経過観察中イレウスの症状が見られたとき所要の検査を行うべき注意義務 横浜地裁平成21年10月14日判決
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「4 争点1(被告病院医師らの過失)について
(1)原告らは、①午後1時30分ころ、②午後2時30分ころ、③午後4時10分ころ、④午後5時20分ころ、⑤午後9時前ころ、⑥翌21日午前1時過ぎころのいずれかの時点で、被告病院医師らは、太郎のイレウスを疑い所要の検査を行うべき注意義務があったのにこれを怠った過失があると主張し、これに対し、被告らは、太郎に対しては急性胃腸炎の診断が既に確定しており、かつ、その後イレウスを疑わせる所見もなかったとして、上記注意義務違反を争っている。
そして、この点につき、本件の3名の鑑定人らは、午後4時10分ころ(F鑑定)又は午後5時20分ころ(H鑑定、I鑑定)までには、イレウス一般(F鑑定)、腸管の絞扼(H鑑定)、イレウス一般を含めた胃腸炎以外の疾患(I鑑定)を難うべきであったとの所見をそれぞれ述べている。
当裁判所は、これら鑑定の結果も踏まえ、被告病院医師らは、遅くとも午後5時20分ころには、太郎のイレウスを疑い、所要の検査を行うべき注意義務があったところ、この注意義務を怠った過失があると判断する。その理由は、以下に述べるとおりである。
(2)まず、被告らは、太郎に対しては急性胃腸炎の診断が確定していたことを強調する。しかしながら、被告病院来院時の太郎の主訴、腹部単純X線検査の結果、腹部超音波検査の結果などを総合し、時期的に感染性胃腸炎の多い季節であったことをも併せ考えた上で、午前9時ころの時点で,被告B医師において、太郎を急性胃腸炎であると確定診断したとしても,「小児の腹部は「ブラックボックス」であり,常に急変することを念頭に、重要疾患を見逃さず初期評価を繰り返し再検討することが必要である。」との指摘にもみられるように、確定診断後の経過において、確定診断に従った治療をしているにもかかわらず患者の症状が増悪したり、従前見られなかった症状が加わったりするなと,確定診断を下した際の症状の一般的推移と異なる経過が現れた場合には、それが確定診断と積極的に矛盾するものとまではいえなくとも、確定診断にこだわることなく、診察や検査を行って確定診断を再検討する必要があるというべきである。加えて、本件においては上記1(1)コのとおり、腹部超音波検査では腸管ガスにより壁の性状把握が困難な部位があったことが認められ、必ずしも十分な情報が得られていたとはいえないこと(I鑑定も同旨,上記3(3)イ参照)、胃腸炎とイレウスとの鑑別は困難であり、対症療法により経過観察しても症状が改善しない場合は、画像診断を含めた対応が必要であるとされていること(上記2(1)エ)からすれば、太郎については、従前と異なる症状が見られた場合や症状が改善しないと考えられる場合に、初期評価、すなわち急性胃腸炎であるとの確定診断を見直す必要性は高かったものといえる。
(3)以上を踏まえつつ、太郎の症状の推移を見るに、被告B医師が午前9時ころ太郎を急性胃腸炎であると診断した後も、点滴の継続にもかかわらず太郎の容態は一向に改善せず、昼ころ入院が決まった後も「おなかが痛くて歩けない」状態で、ストレッチャーに乗せられて入院病棟に移されたこと(上記1(2)ア)、午後2時25分ころの看護師の観察でも、「嘔気は治まってきた様子であるが、腹痛は強い様子。ベッド上にてぐったりされている」という状態であったこと(上記同イ)、その後も、太郎には間欠的に強い腹痛が見られ、午後4時過ぎには「痛いよー、痛いよー」と訴えてうずくまり、苦痛様の表情が見られたこと、この様子を観察した看護師は、看護師なりの判断で、単純な胃腸炎による腹痛とは違うのではないかという疑問を持ち、「(腹痛は)胃腸炎によるものか、その他に原因があるのか」と看護記録に記載し、D医師に状況報告をしたこと(上記同ウ)、この報告を受けたD医師が太郎を診察したところ、腹部膨満と臍上部の圧痛が見られたこと、この間、排便がないこと(上記同工)、さらに,午後4時38分ころ、D医師においてグリセリン浣腸を施行したため、太郎の腹痛が少し治まり(上記同カ)、絶飲食及び点滴を続行したにもかかわらず(上記同エ)、午後5時20分ころ、太郎の希望によって鎮静剤ソセゴンが注射されるほどの腹痛が襲ってきたこと、(上記同キ)は、上記認定のとおりである。この中でも、特に、「痛いよー。痛いよー」と訴えてうずくまる、あるいは痛み止めを希望するほどの間欠的な腹痛が遷延していたことと、腹部膨満が見られるに至ったこと、排便がないことは、イレウスを疑わせる所見ということができる。
この点,被告らは、午後4時10分頃の太郎の状態につき、E看護師が「腹部膨満はなし」と診療録
に記載していることを根拠として、太郎に腹部膨満が見られたと断言することまではできないと主張する。しかし,D医師は、自らの判断に基づき、太郎の腹部は「軟、膨満」であると記載しているのであり(上記同工)、しかも、上記のとおり,診療録に「軟」と記載していることからみて,同医師は、実際に太郎の腹部を触診した上で上記判断をしていることが明らかであるから、その信用性は高いものということができる。これに対し、E看護師が
「腹部膨満なし」と記載した根拠は明らかとはいえず、上記記載をもって上記認定は左右されない。また、被告らは、仮に腹部膨満が見られたとしても、その程度は極めて軽度なものでしかないとも主張し、J意見書にも同旨の記載があるが(上記3 (4)キ)、ここで考慮すべきは腹部膨満が見られたこと自体であって、その程度によってこれを無視又は軽視することは許されないというべきである(なお、上記2(2)イのとおり、絞扼性イレウスの場合には腹部膨満は軽度の場合が多いとされている。)。さらに、被告らは、腹部膨満が常に見られたともいえないと主張するが、診療録には、その後、午前1時過ぎころ、太郎に腹部膨満が再度確認されるまで、触診によって太郎の腹部の状態を確認した形跡は見当たらず(腹部触診の重要性についてはF鑑定(上記3(1)ク)参照)、上記の午後4時10分ころに確認した腹部膨満が消失したとまでは認められない。
また、被告らは、被告B医師において、急性胃腸炎の続発症、合併症であるジェーンライン・ヘノッホ紫斑病、腸重積を疑い、鑑別検査を実施又は予定したのであり、基本的対応を怠らなかったと主張するが、上記の各所見からみて、イレウスの可能性を排除する根拠は見出し難く、被告B医師においてイレウスを疑うべき上記所見を看過し又は軽視したとの批判は免れないというべきである。
さらに、被告らは、絞扼性イレウスであれば腸管の通過障害が解除されない限り嘔吐を繰り返すはずであるところ、太郎には午前10時45分ころを最後に嘔吐が見られなかったのであるから、絞扼性イレウスは否定されるべきであると主張し、J意見書の中にもこれに沿うかのごとき記載(上記同(4)カ)が存在する。この点、原告らは、入院後も嘔吐は継続していたと主張し、原告春江は、これに沿う陳述又は供述をするが、一方で診療録には、入院後の太郎に嘔吐があったとの記載はないことからみて、入院前にみられたような嘔吐が継続していたとまでは認めるに足りない。しかしながら、本件において太郎は、被告病院に到着する前に自宅において茶褐色の嘔吐をし(上記1 (1)ア)、被告病院到着後も潜血陽性の嘔吐をしていたのであり(上記同キ、シ)、被告B医師が午後4時10分ころ、これらの事実を踏まえて腹痛、血便のほかに嘔吐を指標とする(被告B医師)腸重積を疑っていること(上記1(2)オ)、H鑑定及びI鑑定は嘔吐の継続という事実を前提とせずとも腸管の絞扼又はイレウス一般を含めた胃腸炎以外の疾患を疑うべきとしていること(上記3 (2)イ、同(3)イ)、I鑑定が、臨床経過をみる限りイレウス一般の存在を否定する臨床所見も検査所見も見当たらないとしていること(上記同(3)イ)からみて,嘔吐の継続がないことをもってイレウス一般を疑うことまでも否定することは相当でないというべきである。一方、J意見書は、その記載からみて、診療当時の状況に照らして診療担当医師が積極的に絞扼性イレウスを疑うべきであったか否かについて評価検討を加えたものであり(上記同(4)イ)、その前提を異にするものであるから、上記判断を左右するものとはいえない。
(4)以上の認定判断に、鑑定人らの各鑑定の結果を総合すれば、被告病院医師らは、午後5時20分ころの時点で、イレウスを疑い、太郎に対し、腹部レントゲン検査、CT検査及び腹部超音波検査を実施すべき注意義務があったということができる。それにもかかわらず、急性胃腸炎の診断を見直すことなく、上記検査を施行しなかった被告B医師には、上記注意義務に違反する過失があるというべきである。以上の認定判断と反するJ意見書は、採用することができない。」
同判決は、因果関係も認めました.
「5 争点2(因果関係)について
(1)太郎の絞扼性イレウスの発症時期について、本件の3名の鑑定人らが、一致して、午前3時45分ころ心窩部痛及び嘔吐の見られたころであると判断していることは上記のとおりである。この点と、太郎が被告病院に搬送されてから死亡するまでの経過で、急激に状態が悪化したことを示すエピソードがないことをも併せ考えると、太郎が心窩部痛を訴えて最初に嘔吐した午前3時45分ころに絞扼性イレウスが発症し、その後、腸間膜裂孔ヘルニアが徐々に進行して、午後4時10分ころから腹部膨満等の症状が発現するに至ったものであり、午後5時20分ころの太郎の症状は、絞扼性イレウスによるものであったと理解することができる。この点、J意見書は、上記各鑑定の見解では、入院後、長時間にわたって血性嘔吐の出現しなかったことの説明が困難であるとこれを批判する。しかしながら、来院前及び来院後も午前中までは太郎に茶褐色の嘔吐(上記1 (1)ア)又は潜血陽性の嘔吐(上記同シ)がみられたことは上記のとおりであり、入院後の様々な条件の変化に伴い、中途で嘔吐がなくなったとしてもそれ以前の経過におけるイレウスの発症を完全に否定しきれるとは必ずしもいえない。H鑑定及びI鑑定も、嘔吐の継続という事実を前提とせずに上記の結論を導いているところである。また、午後5時20分ころの時点における被告B医師の過失との関係においては、絞扼性イレウスの発症時期ではなく、午後5時20分ころに太郎が絞扼性イレウスを発症していたか否かが問題となるところ、J意見書も絞扼性イレウスの発症時点を午前8時30分ころから翌21日午前1時過ぎと非常に幅広くとらえており、午後5時20分ころに太郎が絞扼性イレウスを発症していたことまで否定している訳ではないのであるから、J意見書は,上記認定を左右するものとはいえない。
このような太郎のイレウスの進行を考えると、遅くとも午後5時20分ころに腹部超音波検査を実施していれば、腹水や腸管蠕動の消失などの絞扼性イレウスに特徴的な所見が得られたものと考えられ(F鑑定)、また、立位及び背臥位の腹部単純X線検査(H鑑定及びI鑑定)を実施すれば小腸ガス像が(上記2(1)ウ、同(2)ウ),CT検査を行った場合には、腸管壁の肥厚、腸間膜の異常(出血、浮腫など)が(上記同(2)ウ)、それぞれ認められた可能性がある。
以上によれば、被告病院医師らが遅くとも午後5時20分ころにイレウスを疑い、太郎に対し各種検査を行っていれば、診察による所見及び検査結果から、絞扼性イレウスの診断は可能であり,この診断に基づいて、太郎に対して開腹手術を実施することを十分期待することができたと認めるのが相当である。
(2)他方、午後5時20分ころにイレウスを疑い所要の検査を行い、検査結果に基づいて絞扼性イレウスの診断が得られたとしても、その後、諸々の準備を経て開腹手術を行い,絞扼を解除するに至るまでの所要時間を考えると、既に救命可能性はなかったのではないか、また、救命できたとしても重大な後遺症が残る結果となったのではないか(前記第二、4 (2)の被告らの主張参照)が問題となる。
そこで検討するに、F鑑定、I鑑定及び証拠(略)によれば、診察,各種検査の結果から絞扼性イレウスを疑い、院内で手術を実施する場合には、3時間から3時間半ほどの時間を要することが認められる。また、F鑑定によれば、都内の小児外科にコンサルトし搬送した場合でも最高5時間を見れば開腹手術は可能であったと認められる。
上記1(2)コのとおり、本件当時,被告病院には外科医が当直しており、麻酔科医及び手術室の看護師は当直していなかったが、このことを考慮に入れたとしても、遅くとも5時間以内には、麻酔科医及び手術室の看護師をそろえることができ、被告病院において開腹手術を実施することが可能であったと考えられる。
すると、午後5時20分ころまでに急性胃腸炎との確定診断を見直し、イレウスを念頭に置いて各種検査を実施した場合には、遅くとも午後10時20分ころには開腹手術に着手することができたものというべきである。その場合、太郎の絞扼性イレウスの発症時点である午前3時45分ころから約19時間半が経過していることになり、開腹手術の際には、太郎の小腸の一部は既に腸間膜裂孔に陥入して壊死に陥っており、小腸の相当部分の切除は免れなかったと考えられる(I鑑定)。しかし、この時点における太郎の全身状態からみて、少なくとも解剖(上記1(2)ソ)時に見られたような小腸の大部分の絞扼に至るまで病状が進行していなかったことは明らかであり、被告らが主張するように救命可能性がなかったとか、救命したとしても短腸症候群を免れなかったなどということはできない。現に、腸間膜裂孔ヘルニアによる絞扼性イレウスの症例においては,2歳3ヶ月の男児が発症14時開後に100cmの腸管を切除し、術後経過が良好で術後14日目に退院していること、1歳4ヶ月の女児が発症10時間後に90cmの腸管を切除し、術後経過が順調で術後14日目に退院していること、11歳の男児が入院から25時間後に70cmの腸管を切除し、経過良好により13日目に退院していること、別の11歳の男児が発症16時間後に250cmの腸管を切除し、術後10週間で軽快退院となっていることが認められる(F鑑定添付資料)。また、証拠(略)によれば、腸間膜裂孔ヘルニアによる絞扼性イレウス56件において、手術時多くの症例が重篤な状態であったにもかかわらず、死亡例は基礎疾患を有する2例のみ(5p trisomy と980gの超低出生体重児)であったことが認められる。
以上に照らせば、太郎の場合も、午後10時20分の時点で開腹手術に着手していれば、仮に絞扼性イレウス発症から約19時間半を経過し、重篤な状態にあったとしても、絞扼の解除と壊死腸管の切除により、救命できた高度の蓋然性があり,かつ,その場合に、被告らの主張する短腸症候群による後遺障害を残すことなく回復することを期待しえたということができる。なお.J意見書は,これと異なる見解(上記3(4)エ、オ)を述べるが,同意見書は手術開始時刻につき上記認定と異なる前提に立つもの(上記同ウ)であるから採用の限りでない。また、K意見書は、太郎に後遺障害が残った可能性を指摘するが(上記同(5))、同意見書は解剖所見のみを根拠として立論をするものであり、いつの時点で開腹手術をしたと想定しているのかすら明らかでないことからみて、採用できない。」
谷直樹
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