品胎について人的・物的設備の整った総合病院で出産すべきことを説明・勧告すべき注意義務 新潟地裁長岡支部平成14年7月17日判決
同判決は,「原告Aの脳性麻痺は,分娩時の胎児仮死と娩出後の新生児仮死による低酸素性虚血性脳症に起因するものと認められ,原告Cの大量出血による血圧低下が原告Aへの酸素供給量の減少をさらに増悪させたものと推認される。分娩時の低酸素状態の機序としては,第二児娩出後に胎盤が娩出されていることから,その前後に原告Aの胎盤も剥離し始めて低酸素状態を惹起したか,あるいは臍帯巻絡を起こし,臍帯血管が圧迫されて低酸素状態を来たして胎児仮死が起き,その後新生児仮死となったものと推認するのが相当である。」と認定し,複数の小児科医や多数の助産婦,看護婦が勤務する人的・物的設備の整った総合病院での出産を原告らに事前に説明・勧告せず,医師1名,助産婦1名,看護婦4,5名の個人病院で漫然と経膣分娩に及んだ過失及び緊急に転医措置を採らなかった過失との因果関係を認めました.
なお,これは私が担当した事件ではありません.
「第3 争点に対する判断
1 被告の過失の有無について
(1) 複数の小児科医や多数の助産婦,看護婦が勤務する人的・物的設備の整った総合病院での出産を事前に説明・勧告せず,医師1名,助産婦1名,看護婦数名の個人病院で漫然と経膣分娩に及んだ過失について
ア 品胎の分娩方法の選択及び品胎分娩に必要な人的・物的準備に関する医学的知見
関係各証拠によれば,多胎の分娩方法の選択及び分娩に必要な人的・物的準備に関する医学的知見は次のとおりであると認められる。
多胎分娩というだけでは,帝王切開の適応とはなり難いが,前回帝王切開,重症妊娠中毒症,分娩遷延,微弱陣痛,胎児仮死,CPD,前置胎盤,臍帯脱出などの産科因子が存する場合のほか,胎位異常(骨盤位,横位)のある場合は帝王切開の適応となる。多胎分娩では,後続の胎位がどのように変化するかあらかじめ把握することが難しく,横位になってしまった場合には,児の娩出が困難になって胎児仮死を招く危険性が高いこと,三胎以上では早産に至ることが多く,低体重児の分娩が予想されることから,分娩時にストレスのない帝王切開が選択されることが多く,経膣分娩をする場合でも,途中で急変して帝王切開の適応が突発することもあるから,いつでも帝王切開できるようにダブルセットアップして,手術室で分娩させる必要がある(甲B1,2,乙B1,鑑定の結果)。
品胎の分娩において帝王切開を行う場合,帝王切開術を施行する医師2名,麻酔専門医で輸血を行う医師1名,出生した児の蘇生・介護・検査を施行する医師3名,その助手的看護婦3名(新生児1名毎に各1人の医師と看護婦),手術の器械出し,手術の外回りにそれぞれ看護婦1名の人的準備と,輸血用の血液,輸液,酸素,新生児蘇生用の気管内挿管器具3組,保育器3台,インファントウオーマー3台,全身麻酔器,血中ガス濃度分析器,その他新生児の血液生化学検査一式が可能な検査設備という物的準備が必要である(甲B1,鑑定の結果)。
また,経膣分娩を行う場合でも,母体を管理する医師と,胎児を管理する医師
がその胎児数に相当する人数必要である(乙B1)。
イ 被告病院で本件分娩を行ったことの適否
以上の医学的知見に照らすと,多胎の分娩においては,始めから帝王切開を選択するのか,経膣分娩を選択するのかに関わらず,母体を管理又は手術する医師のほかに,胎児1名毎にそれを管理する医師が1名ずつ必要であるが,被告病院では,医師は被告1名しかおらず,帝王切開の必要性が生じた時には小千谷市で開業している被告の父(80歳)である産婦人科医を呼ぶという体制であったというのであるから,その点だけを見ても,到底娩出された3胎の胎児の管理を十分に行い得る状況にはなかったというべきである。
原告Aの胎位は当初横位であったところ,横位での経膣分娩は不可能とされているから(甲B25),本件の分娩は,当初から帝王切開を行うべきであったと認められ,また,鑑定の結果によれば,仮に経膣分娩による娩出をしたとしても,第二児娩出の際に,予め第三児である原告Aの胎位を横位から骨盤位に矯正しつつ下方へ誘導するように腹壁上から操作し,急速遂娩すべきであり,医師が2名以上いればこれが可能であったという。
しかるに,被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,被告病院では上記のとおり帝王切開の必要性が生じたときに被告の父の産婦人科医を呼ぶということのほかには,多胎分娩や帝王切開に必要な人的準備を行うことは不可能であったと認められ,結局,いかなる分娩方法を選択するにしても,被告病院で品胎の分娩を行うべきでなかったことは明らかであり,被告は,原告B及び同Cに対し,小児科医や多数の助産婦,看護婦が勤務する人的・物的設備の整った総合病院で出産すべきことを事前に説明・勧告すべきであったのに,これをせずに被告病院で出産をさせた過失があるというべきである。
(2) 緊急に転医措置を採らなかった過失ないし蘇生後管理上の過失
ア 分娩監視装置による胎児仮死の判定等について
(ア) 医学文献(甲B4,20,23,26)によれば,胎児仮死とは,原因を問わずに,胎児ー胎盤系の呼吸循環不全を主徴とする症候群をいい,胎児の呼吸循環不全の症状は,胎児の心拍の異常により表現される。
正常の胎児心拍は,①毎分の心拍数が120~160bpmで,5秒間に10~13であること,②微細変動を示すこと,③陣痛発作時にも120~160bpmを逸脱しないことという3つの特色を有する。頻脈とは,児心拍数が毎分160以上,5秒間で13以上に増加した状態を言い,陣痛発作の時にだけ頻脈を示す早発頻脈と,陣痛間歇時にも頻脈の続く持続頻脈があり,前者は胎児の一過性の酸素欠乏を示すが,陣痛間歇時に正常脈に回復している時は心配はない。後者は,母体が発熱している時と,胎児に軽度の酸素欠乏が続いている時に現れる。徐脈に移行した時は危険である。徐脈とは,1分間の心拍数が100以下,5秒間で9以下になった状態をいい,10分以上徐脈が持続した時は,胎児仮死と診断し,急速遂娩を考える。①早発徐脈(陣痛開始とともに始まり,陣痛終了とほとんど同時に終了する徐脈),②遅発徐脈(陣痛のピークが過ぎてから,著明になる徐脈で,陣痛のピークから徐脈のピークまでの時間が18秒以上で,徐脈の形がV字型のもの。子宮胎盤循環不全による胎児の酸素欠乏によって起こる),③変動徐脈(徐脈の開始が陣痛波の開始に比べて早かったり遅かったりして不定であり,徐脈の波形がV字型でなくU字型または種々に変動し,微細変動が大きい徐脈。最小心拍数が60bpm以下になるか,徐脈が60秒以上続いたものを重症とし,胎児仮死,ことに臍帯が圧迫されたときに起こる),④持続徐脈(1分間100以下,5秒間9以下の徐脈が90秒以上続く時で,重症の胎児仮死に認められる極めて危険な兆候),⑤基線徐脈(陣痛間歇時の基線の心拍数自体が100bpm以下が続いている状態で,極めて危険な兆候。微細変動の消失を伴えば,さらに危険である)に分類される。
(イ) 鑑定の結果,甲A4号証及び弁論の全趣旨によれば,原告Aの胎児心拍数は以下のとおりと認められる(以下の時刻の記載は平成7年4月21日午前)。
9時50分以降 やや頻脈
9時53分 高度変動一過性徐脈1回 基線細変動あり
10時20分まで 変動一過性徐脈を反復 基線細変動あり
10時21分 高度変動一過性徐脈 基線細変動消失
以後11時22分まで 持続徐脈(90bpm程度)
10時21分の高度変動一過性徐脈後,持続徐脈が認められ,原告Aは,遅くともその時点から娩出されるまでの約1時間,重症の胎児仮死状態にあり,基線細変動も消失してアチドージスに陥っていたものと認められる。
イ 娩出後の原告Aの状況
(ア) 新生児仮死の判定及び仮死新生児の管理について
医学文献(甲B5,6,8,10,18)によれば,新生児仮死とは,第1呼吸の開発障害をいい,仮死の程度の表現にはアプガースコアが用いられ,児の娩出1分後に採点する。アプガースコア8以上が正常とされ,同0~3は重症仮死,同4~7は軽症仮死とされる。6以下の児については,5分後に再び採点する。新生児仮死の場合,脳,心肺,腎をはじめとする多臓器に機能不全を生じ,特に,中枢神経系は活発な代謝に反しエネルギーの蓄えがなく,酸素と脳循環に依存しているため低酸素症の影響を受けやすく,低酸素性虚血性脳症に陥りやすい。新生児仮死の管理は,低酸素性虚血性脳症の発症をいかにして防ぐかがポイントであり,そのためには,①十分な酸素投与などの呼吸管理,②循環管理(血圧管理),③血糖の管理(低血糖は脳障害の進行を助長するため,血糖値を80~100㎎/dl程度に維持する),④脳浮腫の管理,⑤痙攣予防(フェノバルビタールの投与など)などの全身管理が必要であり,また,出生後,小児科医への連絡が必要である。
(イ) 原告Aの状況
証人Fの証言,甲A6号証の1,3,4及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは娩出されても産声が上がらず,その身体を医師ないし看護婦がたたくなどしており,その後,保育器に収容されて第一子,第二子とともに新生児室に寝かされたが,第一子,第二子が次第に眠るなどしていたのに対し,原告Aだけは,数秒おきに痙攣を繰り返しており,一見しただけで他の二子とは様子が異なっていたことが認められる。
原告Aの出生1分後のアプガースコアは,診療録(乙A2)に5と記載されているものの,5分後のアプガースコアについては記載がない。被告はアプガースコアは8に回復したと主張しているが,被告本人尋問でも明確に8に回復したとは述べることができずに曖昧な供述に終始しており,むしろ,5分後のアプガースコアを計測していなかったから診療録にも記載がないものと考えるのが合理的である。そして,原告Aが娩出前の約1時間,重症の胎児仮死状態にあったことや長岡赤十字病院へ搬送された時,原告Aが測定限界以下の低血糖状態であった状況などに照らしても,アプガースコアが正常値に回復したとは到底認められず,原告Aは,胎児仮死に引き続き,娩出後新生児仮死の状態に陥って痙攣を繰り返していたものと認められる。
以上で認定した事実(原告Aの娩出後の状況)や,被告病院に医師は被告1名で小児科医もいないことに照らすと,被告は,原告Aの蘇生後直ちに,上記のとおりの①呼吸管理,②循環管理,③血糖の管理,④脳浮腫の管理,⑤痙攣の予防などの十分な新生児管理のできる病院へ原告Aを転送すべきであったと認定するのが相当である。
しかるに,被告は,被告本人尋問において,原告Aを日赤病院に転送するまでの状況や転送する経緯について「分娩室の隣の新生児室のクーベスに酸素マスクを付けたまま原告Aを収容して当初は頻繁に呼吸やチアノーゼの有無を確認していた。看護婦や助産婦にも監視させていた。原告Aは痙攣を起こしていたが,胎内での血液の供給が不足していたり,循環に異常があったりすると,痙攣発作を起こすことがよくあり,痙攣発作を起こしたときの処置として『フェノバール』とかいう薬剤はあるが,そこまで強い痙攣ではなかったので,胎内での循環不全のために出たのだと認識した。5時半前後にチアノーゼが出てきて,痙攣もあるから,日赤へ送って見て貰おうという気になった」旨述べており,以上の被告本人尋問の結果を前提としても,被告は,原告A娩出後約6時間後に原告Aを日赤病院に転送するまでは,原告Aに酸素マスクを付けて保育器に収容しただけで,痙攣があることを認識していたにもかかわらず,それに対する処置を何らとらず,体温,呼吸数,心拍数,血糖値等の測定をしたことも証拠上窺われないのであり,被告の過失は明らかである。
(3) 以上のとおりであるから,被告は,複数の小児科医や多数の助産婦,看護婦が勤務する人的・物的設備の整った総合病院での出産を原告らに事前に説明・勧告せず,医師1名,助産婦1名,看護婦4,5名の個人病院で漫然と経膣分娩に及んだ過失及び緊急に転医措置を採らなかった過失と因果関係がある原告らが被った損害について,損害賠償責任を負うというべきである。
2 因果関係の有無
(1) 関係各証拠(甲B13),鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば
ア 脳性麻痺の原因は,
(ア) 先天性の中枢神経系の異常(脳水腫,小頭症,染色体異常,その他不明の原因)
(イ) 感染症(子宮内又は出生後),脳炎(ビールス性又は細菌性),脳脊髄膜炎(ビールス性又は細菌性)
(ウ) 新生児溶血性疾患,血液型不適合による黄疸,肝機能障害,原因不明の黄疸による核黄疸
(エ) 外傷性脳障害(胎児頭蓋内出血など胎児頭部の産道圧迫や吸引分娩,鉗子分娩など産科手術操作によるもの)
(オ) 酸素欠乏性脳障害(低酸素性虚血性脳障害)
があり,(オ)をさらに妊娠中と分娩時,出生後に分けると
A 妊娠中
胎盤機能不全(予定日超過妊娠,重症妊娠中毒症など),早産による未熟児,子宮内発育遅滞による低出生体重児,母体の呼吸不全による低酸素症(麻酔薬投与,ガス中毒・薬物過剰投与など)
B 分娩時
胎児仮死(胎児低酸素症または胎児虚血性脳障害),胎盤機能不全(妊娠中毒症など),子宮・胎盤血流障害(過強陣痛,過強腹圧,子宮体部圧迫),臍帯血流障害(臍帯脱出・臍帯圧迫など),胎児の呼吸・循環障害(胎児頭部や体部の産道における長時間圧迫,分娩遷延による胎児予備機能の減弱),母体の低酸素症(麻酔・呼吸不全・出血・ショックなど)
C 出生後
呼吸中枢機能低下による低酸素症(新生児仮死の場合),肺機能不全,肺換気不全による低酸素症
に分類されること,
イ これに対し,約10年前から,脳性麻痺の大部分は先天性の原因によるもので,胎児仮死や新生児仮死によるものは少ないという説が主張されるようになり,米国産科婦人科学会は委員会意見として成熟児(出生体重2500グラム以上の児)において,①代謝性アチドージスを示す臍帯血ガスpH値が7.00未満であること,②出生後5分以上アプガースコアが0~3点であること,③新生児期に痙攣,昏睡,筋緊張低下などの神経学的後遺症が存在すること,④多臓器障害即ち心血管系,消化器系,血液,肺,腎などに障害があることという4つの条件を満たすのでなければ,分娩児の低酸素状態により脳性麻
痺を発症したとは言えないとすべきだという見解を発表していること,
ウ 他方で,脳性麻痺の10~20パーセントは胎児仮死,或いは低酸素状態に起
因するという疫学的調査報告があることなどが認められる。
(2) 原告Aの脳性麻痺の原因
ア 原告Aの脳性麻痺の原因については,原告は上記(1)ア(オ)の分娩時及び出生後の酸素欠乏性脳障害(低酸素性虚血性脳障害)が原因であると主張しているのに対し,被告は,原告Aは循環障害や諸臓器の発育不全のある形成不全の胎児であったとして,分娩時や出生後の酸素欠乏性脳障害ではなく,先天性の原因を主張している。
イ(ア) そこで検討するに,前記1(2)ア(イ),イ(イ)のとおり原告Aは,娩出前の約1時間,持続性徐脈が認められ,基線細変動も消失して重症の胎児仮死状態に陥っており,アチドージスも生じていたこと,娩出後もこれに引き続き新生児仮死の状態で痙攣を繰り返したまま6時間近く有効な措置を取られていなかったこと,長岡赤十字病院に転院時は測定限界を超える低血糖症に陥っていたなどの分娩時及び出産後の経緯に照らすと,原告Aの脳性麻痺は,分娩時の胎児仮死と娩出後の新生児仮死による低酸素性虚血性脳症に起因するものと認められ,原告Cの大量出血による血圧低下が原告Aへの酸素供給量の減少をさらに増悪させたものと推認される。分娩時の低酸素状態の機序としては,第二児娩出後に胎盤が娩出されていることから,その前後に原告Aの胎盤も剥離し始めて低酸素状態を惹起したか,あるいは臍帯巻絡を起こし,臍帯血管が圧迫されて低酸素状態を来たして胎児仮死が起き,その後新生児仮死となったものと推認するのが相当である。
(イ) 被告が主張する循環障害や諸臓器の発育不全のある形成不全については,その医学的意味は明かではないが,被告はその根拠として当初胎嚢が2つしか認められず,その後3つ目の胎嚢が現れても心拍動が弱かったことをあげており,診療録等には別紙診療経過一覧表記載のとおり平成6年9月26日に胎嚢が3つ認められたこと,平成6年9月27日,同月29日,同年10月4日には胎嚢が2つしか認められなかったこと,その後同月13日以降は胎嚢は3つ認められているものの,平成7年2月28日の妊婦検診まで毎回最小の胎児の心音が微弱であること(Herztoene schwach)などが記載されている。しかし,鑑定の結果及び弁論の全趣旨によれば,そもそも心音微弱ということの医学的意味自体が理解しがたく,被告病院においては,心拍数を数えて診療録に記載していないので,胎児がどのような状態であったか判定不能である上,初期に出現が遅れ,サイズが小さかった胎嚢の中の胎児が必ず小さな胎児になるとは限らないこと,胎嚢,胎児は子宮内で自由に位置を変化させることから,微弱とされた胎嚢ないし胎児が原告Aであったとは必ずしも認められない。さらに,平成7年3月14日以降は,3つの胎児の心拍はいずれも正常と記載されていること,分娩当日の午前10時20分まで,原告Aの心拍は,変動一過性徐脈を発症しているものの,基線細変動が保たれていることなどに照らすと,先天的な形成不全による心機能不全,臍帯循環の不全により原告Aに十分な酸素・栄養が長時間供給されなかったために中枢神経系の障害を来して脳性麻痺になったとは認められない。また,心臓の先天性異常や中枢神経系の先天異常などの諸臓器の形成不全の所見も認められないから,結局被告の主張は採用できない。」
谷直樹
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