おそくとも2,3回の牽引で娩出できなかった場合には吸引分娩を中止して帝王切開に移行すべき注意義務等 岐阜地裁平成18年9月27日判決
なお、これは私が担当した事件ではありません.
「4 争点4(吸引分娩施行上の過失の有無)について
(1) クリステレル圧出法を併用して牽引を繰り返し,帝王切開又は鉗子分娩に移行しなかった過失の有無について
ア 証拠(乙4,証人E,被告本人)によれば,次の事実が認められる。
被告は,9月30日午前4時40分に吸引分娩を開始し,約20分間牽引を行っても児の娩出に至らなかったため,その後の児の娩出に至るまでの20分間は吸引分娩による牽引とクリステレル圧出法を併用して行った。
その際のクリステレル圧出法は,被告の指示のもとで准看護婦のEが原告Cの腹部を少なくとも5回以上押すなどして行った。また,吸引分娩開始から娩出までの間,吸引分娩による牽引は10回から15回行われた。
イ 前記のとおり,胎児仮死の場合は,1回目の牽引で児頭が下降しなければ危険である上,吸引分娩とクリステレル圧出法の併用は,やむを得ない場合もあるが,併用可能であるのは胎児予備能が十分にある成熟児だけで,胎児仮死例等では危険であるところ,本件では,被告は,吸引分娩を開始した際には,児が重症胎児仮死状態にあると判断していたのであるから,吸引分娩を行う場合であっても,原則として1回の牽引で娩出できなかった時点で吸引分娩を中止すべきであり,おそくとも,2,3回の牽引で娩出できなかった場合には吸引分娩を中止して帝王切開に移行すべきであったし,ましてクリステレル圧出法を併用すべきではなかったものというべきである。
ところが,実際には,被告は吸引分娩開始後40分にわたり10回から15回程度の牽引を繰り返し行っており,しかも,後半20分はクリステレル圧出法を併用しているのであるから,これらの被告の行為は,当時の開業産科医に求められる医療水準に照らしても,明らかに不相当な行為であり,この点で被告には過失があったものと認められる。」
「産婦人科診療ガイドライン産科編2020」は,「総牽引回数(滑脱回数も含める)が 5 回」と記述していますが,つねに5回まで許されるというものではないでしょう.同ガイドラインは解説において「吸引娩出術の場合の総牽引の制限時間や回数,滑脱の許容範囲についての高いレベルのエビデンスはない.」,「フランスにおける診療ガイドラインでは,吸引娩出術が 3 回を超えた場合にはその後の吸引娩出術は失敗に終わることを認識し,吸引娩出術を断念すべきであるとしている」と記述しています.「吸引は多くの場合1回で娩出でき,2,3回牽引しても娩出されない場合は5回牽引しても娩出されないことが多く,その意味で原則として1回の牽引で娩出できなかった時点で吸引分娩を中止すべきであり,おそくとも,2,3回の牽引で娩出できなかった場合には吸引分娩を中止して帝王切開に移行すべきであった」という判示は参考になります.
「産婦人科診療ガイドライン産科編2020」は,「子宮底圧迫法は,急速遂娩が必要な場合の補助的手段として実施する.(A)」としています.解説で,「『子宮底圧迫法(クリステレル胎児圧出法)についての調査報告』では,全国で分娩を取り扱う 1,430施設中,89.4%で本法を実施しており,広く産科診療で行われていることが明らかとなった.一方重篤な 有 害 事 象 と し て 6 例 の 子 宮 破 裂 が 報 告 さ れ て お り, 実 施 数 か ら の 計 算 で 発 症 率 は 0.015%(1/6,496)であった.他に膀胱破裂が 1 例,子宮内反症も 1 例報告されている4).さらに第 9 回産科医療補償制度再発防止に関する報告書では,脳性麻痺 2,113 例中,本法実施例は 317 例(15.0%)が報告されている.これらの有害事象はどれも本法との因果関係は不明であり,本書の推奨により有害事象が減少し,より安全性の高い分娩が提供できるかは不明ではあるが,わが国の産科診療の実情と妊産婦の安全性を考慮して,professional consensus の指針を策定した.本書では,子宮底圧迫法を吸引・鉗子娩出術を補完する手技として,その施行時の注意点を記載した.実施に関するこれらの条
件は,あくまでも暫定的な Answer であり,今後もその有用性とリスクを評価するためにエビデンスの集積が求められている手技である.一方現在産婦人科診療施設で広く普及しているクリステレル圧出法と必ずしも一致していない可能性がある.今後新たなエビデンスの報告がなくても,Answer や推奨レベルが変更される可能性もある.」と記述しています.クリステレル圧出法については十分なエビデンスがなく行われているのが実情のようです.
谷直樹
ブログランキングに参加しています.クリックをお願いします!
↓

