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定期的な肝臓検査を行いまた肝臓の病変をより早期に発見し適切な精査等を行うべき診療契約上の注意義務の違反 名古屋高裁平成29年2月2日判決

名古屋高裁平成29年2月2日判決(裁判長 藤山雅行)は,定期的な肝臓検査を行いまた肝臓の病変をより早期に発見し適切な精査等を行うべき診療契約上の注意義務の違反により患者が胆管細胞癌により死亡した事案で,実際に死亡した平成20年11月17日時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったし,原判決を変更し,497万円の損害賠償を認めました.
「本件再発・転移巣が上記時点で存在していたことを踏まえても,本件原発巣が平成19年10月15日の時点で発見されていれば,本件再発・転移巣について,現実に選択された化学治療のほかに,再切除等の治療を選択する余地があり(特に,被控訴人病院において,亡Eの肝臓に係る過去のCT画像の分析を行い,本件原発巣の腫瘍倍増時間を計算し,その進行速度を踏まえた術後のフォローを行うなどしていた場合には,本件再発・転移巣の発見がより早まった可能性があることも否定できず,これにより再切除の可能性が高まった相当程度の可能性がある。),これを受けることにより良好な結果となった可能性は否定できない」との判示部分はとくに参考になります.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人らの請求は,被控訴人に対し,控訴人Aが248万0000円,控訴人B,同C及び同Dが各83万0000円の損害金並びにそれぞれこれに対する不法行為後(亡E死亡の翌日)である平成20年11月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないものと判断するが,その理由は,以下のとおり加除訂正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の1~4(原判決17頁22行目から35頁17行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

(1) 原判決19頁25行目末尾に行を改めて次を加える。
「 なお,同日のCTの電子データ画像は,後方視的に見れば,肝臓のS4の部位にぼんやりとした影を認識することはできるものであった(甲A4(枝番号を含む。),甲A5の3,乙A8(枝番号を含む。)。」

(2) 原判決20頁25行目末尾に行を改めて次を加える。
「 しかし,同日のCTの電子データ画像を確認すれば,亡Eの肝臓には,明らかな異常が見られるのであり,その位置は胆管細胞癌の生じていた部位に相当する(乙A3)。また,これは,同日のCTのフィルム画像(乙A9の1~A9の6)を見ても明らかに認められるものである。」

(3) 原判決21頁22行目の末尾に次を加える。
「この際,被控訴人病院の医師は,亡Eについて平成19年6月11日及び同年10月15日に実施した各CT画像を確認することはなく,当該時点でのS4の部位の状況を踏まえ,現時点に至るまでの腫瘍の倍増時間等の検討等をするなどの,その後の治療の参考となるような資料を作成することもしなかったため,従前のS4部位における腫瘍の状況に関する資料が,G病院やHがんセンターに引き継がれることはなかった。」

(4) 原判決22頁22行目から23行目までを「ケ 亡Eは,平成20年11月17日午前5時49分,コーヒー残滓様の物を嘔吐し,その直後,心肺停止し死亡に至った(乙A1の2)。」と改める。

(5) 原判決23頁1行目の「この」から,同頁5行目末尾までを次のとおり改める。
「この時点における亡Eの本件原発巣は,S4に径45mmの腫瘤が認められ,中分化から低分化な腺癌,胆管細胞癌の所見とされ,癌は,S4のglisson鞘を破壊性に浸潤しているとのことであった。また,径3mmの肝内転移巣が1個見られ,リンパ節に径0.2mmの微小な転移を認めるとされた。vp2(門脈二次分枝に侵襲あり),b2(肝内胆管二次分枝の侵襲,腫瘍栓あり)とされ,原発性肝癌規約による進行度は「pT3N1M0,StageIVB」,胆嚢について慢性胆嚢炎との所見がある。しかし,上記所見のうち,進行度に係るT因子については,肝内転移巣が1個見られるのであるから,T3ではなく,T4であった(旧基準,新基準のいずれにおいても,StageIVBであったことになる。)。」

(6) 原判決23頁11行目の「非腫瘍部につき」から同頁13行目末尾までを「非腫瘍部につき慢性肝炎の所見は見当たらないとされていた。」と改める。

(7) 原判決26頁25行目の「亡Eの肝臓は正常肝であり,」を「亡Eの肝臓に」と改める。

(8) 原判決28頁1行目末尾に次を加える。
「また,以上によれば,平成19年6月11日のCT検査の中に胆肝部も入れて,同部に腫瘍の形成等が見られないかチェックをするべきであったということもできない。」

(9) 原判決29頁9行目の「しかしながら,」を削り,同頁12行目の「直ちに不合理ということはできない」の次に「ものの,明らかに認められる異常等について,これを指摘すべき義務がないといえるものではない」を加える。

(10) 原判決31頁5行目の「後方視的にみれば,」を削り,同頁6行目の「可能である」を「可能であり,同日のCTの電子データ画像を確認すれば,亡Eの肝臓には,明らかな異常が見られるのであり,その位置は本件原発巣の生じていた部位に相当し(乙A3),これは,同日のCTのフィルム画像(乙A9の1~A9の6)を見ても明らかに認められるものである。」と,同頁8行目の「ところ,」を「。」と改め,同頁12行目末尾の次に「このことは,鑑定人もまたこのように判断できるほどに病変が画像上で明らかに認められることを前提としていると認めるのが相当である。」を加え,同頁13行目の「そうすると,」を「そして,肝臓S4の部位の病変を示す上記濃い影の画像は,その当時被控訴人医師が読影対象としていた肺野部分の画像と同一フィルム上にあったものであること(乙A9の6,原審証人I)をも併せ考慮すれば,」と改める。

(11)原判決32頁10行目の「pT3N1M0」を「T4N1M0」と,同頁16行目の「他方」を「また」と,同頁18行目の「胆管細胞癌」から同頁20行目の「一つの基準となること」までを「予後因子としては,腫瘍径2cm以下かどうかが重視されること(乙B42)」と改め,同頁21行目の「T因子,M因子にかかわらずStageIVBとされ,」を削り,同頁25行目の「また,」を「なお,」と,33頁7行目の「もっとも」を「しかし」と改め,同頁20行目冒頭から同頁26行目末尾までを次のとおり改める。
「かえって,亡Eの本件原発巣については,後方視的にみて,腫瘍倍増時間から計算すると,平成19年10月15日時点において24mm程度であったこともうかがわれ,また,本件再発・転移巣について,腫瘍倍増時間から計算すると,別紙試算表記載のとおりとなり,平成19年10月15日の時点において,本件再発・転移巣は既に存在していたものと認められるのである(甲A1(77頁),乙A2の1(103頁),乙A3,乙A14~16,乙B28,乙B33)。」

(12)原判決34頁4行目から5行目にかけての「死亡しているのであって,」の後に「本件再発・転移巣は,平成19年10月15日の時点で既に存在していたものであり,」を加え,同頁17行目から同頁18行目にかけての「亡Eが」から同頁19行目の「あったというべきである。」までを次のとおり改める。
「病状が進行した後に治療を開始するよりも,疾病に対する治療の開始が早期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常であるから,亡Eに対する治療が実際に開始される約1か月半前の時点で,その時点における病状及び当時の医療水準に応じた適切な治療が開始されていれば,特段の事情がない限り,亡Eが実際に受けた治療よりも良好な治療効果が得られたものと認めるのが合理的である。

(6) これに対し,被控訴人は,平成19年10月15日の時点で亡Eの死因となった本件再発・転移巣が存在していたのであるから,この時点で本件原発巣が発見されていれば平成20年11月17日の死亡を回避できた相当程度の可能性があったとはいえない旨主張する。
確かに,本件再発・転移巣は,平成19年10月15日の時点において肉眼では発見できない程度の大きさで既に存在していたものと認められ,当該時点において治療が開始されたとしても,本件原発巣の切除後に本件再発・転移巣が発見されることになったと考えられる。
しかし,肝内胆管癌再発例については,近年,再切除の報告も増加しており,再発例の生存期間中央値が,積極的に治療を行わない場合や化学療法の場合が9.2か月に対し再切除施行例では25.8か月であったとの報告や,再切除例がその他の治療例に対して良好な成績を示したとの報告,転移巣が多発の事例についても再切除により長期生存が得られている症例の報告もあることからすると(乙B41,44),これら報告に係る症例が,再発までの期間が本件より長いものであることを考慮しても,本件再発・転移巣について,再切除によって身体の状態が改善する可能性がなかったとまではいえないというべきである。
したがって,本件再発・転移巣が上記時点で存在していたことを踏まえても,本件原発巣が平成19年10月15日の時点で発見されていれば,本件再発・転移巣について,現実に選択された化学治療のほかに,再切除等の治療を選択する余地があり(特に,被控訴人病院において,亡Eの肝臓に係る過去のCT画像の分析を行い,本件原発巣の腫瘍倍増時間を計算し,その進行速度を踏まえた術後のフォローを行うなどしていた場合には,本件再発・転移巣の発見がより早まった可能性があることも否定できず,これにより再切除の可能性が高まった相当程度の可能性がある。),これを受けることにより良好な結果となった可能性は否定できないから,実際に死亡した平成20年11月17日時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったということができる。」

(13)原判決34頁21行目末尾の後に行を改めて次を加える。
「 なお,被控訴人は,亡Eの胆管細胞癌の発見,切除の時期の早い遅いのみから,本件再発・転移巣の成長が早まったり遅くなったりするものではなく,平成19年10月15日の時点で亡Eの胆管細胞癌が発見されたとしても,亡Eの死亡時期ないし延命可能性に影響があったということはできないなどと主張する。
しかし,病状が進行した後に治療を開始するよりも,疾病に対する治療の開始が早期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常であって,本件においても,亡Eの胆管細胞癌の発見が早く,その時点における亡Eの病状及び当時の医療水準に応じた適切な治療が行われていれば,本件再発・転移巣が成長・増大していった時期における亡Eの体調等もより改善されていた可能性が高いところ,その体調等が改善されていれば,少なくとも,平成20年11月17日未明に,コーヒー残渣物状の嘔吐を繰り返して死亡することはなかった相当程度の可能性があったといえるから,被控訴人の上記主張は採用できない。」

(14)原判決35頁2行目から同頁17行目までを次のとおり改める。
「しかし,上記のとおり,被控訴人は亡Eがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性を侵害したことつき損害賠償責任を負うところ,先に挙げた事情,特に被控訴人病院の医師が,平成19年10月15日における亡EのCT画像を確認すればその肝臓には明らかな異常が見られるにも関わらず,これを見落としたばかりか,同年12月18日に亡Eの肝臓について浸潤性の腺癌と判断した後にも,それまで実施したCT画像(平成19年6月11日,同年10月15日実施)を確認することはなく,腫瘍の倍増時間の検討を行うこともなく,そのため腫瘍の倍増速度等のその後の治療の参考となるような資料を作成することもしていないのであり(なお,弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,本件訴訟に至って初めて過去の亡Eの肝臓に係るCT画像を確認し,腫瘍倍増時間の検討を行ったものと認められるのである。),亡Eが適切な治療を受ける権利が著しく害されたものと評価しうることに照らし,その慰謝料としては450万円を認めるのが相当である。
そして,亡Eの夫である控訴人Aは,その2分の1にあたる225万0000円を,亡Eの子である控訴人B,控訴人D及び控訴人Cは,それぞれその6分の1にあたる75万0000円を相続している。

(2) 弁護士費用
控訴人らの損害として認めるべき弁護士費用は,控訴人Aにつき23万0000円,控訴人B,控訴人D及び控訴人Cにつき各8万0000円とするのが相当である。

(3) 合計
よって,本件における損害は,控訴人Aにつき248万0000円,控訴人B,控訴人D及び控訴人Cにつき各83万0000円となる。」

2 以上によれば,控訴人らの請求は,被控訴人に対し,不法行為ないし診療契約上の債務不履行に基づき,控訴人Aが損害金248万0000円,控訴人B,同C及び同Dが各損害金83万0000円並びにいずれもこれに対する不法行為後である平成20年11月18日(亡Eの死亡の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。
よって,上記判断と異なる原判決は相当でないから,控訴人の本件各控訴に基づき上記のとおり変更することとし,本件附帯控訴は理由がないから,いずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。」



谷直樹

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by medical-law | 2022-02-03 23:32 | 医療事故・医療裁判