帝王切開のための硬膜外麻酔を開始する以前及び開始後において分娩監視装置による連続的な監視を行う注意義務 鹿児島地裁平成15年3月7日判決
同判決は,「脳性麻痺の原因は常位胎盤早期剥離による胎児仮死(低酸素状態)であった」と認定しました.
「午前11時9分の娩出時において,Cの仮死状態はアプガースコア0の重症であり,ほとんど死亡に近い状態であったことに照らし,胎児仮死の状態はモニタリング中止時である午前10時1分ころから11時9分の娩出までの間の比較的早い時期に発生していたことが推認される。」と判示しました.
分娩監視が行われていない1時間8分間に胎児仮死になったことから,同判決は,次のとおり,「麻酔開始前にも胎児仮死の出現を予期させるに十分な徴候があった可能性があり,被告が分娩監視装置による胎児心音のモニタリングを行なっていれば,その徴候を察知し得た可能性がある。その場合,被告は,効果発生に時間がかかる硬膜外麻酔ではなく,腰椎麻酔の方法を選択して早期に帝王切開手術を行ない,娩出時刻を早めることができたと認められる。すなわち,腰椎麻酔の開始を10時33分とし,これから5分ないし10分後に帝王切開手術を開始し,娩出に4分を要したとして,10時42分ないし47分には胎児を娩出することができたこととなり,この場合,胎児仮死は出現前であったか,もしくは出現後であっても短時間しか経過しておらず,脳性麻痺の発症は回避できたと考えられる。」と認定しました.
「Cの母胎内における低酸素状態の継続時間を前記のように短縮し得たとすれば,脳性麻痺そのものの発生を回避し,もしくは,可能な限り速やかに娩出したにもかかわらず脳性麻痺の発症を回避できない状態であったとしても,少なくとも症状を相当程度軽減することができた蓋然性が高いと認められ,したがって,被告の注意義務違反と重症脳性麻痺の発症との間には因果関係があると認められる。」としましたが,逸失利益と介護費用について被告が負担を8割としました.慰謝料は2400万円を認めました.
分娩監視義務違反の事案は,監視していないため児の状態について時点を特定して認定できないため,因果関係立証に問題があります.同判決は因果関係を認め,障害が残った可能性も認められることから,逸失利益と介護費用について被告が負担を減じることとしています.参考となる判決です.
なお,これは私が担当した事案ではありません.
「第3 当裁判所の判断
1 被告の注意義務違反
(1) 前記認定事実,鑑定人Lによる鑑定及び同人の供述書によれば,Cの脳性麻痺の原因は常位胎盤早期剥離による胎児仮死(低酸素状態)であったと認められる。
(2) 胎盤剥離による胎児仮死が発生した時期については証拠上明らかではない。分娩監視装置による記録が残っている午前10時1分ころまでは,既に午前9時ころに出現していた胎児心拍の変動性一過性徐脈がたびたびみられたものの,これだけでは急速分娩が必要な胎児仮死の徴候に該当するとはいえない。しかし,これから約1時間8分を経た午前11時9分の娩出時において,Cの仮死状態はアプガースコア0の重症であり,ほとんど死亡に近い状態であったことに照らし,胎児仮死の状態はモニタリング中止時である午前10時1分ころから11時9分の娩出までの間の比較的早い時期に発生していたことが推認される。
前記のとおり,診療録には10時30分にモニタリングを開始(再開)した旨の記載があるが,この時点で分娩監視装置が原告Bに再装着された事実は認められず,被告は午前10時25分ころに原告Bを分娩室に移動させた後,5ないし10分おきにドップラー検査を実施し,胎児の心音を聞いていた旨供述していることに照らし,これは分娩監視装置によるモニタリングではなく,ドップラーによる胎児心拍数検査のことを指していると推認される。そして,午前10時33分の硬膜外麻酔開始の記載の前後に,それぞれ5秒3回の心拍数の検知結果及び「胎児心拍良」との記載があり,これは被告の上記供述に照らし,ドップラーによる胎児心拍数検知の結果及びこれに基づく診断を記載したものと認められる。
上記各検知結果の記載はいずれも時刻の記載を伴っていないところ,最初の記載については,10時25分ころの分娩室への移動後から10時33分ころの麻酔開始までの間の約8分の間に行なわれた検知結果を記載したことが推認されるものの,後の記載については,これが10時33分ころの麻酔開始から11時5分ころの執刀開始までの約32分間のうちのいつの時点で行なわれた検知の結果であるのかは必ずしも明らかではない。しかし,前記診療録には,この検知結果の記載に続き「収縮輪(+)」の記載があること,硬膜外麻酔の実施により妊婦の陣痛は緩解され,収縮輪は消失することに照らし,後の検知は麻酔開始後間もなく行なわれたものと認められる。
これらの検知結果の記載が正確であるとすると,硬膜外麻酔の開始の前後ころにおける胎児の心拍数は一応正常であったことになり,したがって,胎児仮死はその後に発生したものと推認される。ただ,胎児心拍数の変動によって胎児循環の状況を把握するには子宮収縮との関連で一定時間継続して観察する必要があり,かつ,このような観察によってはじめて胎児心拍の停止ないしは顕著な徐脈発生の以前に胎児仮死の出現を予測することができるのであって,硬膜外麻酔開始の前後ころに行なわれたただ2回の胎児心拍数の検知結果がたまたま正常であったからといって,それ以前から胎児仮死の徴候がなかったとはいえず,分娩監視装置による監視及び記録が10時1分ころ以降も継続されていたとすれば,硬膜外麻酔を開始する以前に異常徴候を察知することができた可能性がある。
(3) 前記のとおり被告は分娩室への移動後5ないし10分おきにドップラー検査を実施し,胎児の心音を聞いていた旨供述しているけれども,少なくとも,硬膜外麻酔の開始以後,このような頻度による検知が行なわれたとすれば,娩出に至るいずれかの段階で胎児仮死の徴候となる心拍の異常もしくは心拍停止が検知されていたであろう可能性が高いことに照らし,被告の上記供述によっては,麻酔開始後に前記の1回のほかに胎児心拍数の検知が継続的に行なわれたと認めることはできない。
午前10時1分ころの分娩監視の中止以後硬膜外麻酔開始までの間,高圧浣腸を行ない,その後の処置が行なわれていた以外の時間に,再度分娩監視装置を装着してモニタリングを継続することが不可能であったことを認めるべき証拠はなく,また,10時33分ころの硬膜外麻酔の開始以後,11時5分ころの帝王切開手術開始までの間,手術準備の剃毛,腹壁消毒等を行なう以外の時間に,分娩監視装置の再装着,もしくは少なくともドップラーによる胎児心拍数検査を上記の1回のほかにも行なうことが不可能であったと認めるに足りる証拠はない。
むしろ,午前8時7分過ぎころには,胎児の下降がはかばかしくない遷延分娩であったため,人工破膜が行なわれ,その結果羊水が失われて,圧迫が生じやすい状態となっていたこと,午前9時ころ以来変動性一過性徐脈が出現し,午前10時1分ころの監視装置によるモニタリング中止の直前ころにもこれが引き続いて現われており,胎児の循環系に負荷がかかっていることが十分うかがえる状況であったことからすれば,被告は,帝王切開のための硬膜外麻酔を開始する以前及び開始後において,胎児仮死の徴候がみられないかどうかについて,分娩監視装置による連続的な監視を行ない,ドップラーによる胎児心拍の監視しかできなかったとすれば,きわめて頻繁にこれを実施すべき注意義務があったと認められる。
(4) 被告が10時1分の分娩監視装置によるモニタリングの中止後,監視装置またはドップラーによる胎児心音の検査を診療録に記載された2回以外に行なったとは認められないことは前記のとおりであるから,被告がこの注意義務を尽くしたとは認められない。
2 被告の注意義務違反と脳性麻痺の発生との因果関係
(1) 一般に,帝王切開手術のための麻酔には,被告が行なった硬膜外麻酔のほかに,気管内挿管による全身麻酔,腰椎麻酔,静脈麻酔,局所麻酔等の方法があり,硬膜外麻酔は効果が発生するのに一定の時間(一般的には30分前後)を要するのに対し,気管内挿管による全身麻酔,腰椎麻酔,静脈麻酔等の効果は迅速であり,いったん硬膜外麻酔を施行した後でも,その効果の発生をまたずに,上記の方法による麻酔を追加併用することにより手術開始時刻を早めることができ,気管内挿管による全身麻酔であれば,麻酔施行とほとんど同時に,腰椎麻酔であれば,薬剤注入の5分ないし10分後には手術を開始することが可能と認められる(証人Lの供述書)。
平成3年の本件分娩当時,被告医院において硬膜外麻酔以外の麻酔方法を採ることができたかどうかについては,当日の午前中にF病院のA医師の執刀により行なわれた他の患者の手術の際に腰椎麻酔が実施された(被告本人)のであるから,被告は硬膜外麻酔の開始後であっても,少なくとも腰椎麻酔を追加的に実施して帝王切開の執刀を早めることは十分可能であったと認められる。これに対し,気管内挿管による全身麻酔は,被告医院の設備,人員をもってしては,ほぼ不可能であったと認められる。
(2) 前記のとおり,Cの胎盤早期剥離による胎児仮死は硬膜外麻酔開始後に発生した可能性が高いが,麻酔開始前にも胎児仮死の出現を予期させるに十分な徴候があった可能性があり,被告が分娩監視装置による胎児心音のモニタリングを行なっていれば,その徴候を察知し得た可能性がある。その場合,被告は,効果発生に時間がかかる硬膜外麻酔ではなく,腰椎麻酔の方法を選択して早期に帝王切開手術を行ない,娩出時刻を早めることができたと認められる。すなわち,腰椎麻酔の開始を10時33分とし,これから5分ないし10分後に帝王切開手術を開始し,娩出に4分を要したとして,10時42分ないし47分には胎児を娩出することができたこととなり,この場合,胎児仮死は出現前であったか,もしくは出現後であっても短時間しか経過しておらず,脳性麻痺の発症は回避できたと考えられる。
もっとも,硬膜外麻酔の開始前において,胎児仮死の徴候があったことを確実に認定し得る証拠はないため,この間に被告が監視義務を尽くしていたとしても,胎児仮死の徴候が検知されなかった可能性がないとはいえない。しかし,この間に胎児仮死の出現を予測させるに足りる心拍異常の徴候があったかなかったかを認定し得る証拠がないのは,被告が注意義務に違反して継続的監視を怠ったことによるものであるから,被告において継続的監視を行なっていたとしても発見することが客観的に不可能であったことを立証しない以上,被告の監視義務違反と胎児娩出の遅延との因果関係はこれを肯認すべきである。
(2) 硬膜外麻酔の開始以降娩出までの間,いずれかの時点において胎児心拍の異常が発生したことは明らかであり,被告がドップラーによる胎児心拍の監視を適切に行なっていれば,これを発見し得た蓋然性は極めて高かったと推定される。
診療録に記載された2回のドップラー検査のうち後のものが硬膜外麻酔開始(10時33分)のころに行なわれたとし,かつ,その5分後の10時38分にも検査が行なわれて,このときに心拍停止の異常が検知されたと仮定して,腰椎麻酔の準備及び実施に要する時間を数分とし,麻酔薬剤注入の5分ないし10分後に帝王切開手術が開始されたとすれば,実際にA医師の執刀に要した時間である4分後の10時50分前後ころには胎児を娩出し得たこととなり,その場合の母胎内における胎児仮死の継続時間を12分ないし15分程度にとどめることができたと考えられる(異常発生の検知が実際に行なわれた帝王切開手術の執刀開始5分前の午前11時であったとすれば,もはや手術を開始する以外に打つ手はなかったこととなり,この場合の胎児仮死の継続時間は9分であったこととなる。しかし,娩出後のCの状態からみて,母胎内での低酸素状態がこのように短時間であったとは考えにくい)。
そして,A医師が約21分間という時間の後にCを蘇生させた事実からすると,娩出前の胎児仮死を避けることができなかったとしても,この継続時間を前記のように短縮し得たとすれば,娩出時のCの状態はこれほど重篤な状態にまで至っていなかった可能性がある。すなわち,被告が硬膜外麻酔を開始した後にも継続的な胎児心拍数のチェックを行ない,異常を検知した後直ちに腰椎麻酔に切り替えて帝王切開手術を開始していたとすれば,麻酔薬剤の注入後短時間でCを娩出することができ,その後の蘇生術に要する時
間を考慮しても,Cの低酸素状態を実際にかかった時間よりも早期に解消し得た確率は高かったと推定される。
(4) 胎児仮死による低酸素状態の継続時間と脳性麻痺の重症度との間の比例関係は一様ではなく,個体差や条件の差異によって変動すると考えられる。
しかし,Cの母胎内における低酸素状態の継続時間を前記のように短縮し得たとすれば,脳性麻痺そのものの発生を回避し,もしくは,可能な限り速やかに娩出したにもかかわらず脳性麻痺の発症を回避できない状態であったとしても,少なくとも症状を相当程度軽減することができた蓋然性が高いと認められ,したがって,被告の注意義務違反と重症脳性麻痺の発症との間には因果関係があると認められる。
3 低酸素脳症と死亡との因果関係
前記のとおり,Cの脳性麻痺の原因は胎児仮死による低酸素症によるものと認められ,前認定のCの治療経過及び乙33の1,2(K病院の診断書)によれば,Cの直接の死因となったのは気管腕頭動脈瘻からの動脈性出血による出血性ショックであるが,これは脳性麻痺に基づく過緊張による気道閉塞に端を発したものであることに照らし,Cの脳性麻痺と死亡との間の因果関係を肯認することができる。
4 損害
証拠(甲20,26,27,32の(1)(2))及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり認められる。
(1) Cの逸失利益 2409万0312円
平成12年度賃金センサスの女性労働者学歴計の年収額は349万8200円であるから,生活費控除を30%,稼働可能期間を18歳から67歳まで49年間とし,死亡時の年齢10歳から67歳までの57年に対応するライプニッツ係数18.7605から稼働開始時の18歳までの8年に対応するライプニッツ係数6.4632を差し引いた12.2973により中間利息を控除すると,逸失利益は3011万2890円となる。
ただし,前記のとおり,Cに一定の脳性麻痺が発症することは不可避であった可能性があることを考慮すると,被告の過失によって生じた損害としては,上記逸失利益の8割にあたる2409万0312円とするのが相当と認められる。
(2) Cの後遺障害慰謝料及び死亡慰謝料 2500万円
(3) 近親者の慰謝料
Cの父母である原告らについて,Cとは別個に慰謝料を認めなければならない特段の事情は認められない。
(4) 介護費用 552万5440円
F病院(40日),H病院(93日)及び自宅(915日)における介護費用としては1日当たり5000円を,I学園の介護費用は平成6年9月から平成14年1月までの合計155万4600円と平成14年1月分の月額入所負担金1万8700円が平成14年7月まで同額であったとして6か月分11万2200円を認めるのが相当であり,その合計は690万6800円である。
上記(1)と同様,被告が賠償すべき金額はその8割にあたる552万5440円と認められる。
(5) 医療費 56万0047円
(6) 葬儀費用 97万0640円
(7) 以上小計 5614万6439円
(8) 弁護士費用 560万円
(9) まとめ
以上(1)から(6)及び(8)の合計額は6174万6439円であり,Cの死亡により,原告らは(1)及び(2)の合計額各2分の1を相続し,(4)ないし(6)及び(8)の各2分の1を負担したと認められるから,原告らは被告に対し,各3087万3220円の賠償請求権を有すると認められる。
6 結論
よって,原告らの本件請求は各3087万3220円及びこれに対する平成9年1月23日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5%の割合による各金員の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。」
谷直樹
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