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クリステレル圧出法を7回試行し,帝王切開の準備の遅滞が過失と認定された例 大阪地裁平成14年10月8日

大阪地裁平成14年10月8日(裁判長 岡原剛)は,クリステレル圧出法を7回試行した事案で,「医師Eと医師Fが,医学上相当と認められる回数を大幅に超えてクリステレル圧出法をみだりに繰り返したことによって,胎児(C)に心拍数が減少するなどの悪影響が生じたという事実を推認することができる。よって,この点に関する原告らの主張は,クリステレル圧出法の不適切な反復をいう限度で理由があり,被告は,原告らに対して,本件医療契約上の債務不履行に基づき,原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。」と判示しました.
また,同判決は,午後1時10分頃からは基線細変動が概ね10bpm未満の範囲でしか現れなくなり,この状態がしばらく続いたこと(すなわち,②基線細変動が減少していたこと),同人の心拍数は午後1時10分時点で160bpm前後に上昇し,この時点から午後1時26分頃までの心拍数基線は,170bpm前後の数値を示していたこと(すなわち,③持続性頻脈が認められたこと)から,「医師Eは,午後1時15分頃には,胎児仮死を疑わなければならなかったというべきである。」とし,「胎児仮死を疑うべきであった午後1時15分の時点で,原告Bに対して帝王切開を施行するための諸準備(手術室の確保,麻酔医との連絡等)を始めておかなければならなかった」注意義務を認定しました.
被告の主張について,同判決は,「回復が期待できることと胎児仮死の疑いがあることは何ら矛盾しないのであり,回復を期待できたから胎児仮死に備えた準備をしておく必要がなかったということにはならない」と判示しました.
同判決は,「クリステレル圧出法の施行回数を医学上相当な限度(2回程度)に留めて速やかに帝王切開に移行し,且つ胎児仮死が疑われた段階で予め帝王切開の準備がなされていたなら,午後2時15分頃までには帝王切開を開始でき,その後数分内に胎児であるCを娩出できたこと,この時点で胎児であるCを娩出できていれば,同人が重篤な状態で出生して死亡に至るという機序は回避できた可能性が高いことが認められるから,前記の過失とCの死亡という結果との間には,相当因果関係があると認定することができる。」と因果関係を認めました.
平成7年3月の事案ですが,医学上相当と認められる回数を大幅に超えてクリステレル圧出法をみだりに繰り返した事案,帝王切開についての準備不足及び手術実施の遅滞の事案に関し参考となる判決です.
なお,これは私が担当した事件ではありません.

「エ 急速遂娩の手技に関する過失

医師E及び医師Fが,原告Bに対し,平成7年3月10日午後1時45分頃から,クリステレル圧出法を7回,吸引分娩を5回(但し,実際に吸引できたのはそのうち3回のみである。)にわたって各々試行したことは,「前提となる事実」(2)イ(イ)記載のとおりである。
ところで,証拠(甲8,10,14,17)によれば,クリステレル圧出法においては,胎盤部への強い圧迫によって胎児の心拍数が低下することがしばしばあり,胎児の健康状態が悪化する場合があること,そのため,この方法を1回ないし2回試行してもなお胎児を娩出できない場合は,それ以上みだりに繰り返すべきではないとされていること,吸引分娩においては,母体に対しては軟産道裂傷,新生児に対しては帽状腱膜下出血といった外傷を生じる可能性があること,そのため,吸引分娩の方法で2回程度胎児を牽引しても娩出に至らない場合は,この方法を断念すべきとされていることの各事実を認めることができる。
そして,証拠(乙3,5)及び弁論の全趣旨によれば,胎児の心拍数は,医師Eと医師Fが原告Bにクリステレル圧出法を施行した時刻である平成7年3月10日午後1時45分頃から,70ないし80bpmといった低い値を示すようになり,医師Eらは母体への酸素投与等の方法によってこれを回復させようとしたものの,成果が得られなかったこと,Cは,結局,重度胎児仮死のまま帝王切開で娩出されたが,MASに加え,低酸素血症により多くの臓器にダメージを被っていたこと,Cは,この状態から回復することなく同月13日に多臓器不全によって死亡したことの各事実が認められ(なお,吸引分娩の反復によって原告B若しくはCが外傷を負ったことを認めるに足りる証拠はない。),以上の事実を総合すれば,医師Eと医師Fが,医学上相当と認められる回数を大幅に超えてクリステレル圧出法をみだりに繰り返したことによって,胎児(C)に心拍数が減少するなどの悪影響が生じたという事実を推認することができる。
よって,この点に関する原告らの主張は,クリステレル圧出法の不適切な反復をいう限度で理由があり,被告は,原告らに対して,本件医療契約上の債務不履行に基づき,原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

オ 帝王切開についての準備不足及び手術実施の遅滞

原告らは,医師Eらによる胎児仮死の判断と帝王切開の決定及び施行がいずれも遅きに失したと主張するので,本件においていかなる時点で胎児仮死との判断を下し,或いは帝王切開を施行すべきであったかを,以下で検討する。

(ア) 胎児仮死の診断について

証拠(甲8,10,12,14,15,乙5,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,胎児仮死を疑うべき所見としては,①変動一過性徐脈(胎児心拍数が,子宮の収縮に対して一定した関係を示さず,不規則的に減少するパターン)が60秒内に終わり,心拍数が60bpmを下らない状態(以下「軽度の変動一過性徐脈」という。)が生じる,②胎児心拍数の瞬間的な上下動(以下「基線細変動」という。)が5ないし10bpmの範囲でしか生じない(なお,基線細変動が10ないし20bpmの範囲で生じる状態が正常とされており,これが5ないし10bpmの範囲でしか生じない状態は,基線細変動の「減少」と評価される。),③頻脈(基準胎児心拍数が160bpm以上になる状態を「頻脈」と分類する。)が持続する,という3つのポイントがあること,本件において,胎児(C)の心拍数は,原告Bが分娩室に搬送された直後である平成7年3月10日午後1時06分頃(以下,この項では,同日中の事実経過につき日付を省いて時刻のみ掲記する。)の時点で,1分間前後にわたり,80bpm前後の数値を示したことがあったこと(すなわち,①軽度若しくはそれ以上の変動一過性徐脈があったこと),午後1時10分頃からは基線細変動が概ね10bpm未満の範囲でしか現れなくなり,この状態がしばらく続いたこと(すなわち,②基線細変動が減少していたこと),同人の心拍数は午後1時10分時点で160bpm前後に上昇し,この時点から午後1時26分頃までの心拍数基線は,170bpm前後の数値を示していたこと(すなわち,③持続性頻脈が認められたこと),医師Eは,同日の午前中には原告Bに分娩監視装置を取り付けており,産婦人科の専門医として胎児の心拍数を確認しつつ各種の医療措置を行っていたから,前記①ないし③として掲記したところの胎児の変動一過性徐脈,基線細変動減少及び持続性頻脈をいずれも容易且つ速やかに発見できる立場にあったこと,の各事実を認めることができる。
これらの事情を併せて勘案すれば,医師Eは,午後1時15分頃には,胎児仮死を疑わなければならなかったというべきである。

(イ) 帝王切開の準備について

そして,証拠(甲8,9,12,鑑定の結果)によれば,胎児仮死への対処法としては,最終的には(酸素吸入等による経母体治療を試行しても回復が見られない場合には)帝王切開を含めた急速遂娩を行う必要があることが認められ,ここに,帝王切開を施行するためには手術室の確保や麻酔処置等の様々な準備が必要となることをも併せて考えると,医師Eは,胎児仮死を疑うべきであった午後1時15分の時点で,原告Bに対して帝王切開を施行するための諸準備(手術室の確保,麻酔医との連絡等)を始めておかなければならなかったというべきである。
ここで本件の事実経過を再確認するに,医師Eが帝王切開への移行を決断した時刻が午後2時20分頃であること,そのために原告Bを本件病院の手術室まで搬入した時刻が午後2時45分頃であり,実際に執刀を開始した時刻は午後3時05分頃であることは,いずれも,「前提となる事実」(2)イ(ウ)に掲記したとおりである。すなわち,本件では,医師Eが帝王切開の施行を決断してから原告Bを手術室に搬入するまでに約25分間,執刀まで約45分間の時間がそれぞれ費やされていることになるが,証拠(甲16,乙6,7,9,証人医師E)及び弁論の全趣旨によれば,この所要時間は標準的な産婦人科の医療体制に比較して長いこと,医師Eは,本件分娩における最大の注意点を過強陣痛の防止と捉え,過強陣痛さえ生じていなければ,分娩促進中という理由だけで帝王切開の準備をしておく必要はないと考えていたこと,医師Eが帝王切開の施行を決断した午後2時20分の時点では,本件病院内に,当該手技を行うための手術室が予め確保されていた状況にはなかったことの各事実を認めることができる。
これらの諸事情を総合すれば,医師Eは,午後1時15分の時点では,原告Bに対し帝王切開を施行するための準備(手術室の確保等)を全く始めていなかったことが推認される。

(ウ) 被告の反論について

なお,被告は,この点につき,医師Eは午前11時の時点で手術室に帝王切開となる可能性がある妊婦(原告B)がいる旨連絡したと主張し,その主張に沿う証拠(乙6:医師Eの陳述書)も提出するところである。しかし,入院診療録等,当該陳述書以外の証拠からは,そのような連絡があったという事実は全く窺知できないし,当該陳述書を作成した医師E自身が,同人への証人尋問の機会において,本件病院には産婦人科以外の科も設置されているので予め手術の準備をすることはできなかったなどと,前記陳述書と反する内容ともとれる趣旨の証言をしていることからすれば,被告の前記主張は,たやすく信用できない。
また,被告は,午後1時15分の時点では胎児仮死と診断できる状況になかった旨を主張するが,たとえ胎児仮死との確定的な診断をなし得ない状況であっても,その疑いがあれば,胎児仮死に備えた準備を始めておくべきことは当然である。仮に,被告の主張するとおり「午後1時26分の時点では胎児の状態の回復が十分に期待できる状態にあったと推定」できるとしても,回復が期待できることと胎児仮死の疑いがあることは何ら矛盾しないのであり,回復を期待できたから胎児仮死に備えた準備をしておく必要がなかったということにはならないのであるから,この点に関する被告の主張は失当である。
なお,付言するに,本件医療契約においては,被告が本件病院で原告Bの分娩を適切に管理し,同人が胎児であったCを無事に出産できるよう当時の医学水準にかなった適切な医療サービスを提供すべき義務を負っていたことは,先に判示したとおりであるから,医師Eらは,原告Bが過強陣痛に陥ることを防止することにのみ注意を向ければ足りたものではなく,胎児であったCの安全な分娩に向けた医療サービス全般を提供せねばならなかったのであり,「原告Bに過強陣痛がない以上,原告らの主張は成り立たない」とする被告の反論は前記判断を左右するに足りない。

(エ) 過失の内容及び結果との因果関係について

医師Eが午後1時45分頃に胎児仮死との診断を下し,午後1時50分頃から急速遂娩を試行したこと,急速遂娩としては,先ずクリステレル圧出法及び吸引分娩が実施されたが娩出に至らず,結局午後3時05分に帝王切開の執刀を開始したことは,いずれも「前提となる事実」(2)イ(イ)に掲記したとおりである。
ところで,急速遂娩の方法としては,クリステレル圧出法・吸引分娩という経膣的分娩を目的とした手技と,開腹手術で胎児を娩出する帝王切開とがあるところ,母体への侵襲程度等を考慮すれば,経膣的分娩が可能な場合にはその方法を選択することも不適切とはいえないから,母子に児頭骨盤不均衡(CPD)が認められず,経膣分娩が可能とも思われた本件において,医師Eらがクリステレル圧出法と吸引分娩を先行させたことが過失であるということはできない。
しかし,先に判示したとおり,医師Eらは,医学上相当と認められる限度を大幅に超えてクリステレル圧出法を繰り返し,また,胎児仮死の疑いがあった時点で帝王切開の準備をすることを怠ったものであり,これらの事情によって,帝王切開の開始時刻が遅れたことは明らかである。すなわち,医師Eは,胎児仮死が疑われた段階で帝王切開の準備を行い,クリステレル圧出法を医学上相当と認められる回数(2回程度)施行しても胎児を娩出できなかった段階で,直ちに帝王切開に移行すべきであったのに,これらの注意義務に違反して帝王切開の開始の時点を遅らせたのであるから,同人には,本件医療契約上の注意義務に違反した過失があるといわなければならない。
そして,証拠(甲8,14,16,証人医師E,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,医師Eらが,クリステレル圧出法の施行回数を医学上相当な限度(2回程度)に留めて速やかに帝王切開に移行し,且つ胎児仮死が疑われた段階で予め帝王切開の準備がなされていたなら,午後2時15分頃までには帝王切開を開始でき,その後数分内に胎児であるCを娩出できたこと,この時点で胎児であるCを娩出できていれば,同人が重篤な状態で出生して死亡に至るという機序は回避できた可能性が高いことが認められるから,前記の過失とCの死亡という結果との間には,相当因果関係があると認定することができる。
したがって,被告は,本件医療契約の債務不履行に基づいて,原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。
なお,被告は,午後2時17分の時点で,既に胎児に不可逆的な障害が生じていた蓋然性が極めて高いとして,過失と結果との因果関係がないと反論するので,この点につき検討する。
被告がこうした反論の論拠とする意見が記載された鑑定書(乙9。以下「被告意見書」という。)では,従来から用いられてきた『胎児仮死』の概念に疑問を呈し,「胎児仮死」を「胎児が,呼吸・循環不全に陥り,このままの侵襲が続けば胎児死亡に至る病態にある蓋然性が高いと判断され,何らかの方法で速やかに分娩に至らしめる必要がある状態」とした上で,そのうち,「呼吸・循環不全が著しく,直ちに娩出しなければ胎児の死亡や児への不可逆的な障害を残す可能性が極めて高いと推定される状態」を改めて「重症胎児仮死」と定義する。そして,「殆ど胎児心拍数の回復の見られない持続性徐脈が発生した場合」には「20分程度が胎児の回復を期待しうる限界と考えられる」ところ,本件では胎児であるCが「重症胎児仮死」状態に陥ったのは午後1時57分頃であり,この頃には「事実上の持続性徐脈が発生していたと推定される」から,その20分後である午後2時17分頃には,児が不可逆的な障害を残さずに回復することは期待できなくなったというのである。
しかし,そもそも被告意見書のいう「胎児仮死」と「重症胎児仮死」の区別は曖昧であり,被告意見書以外に,両者を明確に区別して扱う記載のある証拠は提出されておらず,その分類に従うことの有益性自体に疑問があるうえ,被告意見書では「重症胎児仮死」と「殆ど胎児心拍数の回復が見られない持続性徐脈」との関係をどのように位置付けているのかも必ずしも明確ではなく(午後1時57分頃に両者が同時に発生したことを前提に議論をしている箇所がある一方で,午後1時57分から午後2時20分頃まで継続した「持続性徐脈」により「重症胎児仮死」が惹起されたと述べる箇所もある。),最終的に「殆ど胎児心拍数の回復が見られない持続性徐脈」が発生した時点からの経過時間を問題にするのであれば,「重症胎児仮死」の概念を持ち出す意義が不明である。そして,「殆ど胎児心拍数の回復の見られない持続性徐脈が発生した場合」には,「20分程度が胎児の回復を期待しうる限界と考えられる」という結論を裏付ける客観的な資料は全く提出されておらず,この判断は,被告意見書の作成者による私見に過ぎない。
以上の事実に照らせば,先に判示した相当因果関係に関する認定は被告意見書によっても覆すに足りないというべきであり,被告は債務不履行による損害賠償責任を免れない。」


谷直樹

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by medical-law | 2022-02-16 00:52 | 医療事故・医療裁判