新生児に原因不明の発熱が続いていることに基づく転院義務 名古屋地裁平成20年7月18日判決
新生児の発熱で転院義務が認められる場合の参考になる判決です.
なお,これは私が担当したものではありません.
「第3 当裁判所の判断
1 検査・転院義務違反の有無について
(1) 検査・転院義務の有無の判断基準
前記認定(第2の1(3))のとおり,は,妊娠・分娩歴を調べて,感染のリスク因子があるかどうかを知ったうえ,新生児の臨床症状から敗血症を疑うことに始まるから,まず原告Aの敗血症等の感染リスク因子を判断し,その後同人の臨床症状を検討したうえで,同人が敗血症等の感染症に罹患したのではないかと疑い,検査または転院を行うべき注意義務が認められるかを判断することとする。
なお,E医師尋問の結果によれば,被告医院ではCRP試験を実施することはできないことが認められるから,敗血症が疑われる場合には新生児を転院するしかなく,本件では転院義務のみが問題になる。
(中略)
(3) 原告Aの臨床症状
次に,原告Aの臨床症状から,同人が敗血症等の感染症に罹患したことを疑うべき注意義務が認められるかを判断する。
(中略)
(エ) 午前2時30分ころ
a 17日午前2時30分ころの時点においては,原告Aをくるんでいた毛布を取った後に検温がなされたところ,原告Aの体温は38度であったのであるから,この時点において,毛布にくるまれていたことによって高体温となっていたとの可能性は排除されたといえる。また,原告C及び同Aのいた病室の温度が高かったことを認めるに足りる証拠はない。
b したがって,同時点における原告Aの発熱の原因として,既に午前1時20分に水分不足の可能性が排除されたことに加え,更に外環境因子の可能性が排除されたことになり,そうすると発熱の原因は不明であり,感染症の可能性が十分あるというべきである。そして,新生児の感染症が敗血症に至った場合,短時間で急激に発症し,重篤になるものであるから,感染症の可能性が十分あると考えられる以上,速やかに転院の措置をとるべきであるといえる。
c これに対し,E医師は,同時点においても原告Aの哺乳力は良好であり,元気がないといった症状の報告もなかったので,経過観察をすることにした旨供述する。
しかし,新生児では,髄膜炎であっても,特有の症状はなく,哺乳力が弱いとか,元気がないといった症状も注意して見るべき一つの臨床症状にすぎないのであるから,原因不明の発熱が続いている以上,哺乳力が良好であるといった臨床症状を重視すべきではなく,原告Aの発熱の原因が感染症にあることを疑うべきであるとの判断を左右するものとはいえない。
d したがって,同時点における原告Aの発熱は敗血症等の罹患が疑われ,転院義務を認めるに足りる臨床症状と評価できる。
エ 小括
以上のことから,原告Aには,10月17日午前2時30分ころの時点において,転院義務を認めるに足りる臨床症状が認められる。
(4) 結論
以上の次第であるから,E医師には,10月17日午前2時30分ころの時点において,原告Aが敗血症等の感染症に罹患した可能性を疑い,転院を行うべき注意義務が認められる。
ところが,E医師は,上記に認定した注意義務に違反して,原告Aを転院することなく経過観察としたものであるから,過失が認められる。」
同判決は,①午前2時30分ころに転院が決断されていれば4時間程度早く治療を開始することが可能であったこと,②結果的にみれば午前1時の時点において敗血症等に罹患していたと評価することができること,③症例報告を総合すると概ね約半数以上では死亡又は重大な後遺障害が発生することなく治癒していること,④急激に発症することが多い早発型敗血症の性質からすると,治療の開始時期が早まれば早まるほど予後に有意な差異が生じるといえ,たとえ数時間の差異であったとしても,後遺障害の程度は大きく変わるものであるというべきであるとして,因果関係を認めました.
「2 因果関係について
(1) 前記認定(第2の1(2))のとおり,原告Aには,敗血症等の後遺障害として,水頭症,てんかん,知的障害などの重篤な後遺障害が生じている(以下「本件後遺障害」という。) 。
そこで,E医師の過失行為と原告らの損害との間に因果関係が認められるか否か,すなわち,E医師が10月17日午前2時30分ころの時点において転院を決断していれば,本件後遺障害の発生を回避できた高度の蓋然性が認められるかについて判断する。
(2) 訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである(最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照 。)
これは,医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の後遺障害の発生との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく,経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し,医師の当該不作為が患者の当該後遺障害の発生を招来したこと,すなわち,医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者に当該後遺障害が生じていなかったであろうことを是認しうる高度の蓋然性が証明されれば,医師の当該不作為と当該後遺障害の発生との間の因果関係は肯定されるものと解するのが相当である(最高裁平成11年2月25日第一小法廷判決・民集53巻2号235頁参照 。)
(3) そこで,本件について上記の高度の蓋然性が認められるかどうかについて検討する。
ア 本件では,前記認定(第2の1(2))のとおり,10月17日午前6時30分ころにF病院NICUへの転院が決断されているところ,午前2時30分ころに転院が決断されていれば,4時間程度早く治療を開始することが可能であったといえる。
イ 次に,上記認定の事実経過及び転院義務違反についての判断によれば,原告Aは,同日午前1時ころから発熱が続いていたから,結果的にみれば,午前1時の時点において敗血症等に罹患していたと評価することができる。
そして,上記認定の医学的知見に照らし原告Aの敗血症発症時期を鑑みると,同人の敗血症は早発型であったといえ,急激に発症することが多いとされる。
ウ また,前記認定(第2の1(3))の医学的知見によれば,細菌性髄膜炎の治療においては,早期に診断し早期に抗生剤投与等の治療を開始することが重要とされる。そして,細菌性髄膜炎の予後については,次のような文献の記載がある。
① 新生児を含む小児全体の症例報告(平成9年発行の文献,甲B1号証233頁)
死亡率は10%,重大な後遺障害の発症率は25%。
② 新生児の症例報告(平成12年発行の文献,甲B3号証87頁)
死亡率は10~18%,重大な後遺障害の発症率は11~26%。
③ 新生児の症例報告(平成12年発行の文献,乙B1号証304頁)
死亡率は20~25%,重大な後遺障害の発症率は20~60%。
④ 新生児の症例報告(平成4年発行の文献,乙B6号証548頁)
重大な後遺障害の発症率は30~50%。
⑤ 新生児の症例報告(平成12年発行の文献,乙B8号証102頁)
予後が正常であった割合は58.5%
これらの症例報告は,早期に治療が開始されたものから,やや治療開始が遅れたものまで含まれているものと推認され,起因菌も様々で,後遺障害の程度も症例によって異なるものであるが,総合すると,概ね約半数以上では死亡又は重大な後遺障害が発生することなく,治癒しているといえる。
また,急激に発症することが多い早発型敗血症の性質からすると,治療の開始時期が早まれば早まるほど予後に有意な差異が生じるといえ,たとえ数時間の差異であったとしても,後遺障害の程度は大きく変わるものであるというべきである。
エ したがって,E医師が午前2時30分ころの時点において転院を決断し,4時間程度早く敗血症に対する治療を開始することができたとすれば,原告Aに何らの後遺障害も生じなかった高度の蓋然性までは認められないものの,本件後遺障害のような重大な後遺障害の発生を回避できた高度の蓋然性が認められるというべきである。
(4) 結論
以上から,E医師の過失行為と本件後遺障害の発生との間に因果関係を認めるのが相当である。
もっとも,午前2時30分ころに転院を決断したとしても,原告Aには本件後遺障害より軽度の後遺障害が生じた蓋然性が認められるというべきであり,この点は,損害の算定に当たって考慮することとする。」
同判決は,午前2時30分ころに転院を決断したとしても,原告Aには本件後遺障害より軽度の後遺障害が生じた蓋然性が認められると認定し,逸失利益,介護費用の被告負担を5割と認定しました.慰謝料1500万円,近親者固有の慰謝料300万円と認定しました.
「3 損害について
(1) 原告Aの逸失利益
ア 前記認定(第2の1(2))のとおり,原告Aは,Aランクの知的障害が残存していることが認められ,将来の労働能力を100%喪失したといえる。
イ そして,前記判断のとおり,E医師が午前2時30分ころに転院を決断したとしても,原告Aには本件後遺障害より軽度の後遺障害が生じた蓋然性が認められることからすれば,原告Aは労働能力を一定程度は喪失したというべきである。
そこで,損害の公平な分担の見地から,被告が負担すべき原告Aの逸失利益は,将来の労働能力を100%喪失したとして算定される金額の5割とするのが相当である。
ウ したがって,本件で認められる原告Aの逸失利益は,以下の計算のとおり,2096万7226円となる。
555万4600円(平成14年賃金センサスによる男子労働者全年齢平均年収)×1(労働能力喪失率100%)×7.5495(0歳時における18歳から67歳までの49年のライプニッツ係数)×0.5=2096万7226円(小数点以下切り捨て)
(2) 原告Aの介護費用
ア 原告Aは,Aランクの知的障害が残存しているので,生涯にわたり介護を要するものである。
イ そして,上記に述べたように,E医師が午前2時30分ころに転院を決断した場合においても,原告Aには本件後遺障害よりも軽度の後遺障害が発生した蓋然性を否定できず,一定の介護費用が生じたというべきであるから,被告が負担すべき介護費用は,原告Aに必要な介護費用の5割とするのが相当である。
ウ したがって,本件不法行為に基づく原告Aの介護費用は,以下の計算のとおり,1784万4026円が相当である。
5000円(1日あたりの介護料)×365×19.55509768(平成14年簡易生命表による0歳男性の平均余命78.32歳のライプニッツ係数)×0.5=1784万4026円(小数点以下切り捨て)
(3) 慰謝料
ア 原告A
本件後遺障害は原告Aの生涯に多大な影響を及ぼす重篤なものであるが,本件後遺障害よりも軽度の後遺障害が生じた蓋然性が認められることを慰謝料算定に当たっては考慮せざるを得ない。
そして,これらの事情を含む本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すると,原告Aの慰謝料は1500万円が相当である。
イ 原告B及び原告C
愛する子に重篤な後遺障害が遺ってしまったことに対する悲しみは大きく,原告B及び原告Cは原告Aが死亡するのに比肩する精神的苦痛を負ったといえるが,上記に述べた本件後遺障害よりも軽度の後遺障害が生じた蓋然性が認められることも慰謝料算定にあたり考慮せざるを得ない。
そして,これらの事情を含む本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すると,原告B及び原告Cの慰謝料は各150万円が相当である。
(4) 小計
原告Aの損害額 5381万1252円
原告B及び原告Cの各損害額 各150万円
(5) 弁護士費用
原告らが本件訴訟の提起・遂行のため,弁護士である原告代理人に訴訟を委任したことは本件記録上明らかである。
本件事案の内容,本訴の経緯等を総合すると,弁護士費用として被告に負担させるべき額は,原告Aについて500万円,原告B及び原告Cについて各15万円が相当である。
(6) 結論
以上を合計すると,原告Aの損害額は5881万1252円,原告B及び原告Cの損害額は各165万円とするのが相当である。
また,不法行為の日は平成14年10月17日となるから,遅延損害金は同日から認められる。
谷直樹
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