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決定前の帝王切開術準備義務,決定後の速やかに帝王切開術を施行して娩出させる義務 横浜地裁平成19年2月28日判決

横浜地裁平成19年2月28日判決(裁判長 三木勇次)は,事案を仔細に検討し,帝王切開決定前の速やかに帝王切開術に着手できるように直ちにその準備に着手する注意義務と帝王切開決定後の緊急帝王切開術を行うことを決定してから速やかに帝王切開術を施行して娩出させる注意義務を認めました.
同判決は,「今後の経過観察等により胎児が危険な状態にあると判断される際に,速やかに帝王切開術に着手できるように直ちにその準備に着手する義務があるのに,これを怠った過失がある」,「被告病院は午後9時45分ころ緊急帝王切開術を行うことを決定してから速やかに帝王切開術を施行して原告Aを娩出させる義務があると認められる。ところが,被告病院は,午後9時45分ころの緊急帝王切開術の決定後から初めて帝王切開の準備に着手したため,夜間に小児科医,麻酔科医,産婦人科医,手術室看護師を呼び出すのに時間を要し,午後11時1分ころに原告Aを娩出させるまでに約1時間16分を要したというものであるが,これは遅きに失したものというほかなく,被告には,上記の緊急帝王切開術決定後に速やかに帝王切開術を施行して原告Aを娩出させる義務に違反する過失があるというべきである。」と判示しました.
産科ガイドライン前の平成9年(1997年)の事案ですが,参考になります.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「4 争点(2)(被告病院医師に,平成9年2月24日午後8時35分又は午後9時の段階で,帝王切開術の準備をすべき注意義務を怠った過失があるか)について原告らは,同日午後8時35分又は午後9時の段階で,帝王切開術の準備をすべき注意義務を怠った過失があると主張するので,この点について判断する。

(中略)

(2) 次に,平成9年2月24日午後9時の段階で,帝王切開術の準備をすべき注意義務を怠った過失があるかを検討する。前記3(2)に認定のとおり,同日午後9時ころ生じた徐脈は遅発一過性徐脈であることが疑われるものである。前記2認定のとおり,遅発一過性徐脈は胎児心泊数の低下が子宮収縮より遅れて始まり,心拍数の最下点は子宮収縮のピークより遅れ,徐脈からの回復も子宮収縮の終了より遅れるものをいう。これが1回でも出現したら胎児はその時には一時的に低酸素症に陥っていると判断され,遅発一過性徐脈が繰り返し発生した場合には30分以内に胎児の娩出を図らないと予後が悪いといわれている。さらに,遅発一過性徐脈が生じた時に基線細変動が低下あるいは消失している場合は一般的に胎児の低酸素状態が重症であると判断されうる所見であり,したがって,基線細変動の状態が遅発一過性徐脈の重症度を左右すると考えてよいとされている。同日午後9時ころ生じた徐脈の波形は上記の特徴にほぼ合致するものであり(乙A6),遅発一過性徐脈であることが高度に疑われるものである。これに,上記3(1)認定の基線細変動の減少及び午後8時35分ころ胎児心拍数が90bpmに急激に低下した後160bpmに回復した後に基線細変動は5bpm以下に減少し,午後8時45分ころ20bpm程度に回復した経過を考慮すると,胎児の状態は重症である可能性があり予断を許さないものといえる。なお,乙A9には,午後9時ころの分娩監視装置の記録から胎児心拍基線の細変動には異常がないと判断された旨の記載があり,G証人の証言中にも同旨の供述がある。しかし,午後8時35分ころまでの基線細変動の減少だけでは臨床上有意な所見とまではいえないとしても,午後8時35分ころの胎児心拍数の低下以後の上記の基線細変動の減少及び回復並びに前記1認定のとおり午後9時10分以後の高度・脈と基線細変動の減少が約30分にわたり継続していることからすると,乙A9の上記記載及びG証人の上記供述を採用することはできない。ところで,前記1(2)イの認定事実によれば,被告病院では,平成9年当時の人的体制では夜間に緊急帝王切開術を施行する場合に帝王切開術決定から児の娩出まで平均約1時間20分を要していたというのであり,被告病院の医師は当時このことを了知していたことが認められる(乙A8,9,G証人)。これらのことからすると,被告病院の医師としては,同日午後9時ころの段階において,今後の急速遂娩の可能性を予測し,胎児心拍数図を経過観察すること等により,胎児が危険な状態にあると判断される際には速やかに帝王切開術に着手できるように,直ちにその準備に着手する義務があるというべきである。ところが,前記1の分娩経過に関する認定事実によれば,G医師は,助産師より同日午後9時ころの徐脈の出現の報告を受けて原告Cを内診し,原告Cの陣痛状況,内診結果からすると経膣分娩までに時間が必要であり,急速遂娩が必要になるときには帝王切開が必要になると考えて,カルテにダブルセットアップの記載をしたが,上記記載は禁飲食にするという意味であり,実際に帝王切開術に備えて麻酔科医師や手術室看護師に連絡して招集する準備をすることを意味するものではなかったというのであり,G医師は禁飲食と血管を確保してブドウ糖の点滴をすることを指示したに過ぎないことが認められる。そうすると,G医師は,同日午後9時ころの段階において,今後の経過観察等により胎児が危険な状態にあると判断される際に,速やかに帝王切開術に着手できるように直ちにその準備に着手する義務があるのに,これを怠った過失があるというほかない。

(3) これに対し,被告は,G医師は,同日午後9時ころの徐脈により経膣分娩又は帝王切開を考えて経過観察とし,禁飲食を指示しており,同日午後9時40分ころの徐脈により帝王切開を決定し,直ちに帝王切開決定に向けた準備を迅速に行い,同日午後11時1分に児娩出となっており,帝王切開術の準備が遅れたことはない旨を主張する。しかし,同日午後9時ころに禁飲食を指示しただけでは,その後の経過観察等により胎児が危険な状態にあると判断される際に即時に帝王切開術に着手することができないことは明らかである。実際にも,G医師は同日午後9時40分ころの徐脈により帝王切開を決定したが同日午後11時1分の児娩出まで約1時間20分を要しているのであり,遅発一過性徐脈が繰り返し発生した場合には30分以内に胎児の娩出を図らないと予後が悪いといわれていることからすると,上記の実際の所要時間は是認できるものではない。G医師に帝王切開術の準備が遅れたことはないということはできず,被告の上記主張は採用することができない。

(4) なお,乙B5(I大学医学部産婦人科教授J作成のE病院症例に対する見解と題する書面)(以下「J意見書」という。)中には,「本件においては,分娩経過中も分娩監視装置による胎児の持続的な監視がなされており,二回目の児心音の低下が認められたときにダブルセットアップ(経膣分娩か帝王切開のいずれかの方法をとること)とし,注意深い観察がなされている。その後の帝王切開の実施,新生児の処置に関しては夜間にも拘わらず適切に遂行されているものと考えられる。従って,本件の当該病院の一連の分娩児の処置については,特に問題を見いだすことはできない。」との記載がある。しかし,前記1の分娩経過に関する認定事実によれば,G医師は,午後9時40分ころの徐脈により禁飲食を指示した後,午後9時40分ころに約2分間60bpmに低下する一過性徐脈が出現したことを助産師から報告されるまで,同医師が自ら分娩監視装置による監視をしていたことは認められず,午後9時10分以後の高度・脈と基線細変動の減少が約30分にわたり継続しているにもかかわらず,助産師からG医師にその報告がなされたことも認められないのであるから,被告病院がその間に注意深い観察をしているとはいえないはずである。さらに,本件において帝王切開の決定から児の娩出まで約1時間20分を要したにもかかわず,これが適切に処理されているとする理由も不明であり,J意見書の上記記載を採用することはできない。」

5 争点(3)(被告病院医師に,平成9年2月24日午後9時40分に帝王切開術の決定後30分以内に帝王切開術を実施して原告Aを娩出させる義務を怠った過失があるか)について原告は,同日午後9時40分に帝王切開術の決定後30分以内に帝王切開術を実施して原告Aを娩出させる義務を怠った過失があると主張するので,この点について判断する。

(1) 前記1の分娩経過に関する認定事実によれば,午後9時ころに約2分間にわたり80bpmに低下する徐脈が出現して助産師が体位変換をさせた後一時分娩監視装置の記録が中断し,午後9時10分から記録が再開され,胎児心拍数が200bpm前後から180bpm程度となり,基線細変動が5bpm以下に減少する状態が約30分間にわたり継続した後,午後9時40分ころ胎児心拍数が約2分間60bpmに低下する一過性徐脈が出現し,助産師から報告を受けたG医師はこれを遅発一過性徐脈と判断し,酸素投与を指示したこと,G医師は胎児仮死を疑い,午後9時ころの徐脈が遅発一過性徐脈である可能性があることからすると,遅発一過性徐脈が反復したことになる上に今回は高度遅発一過性徐脈であるため,午後9時45分ころ緊急帝王切開術を行うことを決定したこと,その後,助産師らが,小児科医,麻酔科医,産婦人科医,手術室看護師を呼び出し,午後10時30分ころ原告Cが手術室に入室して麻酔が開始され,午後10時53分ころ帝王切開術が施行され,午後11時1分ころ原告Aが娩出されたことが認められる。前記2の認定事実によれば,胎児ジストレスと診断する胎児心拍数図のパターンとして,・高度徐脈,・遅発一過性徐脈,・基線細変動の消失が挙げられており,胎児心拍数基線が・脈を示しているとき,それに基線細変動の低下や消失と遅発一過性徐脈の両者の所見が加わったら,胎児はかなりな胎児ジストレスの状態にあるので,緊急の急速遂娩術が必要とされているというのであるから,午後9時10分以後の高度・脈と基線細変動の減少が約30分にわたり継続した後の午後9時40分ころに高度遅発一過性徐脈が出現した時点では,一刻も早く緊急に帝王切開術を施行して児を娩出させることが必要であることは明らかであり,被告病院は午後9時45分ころ緊急帝王切開術を行うことを決定してから速やかに帝王切開術を施行して原告Aを娩出させる義務があると認められる。ところが,被告病院は,午後9時45分ころの緊急帝王切開術の決定後から初めて帝王切開の準備に着手したため,夜間に小児科医,麻酔科医,産婦人科医,手術室看護師を呼び出すのに時間を要し,午後11時1分ころに原告Aを娩出させるまでに約1時間16分を要したというものであるが,これは遅きに失したものというほかなく,被告には,上記の緊急帝王切開術決定後に速やかに帝王切開術を施行して原告Aを娩出させる義務に違反する過失があるというべきである。

(2) これに対し,被告は,①麻酔科医,手術室看護師等が常駐していない被告病院の診療態勢のもとでは,夜間は通常時間帯の場合より長時間を要することになること,②被告病院における夜間の帝王切開決定から娩出までの所要時間は平均1時間20分であり,本件で要した時間は平均的所要時間であり不当な長時間を要したということはないこと及び③一般病院においても帝王切開決定から児娩出まで1時間以内に行うことには大きな制約があることを主張する。しかし,①急速遂娩である帝王切開術が可及的速やかに児を娩出させるために行われるものであることからすれば,帝王切開が決定されてから児の娩出までに要する時間はできるだけ短くしなければならないのは当然であり,被告病院の平均時間が1時間20分であり,一般病院においても1時間以内に行うことに大きな制約があるとしても,それは医療慣行に過ぎずこのような医療慣行に従ったからといって,被告の過失が否定されるということはできない。また,②麻酔科医や手術室看護師が常駐していない被告病院の態勢の下でも,前記4に判断したとおり,今後の急速遂娩の可能性を予測した午後9時の時点で麻酔科医等に連絡を取るなどして胎児が危険な状態にあると判断される際には速やかに帝王切開術に着手できるように直ちにその準備をしておけば,帝王切開術の決定から胎児娩出まで1時間16分も要することなく速やかに行うことが十分可能であったのであるから,被告の上記主張は採用することができない。

(3) なお,G証人は,本件胎児心拍数図から判断できる胎児の状態はそれほど重篤なものではなく,胎児の状態が悪くなければ1時間,2時間遅れても何も起きないと証言する。しかし,G医師の上記証言は,要するに本件においては胎児の状態が重篤なものではなく緊急性がなかったのだから緊急帝王切開術の決定から娩出までの時間に1時間以上要したとしても相当な時間の範囲内であるということと解されるが,G医師自身が午後9時ころに出現した一過性徐脈は午後8時35分ころに生じた早発一過性徐脈とは明らかに違うものであって今後緊急帝王切開術になり得ることを認識し,更に午後9時ころ出現した一過性徐脈に加えて午後9時40分ころに遅発一過性徐脈が出現したことから胎児仮死が生じている可能性を判断して緊急帝王切開術を決定していることからすれば,午後9時ころと午後9時40分ころに現れた一過性徐脈は緊急帝王切開術を決定すべき胎児ジストレスの所見であったと認められる。よって,緊急帝王切開術が適応となる胎児ジストレスを示す所見があった以上,本件における胎児の状態に緊急性がなかったとはいえない。」

また,同判決は因果関係も認めました.

「6 争点(4)(上記(1)(2)(3)の被告病院医師の過失と原告Aの後遺障害との因果関係の有無)について

(1) 証拠(甲A2ないし6,乙A1,3ないし9,乙B5,G証人)によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告Cは,平成9年2月24日,被告病院に入院する際,感染予防のために抗生剤の投与を受け,また,同日午後9時,原告Cの体温は37.3℃であり,その他感染症を疑わせる徴候は認められなかった。

イ 被告病院医師らは,妊娠経過中の原告C及び胎児に合併症等の異常を特段認めていなかった。

ウ 原告Aは,出生時,あえぎ呼吸のみ,心拍数100以下,全身蒼白で筋緊張なく,胎便が羊水を混濁していることが明らかであったため,直ちに気管内挿管がされて胎便が混入した羊水が吸引された。また,人工呼吸器が装着された。

エ 出生後すぐに胸部X線によって原告Aに呼吸不全があることが確認され,また,胎盤に石灰が沈着していることが認められた。なお,診療録等の本件診療に係る記録中に,原告Aの臍帯動脈のpHを測定したこと及びその値についての記載は存しない。

オ 原告Aの出生から1分後のアプガールスコアは2点,5分後のアプガールスコアは3点であった。(なお,被告病院の診療録中には,原告Cの看護記録中に「AP3/5」(乙A3・74頁),小児科退院時要約に「APGAR 3」(乙A4・8頁,乙A5・6頁),新生児未熟児連絡票に「Apgar Score 1分3点,5分5点」(乙A5・3頁)との記載があり,これらは,1分後のアプガースコアが3,5分後のアプガールスコアが5であった旨の記載と解することができる。しかし,実際に原告Aを娩出させたHはアプガールスコアを「2/3」と記載し(乙A1・9頁),原告Cの退院時の看護要約が「3/5」を訂正して「2/3」としていること(乙A1・11頁),原告Aの入院診療録中に「APGAR」「心音1 or 2」「あえぎ呼吸1」(乙A5・8頁)とする記載があり,これは心音を1点若しくは2点と評価したものといえるが,上記のとおり原告Aは出生時心拍数100以下であるから1点と評価すべきこと,乙A8,9の各記載及びG証人の証言を総合すると,1分後のアプガールスコアを3,5分後のアプガールスコアを5とする上記各記載を採用することはできず,原告Aの出生から1分後のアプガールスコアは2点,5分後のアプガールスコアは3点であったと認定できる。)

カ 原告Aは,出生後,新生児仮死・胎便吸引症候群と診断された。原告Aに対し,同日午後11時35分にメイロンが,午後11時40分にラシックスとK2がそれぞれ投与された。原告Aに対し,同日午後11時41分,血液ガス分析が行われたが,結果は,pHが7.062,PCO2が66.8mmHg,PO2が49.9mmHg,BEが-13.0mmol/lであった。なお,pHは7.38から7.46が,PCO2は32から46mmHgが,PO2は74から108mmHgが,BEは-2から2が,それぞれ基準値である。

キ 原告Aは,重症仮死,胎便吸引症候群により,呼吸・全身状態管理が必要であったため,同月25日午前0時40分ころ,L 病院へ転院した。

ク  原告Aは,同日,L 病院に入院し,重症新生児仮死として,急性期治療が開始された。

ケ  同年5月4日,L 病院から,原告Cが娩出した胎盤についての組織検査結果が報告され,同報告書には,「胎児血管の内膜肥厚の著明な臍帯炎あり」「胎児面では血管内皮肥厚により血管腔の狭さくを来している」というコメントが付されていた。

コ  原告Aは,同月28日,L 病院を退院した。原告Aは,退院時,①新生児仮死,②呼吸窮迫症候群,③低酸素性脳症,④早期乳児てんかん性脳症と診断され,1日2回から3回,多いときで3回から4回の持続時間10秒から20秒の痙攣がみられた。

サ  L 病院のK医師は,平成10年3月9日,原告Aについて,障害名を痙性四肢麻痺,原因となった疾病・外傷名を低酸素性虚血性脳症とし,総合所見を周産期仮死による低酸素性虚血性脳症,皮質化軟化症,痙性四肢麻痺,その他参考となる合併症を発達遅滞,てんかんとする診断をし,痙性四肢麻痺のため身体コントロール不能により身体障害者程度等級1級に該当するとの意見書(甲A6)を作成した。

(2) 上記(1)の認定事実に前記2(1)(2)で認定した事実を総合すれば,原告Aの分娩中には高度頻脈と基線細変動の減少が約30分間にわたり継続した上に,高度の遅発一過性徐脈が生じていて,原告Aは胎便を吸引しており,出生後の検査でアシドーシスに陥っていることが確認されており,1分後のアプガールスコアは2点,5分後のアプガールスコアは3点であったことからすると,原告Aは出生前に母体内で低酸素状態・アシドーシスの状態にあり,それが原因となって出生後に重度の新生児仮死となったものと認められる。そして,原告Aの症状固定時の病態は周産期仮死による低酸素性虚血性脳症,痙性四肢麻痺等であり,これは分娩中の低酸素状態やアシドーシス状態に起因するものであって,母体内の原告Aに低酸素状態,アシドーシスが生じていたにもかかわらず,児の娩出が速やかにされなかったことにより,原告Aの上記後遺障害が生じたものと認めるのが相当である。したがって,被告病院医師がより早期に帝王切開術を施行して原告Aを娩出していれば,原告Aに低酸素性虚血性脳症を発生させず,原告Aの負った痙性四肢麻痺障害,発達遅滞,てんかんの後遺障害を発生させなかった高度の蓋然性があると認められる。

(3) もっとも,①被告は,本件において帝王切開術を決定した要因となった高度徐脈は新生児重症仮死を引き起こすほどのものとは考えられず,原告Aに低酸素脳症が発症したのは分娩前から感染等の炎症が臍帯及び胎児に発症したことによって慢性的な低酸素状態が存在していたことが原因である可能性が高いと主張し,F医師作成の陳述書(乙A8)中には同旨の記載がある。また,②J意見書(乙B5)中には,「もともと何らかの中枢神経異常をもつ胎児は,低酸素症に陥りやすいこと,また低酸素を介さずに胎児心拍数パターンに異常を来す可能性もある。本件の場合,分娩前からの子宮内の慢性的な炎症により,その結果として胎児に何らかの中枢神経異常を来したものと推定される。」との記載があり,さらに,③J意見書中には,脳性麻痺が分娩時の低酸素血症を原因とするというためには米国産婦人科学会の基準を満たしている必要があるが,原告Aの5分後のアプガールスコアが5点であって3点以下ではないこと及び原告Aの臍帯動脈血のpHが7.0以下であることが否定的であることをもって,原告Aの脳性麻痺は低酸素血症を原因とするといえない旨の記載がある。しかし,① L 病院の病理組織診断の結果では,確かに胎盤に臍帯炎があり血管内皮肥厚により血管腔が狭窄していたことが認められるが,妊娠経過中に原告C及び胎児に特段の異常は認められておらず,本件全証拠によっても胎盤異常の原因及び発生時期等に関する具体的な事実は不明であり,分娩前から胎盤に異常が発生していたと確定的に認めることは困難である。また,②胎盤異常の原因・発生時期は不明であって,胎児期に原告Aに中枢神経異常があったことを認めるに足りる証拠はないし,原告Aが分娩時に母体内で低酸素状態に置かれていたことは上記(2)に認定したとおりである。さらに,③5分後のアプガールスコアについては,前記(1)オに認定のとおり,3点であったと認められることからすると,原告Aの5分後のアプガールスコアが5点であって3点以下ではないことを根拠として,原告Aの脳性麻痺が低酸素血症を原因とするといえないとするJ意見書の上記記載部分は採用することができない。また,pHについては,J意見書は原告Aの血液ガス分析のpHが7.062であることから臍帯動脈のpHが7.0以下ではなかったとするが,そもそも血液ガス分析が行われたのは原告Aの出生後であり,上記(1)に認定のとおり,出生後すぐに原告Aに対し呼吸等の改善のための処置が行われていることからすると,原告Aの臍帯動脈のpHが原告Aの血液ガス分析のpHの値よりも低かった可能性が十分あり得るのであり,原告Aの上記血液ガス分析の結果をもって臍帯動脈のpHが7.0以下ではなかったと認めることはできないから,J意見書中の上記記載部分を採用することはできない。なお,その他に,J意見書中には,低酸素脳症が脳性麻痺の原因とされる症例が全体の約12%であり,大半の症例は分娩時ではなく,分娩前,胎児期の異常に原因が求められるとの記載があるが,上記事情は,単に脳性麻痺の原因に低酸素脳症が占める割合を示す統計に過ぎず,本件における上記の因果関係の認定を左右するものではない。

(4) したがって,被告の債務不履行又は不法行為と原告Aの負った後遺障害との間には因果関係が認められる。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-01-28 17:27 | 医療事故・医療裁判