弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

頸管無力症でないのに頸管縫縮術を実施し子宮内感染に罹患させた過失 広島地裁平成16年12月21日

広島地裁平成16年12月21日(裁判長 能勢顯男)は,「原告Cが先天的にも後天的にも頸管無力症であったと診断することは不適切であるから,原告Cには第1回目の頸管縫縮術施術当時に同手術の手術適応はなかったといえる。したがって,E医師は,出血や子宮収縮等の早産傾向のあった原告Cを安静にした上,子宮収縮抑制剤の投与等の早産防止治療を施しつつ経過観察すべきであった。ところが,E医師は,原告Cが頸管無力症であると誤診し,手術適応がないにもかかわらず頸管縫縮術を実施し,後述のとおり,原告Cをして頸管縫縮術の合併症である子宮内感染に罹患させたのであって,この点で過失がある」と認定しました.
管無力症とは「外出血や子宮収縮などの切迫流早産徴候を自覚しないにもかかわらず子宮口が開大し,胎胞が形成されてくる状態」をいいますが,現在も明確な診断基準はありません.そのようななかで頸管縫縮術の手術適応を否定した同判決は参考になります.明確な基準はないが,行ってはいけないことはあります.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

(1) 頸管無力症の存否及び1回目の頸管縫縮術の適否について

ア 前記のとおり,原告Cの第1子の分娩の経過として,子宮収縮が自覚又は他覚されていたこと,平成3年12月20日妊娠34週1日の時点で子宮頸管は閉鎖していたこと,同月28日の内診でも子宮緊満,下腹部緊満感との症状がありながらも子宮口は閉鎖していたこと,妊娠37週の平成4年1月11日,自然破水し,午後11時40分の内診によって子宮口3指開大と診断され,翌12日午前2時に子宮口全開大,2時30分排臨,2時46分吸引によって2900gの児を正常分娩したこと,分娩まで著しい子宮口の開大が見られなかったことが認められる。
上記の臨床経過では,先天性頸管無力症に特徴的に見られる症状や所見,すなわち妊娠中期(妊娠13~28週未満)に明確な子宮収縮の自覚がなく内子宮口が2cm以上(1指程度)開大し,卵膜が膨隆して破水から早産に至るという臨床所見が全く窺われず,この点にかんがみれば,原告Cが先天的な頸管無力症であったとの診断は失当であり(鑑定:鑑定書4頁),これを前提として頸管縫縮術が必要であったとする被告Dの主張は到底採用できない。

イ 後天的な頸管無力症の診断については,2回目の妊娠以前に子宮頸管に本症を引き起こすほどの損傷を受けていたか,2回目の妊娠において頸管無力症の特徴を示す所見や症状があるかが重要である(鑑定:鑑定書4頁)ところ,前者の点については,原告Cが第1子出産の際,頸管無力症を引き起こすほどの頸管裂傷を負った事実は証拠上窺われず,被告Dもこの点を特に争っていない。
次に,後者の点については,前記認定のとおり,E医師は,第1子の出産において,①分娩が予定日より2週間早い38週であったこと,②早産傾向があり,妊娠35ないし37週の間,切迫早産のため2週間入院したこと,本件の出産において,③子宮口が1指開大していたこと,④出血があったこと,⑤頸管が3cm程度に短縮し,著しく軟化していたことの各所見を根拠として,平成5年9月21日(妊娠17週5日),原告Cに頸管縫縮術の適応があると診断した。
しかし,第1子出産に関する上記①及び②の所見は,むしろ頸管無力症診断とは矛盾するものである(鑑定:鑑定書5頁)。
上記③の所見についてみると,E医師の内診をした当時の認識が内子宮口の開大であったのか,それとも外子宮口のそれであったのか,必ずしも明らかでないが,E医師が9月21日に胎盤低位着床であると診断したことからすれば,E医師が内子宮口まで届くほどの内診を行ったとは考え難い(鑑定書5頁)から,上記所見は外子宮口の開大であったものと推認される。そして,経膣分娩を経験した経産婦について妊娠17週という時期に上記の程度の開大があっても,これを異常ということはできず(鑑定書5頁),むろん頸管無力症の診断根拠とすることもできない。
もっとも,仮に内子宮口が1指開大していたとしても,原告Cはこの時期に子宮収縮を自覚していた上,第1回の頸管縫縮術後も下腹部痛を訴え,子宮収縮を自覚していたことが窺えること,出血があったことからすると,上記開大は,子宮収縮を伴う切迫早産による子宮口開大であるとみることが可能である。また,内診や超音波検査による頸管長の変化等の客観的所見,子宮収縮と内子宮口の変化に関する詳細な記録がなく,E医師が9月21日から第1回手術日である同月29日までの間に,頸管長の変化等を詳細に観察していたことは窺えない。したがって,上記内子宮口の開大があったことを根拠として,頸管無力症との確定診断をしたのは誤りであるというほかない。
上記⑤の所見については,E医師は,9月21日時点での原告Cの頸管は約3cmであり,これは正常妊婦の30ないし40%の長さに短縮しており,頸管の軟化も著しかった旨供述する。しかし,頸管長が約3cmであったことを裏付ける証拠はない(上記供述によっても,内診による診断か,あるいは,超音波検査による診断かさえ明らかではなく,診療録上,内診や超音波検査による頸管長の変化の記録もない。)から,この点に関する同供述はたやすく信用できない。また,仮に頸管長が約3cmであったとしても,それが異常であるとまではいえない(乙6)。頸管の軟化については,カルテの9月21日の欄には同旨の記載はなく,E医師のこの点に関する供述もにわかに信用することができない。
もっとも,前記のとおり,第1回目の頸管縫縮術において,E医師は,2度にわたり縫縮に失敗し,3度目に有効な縫縮をしたことが認められ,被告Dは,このように縫縮に手間取った事実は頸管が著しく短縮し,かつ,著しく軟化していたことを裏付けるものである旨主張する。しかし,前記のとおり,これに沿うE医師の供述をにわかに信用することはできないばかりか,頸管が3cm程度であったとしても,それは異常に短縮していたとはいえないこと,後膣円蓋がめくり込んでいたことが縫縮に手間取った一因であると認められること等からすれば,上記の縫縮に手間取ったとの事実から頸管無力症と診断すべき程度の頸管の短縮や軟化があったと認定するのは困難である。したがって,被告Dの上記主張は採用できない。
以上によれば,原告Cが後天的な頸管無力症であったとの診断は不適切なものであったというべきである。

ウ 上記ア及びイで判示したところからすれば,原告Cが先天的にも後天的にも頸管無力症であったと診断することは不適切であるから,原告Cには第1回目の頸管縫縮術施術当時に同手術の手術適応はなかったといえる。したがって,E医師は,出血や子宮収縮等の早産傾向のあった原告Cを安静にした上,子宮収縮抑制剤の投与等の早産防止治療を施しつつ経過観察すべきであった。ところが,E医師は,原告Cが頸管無力症であると誤診し,手術適応がないにもかかわらず頸管縫縮術を実施し,後述のとおり,原告Cをして頸管縫縮術の合併症である子宮内感染に罹患させたのであって,この点で過失があるといえる。

(2) 2回目の頸管縫縮術の適否について

ア 前記認定の事実及び鑑定の結果によれば,下記のとおり判断することができる。
(ア) 原告Cの体温は,10月20日(妊娠21週6日)の入院時には,37.2度,その後第2回目の頸管縫縮術がなされた同月27日まで概ね37度を超える体温であり,これを超えない場合も37度に近い体温であったこと,一般に発熱とは腋窩で37度以上をいい,しかも,原告Cは毎日解熱剤であるフェニタレンの投与を受けていたことからすれば,原告Cはこの間発熱が継続した状態であったといえる。また,一般に,胎児心拍数基線の正常範囲は120bpmから160bpmとされるが,本件の場合,10月23日には,胎児心拍数基線が持続的にほぼ上限である160bpmを示し,その後も基線がほぼ160bpmを推移し大きく下がることはなかったことからすれば,胎児頻脈の傾向があったといえる。このことは,胎児又は母体に何らかの異常があったことを疑わせる。

(イ) 原告Cは,10月20日の入院時に,「前日の昼から下腹部痛が増強し,褐色漿液性の分泌物がある。」旨訴え,同月22日にも同様の訴えをし,同日の看護記録には「尿?羊水?Dr見せる」との記載があり,同月24日には「少量の漿液性のおりもの」があったとの記載もあることからすれば,当時,高位破水があった可能性がある(この点について,被告Dは,漿液性の帯下は羊水ではなく1回目の頸管縫縮術の糸がこすれた分泌液である旨主張する。しかし,羊水であることを除外する診察所見や検査結果は記録上認められず,羊水でないとする根拠は明らかでない。)。

(ウ) 11月2日,3日には,原告Cは連日フェニタレンの投与を受けていたにもかかわらず,38度を超える発熱があり,同月4日にも37.5度の発熱があった。胎児心拍数については,11月3日には心拍数基線が160bpm以上であって頻脈は明らかであり,断続的に170bpm,ときには180bpmまで上昇した。同月4日も心拍数基線は明らかに160bpmを超えていた。これらは継続的な胎児頻脈であると認められる。

(エ) 11月3日,原告Cに大量の漿液性帯下があり,看護記録にも「臭い±」との記載があり,帯下の性状に変化があったことが認められ,原告Cに何らかの感染が存在したことが強く疑われる。そして,11月4日午前11時,原告CがH病院に搬入された時点では,既に破水し,子宮内に羊水をほとんど認めない状態であったこと,救急車内で破水した事実も窺われないことからすれば,被告医院において破水していたものと推認され,その所見としては,同月3日の大量の漿液性の帯下がこれにあたると考えられる。

(オ) H病院における帝王切開術においては,子宮内分泌物は汚濁し子宮内感染が疑われ,濃血性の羊水が認められた。原告Cは,帝王切開術後,抗生物質の投与を受け,同月11日には,同手術時に見られた炎症がかなり改善した。

(カ) 一般に,子宮内感染の存在する症例では,特に帝王切開術後に産褥熱を引き起こしやすいとされているところ,原告Cは,術後に高熱,CRP値の上昇,子宮内膜炎の症状を呈したことから,感染が先行していたことが窺われる。

(キ) 以上の所見や判断を総合すると,原告Cは,遅くとも10月20日の入院時には,子宮内感染を発症していたと推認される。したがって,E医師は,そのころ,原告Cの子宮内感染を疑い,羊水穿刺や羊水グラム染色等の臨床的な検索を行うべきであり,この検索をすれば子宮内感染との診断に至るはずであったといえる。ところが,E医師は,原告Cの発熱を腎盂腎炎によるものと誤診し,胎児の頻脈傾向にも注意を払わず,子宮内感染の妊婦には禁忌である頸管縫縮術を実施したのであり,この点で過失があったといえる。

イ 上記の点に関する被告Dの主張について

被告Dは,10月20日以降の発熱の原因は腎盂腎炎である旨主張し,E医師は,同月26日に腎盂炎薬であるイパセシンを投与したことが認められる。しかし,カルテ及び看護記録上,原告Cが腎盂腎炎の特徴的症状である頻尿や背部痛を訴えた形跡は窺えず,被告Dの上記主張を採用するに足りる事実は証拠上認められない。
また,被告Dは,11月2日の原告Cの発熱について,これは弛張熱であり,同日の尿沈査細菌検査の結果では尿中細菌3+であったから,原告Cの発熱は腎盂腎炎によるものである旨主張する。しかし,上記のような尿検査結果は,種々の尿路感染に見られる非特異的な尿所見であるから,これらの所見によって腎盂腎炎と診断することはできない(鑑定:鑑定書9頁)。したがって,上記のいずれの主張も採用できない。
また,被告Dは,11月4日の内診時には,原告Cの子宮には胎胞膨隆があり,羊水は白色透明であったから,破水や子宮内感染の発症はなかったとみるべきである旨主張する。しかし,胎胞膨隆は,子宮頸管の開大に伴って,羊水を包んだ絨毛膜・羊膜の一部が頸管を通して袋状に膣内に下降する状態をいうところ,絨毛膜・羊膜が高い位置で破綻している高位破水の場合には,羊水の流出もわずかずつであり,頸管部位に胎胞を形成することがあるから,胎胞が膨隆し,緊張して子宮口から突出しているとしても,破水が起こっていないと断言することはできない。また,羊水混濁がないからといって破水していないということはできない(鑑定:鑑定書9,11頁)。上記の点に加えて,漿液性の帯下があったことにかんがみれば,胎胞膨隆があったことや羊水が白色透明で混濁していなかったことを考慮しても,破水がなかったとの被告Dの上記主張は採用できない。」


同判決は,児の脳性麻痺との間の当因果関係,子宮全摘出との間の相当因果関係について,認めました.

「(3) E医師の過失と原告らの障害等との因果関係について

ア 原告Aの脳性麻痺について

頸管縫縮術がその合併症として子宮内感染を誘発することは古くから知られている医学的知見である(鑑定:補充鑑定書6頁,乙55)ところ,原告Cの本件出産の場合,第1回目の頸管縫縮術の施術前には子宮内感染の徴候,すなわち発熱や胎児心拍の頻脈傾向はなかったが,前記(2)アに判示したとおり10月20日の2回目の入院時には子宮内感染があったことが認められること,頸管縫縮術のほかに子宮内感染の発生原因となる事実は証拠上窺えないことの点にかんがみれば,第1回目の子宮縫縮術によって子宮内感染が発症したものと推認される。この点につき,鑑定は,「2度の頸管縫縮術を実施していなければ,理論的に,子宮内感染の機会は減少したであろうことは想像できる。」というにとどめている(鑑定:補充鑑定書7頁)が,これは鑑定人の医学者としての謙抑的な姿勢からの表現であって,民訴法上の立証としては,上記の点が推認され得るといえる。
そして,子宮内感染によりサイトカイン等の反応物質が発生して炎症反応が起こり早産に至ること,早産による未熟性は脳性麻痺の主要な原因となること,子宮内感染に対して胎児が自ら放出するサイトカイン等の反応物質が胎児や新生児の脳神経に悪影響を及ぼすこと(鑑定:鑑定書13頁)からすると,原告Cが子宮内感染に罹患したことが原因で原告Aが脳性麻痺による障害が発生したものと推認される。
この点について,被告Dは,頸管無力症による胎児下降による物理的刺激によりサイトカインが発生し,炎症反応から早産に至ったと主張するが,原告Cが頸管無力症であったとは認められないこと,原告Cが子宮内感染に罹患していたと認められることは前記のとおりであるから,被告Dの上記主張は採用することができない。

(中略)

ウ 原告Cの子宮壊死及び子宮全摘出について前示のとおり,E医師の過失行為すなわち手術適応のない第1回目の頸管縫縮術の施行がなければ,原告Cは子宮内感染から帝王切開術を余儀なくされることはなかった。
そして,前記認定の事実,すなわち,原告Cは,11月4日,帝王切開の施術を受けたが,同月15日,性器からの大量出血があったこと,U医師らは,手術を開始し,子宮右部分からの出血を認めZ字縫合を試みたものの止血できず,出血死の危険があると判断し,原告Bの承諾を得て子宮を全摘出したこと,上記大量出血は帝王切開から上記出血までの間の子宮組織の壊死変化に起因するものであり,子宮内感染がその一因であったこと,感染によって子宮組織の壊死変化が生じる可能性のあることは一般的な医学上の知見であることにかんがみれば,E医師の上記過失行為と上記子宮全摘出との間には相当因果関係があるというべきである。」




谷直樹

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by medical-law | 2022-01-30 15:16 | 医療事故・医療裁判