弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

新生児B群溶連菌感染症における観察義務及び転医義務違反 仙台地裁平成14年12月12日判決

仙台地裁平成14年12月12日判決(裁判長 市川正巳)は,新生児における観察義務及び転医義務違反を認め,B群溶連菌感染症について「発症後早期に治療を開始すれば,死亡率及び後遺症残存率は低下すること,在胎週が多く出生時体重が重いほど,死亡率及び後遺症残存率は低下すること,時代とともにGBSに対する研究が進み,抗生剤の使用方法等も進歩していることが認められるところであり,これらの点を考慮すると,前記認定のとおり,37週5日,体重2630グラムで平成11年に出生した原告が7月4日の午前から抗生剤投与等の治療を受け,かつ,早期にNICUに転医されていれば,本件で生じた重度の後遺症は残らなかったものと推認すべきである」と認定しました.
新生児における観察義務及び転医義務違反について参考となる裁判例です。
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「(2) 被告の観察義務及び転医義務違反

ア 前記2に認定の事実によれば,
① Bは,5月22日に破水しており,
② 原告には,7月4日午前11時に哺乳力不良の症状があり,
③ 遅くとも同日午後1時には,CRP2+との検査結果が出ており,
④ さらに,同日午後1時50分には,原告にけいれん症状が出現していた
ものである。
これらの事実によれば,被告が7月4日午前11時30分前に原告が哺乳不良の報告を受け,Bの妊娠経過を検討し,かつ,原告の症状を注意深く観察していれば,同日午前11時30分には,原告が敗血症に罹患しているのではないかとの疑いを持つことができ,遅くとも同日午後1時50分には相当程度の確実性をもって敗血症と診断することができたものと認められる。

イ ところが,前記2に認定の事実によれば,被告は,原告の症状の観察を怠り,同日午後3時ころまで原告が敗血症に罹患していることに気付かず,午後3時ころになって原告の症状に気付き,あわてて抗生剤の投与等を開始したが,症状が改善せず,やむなく同日午後5時40分ころ,NICUの探索を医大に依頼したものといわざるを得ない。

ウ よって,被告は,観察義務及び転医義務違反によって原告に生じた損害を賠償する義務がある。」


同判決は,因果関係についても次のとおり認めました.

「(2) 適切な治療の点
被告は,別表のとおり,原告の敗血症,髄膜炎及びショックに対する適切な治療を行ったから,原告の後遺症と被告の過失との間に因果関係はない旨主張する。
しかしながら,被告が適切な治療を適時に行ったものではないことは,前記2に認定のとおりであるから,被告のこの点の主張は,前提を欠き,その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(3) 予後の点

ア 被告は,原告の罹患した早発型敗血症は,その致死率が50~85%と非常に高く,また,新生児髄膜炎は,神経学的後遺症が20~50%の割合で発症するなど,予後が非常に悪いから,被告が観察義務及び転医義務を尽くしたとしても,原告の後遺症の発症を避けることはできなかった旨主張する。

イ 確かに,次の事実が認められる。

(ア) 乙A5添付の「新生児敗血症」メルクマニュアル(2002年)には,早発型敗血症の全般的死亡率は15~50%(GBS感染症のそれは50~85%)と記載されている。

(イ) 乙B1(勝又大助ら「新生児管理」周産期医学24巻増刊号95頁(1994年))には,GBS感染症のうち早発型の予後(死亡率)は不良(50%)と記載されている。

(ウ) 乙B2(安次嶺馨「敗血症,髄膜炎」周産期医学27巻増刊号533
頁(1997年))には,死亡率は敗血症で10~20%,髄膜炎で20~30%,髄膜炎では生存者の20~50%に神経学的後遺症を残す旨記載している。

ウ これに対し,次の論文等が存在する。

(ア) 甲46(内田章「B群溶連菌(GBS)感染症」小児科診療2002年3号477頁)は,保科清ほか「最近のB群溶血性レンサ球菌感染症の動向」新生児誌37号11~17頁(2001年)に基づき,新生児GBS感染症の予後は,早発型で死亡11.0%,後遺症残存5.8%である旨記載している。

(イ) 甲49(中村和洋ら「新生児期における早発型B群溶連菌感染症12症例の臨床的検討」広島医学50巻11号965頁(1997年))は,平成元年4月から平成9年3月までの症例で,血液培養検査等でGBSが証明された症例のうち,生後1週間以内に発症した12症例に基づき,12症例のうち,9症例は後遺症なく治癒し,2例は死亡し,1例は脳室周囲白質軟化症を合併したこと,死亡した2例は在胎28週1100グラムで出生し,肺出血を合併した例及び34週2025グラムで出生し,発症後急速に呼吸停止,ショックを来した例であることを記載している。

(ウ) 甲50(阿座上才紀ら「新生児B群溶連菌感染症19例の検討」獨協医誌9巻1号195頁(1994年))は,平成3年4月までの症例のうち,敗血症が認められた11例に基づき,発症後早期(10時間以内)に治療開始した例は後遺症を残さずに治癒した例が多かったと指摘している。また,表2(198頁)によれば,11例のうち,死亡又は神経学的後遺症を残した5例のうち,3例は出生時体重が1870グラム,1070グラム,1700グラムであり,他の2例は,出生時体重が3000グラムを超えているものの,治療開始までに18時間,26時間経過していることが認められる。

(エ) 甲42(山南貞夫「新生児B群溶連菌感染症」小児内科29巻増刊号1257頁(1997年))は,施設によって異なると思われるが,最近の文献を集約すると,新生児GBS感染症全体の死亡率は約15%で,早発型での死亡率は約20%となり,早産児であるほど死亡率も後遺症を残す率も高い,遅発型の死亡率は5%程度であるが,髄膜炎合併例で生存した児の15%に重度の障害が残るとまとめている。
エ 被告が指摘する前記イの文献は,総説的なものであり,その根拠を一々挙げることをしていないが,原告が指摘する前記ウの文献は,具体的症例に基づき,より詳細な検討しているものである。
前記ウの文献及び弁論の全趣旨によれば,発症後早期に治療を開始すれば,死亡率及び後遺症残存率は低下すること,在胎週が多く出生時体重が重いほど,死亡率及び後遺症残存率は低下すること,時代とともにGBSに対する研究が進み,抗生剤の使用方法等も進歩していることが認められるところであり,これらの点を考慮すると,前記認定のとおり,37週5日,体重2630グラムで平成11年に出生した原告が7月4日の午前から抗生剤投与等の治療を受け,かつ,早期にNICUに転医されていれば,本件で生じた重度の後遺症は残らなかったものと推認すべきである。

オ よって,被告の観察義務及び転医義務違反の行為と原告の後遺症との間には,因果関係がある。」



早発型 GBS (group‌B‌streptococcus B 群溶連菌)感染症の発症率は1 ~ 2%程度あります.

「産婦人科診療ガイドライン産科編2020」の「CQ603 正期産新生児の早発型 B 群溶血性レンサ球菌(GBS)感染症を予防するためには?」には,次の記述があります.
「Answer
1.以下の方法で GBS 保菌を確認する.
1)妊娠 35~37 週に GBS 培養検査を行う.(B)
2)検体は腟入口部ならびに肛門から採取する.(C)
2.‌‌以下の妊産婦の経腟分娩中あるいは前期破水後,新生児の感染を予防するためにペニシリン系などの抗菌薬を点滴静注する.(B)
1)Answer1 で GBS が同定
2)前児が GBS 感染症
3)今回妊娠中の尿培養で GBS 検出
4)‌‌GBS 保菌状態不明で,破水後 18 時間以上経過,または 38.0 度以上の発熱あり」

谷直樹

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by medical-law | 2022-01-29 11:21 | 医療事故・医療裁判