胎児仮死治療として酸素投与及び体位変換を適切に行い,陣痛促進剤の点滴を中止する注意義務 岐阜地裁平成18年9月27日判決
なお、これは私が担当した事件ではありません.
「2 争点2(胎児仮死治療を怠った過失の有無)について
(1) 原告らは,被告は9月30日午前4時35分ころ胎児仮死と判断し,まずは母体酸素投与,母体体位変換,子宮収縮の抑制,代用人工羊水注入その他の胎児仮死に対する治療を行うべきであった旨主張する。
(2) 被告は,同日午前4時40分ころ,重症胎児仮死状態と判断し,吸引分娩をすることとしたが,胎児仮死の場合の酸素投与の有効性には疑問がある上,吸引分娩前に母体へ酸素を投与すると過換気症候群を引き起こすなどの弊害があると考えたことから,原告Cに対して酸素投与を行わなかった。(被告本人)
しかし,胎児仮死治療として母体への酸素投与を行うことの有効性は一般に認められており,現在の産科の臨床で基本的胎児仮死治療として行われていること,酸素投与によって過喚気症候群が引き起こされるものではないこと,本件において特に酸素投与を有害として否定する証拠はないこと(甲8,9,11,12,鑑定の結果)に照らすと,被告には,胎児仮死と判断した後,直ちに母体へ酸素投与をすべき義務があったものと認められる。
したがって,被告には,母体への酸素投与を怠った過失がある。
(3) また,母体の体位変換が胎児仮死の一般的治療として認められていることに争いはないところ,被告は,前記認定事実のとおり,胎児心拍数が低下した原因を見極めるために体位変換を行ったことは認められるが,その後,胎児仮死と判断した後,胎児仮死の治療としての体位変換を行わなかった。(被告本人)
したがって,被告には,胎児仮死の治療として体位変換を行わなかった過失がある。
(4) そして,被告は,同日午前4時25分過ぎころ,原告Cの点滴容器に陣痛促進剤を混入させたが,その直後に,胎児心拍数が80bpmに下降したため,直ちに点滴を中止した旨主張する。
本件では,午前4時25分ころの時点で,陣痛開始から30時間以上が経過していたこと,午前4時ころから分娩の進行がみられなかったことなどから,被告が,この時点で陣痛促進剤を投与したことは医師の裁量の範囲内の行為であると認められる。(鑑定の結果)
しかし,胎児仮死が認められる場合は速やかにオキシトシン等の陣痛促進剤の投与を中止し,子宮収縮を抑制する必要があるところ(甲8,12),前記のとおり,被告は,同日午前4時35分ころには胎児仮死状態であると判断できたのであるから,遅くとも,胎児仮死と判断して,吸引分娩による牽引を1回から3回試みた後は,帝王切開への移行に備え,陣痛促進剤の投与を中止して,陣痛を抑制すべきであった。(鑑定の結果)
そして,カルテには,陣痛促進剤を点滴容器に注入したことを意味する「アトニン」「4:30点注」との記載の後,点滴を中止した旨の記載がないこと(甲3),同カルテを記載した証人Eは,陣痛促進剤の点滴を中止したか否かについての記憶はないが,点滴を投与した後に途中で中止した場合は,「普通は書きます」「点滴がすべて終わって抜去というときには書かないことも多いんですけど」と証言していること,一般的にも,陣痛促進剤の点滴を中止した事実は,分娩経過を明らかにするために重要な事実というべきであるから,そのような事実があれば,分娩後,通常カルテに記載するものと考えられることからすると,カルテにその旨の記載がない本件では,陣痛促進剤の点滴を途中で中止したとは認められない。
(中略)
(6) 以上から,被告には,胎児仮死と判断した後,胎児仮死治療として酸素投与及び体位変換を適切に行わず,陣痛促進剤の点滴を中止して陣痛の抑制をしなかった過失がある。」
「産婦人科診療ガイドライン産科編2020」のCQ408の解説には,次の記述があります.
「1)母体の体位変換
分娩中は増大した子宮による大動脈,下大静脈圧迫による心拍出量低下,それに伴う胎盤循環不全を防止する意味から側臥位が勧められる.胎児血酸素飽和度低下防止の観点から分娩中の体位は左側臥位が最も優れ,仰臥位は好ましくないことが複数の報告で一致している.
2)母体への酸素投与
母体への酸素投与を行う場合,吸気酸素濃度が重要である.吸気酸素濃度が 50%未満では有効性は一定していないが,およそ 80~100%になる回路で投与した時には胎児血酸素飽和度上昇が確認されている.したがって,胎児血酸素飽和度上昇が強く望まれる場合には,非再呼吸式マスク(一方向弁付きリザーバーマスク)を用いることにより,10L/分かそれ以上の酸素流量下で,80~100%の酸素濃度を確保できる5).非再呼吸式マスクがない場合でも,麻酔用密着型を用いて,吸気時にマスクを強く押し当て,呼気時にはマスクをはずすというような操作を繰り返すことが有効かもしれないし,一方向弁のないリザーバーマスクでも 70%程度,単純酸素マスクを用いても 50%程度の酸素吸入濃度は確保できる.
しかし,母体への酸素投与が帝王切開回避に有効であるとか,出生児の pH 低下を予防したとの明確なエビデンスは存在しない.また,母体への酸素投与によって発生するフリーラジカルの胎児への影響の可能性を指摘する報告もある.」
「産婦人科診療ガイドライン産科編2020」のCQ415-3のAnswerには,次の記述があります.
「子宮収縮薬投与中に胎児機能不全あるいは tachysystole が出現した場合には,産婦の状態を確認して必要に応じた対応を行い,さらに以下の 1)~3)を実施する.
1)重度胎児機能不全(レベル 5 の胎児心拍数波形が目安)が出現した場合には,投与を中止する.(B)
2)静脈内投与中に胎児機能不全あるいは tachysystole が出現した場合には,減量(1/2 以下量への)あるいは中止を検討する.(B)
3)プロスタグランジン E2 錠内服中に胎児機能不全あるいは tachysystole が出現したら,以後は投与しない.(B)」
谷直樹
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