常位胎盤早期剥離等が生じたとは認められないのであるし,上記意見書は午前7時40分ころまで胎児心拍に何らの異常所見も見られなかったことを前提としているから,本件において突然profound asphyxiaが発生したとする根拠は弱いというべきであり,上記記載内容を直ちに採用することはできない。

(イ) O病院J院長の意見書(乙B16)
要旨として,total asphyxiaが10~15分継続すれば,大脳基底核・視床障害が生じる旨が記載されている。しかし,上記記載内容は動物実験の結果を根拠とするところ,上記意見書にも記載されているように,動物実験から得られた結果は,その実験動物の種類や個体差によって相違が生じるだけでなく,人間において直ちに妥当するのかも不明と言わざるを得ない。とすれば,上記意見書の記載内容を直ちに採用することはできない。

(ウ) P病院Q医療センターRセンター長の意見書(乙B26)
要旨として,突然profound asphyxiaが生じると大脳基底核・視床障害が認められるが,partial asphyxiaが生じた後にprofound asphyxiaが生じると大脳動脈支配境界領域梗塞も生じるので,大脳動脈支配境界領域梗塞が生じていない本件では,突然profound asphyxiaが生じた旨が記載されている。上記記載内容の具体的根拠は必ずしも明らかではないが,被告の提出する文献(乙B1)にも同旨の記載があるところ,同記載はサルを用いた動物実験の結果を根拠としている。証拠(乙B9)によれば,同動物実験の結果に対しては「, total asphyxiaによりサルの胎児に起きる脳障害のパターンは,人間の周産期損傷に典型的に見られる病理学的変化とは関連がない」旨の指摘や,「人間の新生児の脳の状態と,サルの新生児の脳の状態とは,かなり差異がある」旨の指摘がなされていることが認められる。とすれば,上記意見書の上記記載内容を直ちに採用することはできないというべきである。

(エ) 被告は,羊水が混濁していなかったことも,partial asphyxiaが先行してprofound asphyxiaが生じたものではない根拠として,主張している。しかし,証拠(乙B39)によれば,胎児は低酸素症になると,迷走神経の刺激で腸管の蠕動運動が亢進し,肛門括約筋が弛緩して,胎便を漏出するため,羊水混濁の状態になるとされているが,羊水混濁が生じるメカニズムは十分解明されていないことが認められる。本件では,破水する前に胎児が重度の低酸素症になったことは明らかであるが,羊水は混濁していなかったのであり,低酸素症がどの程度継続すれば羊水が混濁するのかも明らかではない。そうすると,羊水混濁がなかったからといって,partial asphyxiaが先行していないといえるものではない。

(オ) なお,午前7時50分ころにおいて,原告Cは破水しておらず,十分な羊水量が認められたことからすると,羊水は臍帯の圧迫に対する一定の緩衝になり得たというべきであるから,臍帯巻絡の所見も認められない本件において,臍帯脱出が生じた場合のように,臍帯が突如として,急激に圧迫される事態が生じることは,直ちには想定しがたいというべきである。

カ小括
したがって,上記被告の主張を考慮しても,本件において特段の事情を認めることはできないから,本件では,午前6時15分ころから午前7時40分ころの間のある時点において,臍帯の圧迫により変動一過性徐脈が生じ,この臍帯の圧迫が持続し,午前7時40分ころにおいて,既に遷延性徐脈へ移行していた結果として,原告Aは低酸素性虚血性脳症に陥ったものと推認される。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-24 03:48 | 医療事故・医療裁判