弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

因果関係と損害負担 岐阜地裁平成18年9月27日判決

岐阜地裁平成18年9月27日判決(裁判長 西尾進)は,注意義務違反と結果との間の因果関係について次のとおり判示しました.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「6 争点6(因果関係)について
(1) 一般に,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである。(最高裁昭和48年(オ)第517号昭和50年10月24日第二小法廷判決.民集29巻9号1417頁参照)
また,医師が注意義務に従って行うべき医療行為を行わなかった場合は,医師が,注意義務を尽くして行うべき医療行為を行っていれば,当該結果は発生しなかったであろうことを是認しうる高度の蓋然性が証明されれば,医師の不作為と当該結果との間の因果関係は肯定されるべきものと解するべきである。(最高裁平成8年(オ)第2043号平成11年2月25日第一小法廷判決.民集53巻2号235頁参照)

(2) 本件では,被告が,9月30日午前4時35分ころ,胎児仮死状態にあると判断し,母体への酸素投与及び母体の体位変換等の胎児仮死治療を行った後,午前4時40分ころ,帝王切開の準備を指示するとともに,吸引分娩を開始し,遅くとも3回の牽引で娩出できなかった時点で吸引分娩を中止し,陣痛抑制を行い,帝王切開の準備が完了する午前5時30分ころに被告が帝王切開に着手し,酸素投与及び陣痛抑制等の胎児仮死治療が奏功した場合には,原告Aの障害を軽減できた可能性は相当程度認められるところ,本件で母体に対する酸素投与や陣痛抑制を行った場合に,胎児仮死の状態が改善されないと考える特段の事情はなかったこと,また,胎児仮死が認められる場合にクリステレル圧出法を行うことは危険であり,被告がクリステレル圧出法を併用して吸引分娩での牽引を複数回繰り返したことにより,もともと重症胎児仮死状態にあった原告Aの状態をさらに悪化させた可能性が高いことが認められることから(甲11,鑑定の結果),被告の注意義務違反がなければ,原告Aの障害を軽減し得た高度の蓋然性があると認められるものというべきであり,被告の注意義務違反と原告Aに実際に生じた障害との間に因果関係があるものと認められる。」


ただし,同判決は,逸失利益及び介護費用のうち7割を被告に負担させるのが相当であるとしました.

「(3) 前記認定のとおり,胎児仮死状態と被告が明確に判断できたのは9月30日午前4時35分ころであるところ,その時点で被告が酸素投与,母体の体位変換等の適切な処置を講じていれば,胎児仮死治療として奏功した可能性は相当程度あったと考えられ,その後帝王切開の準備に着手していたとしたら,原告Aの障害を軽減できた可能性は相当程度認められる(鑑定の結果)。しかしながら,これらはあくまで可能性にとどまるものであり,原告Aに何らかの障害が残った可能性を否定することができない以上,原告Aに生じた損害の全額について被告に帰責することは,必ずしも相当でないものというべきである。
そして,被告の注意義務違反がなかった場合に原告Aの障害がどの程度軽減し得たかは証拠上明確には特定できないが,前記のとおり,被告の注意義務違反がなければ,原告Aの障害を軽減できた可能性は相当程度認められること,一般的に胎児仮死治療としての酸素投与は有効性が承認された基本的治療であると認められること,胎児仮死が認められる場合は速やかにオキシトシン等の投与を中止して子宮収縮を抑制する必要があること,吸引分娩での牽引は2,3回を限度とし,牽引時間は15分から20分以内とすべきこと,胎児仮死が認められる場合にクリステレル圧出法を行うことは危険であり,いずれも平成9年当時の開業産科医に求められる医療水準に照らして基本的な事項であり,これらの点における被告の注意義務違反の程度は大きいこと,被告がクリステレル圧出法を併用して吸引分娩での牽引を複数回繰り返したことにより原告Aの状態をさらに悪化させた可能性が高いことにかんがみれば,原告Aに生じた上記(1),(2)の損害額(逸失利益及び介護費用)のうち7割を被告に負担させるのが相当である。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-02-01 09:23 | 医療事故・医療裁判