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アトニンの使用上の注意義務違反、緊急帝王切開の準備に着手すべき注意義務違反、緊急帝王切開を実施すべき注意義務違反 広島地裁福山支部平成28年8月3日判決

広島地裁福山支部平成28年8月3日判決(裁判長 古賀輝郎)は、「硬膜外麻酔を実施している場合、アトニンの初期投与量や増量時の点滴速度を基準値以上に増やすことを推奨する旨の医学的知見も認められないのであり、被告がインタビューフォームの使用上の注意事項に従わなかったことにつき合理的理由があるとは認められない。」とし、インタビューフォームの使用上の注意事項に記載された初期投与量及び増量時の点滴速度に従わずにアトニンを投与する注意義務に違反したと認定しました.
同判決は「原告太郎の胎児心拍数波形は徐々に悪化しており、午前4時46分頃からは約2時間半にわたってレベル4の状態が続いていたと認められるところ、レベル3及びレベル4では、10分ごとに波形分類を見直し対応することが求められていることからすれば、被告は、本件医院が個人医院であり、また、深夜から早朝にかけての時間帯であって直ちに急速遂娩が実施できないという状況を考慮し、遅くとも午前4時46分頃までには急速遂娩(緊急帝王切開)の準備に着手すべきであり、かつ、レベル4が続いていた胎児心拍数波形がレベル5に至った午前5時29分頃においては、速やかに緊急帝王切開を実施すべきであったと認められる。」と認定し、急速遂娩(緊急帝王切開)の準備に着手すべき注意義務の違反、緊急帝王切開を実施すべき注意義務の違反を認めました.
また、因果関係も認め、被告に対し、金1億4201万円3613円の支払を命じました.アトニンの使用方法、分娩管理について参考となります.
なお、これは私が担当した事件ではありません.

2 争点1(陣痛促進剤を慎重に投与すべき義務を怠った過失)について

(1)医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである(最高裁平成4年(オ)第251号同8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁参照)。
 
(2)前記認定事実によれば、アトニンの添付文書の記載に基づいたインタビューフォームに、アトニンを分娩誘発、微弱陣痛に使用する場合の注意事項として、できる限り少量(2ミリ単位/分以下)から投与を開始し、点滴速度を上げる場合は、一度に1~2ミリ単位/分の範囲で、30分以上経過を観察しつつ徐々に行う旨記載されていること、アトニンの安全性に関する警告や重大な副作用として、アトニンを分娩誘発、微弱陣痛の治療の目的で使用するに当たり、過強陣痛や強直性子宮収縮により、胎児仮死等が起こる可能性がある旨記載されていること、本件において、被告は、アトニンの初期投与量を15mL/時(2.5ミリ単位/分)とし、30分おきに15mL/時(2.5ミリ単位/分)ずつ増量するよう看護師に指示し、これに従って原告春江にアトニンが投与されたこと、原告太郎は、胎児仮死及び新生児仮死と診断されていることがそれぞれ認められる。
そうすると、被告は、インタビューフォームの使用上の注意事項に記載された初期投与量及び増量時の点滴速度に従わずにアトニンを投与しており、特段の合理的理由がない限り、アトニンの投与方法につき過失が推定される。
 この点について、被告は、当該使用上の注意に従わなかった理由として、硬膜外麻酔の影響により有効陣痛が発来しない場合があることを経験上知っていたため、有効な子宮収縮を誘発し順調に分娩が進行するよう量を若干増やした旨主張する。しかし、本件において、あえて使用上の注意に記載された初期投与量及び増量時の点滴速度を超える量を投与する必要性はうかがえず、また、硬膜外麻酔を実施している場合、アトニンの初期投与量や増量時の点滴速度を基準値以上に増やすことを推奨する旨の医学的知見も認められないのであり、被告がインタビューフォームの使用上の注意事項に従わなかったことにつき合理的理由があるとは認められない。
 したがって、被告は過失の推定を覆す立証をしておらず、被告には、上記使用上の注意事項に記載された初期投与量及び増量時の点滴速度に違反して、アトニンを原告春江に投与した過失があるというべきである。

3 争点2(胎児の状態を改善し、急速遂娩の実施を怠った過失)について
  
(I)ア 前記認定事実によれば、6月18日午前O時5分頃の時点で、胎児心拍数は160~170bpmの頻脈であったところ、陣痛発作時に胎児心拍数が98~140bpmまで低下することがあったと認められる。このように心拍数の低下幅が最大で約70bpmあり、最下点がlOObpmを下回っていることからすれば、かかる一過性徐脈が早発一過性徐脈であったとは考え難く、当該一過性徐脈は、高度遅発一過性徐脈又は軽度あるいは高度変動一過性徐脈であったというべきである。
 そうすると、同時点における原告太郎の胎児心拍数波形は、レベル3又はレベル4に該当するものであったといえる。

イ また、午前1時50分頃には、胎児心拍数が70~llObpmまで低下し、午前1時56分頃までに回復しているところ、当該一過性徐脈は、最下点や回復までの時間に照らして高度変動一過性徐脈であったと認められ、同時点における原告太郎の胎児心拍数波形は、正常脈、頻脈に関わらずレベル3に該当するものであったといえる。
  
ウ さらに、午前4時46分頃から午前7時11分頃までの問、原告太郎は頻脈で。高度遅発一過性徐脈を繰り返し起こしていたのであって、この期間の胎児心拍数波形はレベル4に該当するものであり、一時、基線綢変動が減少した午前5時29分頃の波形はレベル5に該当するものである。
 午前7時16分以降についても、基線膕変動が再び減少し、胎児心拍数基線は160~180bpmで、高度遅発一過性徐脈が反復していたというのであって、胎児心拍数波形はレベル5に該当するといえる。
  
エ 以上のとおり、原告太郎の胎児心拍数波形は、6月18日午前O時5分及び午前1時50分頃の時点でレベル3又はレベル4の状態が観察され、その後、午前4時46分までの間はCTGが残存しないため、胎児心拍数波形がどのレベルであったか判然としないものの、この間にも胎児心拍数の低下が起きており、午前4時46分以降はレベル4が継続し、午前5時29分頃にはレベル5に至っている。
 このように原告太郎の胎児心拍数波形は徐々に悪化しており、午前4時46分頃からは約2時間半にわたってレベル4の状態が続いていたと認められるところ、レベル3及びレベル4では、10分ごとに波形分類を見直し対応することが求められていることからすれば、被告は、本件医院が個人医院であり、また、深夜から早朝にかけての時間帯であって直ちに急速遂娩が実施できないという状況を考慮し、遅くとも午前4時46分頃までには急速遂娩(緊急帝王切開)の準備に着手すべきであり、かつ、レベル4が続いていた胎児心拍数波形がレベル5に至った午前5時29分頃においては、速やかに緊急帝王切開を実施すべきであったと認められる。
  
(2)この点について、被告は、原告太郎の胎児心拍の経過は、ほぼレベル2であり、午前7時23分頃からレベル4ないし5の状態となったもので、同時点では、分娩目前であり、この時点で帝王切開の準備に入れば、逆に胎児を危険にさらすおそれがあったし、吸引分娩にも頭血腫などの別のリスクがあったことから急速遂娩を実施しなかったことは合理的である旨主張する。
 しかし、上記認定判断のとおり、原告太郎の胎児心拍数波形は、遅くとも午前4時46分頃の時点では既にレベル4の状態にあり、それ以前にも、レベル3ないしレベル4の波形が観察されているのであって、午前7時23分頃に初めて胎児心拍数波形がレベル4ないし5に至ったわけではない。
 したがって、被告の上記主張はその前提を欠くというべきであり、採用することはできない。

4 争点4(被告の注意義務違反と原告太郎の後遺障害との間の因果関係)について

①ア 前記のとおり、被告には、アトニンのインタビューフォームの使用上の注意事項に記載された初期投与量及び増量時の点滴速度に違反して、アトニンを原告春江に投与した過失がある。そして、アトニンの過量投与については胎児機能不全(胎児仮死)等の出現が警告されていること及び胎児心拍数の経過等を併せて勘案すると、被告の上記過失により、原告太郎は、遅くとも6月18日午前4時46分頃には、胎児機能不全に陥り、低酸素状態に曝されていたと推認するのが相当である。
 被告は、原告太郎の低酸素状態を速やかに改善するため、急速遂娩(緊急帝王切開)を実施すべきであったところ、前記3で述べたとおりこれを怠り、原告太郎は、少なくとも出生まで約3時間20分もの長時間にわたり低酸素状態に曝され、その結果、ⅢEとなり、新生児仮死の状態で出生したものと認められる。

イ アメリカ産婦人科学会の前記基準によれば、分娩時の低酸素、虚血が原囚で脳性麻痺となったと推測するには、①臍帯動脈血pH<7.0 (代謝性か混合性)、②在胎34週以降の、早期発症の中等症以上の新生児脳症、③脳性麻痺が四肢麻痺型かジスキネジア型、④他の明らかな原因疾患がないことの要件を全て満たす必要があるとされる。
 原告太郎は、在胎40週目に出生しており、脳性麻痺の種類は、痙直型四肢麻痺とジストニックな重度四肢麻痺の混合した状態と認められる。また、後記②ウのとおり、原告太郎の脳性麻痺について、分娩時の低酸素を原因とするHIEの他に明らかな原因疾患も認められないから、上記②ないし④の要件を満たす。
 上記①の要件については、被告は、採取しておくことが望ましい臍帯動脈血を採取していない。しかしながら、前記のとおり、基線細変動が減少又は消失すれば、その23%にアシドーシスがあるとの報告があり、遅発一過性徐脈は、徐脈の程度や徐脈持続時間に規定される重症度が増すにつれて、有意の胎児血pH低下が観察され、遅発一過性徐脈の心拍数下降度が45bpm以上、15~45bpm、15bpm未満と軽度になるに従って胎児血pHが上昇すると指摘されているところ、本件では、原告太郎の基線細変動減少後、心拍数下降度が45bpm以上の高度遅発一過性徐脈が複数回認められる。このような事情のもとでは、被告が臍帯動脈血を採取しておらず「臍帯動脈血pH<7.0」に関する数値を確定できないことをもって、上記①の要件該当性を否定して因果関係の存在を否定することは相当でない。
  ウ したがって、本件では、原告太郎の脳性麻痺は、分娩時の低酸素、虚血が原因であると認められる。
  
(2)これに対し、被告は、B医師及びC医師(以下「C医師」という。)の鑑定意見等を基に、①原告太郎の出生5分後のアプガースコアは6点、10分後には8点と順調に回復しており、蘇生から約3時間が経過した時点でも吸畷できていることからすれば、出生前後の低酸素を原因として脳障害が生じたとは考えにくい、②正期産児におけるHIEは、重症化に伴い、深部灰白質、脳幹、脊髄へと病変が拡大し、大脳病変も高度のことが多いところ、原告太郎の脳MRIの所見では、重篤であるにもかかわらず脳幹と小脳だけは正常とされているから、原告太郎が出生前後の原因で生じたHTEに罹患していたとはいえない、③原告太郎の診断された多嚢胞性脳軟化症は、子宮感染症もその危険因子として考えられているところ、原告春江は妊娠28週時点までに細菌性腟症やサイトメガロウイルスなど重層的な感染を経験していたのであって、原告太郎が母胎内で何らかの子宮内感染に曝露されたことで多嚢胞性脳軟化に至った可能性があるし、原告春江は、妊娠中、胎児に影響を与えるおそれのある薬物等を服用していた可能性があり、これが胎児の循環障害の要因となった可能性もあるなどと主張する。

ア しかし、原告太郎の出生後5分のアプガースコアは、なお6点であったし、吸畷についても、本来ブドウ糖液10mLの哺乳を試みるも体動著明で落ち着かず、哺乳量は5mLにとどまっていることからすれば、被告の指摘する事情から、直ちに原告太郎の脳性麻痺が出生前後の低酸素を原因とするものでないとはいえない。
  
イ 新生児のHⅢには、中心灰白質障害(視床、基底核、脳幹に病変を生じ、大脳皮質の病変は比較的軽度)が優位となるものの他に、皮質、皮質下障害(皮質や皮質下白質優位に病変が生じるもの)が優位となるものもあるから、本件において、原告太郎の脳の大脳皮質部分に広範な異常がみられ、脳幹や小脳が比較的保たれていたとしても、それによっ
て分娩期のHIEは否定されない。
 むしろ、本件では、先に述べたとおり、約3時間20分もの間、原告太郎は低酸素状態に曝されていたと認められるところ、このように低酸素、虚血が60分以上にわたるような部分仮死の場合に、皮質、皮質障害が優位となることからすれば、原告太郎の脳MRIの結果は、分娩期のHIEを裏付けるものというべきである。
  
ウ 原告春江は、原告太郎を妊娠中、三度にわたって細菌性腟症に罹患しているが、細菌性膣症は早産の原因として指摘されているものの、胎児の脳性麻痺の原因となるとの医学的知見は認められないのであって、細菌性腟症が、原告太郎の多嚢胞性脳軟化の原因となったとは考え難い。
 原告春江の妊娠初期検査において、サイトメガロウイルス抗体が陽性反応を示している。この点について、被告は、抗体価が高くないので以前の感染と思われる旨説明したと主張しているのであって、サイトメガロウイルスの再感染ないし再活性化(妊娠成立時点で既にサイトメガロウイルスlgGを保有している)の場合、新生児に症状が発見されることは
極めて稀(0%に近い)であると指摘されていることに照らせば、サイトメガロウイルスが原告太郎の多嚢胞性脳軟化の原因となったとも考え難い。
 胎児の脳性麻痺の原因として指摘されている絨毛膜羊膜炎については、原告春江が同疾患に感染していたと認める証拠はない。新生児薬物離脱症候群を発症するような薬品を原告春江が妊娠当時に使用していたと認める証拠もない。
 したがって、原告太郎の脳性麻痺について、被告が指摘するような出生以前の胎生期に原因があるとは認められない。
  
エ 以上のことから、被告の上記①ないし③の主張は、いずれも採用することができない。
  
(3)小括
 被告には、本件過失1及び本件過失2が認められ、これにより原告太郎は脳性麻痺に至ったと認められるから、争点3(原告太郎の出生後、脳保護療法を行い、高次医療機関に搬送することを怠った過失)及び争点5(被告の説明義務違反)について判断するまでもなく、被告は、原告らに対し、不法行為又は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-08 11:18 | 医療事故・医療裁判