大腸癌を疑い,下部消化管の検査を実施(予定)すべき注意義務 東京地裁平成19年8月24日判決
そして,同判決は「H医師が,器質的疾患の除外診断をしないまま,下痢を安易に過敏性腸炎であると考えたことには注意義務違反があるというべきである」と認定しました.
なお、これは私が担当した事件ではありません.
「(6) 平成14年5月17日について
ア 前記1(1) クのとおり,亡Dは,平成14年5月17日に被告病院の外科を受診し,同日付の問診表に,血便,下痢,便柱の狭小,腹部の張り,体重の減少といった症状に○を付するとともに,H医師に対し,軟便,肛門の腫れ,出血を訴えているのであって,同医師が亡Dにこれらの症状があることを認識していたことは明らかである。これらの症状は,大腸癌の典型的な症状であるから,外科担当医であるH医師には,亡Dに内痔核の存在を認めたとしても,直ちに大腸癌を疑い,下部消化管の検査を実施(予定)すべき注意義務があったというべきである(鑑定人K,同L,同J 。
イ 被告は,直腸診,直腸鏡による検査で内痔核を認め,その他に出血や腫瘍の所見はなかったのであるから,亡Dの上記症状は,内痔核によるものと考えて矛盾はなく,痔が落ち着いてから検査をすることとしたH医師の判断に誤りはない旨主張している。
しかし,内痔核では便柱狭小という症状が生じることはなく(鑑定人K),下痢や腹部の張りに関しても内痔核によっては説明できないのであるから,亡Dの上記症状が内痔核だけでは説明がつかないことは明らかである。また,H医師は,下痢に関しては,ストレス等の影響よる過敏性腸炎と考えることができる旨述べている(証人H)が,過敏性腸炎の診断にあたっては,器質的疾患の除外診断を行う必要があるとされていることは前記2( 6)イのとおりであるから,器質的疾患の除外診断がなされていない本件では,過敏性腸炎であると診断することはできず,H医師が,器質的疾患の除外診断をしないまま,下痢を安易に過敏性腸炎であると考えたことには注意義務違反があるというべきである。
以上のとおり,亡Dの症状を内痔核によるものと考えて矛盾はなく,痔が落ち着いてから検査することとしたH医師の判断に誤りはないとする被告の主張は採用することができない。
ウ また,被告は,外科担当医が亡Dの初診時に大腸内視鏡検査や注腸造影検査を予定したとしても,これらの検査を施行するまでには1か月は必要であり,その治療方針を決定し,入院となるまでには更に1か月を要するのであるから,実際に治療が開始されるのは,5月17日から2か月後の7月17日ころとなり,実際の治療開始時期が早くなるわけではなく,結果回避可能性が否定されるとも主張する。
しかし,被告病院においては,もとより検査の混み具合次第であるが,通常は,消化器系の検査を予約(オーダー)してから1,2週間以内に検査が行われており(証人G) ,実際にも,亡Dの大腸内視鏡検査は予約(オーダー)してから約1週間後に行われたことは前記1(1) シで認定したとおりである。加えて,後記のとおり,平成14年5月下旬ないし6月上旬の時点では,亡Dの大腸癌はかなり進行した状態にあり,肝両葉にわたり多発性の肝転移も存在していた可能性が高いところ,そのような状態の患者の治療方針を決定し,入院となるまでに1か月もの時間がかかるとは認められないところである。したがって,遅くとも,平成14年5月17日から2週間を経過した平成14年6月1日ころには,大腸内視鏡検査等を実施することができ,大腸内視鏡検査等が実施できた時点で,大腸癌の診断が可能であり,緊急入院となったと認められるから,この被告の主張も採用できない。
エ 以上のとおり,H医師は,平成14年5月17日の時点で,大腸癌の存在を疑い,直ちに注腸造影検査や大腸内視鏡検査等の下部消化管検査を予約(オーダー)すべき注意義務があったにもかかわらず,痔が落ち着くまで経過観察することとして,上記検査の予約(オーダー)を行わなかったのであるから,H医師には,上記注意義務を怠った過失があるというべきである。」
同判決は,当時一般的な治療法でなかった治療をすることが可能な状況であったこと等を認定し,H医師が平成14年5月17日の時点で大腸癌を疑い,直ちに大腸内視鏡等の検査を実施(予定)していたならば,亡Dが平成14年8月20日の時点においてなお生存していた相当程度の可能性を認めました.
「鑑定人Kの鑑定意見では,本件の場合,平成14年5月の段階で,化学療法(5-FU+LV)を実施することによって,生存期間が延長される効果はせいぜい数か月程度であろうが,20%の確率で生存期間が延長できた可能性があるとされ,鑑定人L及び同Jの各鑑定意見においても,化学療法により亡Dの予後が有意に変化した可能性は高くないとしながらも,亡Dの生存期間が延長できた可能性はあったとされている(さらに,平成14年当時は一般的な治療方法ではなかったとはいえ,5-FU+LVに効果がない場合には,イリノテカンを使用した治療をすることも可能な状況であったと認められる。)。そして,実際にも,大腸癌の多発性肝転移症例に対して,化学療法(5-FU+LV)に著効が認められ,生存期間を延長することができたとの症例が報告されているところである(甲B54ないし57)。
そうすると,H医師が平成14年5月17日の時点で大腸癌を疑い,直ちに大腸内視鏡等の検査を実施(予定)していたならば,亡Dが平成14年8月20日の時点においてなお生存していた相当程度の可能性はあったものと認めるのが相当である。」
同判決は,慰謝料150万円と弁護士費用16万円を認めました.
「6 争点(5) (損害額)について
亡Dは,被告病院において適切な治療行為を受けていたならば,その死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったにもかかわらず,被告病院において適切な治療行為が行われなかったことによってこれを侵害されたのであるから,被告には,適切な治療行為により生存する相当程度の可能性を侵害したことに基づいて亡Dが被った損害を賠償すべき責任があるというべきである(最高裁平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照 。)
そして,本件事案の内容,被告病院における診療の経過,被告病院の担当医師の注意義務違反(過失)の内容と態様,亡Dがその死亡時においてなお生存していた可能性の程度,仮に生存していた場合に予想される生存期間,生活状況と治療状況,日常生活動作(ADL)の状況等,本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮すると,亡Dがその死亡時点でなお生存していた相当程度の可能性を侵害されたことにより被った損害(精神的苦痛)に対する慰謝料は150万円が相当である。そして,亡Dの死亡により,原告Aは2分の1である75万円,原告B及び原告Cはそれぞれ37万5000円ずつの損害賠償請求権を相続した。
弁護士費用相当分の損害については,本件事案の性質・内容,訴訟の経過,認容額等に照らし,原告Aについて8万円,原告B及び原告Cについてそれぞれ4万円と認めるが相当である。」
谷直樹
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