弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ

債務不履行はあるが死亡との因果関係を認定し難い事案 福岡地裁平成25年11月1日判決

福岡地裁平成25年11月1日判決(裁判長 平田豊)は,便潜血を生じた場合,診療契約に基づき,CEA検査及び腹部エコー検査を実施するという具体的内容の債務を負ったものと認定し,その債務不履行に基づく200万円の損害賠償を認めました.死亡との因果関係は認定されていません.
債務不履行構成が有用な場合と考えます.
債務不履行はあるが死亡との因果関係を認定し難い事案における解決として参考になります.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

「イ 平成20年7月3日以降の過失
(ア) 被告クリニックの医師が,平成20年7月3日の時点で,早急にCEA検査及び腹部エコー検査を実施すべき義務を負っていたかについて検討する。

(イ) 上記認定事実のとおり,同年5月2日の排便には少量の潜血が認められ,同年6月27日の排便には便潜血検査の結果,確定的に便潜血が認められているところ,上記医学的知見のとおり,便潜血が生じた場合には,大腸癌を疑うべきとされている。また,被告代表者(E医師)尋問の結果によれば,CEA検査やエコー検査は,非侵襲的な検査方法であり,被告クリニックの訪問診療時においても実施可能であることが認められる。
そうすると,被告クリニックの医師には,Dに対し,CEA検査や腹部エコー検査を実施すべき義務があったというべきである。
もっとも,上記認定事実のとおり,被告クリニックの医師は,同月11日の翌週からCEA検査,腹部エコー検査を実施することを予定していたが,その後,Dが呼吸促拍や頻脈,発熱によりF病院に入院し,同月25日にF病院を退院したことからすれば,被告クリニックの医師が,これらの検査を実施すべきであった時点は,Dが同病院を退院した同月末頃というべきである。
したがって,被告クリニックの医師には,同月末頃において,Dに対し,CEA検査や腹部エコー検査を実施すべき義務があったことになる。

(ウ) これに対し,被告は,高次医療機関であるF病院が家族と協議した結果,貧血の原因の精査は行わない判断をしたとの報告を受け,被告クリニックの医師は,CEA検査,腹部エコー検査を実施しないこととしたのであって,被告クリニックの医師において,さらにこれらの検査を実施する義務があるとはいえないと主張する。
確かに,上記認定事実のとおり,被告クリニックの医師がF病院から受領した診療情報提供書には,「貧血についてはFamilyと相談し,今回精査しておりません。今後の継続加療を何卒宜しくお願いします。」と記載されてことに加え,被告代表者尋問の結果によれば,E医師は,F病院の医師の判断について,「原告らと相談した結果,CEA検査や腹部エコー検査を含めて大腸癌の検査を行わない」と認識したものと認められる。
しかし,上記診療情報提供書には,「精査しておりません」としか記載されていないところ,被告代表者尋問の結果によれば,F病院入院前において,原告らは,Dに大腸癌があるか否かについて相当心配していたことが認められる上,原告B本人及び原告C本人の各尋問の結果によれば,F病院の医師は,原告らと相談した結果,大腸ファイバー検査の
ような,一定の危険性がある検査を行わないと判断したものの,CEA検査及び腹部エコー検査についても行わないと判断したことはないと認められる。
そうすると,E医師は,F病院の医師の判断を誤って認識したものといわざるを得ない。
そして,F病院の診療情報提供書には「精査しておりません」としか記載されておらず,同記載から,原告らがCEA検査及びエコー検査を含めて,大腸癌に関する検査を要望しなかったと直ちに判断できるものではないこと,CEA検査及びエコー検査は非侵襲的な検査方法であること,上記認定事実のとおり,F病院から受領した看護添書には「大腸ファイバー等の検査は今回行わず」と記載されていることからすると,E医師が,F病院の医師の判断を誤って認識したことにより,同月末頃に負っていた検査義務が否定されることはないというべきである。

(エ) また,被告は,CEA検査及びエコー検査はそもそも大腸癌の発見のための有用な手段ではなく,これを実施しなかったとしても過失はないと主張する。
確かに,上記医学的知見のとおり,CEA検査が陽性であったとしても,必ずしも癌の存在を示す意味するわけではなく,CEA検査は,癌の早期発見の手段とはならないとされている。また,上記医学的知見のとおり,CEA検査は,早期の大腸癌(DukesA)において,陽性率は低いとする報告は多い。
しかし,上記医学的知見のとおり,CEA検査は,大腸癌で高陽性率であり,特に肝転移などの進行した癌は高値を示すとされ,CEA検査による大腸癌の陽性率についての文献においても,進行癌においては,CEA検査は,明らかに癌の存在を示すことが多い。また,被告代表者(E医師)も,仮にCEA検査において陽性であれば,その後高次医療機関において精査を依頼することを考えていた旨供述している。さらに,大腸の内視鏡検査を全部分については実施できないDにとって,CEA検査は低侵襲性の検査方法である。
したがって,CEA検査が大腸癌発見のための有用な手段ではないとする被告の主張は採用できない。
さらに,上記医学的知見のとおり,エコー検査についても,病変のリンパ節転移,周囲臓器への浸潤や肝転移の診断に有用とされているのであるから,エコー検査も大腸癌発見のために有用な手段と評価できる。

(オ) 以上のとおり,被告クリニックの医師には,同年7月末頃において,Dに対し,CEA検査や腹部エコー検査を実施すべき義務があったにもかかわらずDに対し,CEA検査及び腹部エコー検査を行わなかったものであり,過失が認められる。

(カ) また,上記認定事実のとおり,E医師は,平成20年7月3日,原告らに対し,Dが大腸癌に罹患している可能性がある旨,被告クリニックにおいては大腸癌の検査としてCEA検査及び腹部エコー検査が可能である旨説明し,原告らがCEA検査及び腹部エコー検査を希望したことから,CEA検査及び腹部エコー検査を実施すると原告らに伝えたことが認められるのであるから,これにより,被告は,診療契約に基づき,Dに対し,CEA検査及び腹部エコー検査を実施するという具体的内容の債務を負ったものというべきである。
そして,上記認定事実のとおり,被告クリニックの医師は,CEA検査及び腹部エコー検査を行っていないのであるから,被告には,同月末頃,CEA検査及び腹部エコー検査を実施すべき診療契約上の債務不履行があると認められ,それについて責めに帰すべき事由がなかったと認めるに足りる証拠はないというべきである。」
(中略)
「被告には,上記のとおり,CEA検査及び腹部エコー検査を実施するという具体的に特 定された診療契約上の債務についての不履行があったことが認められるのであって,そ れにより,実際に大腸癌に罹患していることの確認が約半年遅れたのであるから,Dは,著しい精神的苦痛を被ったものと認められる。これは,一般的抽象的に「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に,医師が,患者に対して,適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うこと」(最高裁平成23年2月 25日判決参照を認めるものではなく,医師(医療法人)と患者との間の診療契約上,具体的に発生した債務の不履行責任の問題として捉えられるべきものである。
そして,被告の債務不履行の態様,結果,Dの症状等の事情を総合勘案すれば,その精神的苦痛を慰謝するには180万円が相当であるというべきである。また,被告の債務不履行と相当因果関係を有する弁護士費用は,20万円が相当である。
以上によれば,Dは,被告に対し,債務不履行に基づき,200万円の損害賠償請求権 を有していたと認められる。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-04 11:43 | 医療事故・医療裁判